買ったものを持参のエコバッグに仕舞いながら、
プレシアは『ガトー13世のショコラパイ』の事を思い出していた。
箱にプリントされていた写真を、どこかで見たような気がする。
CMだろうか? いや、アリシアを失ってから、テレビを見た記憶などない。
解約手続きも面倒だったので、受信料は相変わらず銀行口座から引き落とされていたが、
テレビは時の庭園に引っ越した際に処分してそれきりだったはずだ。
「……母さん?」
「……なんでもないわ」
思考を中断された苛立ちに、エコバッグをフェイトに押しつけて足早に車に向かう。
フェイトに目を向ける事などするはずもないが、子供が持つにしては相当重いバッグを、
抜けないようにそこに手をやりながら頼りない足どりで必死に付いてくるのが、
走り回る子供や余所見の主婦に当たらないように展開している知覚魔法のおかげで感じられた。
こんなものの心配をしているわけではない。
鰹出汁で炊いて挽き肉餡をかけた大根を食べ損ねたくないだけだ。
かつての同僚の一人が、実家から送ってきた大根で作って振る舞ってくれた料理だった。
アリシアには先端の細いところを使い、幼い箸でも摘めるようにしてくれた配慮がうれしかった。
研究員にならなかったら農家を継いでいたか保父になっていたと語る、ちょっと太った青年だった。
デスクの上にはいつも菓子があり、新聞を読みながら菓子を食べるのが彼の習慣だった。
アリシアにも良く菓子をくれたが、実際には自分が食べたくて買ってくる言い訳だったように……
(……ああ……そうだった……)
プレシアは昨日の事のように思い出した。
休日の恒例となっていたピクニックの弁当を買いに、一緒にスーパーに行った時の事だ。
鳥もも肉とにらめっこしている間に、アリシアがどこかに行ってしまった。
どうせ、いつものところだろう。スーパーで子供が行くところといえば、菓子売り場と相場は決まっている。
しかし、苦笑しながらプレシアが菓子売り場に向かうと、アリシアは食玩ではなく、パイやビスケットの売り場にいた。
そして茶色い箱を、恭しく捧げ持って凝視していた。
「アリシア? お菓子は一週間に100円までよ?」
プレシアの所得からすれば、子供に菓子を買い与えるのはたやすいことだが、教育上好ましくないと思っていた。
「うん……」
アリシアは茶色い箱を元の場所に戻そうとするが、身長が足りずにうまくいかないようだったので代わりに戻す。
「来週までいい子でいられたら買ってあげるわ」
「うん! アリシアいいこにする!」
「はいはい、いい子だったらね」
「あ、でも! ナノハちゃんキャンディもほしい!」
「どちらかよ」
「どっちか!? うーん……」
大人ぶって腕組みして考え込むアリシアに苦笑しながら、プレシアはずっしり重い買い物かごをレジ台に置いた。
あの時アリシアが持っていたのが、彼がわけてくれた『ガトー13世のショコラパイ』だった。
今とはパッケージも随分違い……いやそもそも、あの時はまだ12世だかひょっとしたら11世だったかもしれない。
結局、あの約束はどうなったのだろうか?
社長の名前が付けられた主力商品で、代替わりの度に名前が変わるのだという、どうでもいい話は覚えているのだが。
覚えていないが、まあそんなことはどうでもいい。アリシアを復活させてからこれまで出来なかった分の愛情を注いであげればいい。
そうだ、フェイトの歩みを待っている時間などない。早く帰って、研究の続きをしなければ。
プレシアは立ち止まり、振り向いてフェイトからエコバッグを奪う。
「母さん?」
「私が持つわ」
「でも、わたし大丈夫だよ」
「いいから、早くしなさい」
プレシアは煩わしそうに言って再び歩き出したが、歩行速度は荷物の為若干遅い。
(母さん…… 持ってくれて、そして歩くはやさを、わたしにあわせてくれてるんだ……)
フェイトの小さな胸はプレシアの無言の優しさと、そしてまだ母親の荷を背負ってあげられない自分のふがいなさでいっぱいになる。
(待っててね母さん…… わたし、すぐに母さんのお手つだいができるようになるから……)
「早くしなさい、置いていくわよ」
「はい、今すぐ、母さん!」