第一話 「初めまして」と「久しぶり」
正門前は、下校途中の生徒が多く見受けられた。
「あーぁ、やっぱり成田からどんなに飛ばしてもこのくらいになるか・・・」
「しょうがないよ、綾。飛行機が遅れたんじゃ・・・まだこの時間に来られただけ、マシだと思うよ」
ため息を吐く俺に、親父はそんなことを言った。
予定では、昼前にはここに着いて校内を回るはずだった。けれど、天気の関係で飛行機がなかなか飛ばず、
この時間になってしまったのだ。
「・・・ま、最大の原因は、親父が入学式の日取りを間違えたせいだけどな」
「・・・綾、もうその話は耳にたこだよ。いい加減、根に持つのは止めてくれよ」
何度も同じ話をする俺に、今度は親父がため息を吐いた。
本来ならば俺は数週間前、他の新入生とともにここ・青春学園の入学式に参加するはずだった。
けれど、隣にいる親父が連日の徹夜続きで日取りを間違えて覚えてしまっていたのだ。
それに気づいたのは、入学式から三日後のこと。
慌てて入学手続きやら出国手続きやらを行ったが、意外にもこれが時間がかかった。そのため、俺の入学は他人よりも
遅れてしまったのだ。
折角、新品の制服を見ながら入学式を楽しみに待っていたのに・・・確かに、全部を親父に任せていた俺にも責任があるように
思うけど、チケットも取ってなければ出国手続きもパスポートの更新もしてなかったってどういうことだよ・・・・。
根に持つなと言われても、無理な気がするぜ・・・。
「・・・それよりもさ、俺、テニスコート行ってもいい?ここのテニス部、見学したいんだけど」
「別に良いけど・・・場所、分かる?」
「あぁ、大丈夫。じゃ、行ってくるよ」
俺はヒラヒラと手を振って、テニスコートの方へ歩き出した。
「騒ぎだけは起こさないでよ〜」
そんな親父の言葉を聞き流し、俺は脳内に保存されている学校の地図を頼りにスタスタと歩いて行った。
ここ、青学はとにかく広い。俺は以前親父から見せてもらった地図が頭にあるからいいが、初めて来た奴なら百発百中、
道に迷うだろう。
「えっと、ここを曲がって・・・」
鼻歌交じりでテニスコートへと続く角を曲がった瞬間、視界に入ったテニスコート。
と、同時に、耳に入った鈍い鈍いボール音。
「な、なんだぁ〜?」
すっげーガットが緩んでるな・・・どこのどいつだ?そんなラケットでテニスしてるの。
コートの周りには人だかりが出来ていた。俺は金網越しにその隙間からコートを覗いた。
「えっ・・・リョーマ・・・?」
俺は自分の目を疑った。
幼馴染のリョーマが試合をしている、それも超が付くほどのオンボロラケットで。
「・・・なーにやってるんだか、リョーマの奴は・・・」
何度も打ち返していくが、ボールはネットを越えることはない。
試合相手や周囲の様子から、何となく状況が把握できた。
リョーマの生意気な態度が気に入らない先輩が、アイツのラケットを隠したんだろう。そしてちょっと調子に乗ってリョーマを挑発した。
リョーマはリョーマで、それに気づいて挑発に乗った・・・。
「・・・・バカだねぇ、あの先輩も」
リョーマのことを甘く見てると、痛い目を見るというのに。
と、その時だった。鋭い打球音がコートに響いた。
「う、打てた!?」
誰もが、我が目を疑う。それもそうだろう、あんな年代もののラケットで打ち返せるなんて思ってなかったんだから。
相手だって、そう思って高を括っていた・・・でも、それが仇となった。
今の今まで、アイツはラケットの感覚を調節していただけなのだ。リョーマほどの実力を持ってるヤローが、あんなラケット
ごとき扱えないはずがない。
はぁ、とため息を吐きながらも、俺は言い知れない期待というものを感じ取っていた。
親父と、おじさんが通った学校・・・・ここで俺は、自分を変えられる出会いをするんじゃないか・・・・っていう期待だ。
まぁ、その前にリョーマを止めねぇと・・・久しぶりに話もできねぇ。
俺は背負っていたテニスバッグからラケットを、そしてポケットからボールを取り出すと、リョーマが打ち込んでいくそれ
目掛けてサーブを打った。
ガシャンという音が周囲に響き渡る。
ボールが2個、金網にぶつかって地面を転がった。
「何かおもしれーことやってんじゃん。俺も混ぜてくれよ、リョーマ」
全員の視線が俺に向けられる。その表情のほとんどが、当たり前だけど驚きで占められていた。
「っ!?」
その中で一番驚いていたのは、やっぱりリョーマだった。
「よっ、久しぶり。元気そうじゃん」
手をひらひらさせ、ラケットをカバンに戻しながらリョーマのところへ歩いていく。約一ヶ月ぶりの再会。
「久しぶり・・・って、何呑気に言ってるんだよ。何でがここに・・・」
「何でって・・・来ちゃ悪いのかよ?明日から通う、学校の下見に」
「えっ・・・?」
リョーマが大きく目を開く。イマイチ俺の言葉を理解できてないみたいだ。
「俺、明日から青学の生徒なんだよ。お前と同じ、1年2組に転入だ」
ポンと肩を叩き、俺はにこっと笑った。
「改めてよろしくな、リョーマ」