冬がくる。
はらはらはらはら雪の舞う冬がくる。彼がドイツへと旅立ってから、どれくらいの月日が経ったのか。
初めて出会って、春がきて、夏がきて、あっという間に過ぎて行った。
思い出以外に三上に何も残すことなく、天城はこの国を後にした。
泣くなよ、と彼にしては珍しく優しい声で笑って。
彼が尋常ではない時間悩んで、苦しんで、そして決断した渡独。それを引き止める術をもたなかった三上は、後姿を見送ることさえ苦しくて、さっさとその場から離れた。
絶対に帰って来い、と叫んだ。心の中で、聞こえる訳がないとわかっていたから、あらん限りの声で、叫んだ。
もちろん、心の中で叫んだだけなのだから、届くはずはない。
天城も、三上を振り返ることはしなかった。
それをしたら、二人ともそこから動けなくなることくらい、わかっていた。
知らない間に時間は過ぎて。
知らない間に、三上一人きりの秋がきた。
感傷的になりやすい季節は、三上に自分がどれだけ弱かったのかを思い知らせた。
手を伸ばしてもぬくもりを感じるには遠すぎて、永遠に会えないとけじめをつけるには近すぎる、そんな中途半端な距離が天城と三上の間にはある。
平気な顔をして日々を過ごすことには慣れた。
けれど、ふと思い出せば愛しさがこみ上げる。
それがいつまでも過去にしがみついているようで、たまらなく嫌なのに、一度思い返したら、どうしても会いたくて仕方がなくなる。
手紙は書かないと言った。
だから書いてくれなくてもいいと返した。
縛られてしまうと思ったから。
けれど結局、そんなものがなくても三上の心は捕らわれたままで、痛みと悲しみが延々とやってくるのだ。
はらはらはらはら、雪が舞う。
未だ時期には早い晩秋の頃。肌に突き刺さるように冷たい風が吹き荒れる。
やがてそれは、ぽつぽつと雨粒になり、少しして霙(みぞれ)になった。
傘もささず空を見上げているとそれはふわふわとした雪へ姿を変える。
舞い落ちる雪に思い出すのは何故か天城で、重傷だなと小さく呟いてみた。
生きていくには必要ではなかった。
自分にとって天城はそれだけの存在だった。
ただ、生きるだけなら、それでよかった。
ぬくもりを感じるには、不可欠ではあったけれど。
指折り数えて帰りを待てるほど素直でもなく、帰ってこなくても構わないと割り切れるほど強くもなかった。
涙に暮れることはなかったけれど、いつも心のどこかが悲鳴を上げていた。
痛いのは嫌いだ。女々しい自分自身も嫌だった。
だからなんでもないのだと言い聞かせて、日々を過ごしてきた。
だけど。
雪を見て、風を感じて、思い出すのはたった一人の人。
肌に突き刺さるくらい冷たいくせに、どこか優しい、今は遠い異国にいる人。
雪を見上げて、遠く手の届かない空の果てを見つめて、感じたのは淋しさだった。
そばにいたいと、本能が訴えていた。
そう、何よりも純粋な、心の奥の部分が。
呼んでいた。
彼の名前を。
気がついたときには、なぜ、と首をひねることしか出来ないほど自然にドイツ行きのチケットがあった。
所属しているサッカーチームも知らない。言葉だってわからない。住んでいる場所も知らない。
けれど、サッカーに関係している場所に行けば、彼の居場所くらい掴める。きっと。
ここで手を拱いているよりはずっといい。
うだうだと悩むのにもいい加減飽きていたし、見つからなければ終わりにしようと決めた。
この地域で飛行機に乗るなら場所は決まっている。
そう、大抵の場合は。天城が出て行ったのも、この空港だ。そして三上も結局その空港を選んだ。
雪が降る、そこへの入り口に立ったとき、三上は声を漏らした。
「あ、……」
ドイツ行きのチケットは、役に立つことはなかった。
「亮…」
いろいろなことがぐるぐると脳裏を駆け巡って、言葉がうまく出てこない。
それは天城も同じだったのか、しばらく距離を開けたまま、呆然と見つめあっていた。
「うっそだあ…」
口にした途端、泣きそうになって、それが悔しくて、けれどどうしようもなく嬉しかった。
会いたかった人に会えたのだ。嬉しくない方がおかしい。
ふわりふわり雪が降る。
冬がその訪れを告げる真っ白な使者。
はらはらはらはら雪の舞う冬。
人を、泣けるほど愛しいと思えた午後。
泣いて赤く腫れた瞼を撫でてくれた手はどれだけかぶりのぬくもりを三上に与えてくれた。
当時のキリリクで書いたもの。
なんでドイツ行っちゃったのー!と言いたかったのは三上じゃなくて佐倉でした。
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