月の無い夜は嫌いだった。
自分の居場所がわからなくなって、どこに立っているかもわからなくなって立ち尽くす。
危なげで不安定な精神が顔を出して、このままどこかへ消えてしまいたくなる。『ねえ、早く迎えに来てくれないと、どうなっても知らないよ?』
人気のない夜の公園は昼間とは違って不気味なほど静かだ。
学校から寮へと続く坂道の途中にある小さな公園は三上の逃げ場所だった。
ジャングルジムの天辺に登って何をするでもなくただ月の無い空を見上げていた。
真っ暗な、空。
空には申し訳程度に二つ三つの小さな明かり。
星というより、真っ黒な画用紙に点々と落とされた白っぽい絵の具のようだと思った。
じ、と眺めていると足場が不安定なせいもあってか宙に浮いているような感覚に陥る。
誰もいない、公園。
小さな公園特有の薄暗い街頭だけでは自分の存在を確認するのには役不足だ。
真っ暗な闇の中確認できるのはジャングルジムの冷たい感触だけ。
冷たい、風。
空を見上げて三上が待っているのは自分の居場所を与えてくれる人。
心の中に三上のスペースしかないような、不器用で優しい人。
誰より自分のことをわかってくれる誰より大切な人。
「早くこねえかなあ…」
呟いて眼を閉じると視覚を遮ったことで聴覚が鋭敏に活動を始める。
結果的に耳を澄ます形になって聞こえてきたのは聞き慣れた足音。
三上がここにいることなんて、長い付き合いの中ですでにわかっているだろうに、急くように早足な。
彼が必ず来てくれるから、彼を信じているから、三上が抜け出すと言ったら、彼はどんな顔をするだろう。
怒るだろうか、それとも、やはり、と困ったように笑うかもしれない。
近づいてくる足音。
絶対自分を見つけてくれるだろうという、傲慢なほどの信頼。
足音が止まり、三上が空から視線を移すと予想通りに辰巳が立っていた。
明らかに心配そうに、でも三上を見つけたことに対しては少しほっとしたように。
優しい眼で見つめる三上だけの居場所を持った人。
三上が寮を抜け出すのは初めてではないし、三上が辰巳が迎えにきてくれることを待っていることもわかっているはずなのに。
「たーつみっ」
「三上…」
能天気な三上の声音に辰巳はため息をつきながらジャングルジムの下までやってくる。
辰巳が両手を三上の方へ伸ばすと三上はジャングルジムから離れた。
彼は絶対に自分を抱きとめる。だから何の躊躇もなくその腕に飛び込んだ。
ぎゅう、と抱きしめられて、三上の冷え切った体に辰巳のぬくもりが伝わってくる。
「…心配した?」
「当たり前だ」
「いつものことなのに?」
「それでもだ」
その言葉に三上が嬉しそうに笑うと、やれやれと言って、辰巳はまた一つため息をつく。
「なあ、俺のこと好き?」
「ああ」
「…ホントに?」
「でなかったら探しに来ないだろ、こんなに」
「うん知ってる。俺も辰巳のこと好きだよ」
月の無い夜は寮を抜け出して。
自分のことだけ心配してくれる人が迎えに来てくれるのを待って。
自分の存在を確かめたくなる。
自分は、そこにいてもいいのかと。
彼は自分をそこまで想ってくれているのかと。
けれどその度辰巳は三上を探しに来る。
場所も理由もわかっていて、それでも必死に探しに来る。
そうして、二人ともようやく安心するのだ。
三上は、辰巳が探しに来てくれたことに。
辰巳は、三上が自分を待っていてくれたことに。
大嫌いな夜の、大好きな確認作業。
きっと地球の反対側にいたって辰巳は三上を見つけてくれると信じてる!(きらきら)
それくらい通じ合ってると鼻息荒く主張。
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