「みっかみ先ぱーい!!」 それなりに賑やかな松葉寮に、それでも一際大きく響く、元気のいい声。
廊下で辰巳と立ち話をしていた三上に向かってその声の主、藤代は走りこんで抱きしめた。
藤代に言わせれば抱きしめたつもりなのだが、傍目にはタックルをかましているようにしか見えない。
案の定さほどフィジカル面において強くはない三上はバランスを崩し、辰巳の方へと倒れかかってしまう。
「あれ?どうかしたんですかー?」
人畜無害そうな、けれど三上にとっては腹立たしいことこの上ない笑顔で、藤代は首を傾げる。
辰巳に支えてもらいながら三上はその笑顔を睨み付けた。
「いい加減にしろよ藤代…」
三上がそう口にしても藤代は特に気にした風でもない。いつものことだからだ。
それどころかまたしても三上の反感を買うような一言を発する。
「いちゃこき中でした?」
「誰と誰がだ!!」
目の前で繰り広げられる言い合いに辰巳は三上を支えながら、苦笑が浮かべていた。
またやっている、と。
三上は自分が辰巳に支えてもらっていること自体は特別珍しいことではないので、その状態のまま、藤代に言い返している。
この状態が藤代から見ていちゃついているように思えたことを、三上も、おそらく辰巳もきっと気付いていない。
無意識下でいちゃついている辺りがこの二人は手に負えないのだと評したのは誰だったか。
「辰巳先パイ、辰巳先パイ」
「なんだ?」
三上との言い合いもそこそこに藤代は辰巳に向かって話しかけた。
そしてようやくくちゃんと立ち上がった三上の腕を抱え込んで、自分よりも十センチほど高い位置にある辰巳に人畜無害…ではなく、わかる人にははっきりとわかるほど挑戦的な目をして藤代は辰巳を見た。
無論、付き合いの浅い訳でない辰巳は、藤代の視線の意味を正しく汲み取ることが出来たけれど。
「負けませんからね、俺!!」
いきなりの宣戦布告に、辰巳は少し困ったような笑みを浮かべて藤代の頭をぽんぽん、と叩いた。
「絶対負けませんからね俺!辰巳先パイにも竹巳にもキャプテンにだって負けませんから!!」
「そうか」
そうか、としか言えない辰巳に、べ、と舌を出してまで宣言した藤代の臑に、先ほどから口を挟む余地すら与えられずに腕を抱え込まれていた三上の強烈な蹴りが炸裂する。
さすがに司令塔なだけあって、とでも言うべきか、藤代はその痛さに三上の腕を放して座り込んでしまった。
声にならない悲鳴を上げている藤代を、いっそ冷たいと言えるほど軽く無視をして、三上は辰巳の腕を先ほど自分が藤代にされていたように抱え込む。
「俺をおいて勝手に話進めてんじゃねえよバカ代」
「……」
「オラ、行くぞ辰巳」
半ば面食らったように、いや、少し呆れていたのかもしれない。あまりにいつも通り過ぎて。飽きないのだろうか、藤代も、三上も、と。
そんな辰巳の思いを知ってか知らずか、辰巳の腕を引っ張って三上は歩き出した。
「おい、いいのか?」
スタスタと藤代を置きっぱなしにして歩く三上に一応藤代のことを訊ねてみる。
するとやはり予想通りの答えが返ってきた。
「いいんだよ。どうせすぐに復活しやがる」
復活という扱いに少しだけ同情しながらも、ああなるほどな、と納得してしまうのは藤代の普段の行いの所為だ。決して辰巳の所為ではない。
「それとも何。もっと藤代に優しくしろって?お前に対してより?」
未だ腕を抱え込んだままで訊ねてくる三上に、辰巳は自由な方の手でこつんと三上の額を叩いた。
浮かんでいた笑顔は三上以外の人物は知らない表情。
「そんな訳あるか」
「…ならよし」
辰巳の答えに満足したのか三上はこちらも辰巳しか知らない表情で笑った。
やはり藤代が宣戦布告をした相手は間違っていなかったのだ。
「……ねえねえ誠二」
床にうずくまったままの藤代を見下ろしながら笠井は呟いた。
蹴られた臑を押さえている訳ではなく、ただただへらへらとしまりのない顔をしている藤代に、通りがかった笠井は呆れたようにため息を吐く。
三上にどれだけ無下にされても藤代はそれで楽しいらしい。
今日も三上先パイ可愛かったなあ、などと呟いているのがいい証拠だ。
まったくもって邪魔で仕方がない。
普通廊下でこんな風にうずくまってたら誰だって近寄りたくはないだろう。
自分の部屋でにたにたと怪しい笑顔を振りまかれても、同室である笠井にとってはどちらにしろ迷惑この上ないのだが。
「絶対馬鹿だろお前」
とりあえずそれだけ口にして笠井は藤代を見捨てて通り過ぎていった。
語尾に疑問符さえ付けられていなかった辺り、容赦ない。
一番最初らへんに書いたもの。
ベースがすでに出来上がってる。藤代の(ひどい)扱いとか。
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