遠い夏の日
祭囃子が聞こえる。
浴衣を着せてもらって、近所に住む辰巳とともに夏祭りに出かけた。
お祭りだからとお小遣いをもらって、今日ばかりは子供でも夜に出かけても怒られない。
そんな特別な日だ。

「良平、りょーへーい」
「どうした、あきら?」
「金魚、ほしい」
「金魚すくい?…どこにあったかな…」

人ごみの中、金魚すくいを探すのは至難の業だ。ただでさえこの祭りは規模が大きく、近郊の人間もやってくるくらい盛大な祭りだ。
歩いてきた道にあっただろうかと考え、とりあえず行ってみるかと三上と手を繋いで辰巳は歩き出した。
それに三上もついていく。
しばらく歩いて、急に人の数が増えた。
しっかりと握っていたはずの手が、離れる。

「りょう、」
「あ、あきら!」

大人の腰までの背丈もない子供が、流れに沿って歩く大人たちの群れに逆らうことは不可能に近かった。
二人であれば、通れないね、の一言ですんだのに。
気付けば流されに流されて、先ほどまで辰巳といた場所から遠く離れてしまっていた。

「良平、良平どこ?」

三上の問いに答える人間はいない。
道を覚えるのは辰巳の役目で、三上はずっと辰巳に手を引かれて歩いてきた。
探すにしても、この人の量は半端でない。
そんな中で子供一人を探すのは金魚すくいを探すより至難の業だ。

心細くなって、涙する。

「りょーへいどこぉー?」

うあああん、と泣いても、祭りの喧騒の中だ。誰一人気付くものはいない。
人ごみから少し離れて、しゃがみこみ、ただ泣いた。

こんなことならもっと強く、辰巳の手を握っておけばよかった。
それは辰巳の方だって同じだった。
必死で探している。けれどこんなとき、子供の力は小さい。辰巳が必死で探そうと、三上が辰巳とはぐれて泣いていようと、どうにもならない。

        

「なあ英士、あのこ迷子じゃない?」
「えマジで?どこ?結人、どこにいんの?」
「ほら、あそこ」
「…ああ、そうかもしれないね」
「あんなこ一人でいたら誘拐されちゃわないの?ニホンて平和だね」
「潤慶は黙ってろって、物騒だよ日本だって」

   

「…ねえ、どうしたの?」

不意に声をかけられて泣き顔のまま顔をあげる。
そこには四人の少年が三上を心配そうに見ていた。
これが大人であれば、知らない人についていってはいけないと普段からきつく言い聞かされている言葉が浮かんだかもしれない。
けれど目の前の少年たちは三上や辰巳と同じくらいの子供だった。

「誰かとはぐれたの?」
「良平と一緒にいたの。けど、…」
「あー、人いっぱいだもんな、しょうがない、」

また泣きそうになってしまって、けれどそれは、ごつ、と音に驚いて止まってしまった。
黒髪の、やんちゃそうな少年がもう一人の黒髪の少年に殴られていた。

「そゆこと言う前にちょっとは泣き止ませてあげようとか思わないの?」
「英士、殴る前に口で言って…!」
「もっとやっちゃえヨンサ!」
「黙れ、お前は」

ふわふわとした髪の少年がよしよし、と三上の髪を撫でる。
ぱちぱちと瞬きをすると、その少年は大丈夫だよ、一緒に探してあげるから、と言って笑った。

「一馬も潤慶も少しは結人を見習うべきだと思うけど」
「……うう」
「ゴメンナサーイ」
「で、君名前は?」

警戒心はなかった。この人たちは、三上に危害を加えることはない。知らない人だけれど、きっと大丈夫だと、確証もないのに三上は思った。

「あきら。三上、あきらって言うの」
「あきら、ね。俺は結人。あっちの今殴られてた方が一馬。髪の短いのが潤慶。最初に声をかけたのが英士だよ。よろしくね」
「うん」

結人の笑顔は、不安でいっぱいだった三上の心をやわらげてくれた。
結人の説明に不服があったのか、一馬は少し頬を膨らませている。それを潤慶はけたけたと笑いながら見ていた。
こいつらは当てにならない、と英士はまず三上の状況をどうにかするために、いろいろと訊ねることにした。

「家はどこかわかる?電話番号とか」
「…わかんない。良平が全部、そゆの、やってくれたから」
「良平ってじゃあどんな子?」
「あきらより大きいよ。同い年なのに」
「うーん、どんな格好?苗字はわかる?」
「…青い浴衣だった。あきらのしてる帯とは形が違うけど、おんなじようなの。苗字は、んと、辰巳だったと思う」

三上のたどたどしい返答ではわかりづらいだろうに、四人は辛抱強く聞いてくれている。
ちなみにこのとき、四人は三上のことを女の子だとしか思っていなかった。
うさぎの柄の浴衣だったことや、縮緬生地で作られたうさぎの形の髪飾りをしていたことも、兵児帯の色が女の子がつけるような色だったのも、その理由だ。
それは、ただの辰巳の母親の趣味だったのだけれど。
どこから見ても男の子にしか見えない辰巳のその母親は、三上の認識が甘いことをいいことにそういったものを着せたがった。女の子がほしかったのだという母親に、辰巳はじゃあ妹でも何でも買って来いともいえず、着飾られていく三上を見ているだけだった。
着飾った三上が、辰巳も好きだったからに他ならないのだが、思わぬ弊害があった。
三上を知らない人間が必ずといっていいほど、彼を女の子だと勘違いすることだ。

「可愛い浴衣だね、お母さんに買ってもらったの?」
「ううん、おばちゃんに作ってもらったの」
「こんな可愛い子とはぐれるなんてその良平ってのももったいないことしたね」
「ん???」
「ね、男のカザカミにもおけないってやつ?」
「お前は無駄にがんばって日本語を喋るな」

会話がうまく理解できず首をひねっていると、一馬が声をあげた。

「あー!クレープ!なあ、クレープ食わね!?」
「…今そんな場合じゃないでしょ、一馬」
「あき、だっけ、お前も食べたいよな?な?」
「う、うん」

迫力に負けて頷くと、一馬は走っていって、しばらく経つとクレープを五つ持って帰ってきた。
当然のように渡されたクレープに戸惑っていると、お前の分、と渡される。

「やった、一馬のおごり!」
「めずらしいね、一馬のおごりなんて」
「…迷子には優しくしろって言ったの英士だろ」
「よしよし、エライエライ」

イチゴと生クリームがまかれた甘い匂いのするクレープ。このときの三上はまだ、甘いものが好きだった。
いい匂いにつられて口に含むと、思った以上においしくて、そんな場合でもないのに笑顔になった。

「あ、笑った!」

結人が心底嬉しそうに笑う。
ああ、自分は本当に心配されていた。
それが嬉しくて、申し訳なくて、

「ごめんなさい、ありがとう」

と四人に丁寧にお礼を言った。
その表情に、どこか四人は満足そうに笑って、祭りの喧騒とは場違いな和やかな雰囲気がそこに流れた。

     

結局、辰巳を探すには、迷子センターに行って、まず話をしてみることしようと落ち着いた。
迷子センターの担当員は、快く承諾して、しばらく後、放送が流れた。
5歳くらいの女の子を預かっています。うさぎの柄の浴衣をきた子です。お心当たりのある方は、…と続けられたのだが、三上は男だ。
一番近い場所にいた一馬の服の袖をひき、それを訂正する。
三上以外の人間からすれば、勘違いしても仕方のないくらいの見た目なのだが、三上にはなぜ間違えられたのかもよくわからない。

「お前男の子だったのか?」
「うん」
「…おとこのこ…」
「え、ニホンてこれが普通なの?」
「違うはず」
「え、あの、おとこのこだと駄目?いけないの?」
「いや、そんなことはないんだけど」

そんな会話をしていると、先ほどの放送を聴いた辰巳が走って迷子センターまで来ていた。
彼は三上が女の子に間違われる可能性が高いことも、三上がそう思われていることに気付く性質でないことも知っていたから、もしかしたらと思って駆けてきたのだが。
それはやはり間違っていなかったようだ。

「すまん、あきら、大丈夫だったか?」
「うん、あの人たちが助けてくれたの」

そう言って、四人を指し示す。
辰巳は四人に深く礼を言って、親に連絡したから、車のこられるところまで移動しようと言った。
その辰巳にちょっとだけ待って、と断りを入れて、三上は四人の元へ行く。
そのまま帰るだろうと思っていた四人は不思議そうに見ていた。

「あのね、ありがとう。一人で怖かったの、助けてくれてありがとう」

最後に、また会おうね、と三上は口にして辰巳の元へと戻っていった。
残された四人は顔を見合わせ、子供の口約束が可愛くて、思わず笑い出した。

「あれで男の子はサギだよね」
「うんうん、見えない」
「可愛かったもんな…」
「あれ、一馬くんの初恋が生まれちゃったりした訳?」
「んなこたねえ!」
「でもまた会えるといいね」
「…うん」
「俺、来年もこっちこられないかなあ」

そんな遠い昔の夏祭りの出来事。

   

     

     

時は過ぎて、選抜合宿の時期まで飛ぶ。
簡単な自己紹介のようなものを済ませて、英士も、結人も、一馬も、顔を見合わせて黙り込んだ。
小さい頃の夏祭りの約束が、今ここになって果たされるなんて思わなかった。
女の子のようにしか見えなかった彼は、本当に少年の姿に変わっていて、少し驚いたけれど。

「ねえ、三上さん、三上さんてさ、武蔵森のMFなんだよね?」
「そうだけど」
「武蔵森ってさ、辰巳良平って人、いる?武蔵森じゃなくても、…知ってる?」
「…辰巳の知り合い?」
「いや、違うけど、…似たような感じ」
「幼馴染なんだ。ここには来てないけど」
「そっか」

じゃんけんの結果、英士が訊ねに言った。
名前も、あの時一緒にいた少年の名前も同じ。綺麗な黒髪も、記憶と同じ。
間違いなく、彼はあのときの彼だと、三人は確信した。
結局、それは、胸の中にしまっただけで三上には伝えなかったけれど。

「やっぱりあの三上さん、あきらだったよ」
「…ちょっと想像と違った成長してたな」
「いや、あんなもんでしょ」
「ちょっと笑い話だよな、俺らの初恋」
「潤慶とかへこみそう」
「それよりさ、向こう、覚えてると思う?」
「さあ…?」
「でも幻滅しないあたり、重症だと思う…」
「悔しいけど、同感…」

そんなことを、三人が話しているとき、少し離れた場所で、三上は少し困ったように彼らを見つめていた。

           

覚えていたのは、彼らだけではない。
ひとりぼっちになって、心細かった三上を救ってくれた、ヒーローのようなものだったのだ。
けれど、あの頃よりずいぶんと三上は捻くれてしまっていて、

俺ら、あったことない?

なんて、素直に聞くことは出来ない。
話し振りからすると、覚えてくれているようにも思える。
話しかけられてどきっとしたのは、久しぶりすぎたから。
あれから何度あの祭りに出かけても、出会うことの出来なかった彼ら。だから会うことをもう諦めていたのに。

かといって出会えたからと手放しでは喜べない。だって困る。本当にあの時は子供で、辰巳の母親に今思えば女装に近いことをさせられていたし、泣き顔すら見られている。
だからなんでもないように会話をしたのだけれど。

いつか、言えたらいいな。

     

         

この思い出を本当の意味で共有するのは、もう少し先の話。

               


U-14+潤慶と三上幼馴染説を必死で布教していた時代の産物(笑)。三上が一馬たちより年下みたい!
てゆか幼馴染説、うちの小説では基本設定ですが、何か。

               

                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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