たったひとつ。
たいせつにたいせつにしまいこんだ、こころのなかのたからもの。
なみだがでるほどだいすきで。
むねのおくがいたくなるほどだいすきで。
かけがえのないそのきもちを、ふしぎとやさしいそのきもちを、だからぼくらはたからものってなまえでよんだんだ。
「あきらーっ」
朝早く、晴れ渡った空の下、結人は待ち人の名前を呼んだ。
すずめがちゅんちゅんと鳴いていて、思わず笑いたくなるほど平和で、そんな中結人は一生懸命三上に向かって手を振った。
まるで小さな子供がするように自分を呼ぶ結人に、遠くから歩いてくる三上が苦笑する。
それをわかっていて、それでも手を振り続けていると、彼は仕方なさそうに笑って、ばーか、とくちびるが動いた。
それさえもなんだか嬉しくて結人も笑った。
それは、呆れるほど平和で、退屈なほど幸せな一日の始まりだった。
「あれ、一馬と英士は?」
「あー英士は眠気覚ましにコーヒー買いにいってる」
「一馬は」
「ばかずまは電車乗り遅れたってさー」
「ふうん」
わざわざこの俺が早起きしてるのにイイ度胸してんじゃねーかばかずまめ、と口にすると、コーヒーを片手に戻ってきた英士は三上の言葉を聞いていたのか、ふふ、と笑みを浮かべていた。
あくびを噛み殺しながらそう言う三上は、おそらくがんばって起きてきたんだろう。
彼は大変な低血圧で、休みの日などは昼間で寝ていることも珍しくはない。
重たそうな瞼が、見ているこっちまで眠気を誘ってくるようで、いつもの悪態ですら迫力はない。
「おはよう、亮」
「ああ、はよ英士」
「はい、コーヒー」
亮用に買ってきたんだ、と英士が言う。
どう反応するべきか悩んで、それでもとりあえず三上は礼を言って受け取った。
そんな三上の後ろから顔を出し、まるで俺の分は?とでも言いたげに英士を見ている結人に二人は苦笑して、英士はポケットに入れていたカフェオレを渡す。
缶を開けると風に乗ってふんわりと甘い香りが届いた。
「あき、ごめん遅れたっ」
息をきらせて走ってきた一馬は、三上を見るなり顔の前で両手を合わせて謝罪の言葉を叫ぶ。
心底申し訳なさそうな面もちに三上はまあ仕方ないか、と思った。
大体待ち合わせ場所が悪かったのだ。
住んでいる地域がばらばらな人間が遊ぶとなればどうしても距離が問題になる。
比較的交通の便がいい場所に住んでいても三上のように遅刻するような有様なのだ。
今日の待ち合わせ場所には、記憶が確かなら、一馬が一番遠い。
「遅刻したのはいいんだけどさあ一馬ー」
「亮にだけなんだ?謝るの」
「あ、え、結人も英士もごめんっ」
嫌みのつもりで言った二人に慌てたように謝る一馬。
その光景があまりにも可笑しくて三上は思わず吹き出した。
けらけらと笑う声に毒気を抜かれたように三人は溜め息を吐いた。
「…行こっか、買い物」
「そーだな」
「昼飯は一馬のおごりでね」
「当たり前だろ、それくらい」
「えー!?」
不満そうにぼやく一馬を放って三人は歩き出す。
一馬もその後に続いて歩き出した。
立ち並ぶ店先の、ディスプレイされたトルソーに目が止まる。
白地に、クロスやストーンのついたシルバーチェーンが飾られていて、シャツ一枚なのに、それだけで充分存在感のあるものだった。
こんなデザインの服は、英士も結人も一馬も着ることはない。
「なあ、」
「うん」
「…だよね」
何ごとかを目配せして頷くと、トルソーに見向きもしないで露天商のアクセサリに熱中していた三上を、三人は引き寄せる。
慌てて三上が振り返ろうとすると六本の腕に縫い止められた。
三上の背にはガラス。…もとい、ガラスごしに、先ほど三人が見ていたトルソーがあった。
「んだよお前らっ」
「やっぱりさ、これ似合うと思うんだけど」
「うん、ちょっと亮は大人しくしてて」
「結人、やっぱりこれじゃね?」
「どう思うよ英士」
「や、もしもし?聞いてる?だから何がしたい訳?」
「俺としてはこれの黒だったらもっといいと思うんだけど」
「それもいいけどさー」
色がどうだとか形がどうだとか。
三上が呆然としているうちに話はどんどん進んでいく。
気が付けば三人に手を引っぱられて、問題のトルソーを展示していたお店に連れ込まれていた。
突き刺さる奇異の目。と思ったのは三上の思い過ごしかも知れないが。
そんな三上に引き替え三人はとても楽しそうだ。
あれやこれやと服を持ち出しては三上に合わせてぶつぶつと言っている。
「着せ替え人形かよ…」
いやまったくその通りだった。
半ば三上が諦めかけてため息をついていると、三人の方もどうやら落ち着いたらしい。
三上の手にはいつの間にやらショップバッグ。
照れくさそうに笑う一馬とにっこりと微笑む英士。満面の笑みを浮かべた結人は、何がそんなに楽しいのかと思ってしまうほど心底嬉しそうな顔をしている。
持たされたバッグと中身、三人の顔を交互に見て三上はどう反応するべきかを本気で悩んでいた。
「これ…」
訊ねようと口を開くと待っていましたとばかりに結人が笑う。
毒気を抜かれるその笑みにつられつつ発された言葉に何とも言えない表情になった。
は?プレゼント?
誕生日でも、クリスマスでも、その他何やら思い当たる行事を探し出してもプレゼントをもらうようないわれはない。
しかも服。先ほどちらりと見たあの店の服の値段は決して安いものではない。少し混乱した頭で、おろおろとしている三上を見て、三人は苦笑してしまった。
「何かあるからあげるってものでもないでしょ」
「気持ちを形にしたいときに渡すのがプレゼントだろー」
「気にいらねえ?似合うとは思うんだけど」
そう続けざまにそう言われてしまっては、三上に返せるのは苦笑くらいしかない。
三上の浮かべた表情に三人は安心したように息を吐く。
その時あたたかい何かが胸にあった。
それはきっと、三上も一緒だっただろうと思う。
たったひとつ。
たいせつなたいせつな、こころのなかのたからものに。
だいすきなきもちをわたしたくて。
だいすきなきもちをかたちにしたくて。
きみが、わらってくれますようにのきもちをこめて、せいいっぱいのいとおしさをかたちに。
「…じゃあお返ししねーとなあ」
「別にいいよそんなの」
「そうそう、俺たちがあげたかっただけだし」
「まあまて。それじゃあ俺の気持ちがおさまらねえから、…うーん、今から10秒以内に言った願い事一人に付き一つだけ聞いてやろう」
「え」
「いーち、にーい、さーん」
「うわ早え!」
「え、えっと」
「ろーく、なーな、はーち」
「わ、ちょっとあきタンマ」
「きゅーう…」
「「「一生ずっと一緒にいて!!」」」
「………」
「…………」
「時間切れー」
「えー」
「ちゃんと10って言う前に言ったって!」
「…あーはいはい、うるせえなあ」
「亮?」
「約束だからなー…お前らこそ忘れんなよー」
「あ、ああ!」
「絶対、な」
先を歩こうとしていた三上の、振り返ったときに見せた笑顔。
息が止まりそうだと、思った。
子供だましの約束が、けれど叶えばいいと、強く。痛いほどに三人は思った。
…呆れるほど平和で、退屈なほど幸せな、…かけがえのないときがそこにあったんだ。
U-14にとって三上さんは宝物であればいい。いや、潤慶もですが。
今回はいないので、とりあえず。
これもキリリクものですね。
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