ツメタクナラナイユビサキ
星空。白く曇る息。少しだけかじかんだ、冷たい指先。
それでもコートの袖から手を出して、見えないように手を繋いだ。

それは思い出。

今はもう、過去形でしかない、淋しい思い出。

            

優しかった、あたたかかった、あの空間。
大切だった、大好きだった、本当に、自分にしては珍しく、本当に彼をのことを好いていた。
口に出して言うことは少なかったし、お互い言わなくても言葉じゃない部分でわかっていたと思う。
それは翼の思いこみかも知れないけれど。。

でも一生一緒にいられるだろうって思っていた訳ではなくて。
でもこんなに早くさよならが来るなんてそれこそ思っていた訳ではなくて。
ただ繋いだ手のあたたかさだけ、ひどく感傷を掻き立てる。
人は思い出でいくらでも人を美化出来るんだよ、と誰かがそっと翼に言った。
嫌な部分や汚いもの、悪いところは忘れてしまえるんだと。

ねえ、でも俺はそれでいいと思う。

思い出は綺麗な方がいい。それが自分を痛めつけるだけでも。
三上がいて、自分がその隣にいたあの瞬間は、それでも愛おしかったから。

           

子猫を助けようだなんて、ありきたりすぎだ。
決して三上は、そんな小さな動物にかまって時間を割くほど余裕を持った人間ではなかったはずだ。

そう、知らない人から見た三上は、そんなものは、簡単に見捨てていける人に見えたかもしれない。
けれど違った。それを翼は知っていた。
彼が、憎まれ口ばかり言っていても、いつも周りを気にしていたことを。
守らなきゃいけない、庇護を必要とするものにはひどく敏感だった。

翼からすれば、三上の存在のほうが庇護を必要としていたように見えたけれど、ともかく、彼の中に、子猫を見捨てるという選択肢はなかったのだ。
本当に馬鹿みたいだと思う。ただの野良猫だったのだ。
小さくて、薄汚れてしまった、母猫のいないひとりぼっちの子猫。
道路に出てしまって、それで運悪く車に轢かれてしまっても、誰も悲しまない。
汚らしく巻き散らかされた内臓や骨に眉をひそめても、その死を弔ってももらえないような孤独な猫。
それでも三上が命を賭すほどの、三上の存在すべてを引き換えにしてまで守る価値があったと言うのか。
それとも、そんなことも考え付かないくらい、身体が勝手に動いたとでも言うのか。

      

翼にとっては嬉しくもなんともない事実を、三上にそれでも伝えるなら、道路に飛び出した子猫は助かったことだ。
安全運転とは言い難いスピードで突っ込んできたトラックがいたけれど、心優しいどこかのお馬鹿さんがいてくれたおかげで、猫は助かった。
人であったというだけで重みのあるように聞こえる命は、それは、それなり以上に悼まれたけれど。
子猫を助けて、なんて美談切ないね、なんて言われていたけれど。

そんなことは、翼にはどうでもよかった。
三上を失った、その事実に比べたら。

       

子猫は今、翼の隣で毛繕いをしている。
一回り大きくなったその命を悠々と生きている。
自由気ままな飼い猫生活を満喫して薄汚く汚れた身体も綺麗になった。
内蔵をまき散らして代わりに死んだ三上のことなんか、猫の小さな脳みそには刻まれてないだろうけれど。

自分は馬鹿だから、三上と同じくらい、馬鹿だから、いつまでも引きずって日々を過ごしている。
生きているのか、死んでいるのか、わからないと嘆いていたのは同じ中学のサッカー部の面々だ。
たとえそんな自分を三上が望んでいなくても、目の前で大切な人をなくした悲しみはそうそう消えるものではない。

何度も思った。なんで自分は飛び出さなかったんだろうと。
飛び出した三上を追えば、身を挺してでも三上を庇えたかも知れない。
今更だとわかっている。わかってしまうから、現実を甘んじてそのままの姿で受けとるしかない。

墓場に毎日花添えに行って、泣くことも出来ずに唇噛み締める毎日。
子猫が助けられてからの翼の日常はただそれだけのために費やされていた。
あれだけ好きだったサッカーにすら、今は興味がわかない。
花を手向けて、線香を立てて、手を合わせて、リードの付いた子猫を右隣に連れて。
ときどきそんな自分を笑いたくなる。
いつまでこうしてるつもりなんだと。
自分勝手にそうやって沈んでても、そんな翼なんかお構いなしに、それこそ自分勝手に時間は過ぎていく。
息をして、ぼうっと時計の針が動くのを見てれば勝手に生きていく。

三上がいなくても。  

寒くてたまらなかった季節も過ぎて少しだけあたたかくなった。
コートはもう用無しになって、トレーナーやパーカーを羽織るだけで出歩ける。
指先がかじかむことも少なくなって、やはり何が起きても世界は回るのだと訴えてくる。
けれど翼の時間は止まったままだ。
子供が我侭をいうように、時間を進めることをかたくなに拒んだ。

         

けれどそのあたたかくなった日差しにまどろむ時、翼は少しだけ幸せな幻を見る。
始まりはいつもあの場所で。
子猫を助けて轢かれてしまって、内蔵をまき散らして、血だらけになった三上を呆然と見ている自分。
汚いもののはずなのに、不思議とその光景に嫌悪はなくてただ眺めるだけ。
そうしていると次第に時間が逆戻って三上は傷一つ無い姿になっていく。

そして俺を見て笑う。なんて顔してんだよって。

そのとき三上が浮かべる笑顔といったら、本当に限られた人間に、限られたときにしか見せないような笑顔で。
その笑顔を見て、翼は笑おうとする。
おかえり、と言って笑おうとする。

だけど出来なくて。笑いたいんだけど出来なくて。
翼は自分の意思とは関係なく、泣いてしまう。

         

そうして目が醒める。
今は、その瞬間にしか泣けない。
三上の死体を見ても、遺影を見ても、遺骨を見ても泣けなかった。
悲しくないのではない。悲しすぎて泣けなかったのだ。

その瞬間にだけしか、もう泣けない。

淋しい思い出と、冷たくならない指先と一緒に、うだうだと無駄に生きて、そして夢を見ては泣く。
馬鹿みたいだと思った。三上のことを笑えないくらい。

        

ああそうだ、と墓石の前で思い出す。
三上が助けた猫は、性格が本当に気まぐれで、どこかの誰かさんみたいだと。
そっぽ向いていたかと思えば擦り寄って喉を鳴らすし、一緒に眠るときもあれば、絶対にベッドに入らないときもある。
だから翼は名前をつけた。
どうでもよかったはずの命は、三上が助けたことによって、翼にとってどうでもよい存在でなくなっていたから。
まるで魔法のように、その名前がついているだけで、猫のことを大切に出来そうなくらいの素敵な名前を。

       

(勝手に使ったのは悪かったけどね)

(いい名前だと思うよ、亮って。ねえ?)

          

ちらりと猫に目をやると、まるで返事をするように、にゃー、と小さく鳴いた。

               


猫が好き(いきなりなんですか)。
うちの三上さんは短命なイメージ。不幸体質なイメージ。危なっかしい感じです。
裏においてあったものなので死にネタ。嫌いな人ごめんなさいorz

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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