絶対運命
季節の変わり目は風邪を引きやすいのでお気をつけください。特に今年の風邪は症状が重いようです。
医者もニュース番組のアナウンサーも最近はそればかりを繰り返し言い続けている。

普段から体調管理に気を使っているはずだったのに、三上は結局風邪を引いた。
連日の夜更かしが原因ではないかと思うけれど、そればっかりは直しようがない。
眠れないのだから起きているしかないだろうと、諦めた。

               

静かな寮の、静かな部屋。
普段うるさいくらい賑やかで、自分のプライベートを確保することすら難しいはずの場所が、やけに寂しい場所になっていた。
普通に学校へ行っていれば授業をしている時間なのだから、当たり前といえば当たり前ではある。
風邪を引いたせいもあってか、妙に心細くなっているのかもしれなかった。
こんな寮を、三上は知らない。

けれど、それ以上に不本意な考えが熱で浮かされた脳に浮かぶ。
側に誰かいてほしいと思ったときに浮かんだ顔が、同室者でも幼馴染でも悪友でもなく、たった三日。
そう、たった三日共に過ごしただけの一人の少年だったから。

下の名前も知らない。彼は自己紹介の時ですら、ファミリーネームしか告げなかった。
ただその存在だけが数カ月経った今でも鮮やかに残る。
数えるほども言葉を交わした記憶はない。
元々人見知りをする上に、ある程度興味がないと存在を認識することさえしない三上である。
たとえ数回とはいえ顔見知り以外の人間と言葉を交わしたことは珍しいことと言ってよかった。
それこそ、渋沢が不思議そうな顔をするくらいには。
それでも、今はなぜもう少し話しておかなかったのかと悔やむ気持ちがあった。

こんなに。
こんなに会いたいのに。

咳が出て喉が締め付けられる。
こんな風に思い出してしまうのはひどくなる一方の頭痛の所為だ。
きっと。
だって別に三上にとって彼はそこまで必要な人間ではなかったはずなのに。
少なくとも、選抜合宿の、あの場では。
ただ、こんな状況で思い出すのが彼の顔だというのなら、今の三上にとってはどこか特別な人間だったのかもしれないけれど。

"設楽"

たった三日の記憶が三上の心を苦しめる。

猫を彷彿とさせる目だとか。
意外に口が悪いところだとか。
ああ笑ってた時の顔はどんな風だっただろうか。

たった三日の記憶が三上の胸を締め付ける

それは、まるで恋をしているようだと、誰かがいれば、口に出したかもしれない。
けれど生憎この部屋には三上しかいなくて、そう思ったことがどんな感情に起因するものか、風邪で働いていない脳では考えることも出来なかった。
だから結局、枕元に置いたままの携帯を三上はじっと見つめていた。
電話したら出るかな、なんてぼんやりと考えて。
実際携帯のメモリには最終日にせっかくだから、と教え合った番号とメールアドレスが登録されている。
三上がかけたって設楽は何も不思議に思わないだろう。
それは確かに、辰巳や渋沢に言うように、いきなりあれをしろこれをしろと言われればさすがに困るかもしれないけれど。

別に今までかけようとしたことがない訳ではなかった。
なんとなく、かけづらくて先延ばしにしていたら、先延ばしにしていた所為で余計かけづらくなっていただけで。
ならいっそ、久しぶり、と言ってやればいいだけのことなのに。
番号もアドレスも、登録されているのに、三上は自分の記憶だけで一字一句間違えずに反芻出来る。それは、何度も何度も、かけようとしていたからに他ならない。
なのに結局メールも電話も本当にはしたことがない。
何か重要な用事がある訳でもないのにかけることができない、というのはおそらくただの言い訳だ。
三上はくだらない用事でも親しい人間にはメールを送るし、電話だってする。
顔が見えない分、面と向かって会うよりずっと楽な、連絡手段だ。

朦朧とする意識の中で、三上は携帯を手に取り、ボタンを一つ一つ押していく。
風邪という症状が、三上から思考能力を奪っていて、そしてそのおかげで、会いたい気持ちを、なんとなくだと、片付けてしまえた。
たった十一個のボタンを、けれど最後まで押せたのははじめてのことだ。

意識がだんだんと暗闇に溶けていくような感覚を、必死に振り払いながら携帯電話に視線を合わせる。
発信ボタンに親指をのせて軽く押す。
症状が悪化しているのか、ただそれだけのことすら今の三上にとってはひどい苦痛を呼び起こした。

出ないだろうか、出てはくれないだろうか。
出てほしい、出てくれたらいいのに。
時間が時間だけに、出られないのかもしれない。

ぼやけた視界でディスプレイを見つめる。
数回のコール音が何時間にも感じたのは身体が限界を訴えている所為だろうか。
白濁に溶ける意識。三上はそれに抗うことも出来ずに意識を手放した。

三上が意識を失ってから約数分後、力なく握られた携帯から着信音が鳴る。
それは三上が必死になってかけた人物からのものだったけれど、その音にさえ三上は起きることが出来なかった。

              

              

カタリと小さな音が三上の部屋に響く。
苦しそうに呼吸をくり返す三上を見て設楽はため息を零した。
注意深く、極力音を立てないように設楽は三上の横たわるベッドのそばに腰を下ろす。
そして三上の手に握られた携帯を見て、設楽はくす、と笑った。
そっと手から携帯を外させて、その代わりとでもいうように設楽は三上の手に自分の手を握らせた。
三上の表情が、少しだけ和らいだような気がした。

一部の真面目な人間なら、学校を抜け出して一体何をしているんだと非難するかもしれない。
けれど別に設楽はいわゆる優等生でもないし、真面目な訳でもない。
そて三上の着信の後、ここへ忍び込むという選択は、誰に何を言われようと、だからなに?と一蹴出来てしまうほど、至極当然のことだった。
風邪を引いたときに人恋しくなるのも心細くなるのも仕方のないことだし、そんなときに三上が自分を呼んでくれたことが何よりも嬉しかったからだ。

数ヶ月前の、たった三日共に過ごしただけの関係。

たった三日だ。
けれど、されど三日とも言い替えることもできる。

「ねえ三上サン…運命の出会いってさ、信じる方?」

小さな声で、独り言のように。
会いたくて、声が聴きたくて、でも勇気が出なくて。
最後のボタンを押せずにいたのが三上だけでないことを知っているのはお互いの携帯電話だけだ。

たった三日。
そのたった三日が内に棲む何かに火をつけた。

だとしたらこれはきっと運命の出会いなのだろうと思う。

「…した…ら……?」
「久しぶり、三上サン」

きっと、たった三日の絶対運命。

               


風邪で寝込んでいたときに頭が沸いて書いた設楽三上。
恋に落ちるのは時間じゃない。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!