瞬間幸福原論
開けてはいけないと言われた扉の先に、たとえばこの世のすべての災厄が待ち構えていたとして。
けれどもその奥にひっそりとでも三上が待っていてくれたなら。
中西は何の迷いもなくその扉を開くだろう。
そのせいで、世界中が未曾有の大災害に見舞われたとして。
自分の隣で三上が少しでも微笑んでくれたなら。
その扉を開いたことに、きっと何の後悔も抱きはしない。

不特定多数の顔も知らない誰かのしあわせなんかがほしい訳ではない。
ほしいのは誰かなんて曖昧なものではなく、ほしいのはたった一人だ。
だからそんな、どこかの誰かのしあわせなんかどうでもよかった。

どうでもよかったんだ。

           

                

中途半端に開いた窓から室内に風が入り込みカーテンを揺らす。
小さく、けれど確実に耳には届く程度の音に設定したオーディオのボリュームはバラードを聞くのに最も適していた。
生温くなったアルコールをそのままほったらかしにして、読みかけの雑誌も床に散らかしたまま。
薄暗い部屋の中、三上も俺も、程良く、酔っていて。
ほんのちょっとだけのつもりでしたキスが、止まらなくなっていた。

             

腕を取り、引き寄せた身体を抱え込むようにしてベッドに倒れ込む。
軋むベッドの音が妙に室内に響いた。
熱っぽい吐息と、潤んだ瞳。
三上、と名前を呼ぶと、少し不服そうに、名前で呼べ、と返された。
少しだけ考えて、亮、と呼ぶと、三上はとろけそうな笑みを浮かべて中西の名前を呼んだ。
中西、ではなく、朗、と。
名前が特別だなんてことは、今まで一度たりとも思ったことはなかった。
けれどそう呼ばれた瞬間、確かに心臓の鼓動は大きく波を打って、一欠片くらい残っていた理性が音もなく壊れていった。

              

抱きしめたら、案外と抱き心地はよかった。
薄っぺらな布が阻んでいただけなのに、それすらもどかしく思えて、余裕がないと頭の隅で思う。
触れた先から溶け爛れて、一緒くたになってしまえばいいと思った。
指先でなぞるように三上の肌を撫でまわすと、中西以外誰も聞いたことないような声で、三上が鳴いた。
それは、甘ったるいような、啜り泣くような、腰に響く声だった。
会話なんてなかった。
無意識に名前を呼び合って、キスを交わした。
抱きしめて揺さぶるとはらはらと髪が舞って。
その度にふわりといい匂いが鼻に届いて、少ししてから髪の毛の匂いなんだと理解する。
その匂いに誘われるように額にキスを落として、長ったらしい前髪の奥の表情を見ると、訳もなく優しくしたくなった。

          

亮、と名前を呼んだ。
自分に出せる最大限に優しい声音で。
すると三上は、いろいろな感情をごちゃまぜにしたようなひどく弱弱しい笑みを浮かべて中西にしがみついてきた。

この時がすべてであったらと、中西は三上を抱きながら思っていた。

原始的な行為だけがすべてであったら。
何も気に病む必要なんて、なかっただろうか。

              

              

次に気付いたときには、薄暗かった部屋は明るくなっていた。
反射的に自分の横に目をやる。
寝息を立てて眠るその顔に、少し疲労の色が見て取れたけれど、ともかく無防備にも、あのままずっと隣にいてくれたのだとわずかに安堵して、息を吐いた。
あどけない寝顔だ。まだ子供といって差し支えないような。
悪戯でもしてやろうかと思って手を延ばし、けれどその手は頭を撫でるだけだった。
少しだけ三上が身じろいで、その腕が不意に自分の方へのばされる。
寝惚けているのか、なんなのか。
三上の腕はそのまま中西の首を捉え、自分の方へと中西を引き寄せた。
三上、と呼びかけてやめる。
亮、と囁くように名前を呼んで、閉じたままの瞼にキスを落とした。

ゆっくりと目が開いて三上の瞳に中西が映る。

おはよう、と言いながらまたキスをしたら、三上は名前呼んでとねだった。
なんとなく甘ったれた口調が可笑しくて、抱きしめたまま何度もキスをして、その合間に要求通り名前を呼んだ。

亮、と。

三上は笑った。それがなぜかとても嬉しくて、愛おしかった。
朗、と不意打ちのように返されて、中西に浮かんでいた笑みが深くなる。
言葉には言い表せない感情を抱えて強く抱きしめる。
抱き返してくれた腕が、泣きたくなるくらい、しあわせだった。

                

           

それは、そう。たとえばの話だ。
開けてはいけない扉を開けてしまって、これ以上ないほどの災厄が世界を襲ったとして。
それでもこの柔らかな温もりと引き換えに出来るなら。
扉を開いたことにきっと中西は一切の後悔も抱かない。
たとえそれが束の間であったとしても、自分の隣でほんの一瞬、微笑んでくれたなら。

この世のすべてを引き換えにしたって、構わないくらい、彼を好きだと思う自分がいる。

天秤が傾くのは、他の誰でもなくて。
たった一人、三上にだけ。

ほしかったのは、三上と共にあるしあわせ。
長い長い人生の中で、たとえ瞬きする程度の時間だとしても。
自分の隣で、彼が笑ってくれる、そんな小さなしあわせがあればそれでよかった。

             

それだけで、よかったんだ。

               


パンドラの箱を開けて、最後に残った希望が三上なら、迷いなくあけられる。
そんな妄想の産物。(もっと他に言い方が…)

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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