下足箱の中に入っていた、真っ白な封筒。
彼女はそれを、さりげなく、ポケットに仕舞いこんだ。
差出人の名前は無く、表書きには「高町なのは様」と、几帳面な文字が並んでいた。
「おはよう」
「おはよう」
ある日の朝。
いつも通り、通学バスに乗り、半ば指定席化している最後部座席に4人で座る。
程無くして学校に到着。
靴を仕舞い、上履きを取り出す。
ふと、なのはの方を見る。
ちょうど下足箱の表扉を空ようとするところだった。
・・・どうしてこの娘は、いちいちその仕草が絵になるのだろう。
アリサやすずかに話してもあまり要領を得ないのだが、自分はそう信じている。
そのなのはが、中のなにかに気付いたようだ。
真っ白な封筒。
ふと可愛い顔を傾げて思案し、それを右手で、上履きは左手で。
こちら側の右手に収まっている封筒の表書きがはっきり読める。
そのまま、封筒は彼女のポケットに消えた。
やっぱり、と思う自分と。
そんな馬鹿な、と考える自分。
「・・・フェイト?どうしたの?固まって」
後ろから、アリサの怪訝な声が聴こえる。
なのはのポケットの中のモノに気付いたのは自分だけらしい。
黙って上履きを引っ掛けた。
授業開始。
時折、黒板へ追加される白チョークを板書しながら、頭は別のことを考えている。
朝の封筒。
封筒であるからには、きっと中には何か入っている。
「高町なのは様」
手書きのあの文字には、一体どんな心が込められているのだろう。
ふと、なのはを見やる。
真面目そうに教科書を立て、その内で、白い紙を開いている。
目を凝らす。
が、この位置では読めない。
と。
こちらを向いたなのはと目が合う。
微笑んだなのはは、紙を折りたたんで机に仕舞った。
「・・・・さん。起きてますか?87ページの3行目からです。フェイトさん?」
「あ!すみません!読みます!」
教科書を指差して教えてくれる隣のクラスメートに感謝しつつ、音読する。
頭の中では白い紙がぐるぐると回っていた。
らぶれたー、なんだろうな・・・
下駄箱になんて仕込んで。
楷書で宛名を入れて。
白い便箋。
・・・何て、書いてあるんだろう・・・
貴女を見ていました。
貴女に憧れていました。
貴女に惹かれました。
貴女が好きです。
貴女が好きです。
貴女が好きです。
御返事お待ちしています。
付き合ってください。
放課後、校舎裏に来てください。
後から後からフレーズが浮かんでくる。
困ったことに、それを書く人の心が理解できる。
なぜなら、それらこそ、自分がなのはに伝えたいと思っていたことそのものだからだ。
「・・・と、いうわけなんだけど」
休み時間、アリサとすずかを廊下に引きずり出す。
「えっと、その、私達に相談されても」
「フェイトちゃんは、なのはちゃんのこと、好きなんでしょう?」
「・・・うん」
「いやいやいや、知ってたから。今更そんな反応されても」
自分としては隠していたつもりなのだが、友達の目は誤魔化せなかったのか。
「ということは、フェイト、なのはとはキスとかマダー?」
「っな、き、ききき、きす・・・!」
「・・・(え、なにこの初々しい反応は?)」
「・・・(私たちが思っていた以上に、進んでいないようね)」
「・・・(「私の、私達の全ては、始まってもいない」?)」
「・・・(何もこんなことにまで・・・)」
「そんなことより、よ」
「その手紙の内容によれば・・・」
「どっかの男に、なのは、獲られちゃうよ」
「・・・そんな」
「いいの?許せるの?というかあんた、なのはから自立できるの?」
「結果がどうであれ、一度、なのはちゃんに伝えてみる方が・・・」
二人の言い分は尤もだ。
毎日のお弁当も含め、なのはの居ない生活は考えられない。
そして、もはや猶予が無いということも分かっている。
「・・・だけど、こわい」
受け入れられるならいいが、拒まれたら。
そもそも、女同士でこのような感情を抱くなど、異常としか言いようが無い。
確かに最近、校内でべたべたしている女子がいる、という噂も聞く。
でも、だからといって、自分達が上手くいくということとは無関係だ。
いや、しかし、だからといって・・・
「・・・(どうすれば?)」
「・・・(さあ・・・)」
結局、何も出来ず放課後を迎えた。
意を決し、なのはに話しかけるが。
「あ、ごめんねフェイトちゃん、今日、一緒には帰れないから、一人で帰ってくれる?」
「・・・あ、うん、わかった・・・さよなら」
もう、なのはの顔がまともに見られず、鞄を掴んで教室を飛び出した。
「・・・・・・はぁ」
これで何度目のため息か。
教室を出たはいいが、とても帰る気にはなれず。
屋上で年甲斐も無く黄昏る。
「・・・はふ」
今頃、なのはは誰と会っているのだろう。
丁重に断るのだろうか。
或いは彼を気持ちに応えるのか。
そのまま2人して、お店を巡るとか。
手を繋ぎ、腕を組み、あちこち歩き回るとか。
並んで座り、肩を抱いて、愛を語り合うとか。
そして、そして、そっと、き、キスなんかしちゃったり。
誰も見たことの無い、頬を染めたなのはの顔を想像してみる。
「・・・・・・っう」
両手で固く握り締めた手すり。
その間に、透明な雫が、後から後から落ちていく。
「なのは、なのはぁ・・・」
誰にも届かない、精一杯の想いをこめて名前を呼ぶ。
「呼んだ?」
「・・・え?」
「呼んだ?フェイトちゃん?」
「どうして・・・?」
「ここにいるって思って来てみたら、私の名前呼んでたから」
「そうじゃなくて、相手の男の子には?」
ああ、と白い封筒を渡される。
震える指で、4つ折の白い便箋を取り出し、開く。
真っ白だった。
「・・・・・・・・・・・・え?」
なんで?と見やると、なのはは俯いている。
肩が震えている。
「あはははははははははは!」
お腹を抱えて笑い出した。
「ごめんね。まさかこんなに上手くいくとは思わなくて」
「・・・え?」
「だから、騙してごめんなさい、フェイトちゃん」
「じゃあ・・・」
「はい、なのはの自作自演でしたー♪」
力が抜け、座り込む。
呆然と、なのはを見上げる。
「・・・なんで?」
ようやく、その言葉を吐き出す。
なのはが視線を逸らせた。
「・・・だって、フェイトちゃん、何も言ってくれないから、ね・・・」
「だから、こんな、酷いこと思いついて」
「これでも駄目だったら、もう、フェイトちゃんのこと、諦めようかなって・・・」
黙って、なのはの言葉に耳を傾ける。
最後のほうは、涙声でよく聞き取れない。
我慢できず、なのはを、しっかりと、抱きしめた。
「なのは、ごめん、ごめん、ごめんね・・・!」
「わ、私のほうこそ、騙したりして、ごめんなさい・・・!」
なんだ。
2人して、臆病者だったんだ。
柔らかな風が、吹き抜ける。
一言も交わさず分かり合った私達は、誰も見ていない屋上で、キスをした。
翌日。
なのはと手を繋いだ私は、これ以上なく上機嫌で学校に入る。
「・・・ねえすずか、あの2人、なんかあったのかな」
「・・・あったんでしょうね」
「分かってるのかな?噂のべたべたしてる女の子達って・・・」
「今日からは、らぶらぶしてる女の子達、になるわけだね」
「・・・いいなぁ」
「羨ましい?」
「・・・すずか、えっと、その・・・この際、付き合っちゃおうか?私達も」
「嬉しい。実は私もそう思ってました・・・と」
「んあっ、ちょ、こんな人前でっ!」
「あら?アリサちゃんはキス嫌い?」
「い、いや、その・・・」
とかなんとか。
「はい、フェイトちゃん、あ〜ん」
「あ、あ〜ん」
「こ、ここで見せ付けるか、こいつらは・・・」
「・・・あ、居たたまれなくなって逃げ出す人達も」
「・・・すずか、あんた明日はお弁当持ってこなくていいわよっ」
「まぁ。手作り愛妻弁当?すずか嬉しい〜」
「ど、努力はするわ」
その後聖祥で、友達関係以上に仲よさそうな女の子達というのが流行ったりとか。