カーテンの隙間から差し込む光で僕は目を覚ます。
「ん……ふぁ」
欠伸一つして、丸く縮こまっていた体を思いっきり真っ直ぐに伸ばす。
ふと見たベッドになのはの姿はない。なのは早起きだから当然と言えば当然なんだけど。
「日曜日……か」
あれから一週間が経った。反対に言えば一週間しか経ってない。
時間がのろまなのか僕がせっかちすぎるのか、もしかしたらあの出来事は今僕が見ていた夢だったのかもと錯覚すら感じてしまう。
だけど確かに僕らは戦って、勝って、帰って来たんだ。
(そうだよ、僕らは帰って来たんだから)
言い聞かせて頭の中に浮かぶ約束をもう一度強く思い出す。
約束の日。今日は一週間前果たせなかった約束の日。
遠くの方から騒がしい音が聞こえる。普段家の中で走るなんてしないだけに彼女が今日という日をどれほど待ちわびていたのか微笑ましいほどに良く分かった。
足音はどんどん大きくなり、止まる。もちろんそれドアの前で、次にはドアが勢いよく開いた。
「あっ、おはようユーノくん!」
「おはよう、なのは」
既に身支度を整えたなのはが笑顔で立っていた。背中にはリュックを背負い、どうやら準備万端みたいだ。
なのはは僕のところまで来ると左腕を差し出す。
「じゃあさっそく行こう」
「も、もう行くの?」
無言でうなづくなのは。もしかしてと思って時計を見ると時刻は既に九時を回っていた。
随分と寝過ごしてしまったらしい。平和ボケ、というわけではないけど気が弛んでいたみたいだ。
「予定じゃ九時出発だっけ?」
「うん」
「ごめん」
謝りつつ僕はいつものようになのはの腕を伝い肩の定位置へ登る。
「いいよ。わたしも少し準備に手間取っちゃったから」
「準備?」
そう言われるとすごく気になってしまうのは考古学者の性か。そんな僕を横目になのはは人差し指を唇に当てて見せた。
「ふふおねぼうさんには教えてあげない。秘密だよ」
「すごく気になるんだけど」
でもなのはが秘密にしたいならこれ以上聞くことも出来ない。頭の片隅にそれは押し込むことにした。
なによりそうやっておけばどんな秘密か考えるてわくわくできるし、楽しみも増えて一石二鳥だ。
「じゃあなのは、今日は一日よろしくね」
「まかせて。今日はきっとすごく楽しい日になるよ」
満面の笑顔でなのはは頷きと一緒に踵を返す。嬉しさの滲むステップで廊下を、階段を、そして玄関にあっという間にたどり着いた。
「あら? もう行くのなのは」
「うん!」
「車には気をつけてね」
ちょうどよくリビングから出てきた桃子さんにもなのはは笑顔で答える。
「手伝ってくれてお母さんありがとね。お店の方は大丈夫?」
「お父さんも松っちゃんもいるし、それに今日は美由希も手伝いに行ってるから大丈夫よ」
なにを手伝っていたのだろうか? もしかしたらさっきのなのはの秘密と関係あるのかもしれない。
それにしても今日は桃子さん、いつになく上機嫌だ。無邪気な笑顔を振りまいて、すごくはしゃいでるように見えた。
「そうだなのは。後で時間が合ったらお店にいらっしゃいね」
「日曜日だけど大丈夫?」
「なに言ってるの。可愛いなのはのためならお客さんふっ飛ばしても席空けてあげるから」
「それはちょっとまずいかなと……」
もちろん冗談だろうけど、なんだか桃子さんだったらやりかねない気もする。なのはの母親だしやるときはやりそうだ。
「ふふ、楽しみに待ってるわ。じゃ、行ってらっしゃいなのは」
「うん、行ってきますお母さん!」
ドアを開け僕たちは燦々とする太陽の下へ飛び出した。
「ユーノくん、どう大丈夫?」
「……そうだね。気配はないみたい」
僕たちが最初に来たのはいつも魔法の練習をする裏山。まずはここであることをしないと今日は始まらない。
休日だから散策に来ている人がいないか僕は周囲に気を配る。幸い誰もいないみたいで安心した。
「じゃあやるね」
肩から降りて僕は変身魔法を解除する。
光に包まれる僕の体。目を閉じイメージする僕の本当の姿。
――心を開いて。
思い返すリンディさんの言葉。
――気持ちを合わせて。
この世界へ、なのはへ気持ちを合わせて。
「……大丈夫?」
声に目を開けると同じ目線のなのはがいた。
「……そうだね、大丈夫」
本当に大丈夫だった。あれほど体を縛っていた魔力の調律が嘘の様に体から消え去っていた。
今までいろんなことを考えすぎていたけど、言われた通りに僕は心を開いて全てを受け入れた。だから世界も僕を受け入れてくれたんだろう。
今確かに僕はこの世界にいる。
「じゃあユーノくん」
「うん、行こうなのは」
やっと僕らの一日が始まる。
僕らは大地を蹴って駆け出す。風が全身を包み、撫でていく。
「下まで競争しよ」
「負けないよ」
なのはが少し前に出る。僕も負けじと足を動かす。
遠く水平線には巨大な入道雲が立ち上がりまだ南中には遠い太陽が僕らに熱を与える。
だけどそんなもので僕らは止められない。隣にはなのはがいるから。理由になってないけどそれしか考えられないんだからしょうがない。
南風と一緒に坂道を駆け下りながら僕は今日がとても楽しい一日になると予感していた。