「進路・・・良好。各部、問題ありません」
オペレーターの声に合わせるようにドッキング・ベイが開き、艦体へと擦れるような金属音を伴って接続される。
各部のランプが完了を示す緑色へと変わり本局ドックとのドッキングが無事に終了したことを告げ、ブリッジは安堵の空気に包まれた。
「みんな、ご苦労だった。一週間ゆっくり休んでくれ」
そう言ってクルー一同を送り出したアースラの若き艦長──クロノ・ハラオウンは管理局本局の床に降り立つと、
自身もまた18歳という若さに似合わぬ、ほっとしたようなため息をついたのだった。
魔法少女リリカルなのはA’s
‐局員勧誘計画‐
ドック入りの報告書にサインをし終え手荷物を抱えた彼は、ふとドリンクの自販の置いてある休憩所へと足を運んだ。
・・・まぁ、何故か、と聞かれても返答には困るのだが。
これといってすることは残っていないし、久しぶりの我が家にさっさと帰って母や妹の顔を見て団欒したほうが当然、心身共に休まる。
特に理由もなく、単に少し喉がかわいた「ような」気がしたから何か飲み物でも買うかと曖昧に進行方向をそちらへ向けたというのが正しいところである。
大した時間のロスになるわけでもまい。家には帰る前に予め連絡を入れるつもりだったから、それを一服してからにすればいいだけの話だ。
フェイトはもう家に帰っているだろうか、微妙な時間ではあった。
「・・・、売り切れか、怠慢だな、設備管理の担当は・・・・」
手元のコインを数枚投入しボタンに手を伸ばしたところで、彼は普段愛飲する品、
無糖のブラックコーヒーに品切れを示すランプが灯っていることに気付いた。
わずかに顔をしかめながらも隣の甘さひかえめと書かれた別のコーヒーのボタンを押し込むと、
ガコンと音を立てて缶に入ったホットのコーヒーが取り出し口へと落下してくる。
───ブラックばかり飲んでると、胃が悪くなるんだよー。てゆーかクロノくんブラックばっか、親父くさーい。
昇進と同時に最近髪を伸ばし始めた旧知の女性オペレーターの声が脳内で聞こえた気がするが、それは無視し。
腰を曲げて取り出し口へと手を伸ばし、細い缶を引っ張り出す。
「あれ?お兄ちゃん、戻ってきてたんだ」
と、中身を撹拌するよう軽く缶を振っていると、聞き慣れた少女の声が背中から聞こえた。
この声は───・・・・、振り返ると当然そこには、妹の見慣れた顔があって。
「ああ、フェイトか・・・なんだ、はやてとなのはも一緒か」
「うん、お疲れ様」
「なんや、うちらはおまけかいなー」
「あはは・・・お仕事大変?」
なのはにはやて。よく見知った顔の二人の少女もまた、彼女に伴う形で並んで微笑んでいた。
「いつ戻ったの?」
「ああ、さっきだよ。これを飲んだら家に連絡するつもりだった」
「そっか」
自販機の取り出し口から出したコーヒーの缶を目の前に出してみせる。
「そっちはまだ、仕事か?三人、揃って?」
「うん、そんなところ」
「そうか────・・・って、さっきから気になっていたんだが」
「?」
ぐるり、と目の前の少女達三人の服装を見回して、尋ねる。
「なんで三人共、戦闘服なんだ?局内で」
そう、彼女達三人が今身に着けているのは局員の着る管理局の制服ではなく。
それぞれに特徴のある、三人が自らの魔力で組み上げたバリアジャケットと呼ばれる戦闘用の防護服であった。
実戦で現場に出ている場合などならともかく、デスクワーク中心の本局局内で着ているのは珍しい。
「あ、これ?これなー、いちいち解除するの面倒やし」
白い帽子を脇に抱えた、黒ミニスカートの騎士甲冑のはやてが答えるが、いまいちその答えでは事情が飲み込めない。
「?・・・模擬戦でもやってたのか?」
それにしては彼らの防護服が汚れていない気もするが、クロノに思いつくのはそのくらいであった。
しかしどうやら三人の微妙な表情を見る限りでははずれらしい。
「んー、ちょっと違うかな。ってあれ?クロノくん、リンディさんから聞いてない?」
純白のロングスカートに紅い宝石を首にかけたなのはの言葉でクロノはますますわからなくなる。
はて、母であるあの提督は何か言っていただろうか。フェイトのほうを見てみても、首を傾げるだけで要領を得ない。
「?」
と、局内放送を告げるメロディが流れ、呼び出しをかける担当官の声が室内に響く。
『テスタロッサ執務官、八神捜査官、高町教官、8番訓練室にお越し下さい。繰り返します、テスタロッサ執務官・・・・』
「お?」
「あ、休憩終わっちゃった。もう行くね、私たち」
呼び出しの放送を受け、フェイトは小さく手を振りながらバリアジャケットの黒マントを翻らせて踵を返す。
なのはとはやても頷きあってそれに続いたので、クロノもそれに応じ空いた片方の手を振り返した。
「遅くなるのか?」
「わかんない、その時は連絡するから、先に帰ってて。母さんはもう戻ってるから」
「それじゃあねー」
「ああ」
それならまあ、一足先に帰宅することにしよう。
飲み終えた缶を握りつぶしてダストボックスに放り込むとひとつ、大きく伸びをして。
今度こそ久々の帰宅となる我が家に向かって鞄を持ち上げたのだった。
* * *
────さて。そういったことが一昨日あったわけだが。
(一体・・・・)
どうして今、こういう事態になっているのだろう。
口角から泡を飛ばしかねない勢いで身を乗り出して喚きたてる二人の人物に、クロノは状況が把握できなかった。
・・・ここは本局内にある、クロノの提督としての執務室。
基本的に彼はアースラ勤務であるから使うこと自体はそんなに多くないが、本局にいる間は自分に割り当てられたこの部屋で書類関係の仕事をしていることが多い。
艦長としての忙しさから幾分解放され、落ち着いて静かに仕事のできる数少ない場所であった。
────いや、ほんとに「であった」なのである。あくまで、過去形。
「一体、何考えてんだよこのバカ提督っ!!なのはになんであんなことを・・・」
「・・・・・」
無限書庫の司書という肩書きを持つ眼鏡の少年と。
「私はあなたを見損なったぞ、クロノ提督!!よりによって主はやてを・・・」
「・・・・・・」
烈火の将の異名をとる、緋色に光沢を放つ長髪の女性から攻め立てられている現状から言えば、まさしく過ぎ去った過去の静寂である。
「・・・・えーと」
何故に今、理不尽に自分はこの二人から散々非難されているのだろう。
クロノは全く以ってその原因と思われるべき事象に、心当たりがない。
「とりあえずユーノもシグナムも、落ち着いてくれないか・・・・?」
「「これが落ち着いてられるかっ!!」」
二人の声が見事にハモるが、気圧されようにも理由がわからない以上気圧されることができない。
二人の固めた拳に勢いよく机上がバンバン叩かれるがどうしたものか。
「・・・・すまない、全く事情が飲み込めないんだが・・・・」
「君が知らないわけないだろ!!あの三人に共通の一番近しい上司は君じゃないか!!」
「いや、だから・・・・ん?待て。・・・三人?」
三人ということは、つまり。はやてと、なのはと。
「・・・・フェイト?」
「他に誰がいる!?自分の妹まであんなものに駆り出すとは情けない・・・!!」
「????」
さっぱり、わけがわからない。三人に対して、ユーノやシグナムがこのように血相を変えて抗議に来るような命令、出した覚えがない。
大体フェイトはともかく、あとの二人には一昨日休憩所で会って以来、まだ一度も会っていないのだから。
───命令なんて、出しようがないではないか。
「まだ白を切るつもりか!?だったら放送を見てみろ、放送を!!」
シグナムが、部屋の壁に備え付けられたモニター画面を指差す。電源を入れて放送されている内容を見てみろということらしい。
「放送?・・・なんなんだ、一体」
頭から湯気を出す二人に促されるままリモコンを操作し、スイッチを入れる。
「8だ。ミッドチルダ公共放送」
わかったから、落ち着け。心中でそばのフェレットもどきにつっこみ、チャンネルを動かす。一体、何を自分に見せようというのやら。
「別にこれといってー・・・・・」
『『『私たちと一緒に、働きませんか?』』』
「・・・・・・・・・・・・・・は?」
* * *
「な・・・・」
スパーンと。
そりゃあもう全力全開、フルスイングでスパーンと。
頭をスリッパか何かでおもいっきり叩かれたかのような衝撃に全身を硬直させた彼の目は、点のようになりながらも。
その原因である映像に映る、画面上の三人の少女を捉えていた。
「な・・・・な・・・・な・・・」
『時空管理局では、将来有望な人材を随時、募集しています』
繰り返し流される映像によって、彼の目はモニターへ釘付けになっていた。
『経歴は問いません。やる気と能力次第で、あなたも十分エースになる機会があります』
放送されている公共の電波、それによって映し出されているのは。
『一緒に、次元世界の安全のためにがんばりましょう』
愛機レイジングハートを手に視聴者に向け天真爛漫な笑顔を見せる高町なのはであり。
肩に乗った掌サイズの小さな少女・リインフォースと共にウインクする八神はやてであり。
閃光の戦斧・バルディッシュを抱いて恥ずかしげに赤らめた顔で微笑む最愛の妹、フェイト・T・ハラオウンの姿だったからである。
彼女達は一様にバリアジャケットを身に纏い、その愛らしい声と姿で画面の前に座る者達を管理局へと勧誘している。
バックは現場で戦う彼女達の凛々しい表情。画面下方にはご丁寧に、テロップで本局の連絡先まで出ているほどだ。
「なんだ・・・これは・・・・・?」
「聞きたいのはこっちだよ!!クロノじゃないのかよ、これ指示したの!!」
「・・・・んなわけないだろう・・・・誰がするか・・・」
「なら一体誰が命令したというのだ、あなたは・・・!!主はやてに悪い虫がついたら・・」
「わかった、わかったから落ち着いてくれ、シグナム・・・」
今にもレヴァンティンで斬りかかってこようかと思える勢いのシグナムをなだめ、両手を挙げて制すると、彼は机に両肘をついて頭を抱えた。
なるほど、二人が血相変えて抗議にくるわけだ。大方局内のモニターか何かでこれを目撃して、慌ててクロノの元に駆け込んできたのだろう。
シャマルあたりはしっかり録画テープに保存したりもしていそうだが。
「・・・多分、いや。間違いなくあの人の仕業だ・・・・・」
そしてこういったことを考え、実行しそうな人間といえば、思いつく限り一人しかいない。それが余計にクロノの頭を痛くする。
一昨日のなのはのあの不思議そうな顔と言葉からすると、自分には内緒で行われたことらしい。
「心当たりがあるのか?」
「・・・・君達だってよく知っているだろうに・・・・」
────・・・・あの親バカ、上司バカ。
クロノの抱えた頭の中には、自身のDNAの半分を共有する、上司にして母親の。
見たくもない、煮ても焼いても食えないとびきりの笑顔がうかんでいた。
* * *
───同時刻、別の執務室において。
二人の女性提督がクロノたちと同じようにモニターをみながら、こちらはのんびりとお茶を飲んでいた。
「いやー、やっぱりうちの子もなのはさん達もかわいく映ってるわー」
翡翠にも似た色の独特の髪をひとつに纏めた親バカにして上司バカこと、リンディ・ハラオウン提督と。
「三人のおかげで昨日の初放送以来、入局志願者からの問い合わせが普段の3割り増しよ。人事部担当としては助かるわ」
それを利用した管理局人事担当の眼鏡の女性、レティ・ロウラン提督である。
「しかし考えたものね、局内の人気アンケートトップ3のあの子達をCMに使って男性局員の募集するなんて」
「3人のかわいさの成せる技よ。フェイトは恥ずかしがっていたけれど、やっぱり正解だったわぁー」
放送を繰り返す3人の少女のコマーシャルを前にレティは満足そうに。
一方のリンディは年甲斐もなくキャーキャー言って自分の娘や部下達の映像に黄色い歓声をあげている。
「でもよかったの?人手不足解消に協力してくれるのはありがたいけれど、こんなの出ちゃうとフェイトちゃんに変な男がついちゃうかもよ?」
「だぁーってぇー、うちのフェイトの可愛いさをもっとたくさんの人に知って欲しいじゃなあい?
それにあの子、クロノに似たのか仕事一筋で浮いた話も全然ないし。いい年頃なんだからそろそろ彼氏の一人でも親としては・・・・」
「あーはいはい、そうね」
放っておくと際限なく親バカっぷりをぶつけられそうだったので、適当に流すレティ。紅茶を一口飲んでから話を変える。
「・・・で、第二弾のアイディアがあるんですって?」
「そうそう、そうなのよ。今度はヴィータさん起用で更に特定の趣味の方々を・・・・」
────とてもとてもはた迷惑で、かつ重要な(?)、お仕事の話へと。
End・・・多分。