淡緑に輝く鎖が次々に歪なゴーレムへ撒きついていく。
手、足、胴、ありとあらゆる自由を奪い取り完全にその動きを拘束する。身をよじることさえできないゴーレムは諦めるように崩れ落ちた。
「警備システムの誤作動かしら……?」
「多分、そうだと思います。魔力が切れたらまた動かなくなりましたし」
大地に伏したゴーレムに魔力は感じられない。完全に機能は停止しているのだろう。
これで8体目。形も大きさも点でばらばらで、しかも腕がなかったり全身ひび割れていたりの物ばかりだった。
今まで来た道を振り返る。入り口はもう既に指先ぐらいの大きさになっている。改めてこの空間の巨大さに驚いた。
「まさかこの地下にこんな巨大な空間が作られていたなんて……」
「高さ、広さ、実験場としては十分すぎるほどね。まったく敬服するしかないわ、プレシア女史には」
半ば呆れたようにリンディさんはこの空間を見渡した感想を漏らしている。
本当にここは地下なのだろうか。天井は遠く、踏みしめているこの地面だってどこまで続いているのか見当もつかない。
大体、地下だっていうのに照明が必要ないくらい明るいこと事態おかしいことこの上ない。なんらかの魔力作用が施されているのは間違いなく、もしかしたらさっきから襲ってくるゴーレムもその影響を受けて動いていたのかもしれない。
でもそうしたら誰がそんなことをしているのか。生きているのかもしれない彼女の影が脳裏を掠める。
「リンディさん、職員の人たちは後何人残っているんですか?」
「あと二人よ。隊長とその補佐……」
早く見つけないといけない。下手すれば最悪のこともあり得るのだ。
それに僕たちだって早くここから出なければいけない。そんな風に本能が警告してる気がしてならない。
「あっ、リンディさん! あれっ!」
視線の先、赤茶けた大地の上に突っ伏す二人をようやく見つけた。
すぐに駆け寄り容態を確認する。息はあるけどやっぱり魔力がかけらも感じられない。それどころか体温も幾分か低くなっていた。
リンディさんの方はと顔を上げると、ちょうど目が合った。ゆっくり頷くリンディさん。どうやら大丈夫みたいだ。だけど容態はやっぱり深刻らしく沈痛な表情がそれを物語っている。
すぐに転移法陣を張り二人を転送する。
「じゃあ急ぎましょ。もうここにいる理由はないわ」
踵を返しリンディさんが飛び立つ。
後は僕たちもアースラに転移すればこっちの方はとり合えず解決する。僕は再び転移法陣を展開しようと両手を掲げた。
だけどそんなときに限って僕たちの目の前にゴーレムが立ち塞がった。
よく見ればそれはさっき倒したはずのゴーレム。さらにその後ろからもさらに三体が迫ってくるのが見えた。
ガシャリ、と金属がぶつかり合う音。後ろを見ればそこにもゴーレム。
「っ! 囲まれた!?」
遥か遠くまで見渡せていた風景が金属の塊によって覆い隠される。
こんな数なら囲まれる前に魔力の気配で察知できるはずなのに。確かに魔力は感じられる。だけどそのどれもがその巨体に不釣合いなほど弱々しい。
そういえばさっきから出てくるゴーレムもみんなそうだった。
正面のゴーレムがゆっくりと動き出す。頭に相当する部分、その中央、格子の隙間から赤い光が明滅した。
まるでそれは、ここから逃がすわけにはいかないと代弁しているようだ。
「まずい……」
思わず本音が漏れた。
少ない数なら強行突破も可能だったかもしれない。時の庭園で戦った相手に比べればずっと弱い。四、五体以上、今の僕の魔力で完全に拘束できる。
だけど相手は正面に四、後ろに三。しかも後ろから続々と他のゴーレムが加わりその数を増している。
最初こそ警備システムが暴走しているのかと思ったけど、ここまで来るともうシステムが僕たちを完全に外敵と認識しているのだろう。ここのシステムは死んでいない、今も生きているんだ。
「強行突破しかない……?」
「……いいえ、ここは結界を張って」
「えっ?」
覚悟を決めようとした矢先、リンディさんが思いもかけないことを言った。
こんな状況だ。それが冗談ではないのは当然だけど、なんで結界なのか。真意が汲み取れない。
「私の考えが正しければそれでこの子達は止まるはずよ。危険な賭けだけどね……」
「でもなんで……」
「いいから急いで! 来るわよ」
ゴーレムの内一体が大きく動いた。片手を振り上げこちら目掛け動き出す。
これじゃあ選択肢は一つしかないじゃないか。あくまで冷静な態度のリンディさんを尻目に、僕は急かされるまま結界を張った。
僕を中心に広がる封時結界。それは瞬時に空間を覆い周囲と空間と時間の両方を遮断する。
刹那、結界に包まれたゴーレムは唐突に、それこそネジが切れたようにその動きを止めた。
さっきと同じようにゴーレムはゆっくりと傾くと、今度は前のめりになり巨体を大地へ叩きつける。振り上がったままの腕が哀れだ。
そしてそのゴーレムだけでなく、結界内にいるゴーレムは例外なく動きを止めていた。
「…………リンディさん、これって?」
「やはりね。妙だと思ったのよ、こんな大型の魔導兵がこんな僅かな魔力で活動できるなんて」
そう言うとリンディさんはゴーレムへ近づきその体を丹念に調べ始めた。
小さな体がせわしなく飛び回り、止まって、また飛び回る。その動きは臆することなく、まるでゴーレムの体を嘗め回しているみたいだ。
そんなことを幾度か繰り返した後、リンディさんはようやく僕のほうへ戻ってきた。何かを確信したのか表情が少し険しく見える。
「この子達は最初から自分の力で動いていないわ。誰か、大元にあるなにかがこの子達に動くだけ魔力を送っている、今言えるのはそれだけ」
「じゃあ……」
「そう考えるのは早計よ。虚数空間に飲み込まれて生きているなんて常識ではありえないし、それにそれよりももっと説得力のある存在がここにはあるじゃない」
振り返るリンディさんの視線の先。ずっと遠くにあるだろうそれを見ることはここからじゃ叶わない。霞がかった景色の向こう、ヒュードラが僕たちを見つめているのだと思うことはとてもじゃないがいい気分ではない。
確かにただの動力炉が意思を持つことなんてあり得ない。でもそれを認めればこの現象に説明がつく。
「魔力を奪われた職員達もヒュードラの仕業なのかもしれないわね」
「そんなことってあるんですか」
「魔力の流動技術はポピュラーなものでしょ? ある意味いいエサなのかもね、私たちは」
さらりと出た言葉は僕の背筋に寒いものを走らせた。
「すごい推測ですね、僕にはとても……」
「艦長として常に考えられる状況を把握はしなきゃならないでしょ。まぁ、私の場合は女の勘というものかもしれないけどね」
「あはは……」
リンディさんにつられて僕も笑みを浮かべる。
艦長としての冷静さだけではない、言葉の端々の場を和まそうとする気遣い。僕にはとてもじゃないけど敵わない。本当に大人の女性なんだなと敬服してしまう。
「じゃあ早いところここから脱出しましょう」
「ええ」
結界内なら邪魔者は入らない。ヒュードラのことは気にかかるけど何もしてこない所を見ると結界をはられては手が出せないのだろう。重ね重ね、ヒュードラの仕業かなのかはわからないけど。
「転送座標EYD84、37DE……固定」
ともかく今は脱出することだけを考えよう。
雑念を頭から追い出し転移魔法を発動させる。足元から広がる魔法陣。アースラの座標をセットし転送を始める。
そんな時、唐突にそれは来た。
『艦長! 今どこですかっ!!』
「エイミィ!? いきなりどうしたの」
『早くその場所から離れてください。次元震の起こる可能性があるんです!』
「なんですって!?」
洒落にならない一言だった。ただでさえ危険な状況だというのにそれに輪をかける様に次元震だなんて。
嫌な予感がした。これは本当の本当に――ヤバイ。