気付けばよかった。その大切さを。

たったひとことが伝えられないまま。
口にすることが出来ないまま。
好きだと伝えることが出来ないまま。
繋いだ手を握り返すことが出来ないまま。
彼は消えていく。

この気持ちをどうすれば。
一体どこにやったらいいのだろう。

周りをちゃんと見て歩け、とか。
人に巻き付いて喜んでんじゃねえ、とか。
ばたばた騒々しくてウザイ、とか。
少しは大人しくしてられないのか馬鹿、とか。

そんなことが言いたかった訳ではない。
けど。
今更それを訂正する先はない。

賑やかな声はもう聞こえなくて。
温かい手はもう触れることが出来なくて。
いつも見ていた笑顔はもう見ることが出来なくて。

ずっとそばにいてくれた存在はもうどこを探しても見つからない。

人が死ぬのは自然の摂理だ。
火葬をすれば骨しか残らない。残るとすれば思い出くらいだ。

けれどその存在はなかったことには出来ない。
たとえその存在が土に還ろうと、心に痼りは残ったまま。

何千度という高温の中に、思い出も愛しさも吸い込まれていってしまったかのように。
身体がそこにあるだけの肉人形と同じような自分を、それでも生きていると評するのなら、その根拠はどこにあるのか。
いっそ彼と同じ屍となってしまいたいと思う。

息の根を、誰か止めてくれたらいいのに。

苦しくて、哀しくて、淋しくて仕方がない。
そんなにも大切な存在だったなら、最初からもっと大切にしていたらよかったのに。
予測出来ないような未来を、けれど少しくらい想像してみればよかった。
そうすれば、言えなかったと後悔することは避けられたかも知れないのに。

何千度という高温に焼かれてしまえば、そんな感情からも解放されるのだろうか。

残った骨はまだ少し暖かくて。
それでもそれが彼だとはどうしても思うことが出来ない。
そうだと思うことを、脳が拒否していた。
だって、砕かれてしまったかのような骨の欠片に、どうして思い出を見いだせるだろう。

一欠片だけくすねたその骨を、祈りを込めるように砕いて飲み込んでみた。

何も変わらなかったけれど、自分の細胞の中に彼が生きていると思い込むことにした。
どこを探してもいないのなら、せめて、自分の中に彼が存在していると、幻想を抱いたって構わないではないか。
ずっとそばにいるからと言ってくれた言葉を、なかったことにはしたくないから。
ひとりぼっちで生きていくには、三上は少し、弱すぎたから。
幻でもいいからそばにいてくれると、思っても、きっと彼なら許してくれる。

愚かなことだというのは自分自身が一番よくわかっていた。
現実を見据えることが怖ろしい。
誰にどれだけ罵倒されてもいい。悪い夢だよと、だってこんなにすぐ近くにいるよ、自分に言い聞かせる。

『だって俺、本当は、本当に、大切だったのに』

口にすればきっと彼は喜んでくれた。それはわかっていたのに、結局恥ずかしくて、実際には一度だって口にすることは出来なかった。
後悔ばかりが胸に残る。
最後に、最後になんかしたくないと思う自分を叱咤して、最後に。

『誰より、愛してたよ。今も、愛してるよ。』

聞こえているといい。
自分は言葉の安売りをしない主義だし、こんな恥ずかしい言葉を何度も言えるほど器用でもない。
言えなかった言葉を、心の中で必死に叫んだ。

これからもきっと、心に棘は残る。
忘れることは出来ない。忘れることを許さない。
彼がいたことを自分は絶対に忘れない。
そして自分が愚かであった所為で伝えられなかったことを、忘れてはいけない。

いつかまた出会えたとき、今度こそ伝えるために。

藤代が交通事故で死んじゃったとしたら〜と物騒なことを考えて書いたもの。
言わなくたって別にいつか言えばいいとか、言わなくたって伝わってるなんてことはないと思う。
あるかもしれなけれど、誰だってたまには言葉がほしいと思う。