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[506]名無しさん@ピンキー 2005/11/19(土) 08:00:08 ID:bnZvb+ET
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フェイト×クロノ (仮題)

眼が音を立てて割れそうなほど乾いている。きっと真っ赤なんだろうな、なんて考えながら僕はリビングの扉を開けた。
まだ朝早く、誰も起きている訳が無い。顔はもう洗ったというのに、今いち頭がすっきりとしない。何か冷えたものでも飲もうと思い、台所へと歩む。
がちゃりと冷蔵庫を開けると、オレンジジュースのパックを発見した。手早く開封し、コップに注ぐ。一気に飲み干すと、痛んでいた喉の痛みも消えた気がした。
「あークロノ君! 私のオレンジジュース飲んでる!」
突如後ろから非難するような叫び声が聞こえた。振り返ると、リビングにこちらを指差しながら怒っているエイミィと、横に佇むフェイトの姿。
「あぁ、おはよう二人とも」
声を出すと、喉がずきりと痛んだ。口を開けて寝てしまったせいなのか、喉が弱っている。
「おはよう、じゃないわよ! それ私のオレンジジュース! 書いてあるでしょ!」
書いてある?って何が? エイミィが指差したパックへと目を向けると、でかでかと『エイミィ専用』なんて書いてある。
ああ、僕はこんなものにも気づかなかったのか。
「すまない、気づかなかった。それにしても二人とも、僕を脅かすためにこっそり入ってくるなんて人が悪いよ」
「……何言ってるの? 私達さっきからずっとここに居たよ」
え?でもさっきは? 整合の取れない事実を明らめるために、僕は壁にかかっている時計に目を向けた。
まだ朝早いと思っていたのに、既に針は皆の起床時間を指していた。
「あれ?」
事実と認識の間にずれが生じている。
「? ちょっと大丈夫? 顔色悪いよ?」
「いや、平気だ」
瞼の上がずきりと痛む。目を開けていられないので、顔を伏せて閉じた。
「声、かすれてるよ……」
フェイトの心配そうな声が聞こえたので、顔を上げて返事をしようとした。
「だ……」
目を開けると、何も見えない。その瞬間足からガクンと力が抜けた。
「クロノ!」
「クロノ君!」
世界が斜めに傾くのを感じた。何が起きたのかも分からず、僕は自分の体重分の衝撃を受け、意識を失った。

――――

混濁していた意識が徐々にはっきりとしていくのを感じた。身体全体の感覚が蘇る。
体が煮られているかのように熱い。関節が削られているかのように、じりじりと痛む。
「っ…つっ!」
目を開けて、それがちゃんと機能しているのを確認する。ただ呼吸をするだけで喉が酷く痛む。以前とは違い、顕著だ。
そうして、僕はやっと自分の身体の変調に気がついた。
僕は自分の部屋のベッドに寝ていた。
運んでくれたであろう誰かさんは、むすっとした態度で視界の端にいた。
「あ、起きた。んもう、いきなり倒れるからびっくりしちゃったよ」
エイミィは僕の額にでこぴんを食らわせた。
「大した病気じゃなかったから良かったけど」
そう言って彼女は、僕の服の下に手を滑り込ませると、脇の下に仕掛けられていた体温計を手にとる。
「38度。こりゃ風邪だねぇ」
エイミィは体温計を眺めると、にやにやしながら言った。
「生水でも飲んだ? 慣れない土地に移る時は気をつけろってあれほど言ったのに」
子供なんだから、と小馬鹿にするような調子。
流石にカチンときて反論をしようとした時、
「違うよ」
僕が口を開く前に、凛とした声が横から響いた。
「クロノはこの頃、闇の書の事件と執務官の仕事が重なって、夜遅くまで仕事してたみたいだから……無理のしすぎだよ」
両手を胸の位置で合わせながら声の主――フェイトは言った。
驚いた。そんな素振りは少しも見せなかったのに、この子は気づいていたのか。
フェイトの言い分にエイミィは少しだけきょとんとする。
そして、感心していた僕の頭を腕で締め付けた。ギリギリと音が立ちそうなほど強く。
「だったらなおさらよね〜クロノ君〜? 自分一人で背負い込むなっていつも言ってるでしょ〜?」
「ぐ、ぐるしいって、エイミィ……」
病に侵された人間にこれは厳しい。いや、それでなくても昇天しそうだ。腕を叩いて降参の意を示すと、エイミィはやっと放してくれた。
風邪が原因なのか、締められたことが原因なのか分からない咳を、げほげほと漏らしてしまう。
「ほんっと……冗談じゃなくて、一人で抱え込まないでよ」
少しだけ寂しそうな表情をして、エイミィは俯いた。僕は黙って彼女の心情を推し量った。それでも譲れないこともある。
「……僕は執務官だ。自分の仕事を責任を持ってこなす義務がある」
そうだ。僕はこの仕事に誇りを持っている。誰にも代わりを任せることなんて出来な
「でもねぇ、無理して寝込んでちゃ仕事は出来ないわよ?」
「うっ」
痛いところをつかれた。確かにこれは僕の自己管理の怠りが原因だった。
「今はアースラの管制もやらなくていいんだから、仕事は私に任せてよ。私は一応執務官補佐なんだから」
「駄目だ。エイミィは索敵と情報収集で忙しいじゃないか」
「じゃあどうするのよ!」
「僕が起きて仕事をすればいいだけだ」
「無理に決まってるでしょ!!」
「あのっ!」
言い争うような形になってしまっていた僕達の会話に、今まで黙って話を聞いていたフェイトが介入してきた。
「……私が、執務官の仕事やります!」
しん……と部屋が静まり返る。僕もエイミィも呆気にとられてしまった。
「ちょっ」
「いいね〜! そうしよう!!」
僕の口を押さえつけて、エイミィが明るい声を響かせる。僕は強引にその腕を引き剥がした。
「ちょっと待て!」
「なにようクロノ君、何か文句でもあるの?」
「大有りだ! フェイトには学校があるだろう!」
「でも、夕方には帰ってこれるよ。皆忙しいのに、私だけ遊んでる訳にはいかないよ」
「っ……そうだとしてもだな、これは君に任せられるレベルの仕事じゃないんだ」
「そうかなー? フェイトちゃんは魔法戦じゃクロノ君にちょっと及ばないけど、学力ならクロノ君と同等じゃないの。教えてあげれば出来ると思うけど」
「っ……大体彼女は嘱託だ。時空管理局の正式な職員じゃない」
「そういう差別は良くないと思うなー」
「差別してる訳じゃない!!……つぅっ!」
大声を張り上げたせいか、ぐにゃりと空間が歪んだ。自分の声が脳に反響して頭痛を引き起こす。
「クロノ! 大丈夫!?」
思わず額をおさえた指先から、心配そうに覗き込むフェイトの顔が見えた。
この子はどんな頼みごとでも引き受ける、自己犠牲をいとわない子だ。しかし、自分から人を助けようというときには、いつも何処かに不安を隠している。優しさの押し付けが、人を傷つけてしまわないか。自分如きが、助けになれるだろうか。そこまで考えてしまう子なのだ。嘱託試験の時もそうであっただろうし、今もきっと不安を抱えて執務官の任を請け負おうとしているのだろう。それでも彼女は最近どんどん積極的になっている。
本当の自分を作り上げるために努力している。その思いを踏みにじるのは気が引けた。
それに、もしかしたら、彼女は僕の妹になり、僕は彼女の兄になるかもしれないのだ。家族に。
出来るのならば、大事にしてやりたい。
荒れ狂う頭痛の中、そう思った。
「……分かったよ。フェイト、君に仕事を任せよう」
不安そうだったフェイトの顔がぱあっと明るくなる。
「あら、どういう風の吹き回し?」
「彼女の能力と仕事内容を冷静に分析したまでさ。エイミィ、自分の仕事に支障が無い程度に彼女のサポートを頼むよ」
私情だけじゃない。フェイトに執務官を行う能力があるのは十分に理解していた。
「了解」
「ありがとう、クロノ。私、頑張るよ」

――――

僕はぼーっと天井を睨み続けていた。昨日まで、睡眠時間を削ってまで仕事をこなしていたのに、今は何もせずに、けだるい体調を抱えながら、布団の中でぬくぬくとしている。
身体を動かす事は出来ないのに、頭の中ではやるべき、やらなければいけない事のリストが踊り巡り、焦燥感ばかりを募らせる。かなり苦痛だ。大分睡眠をとったため、もう寝る事すらままならない。
退屈を持て余していると、扉がコンコンとノックされた。
「クロノ、起きてる?」
「ああ、どうぞ」
ガチャリと音がした。フェイトが入ってきたようだ。
「?」
妙な匂いがしたので、身体を何とか起こす。匂いの元は、フェイトが抱えている、お盆の上の鍋のようだった。
「今、食べられるかな?」
フェイトは、ベッドのすぐ傍まで来て跪き、鍋のふたを取った。もわっと湯気があがると共に良い匂いが鼻をくすぐる。鍋の中身は粥だった。
「ああ」
盆を受け取ろうと手を伸ばしたのだが、フェイトはそれをベッドの縁に置く。
「?」
ああ、薬味を加えてくれるのか。
予想通り、フェイトは刻みネギを粥に振りかけた。
そして、スプーンに幾分か粥をよそると、ふーふーと息を吹きかけ冷まし、僕の目の前に差し出して言った。
「あっ……あーんして」
ぼっと顔が火照るのを感じた。フェイトも顔を真っ赤にして俯きながらスプーンを差し出している。
「ばっ……!!! それ位自分で出来る!!」
大体先が震えすぎていて咥えようが無い。少し怒気を含みすぎたのか、フェイトの身体がびくんと揺れる。と共に、スプーンから熱々の粥が落ちた。
「「あ」」
二人同時に間抜けな声を上げる。
「あっちぃぃっ!!」
「わっ! わっ! ごめん!」
フェイトは慌ててパジャマの上に落ちた粥をティッシュで拭った。
はぁはぁと僕の荒い吐息だけが、無言の部屋に響く。
「……おちょくってるのか?」
「ち、違うよ! エイミィさんが……」
「エイミィのやつか……」
僕は頭を抱える。
「違うの! そうじゃなくて!」
フェイトは言いにくそうに指先をもじもじと絡ませた。
「……クロノを喜ばせてあげたくて、私がエイミィさんに訊いたの」
「おちょくられたのは君か、僕がこんなことで喜ぶ訳が無いだろう」
大体、何故彼女が僕を喜ばせたいのか不可解だった。
「……うん、そうだね」
彼女はしゅんとして肩を落とすと、何も言わなくなってしまった。
お盆を僕の方へ少しだけ寄せる。
その姿は、とても居た堪れないもので、
「……分かった。その、食べさせてくれ、ないか」
どういう気の迷いか、いつの間にか僕はそんな言葉を口に出していた。余りに恥ずかしくて、妙な発音になってしまう。
彼女は僕の様子を目を見開いて見ている。ますます恥ずかしくなった。
「なんだよ!」
「……ううん、優しいな、と思って」
「別に、普通だ」
ふふふ、と口元に手を当て彼女が笑う。余裕のある微笑を見て、ほっとする。
フェイトは、粥をよそると、今度はしっかりと僕の前に差し出す。
そこまでは許容できる。しかし、
「それじゃ、あーん」
あーん、はやめて貰えないだろうか。
しかし、これ以上場を乱すのもどうかと思い、覚悟を決めて、スプーンを咥えた。
ほんのりと暖かな感触が口の中に広がる。久しぶりの食事をありがたく咀嚼する。
「どう?」
落ち着かない様子でフェイトは訊いてきた。
「うん、おいしいよ」
……ちょっと水っぽいが。
彼女は少しはにかんだ様に見えた。二口目をよそるとまた僕の前にさしだす。
「……もういいだろう」
僕は彼女の手からスプーンを奪うと、お盆を自分の元へと引き寄せた。
これ以上続けたら、恥ずかしさで気がおかしくなりそうだった。
手際よく粥を胃に収め始める。
僕が食べ終わるまで、その様子を見ながら、フェイトは微笑しながらずっと待っていた。

――――

「げほっげほっ!!」
夕食から二時間。更に悪化した風邪と僕は独りで戦っていた。てっきりピークは過ぎたと思っていたのに、病状はますます酷くなっていた。
「あぁっー……」
鼻が詰まっているので、仕方なく口で呼吸をする。情けない鼻声が部屋に響くと、惨めな気分になる。
丸一日休んだというのに、これだ。本当に情けない。
ふと、咳がやみ、静かになる。喧騒の後の静寂のように、静けさが際立つ。何も無い部屋を見回すと、心細い気分になりかけた。
「クロノ、起きてる?ちょっといいかな?」
そんな寂しさに飲み込まれそうになる自分を、ノックの音が引き戻した。
「あ、ああ、起きてるよ」
僕は、出来るだけぶっきらぼうに、来客に答えた。
「?」
入ってきたフェイトが抱えているのはタオル……いや、中には茶色い皮袋のような物が包まれている。
歩くたびにするたぷたぷという音で、中には液体が入ってるのが分かる。
「水枕か」
「うん。使う?」
差し出された水枕を目にすると、つい思いついたことを口に出してしまった。
「水枕に解熱効果は無いぞ」
失言、と思ったときにはもう遅かった。フェイトは沈んだ表情で部屋から出て行こうとしている。
「ちょっと待て! 使う! 使うよ!」

風邪の回復にはつながらないかもしれないが、気分はよくなる。気を使ってくれた彼女に対して余りにも軽率な発言だった。
僕は彼女から貰った水枕を眺めた。
同じ様な目的のものは自分の世界にもあったが、こちらのは何だか形が異質だ。どうにも、古臭い。しかし頭にひいてみれば、どうしたことだろう。凄く気持ちが良い。頭の熱が引いていくと共に、頭痛も軽減されてゆく。
フェイトがどうせまた感想を訊いてくるだろう、と思い、訊かれる前に答えた。
「随分と楽になったよ。ありがとう」
フェイトは無言ではにかむ。
「しかし、こんな物を良く見つけたな。時空管理局から持ってきた備品にも、買出しの品にも無かった気がするが」
……というか、此処は一応臨時作戦本部だぞ。普通あるのか?
「えっと、あの、それは……」
問いただしたつもりはないのに、フェイトは何故か狼狽し始めた。
僕が首を傾げると、少し顔を赤くし、手を後ろに組む。しばらくして、もう用も無いのか、黙って部屋を出て行った。

――――

そしてまた二時間後。再びノックの音。リズムですぐに誰か分かった。断りの声が入る前に、自分の声を挿れる。
「フェイトか、入っていいぞ」
遠慮がちに入ってきたフェイトに、軽口を叩く。
「良く来るんだな」
笑って言ったその言葉は、思いのほかフェイトの敏感な感情を刺激してしまったようだった。
落ち込んでしまった彼女に、僕は慌てて訂正する。
「いや、別に嫌って意味じゃないから。むしろ嬉しいよ。それで、何か用なのか?」
「うん、大体終わったから見てもらおうと思って」
そう言って彼女が差し出したのは、書類の山。仕事の話か。
「分かった。けど、確認ならエイミィにやってもらっても良いんだぞ」
僕は受け取った書類のページをめくり始める。
「で、でも、やっぱりクロノに見てもらった方が良いかな、と思って。ごめんね、無理させて」
別に、確認作業くらいならしんどくはないが、弱った頭でミスを見落としでもしたら問題だった。
出来るだけ注意深く書類を走査していく。
「そ、それに、エイミィさん達も忙しいから……」
「そうみたいだな。全く、少しくらい見舞いに来てくれてもいいのに」
なんて、リラックスしていたのか、自分らしくもない、いじらしい発言をついしてしまった。
書類の方はというと、非の打ち所の無い、完璧な仕事ぶり。ミスとは呼べないような形式的な間違いを多少修正させ、それで終わりだった。
「はぁ……」
「どうしたの、クロノ?」
「いや、何でも」
思わずため息をついた僕をよそ目に、フェイトは訂正箇所にさらさらとペンを走らせている。
「こうも完璧にこなされると、自分の仕事が大した事じゃないように思えるな」
身体が弱っているせいか、いつもなら抱えられる弱さを、心の奥に留めておくことが出来なかった。
ぴたりとペンを止めて、フェイトはこちらに向き直った。
「そんなことないよ。大変だし、すごく立派な仕事だと思う」
その大変な仕事をいとも簡単にこなした本人に言われても、説得力が無い気がしたが、僕を見つめる彼女の瞳は真剣そのもので、否定する気も起きなかった。
「そうだといいな」
しばし二人とも無言になる。
「……それじゃ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」

――――

「はい、これ今日の分」
「すまないな」
次の日、僕は昨日と同じように彼女から書類を受け取った。体調は大分よくなっている。
「明日からは自分でやれるから」
「……もうちょっと休んでてもいいよ」
「いや、これ以上君に迷惑をかける訳にはいかない。闇の書の事件にもまきこんでしまっているしな」
そう口にした時、耳をつんざくような鋭い音が部屋に鳴り響いた。
「警報っ!?」
『フェイトちゃん! クロノ君! 起きてる!? ヴォルケンリッターの魔力反応を確認したよ!』
警報に次いで、エイミィの魔法制御による通信が伝播する。
「ああっ! すぐに出る!」
僕はエイミィに応答するとすぐさま、布団を放り投げ、傍に置いてあったS2Uを携え、部屋を出ようとした。
しかし、出る瞬間、僕の身体は止められた。胸を押さえつけているのは、フェイトの腕。
「フェイト?」
「私が行くよ。クロノはまだ体調も万全じゃないし、此処で待ってて」
「もうほとんど熱は引いたし、動くのには支障ない。平気だ」
「駄目だよ、病み上がりなんだし」
彼女は僕が戦闘に向かうことを頑なに拒んだ。身体は確かに万全とは言えないが、不足している身体能力は魔法で補うことだって出来る。
今の僕が戦うことに何も問題がないことは、聡明な彼女ならわかることだ。
……いや、聡明だからこそ。
彼女に僕をきづかっている様子はない。彼女の意図が分かりかけてきて、心が痛んだ。
「そうか、分かった」
彼女の横をすりぬけ、部屋の中央に戻り、背を向けたまま話す。
「僕が足手まといだ、って言いたいんだろう」
図星だったのか、息を呑む音がする。自嘲めいた笑みを浮かべながら、僕は続けた。
「今の僕じゃ奴等一人相手でも苦戦する。そうすれば、君は劣勢をしいられる僕を援護することになる。戦力となる君が上手く立ち回れない場合、僕たちに負けがこむのは必至だ。だから君となのはで行く。そういうことだろう」
多分、そういうことなのだ。これは酷い考えでもなんでもない。隊としての戦力を考えるなら当然の決断だ。
「違うっ!……違うよっ!」
彼女が否定する声が聞こえる。しかし、その気遣いが今はとても煩わしい。
「じゃあ、何なんだよっ!!!」
哀れみなど無用。ただ惨めになるだけだ。僕は、惨めに叫んでいた。
僕の様子に怯えたのか、呆れたのか、彼女は何も答えなかった。
『……フェイトちゃん! クロノ君! なにしてるの、早くして! 逃げられちゃうよ!』
沈黙が落ちていた部屋に再びエイミィから通信が割り込んだ。
その後しばらくして、扉の閉まる音がして、警報もなりやんで、部屋はもとの静寂に戻った。


「勝手にしろよ……畜生」
自分はもっと冷静な人間だと思っていたのに、意外にも脆かった。少し、笑える気がした。S2Uを投げ出して、ベッドにもぐりこむ。
随分と自暴自棄になっていた。僕は管理局の人間なのに、本来ならば僕が解決しなければならない事件を、民間人と嘱託に押しつけている。彼女たちの力になれないのは仕方ないとしても、戦闘行為を見守る事くらいはするべきなのだ。
だけど今は、そんな事どうでもいい気分だった。どうせ病気なんだから、投げ出しても誰にもとがめられない。

……どうして怒鳴ってしまったんだろう。僕だって彼女の立場になれば、戦力にならない者を切り捨てるかもしれない。そうするべきだと思っているのだから、切り捨てられる者になったとしても許容できるはずなのだ。

……認めたくはなかったが、ただ単純に、僕は『あの子』に切り捨てられたことが、悲しかった。

――――

ぱちりと目を開けると、部屋は暗闇だった。朝まで寝れるかと思ったのに、やはり昼間寝すぎたのか深夜に起きてしまう。
身体はすっかり良くなっている。喉は少し痛むが、熱も引いたし、関節痛も無い。
何か暖かいものでも飲もうと思い、電球を点しながら、キッチンに向かった。
夜更けもいいところなのに、キッチンにはエイミィが居た。やかんでお湯を沸かしている。
「あ、クロノ君。もう大丈夫なの?」
「ああ、大体完治したよ。そっちはまだ仕事してるのか」
寝巻きじゃないところを見ると、そうなのだろう。頑張りすぎなのは、どちらのことなのか。
「まぁ、さっきも余計な仕事が追加されちゃったしね。紅茶飲む?」
丁度沸いたお湯をティーポットに注ぎながらエイミィは言った。
「頼む」
そっけなく答えて、ソファに腰をかける。余計な仕事とは、さっきのヴォルケンリッターのことなのだろうか。
エイミィはそれ以上話そうとはしなかったし、僕は先ほどフェイトに声をあげたことを思い出し、何となく尋ねるのがはばかられた。
普通ならこういうことはすぐ僕に報告するべきだろう、と僕は心の中でエイミィを嗜めた。
差し出された紅茶を受け取り、横にすわったエイミィとの会話の糸口を探す。
「あーその……」
「ん? どしたの?」
「いや……コホン。さっきの、ヴォルケンリッターの件はどうなった?」
「あークロノ君がさぼったやつね」
紅茶を吹き出しそうになってしまった。エイミィはゆるりと紅茶を啜っている。
「べ、別にさぼった訳じゃない。調子が悪いから今回は見送っただけだ」
「うん、フェイトちゃんからそう聞いた。でも、なんか元気そうだから」
「それで?」
「今回も逃がしちゃったよ。まだしばらくこの体制は続きそうだねえ」
ぽんぽんと自分の肩を叩くと、また優雅に紅茶を啜る。僕が聞きたいのは、そんなことではなかった。いや、それも大事なのだろうが、今は。
「フェイト達は無事だったのか?」
「……んーまぁ、無事といっちゃ無事だけど」
いまいち煮え切らない彼女の答え。
「何かあったのか」
「別に何も」
何故か、彼女の態度にはツンとしたものがあった。僕と視線を合わせようとしない。
と思っていたら、カップをテーブルに置き、いきなり僕の瞳を覗き込むように顔を近づけてきた。
「そっちこそ何かあったの?」
「い、いや、ないよ」
陰った彼女の顔は怒気のようなものを孕んでいた。
「う・そ。大体クロノ君が自分の仕事をさぼったりする訳無いんだから」
彼女の前の僕に、プライバシーなどというものは存在しない。
執拗に追いつめられ、結局僕は、さっきの出来事を話すことになってしまった。



ばちいいいいいいいいいいん!!!と、リビングに凄まじい音が響いた。空気を振動させているのは僕の頬。
話を終えた僕は、突然エイミィに平手打ちを食らったのだ。余りの勢いにソファから転げ落ちる。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、頬から伝わる切れるような痛みに我に返り、振り返る。
「何をするんだっ!!」
エイミィは目を伏せ、こおおおっと音が立ちそうなほど深く息を吸い込み、ごきごきと手の間接を鳴らしている。
湧き上がった怒気が、一瞬で冷める。
「……ク〜ロ〜ノ〜君〜」
声だけはいつもの明るい調子。外見とのギャップが恐怖を加速させる。
こいつは……頬を赤くされるだけじゃ、済まないみたいだ。
……なるべく流れに任せようと思った。下手に抵抗したら死に至りかねない。



久しく人間からは立ててはいけない音の類が鳴っていたような気がする。バキバキとかゴリゴリとかボキボキとか。刑が執行されてから間も起たないうちに意識を失ってしまったので定かではない。
僕は、リビングに敷かれていたカーペットの上で息を吹き返した。
身体がちゃんと動くだろうかと心配になったが、意外にもすぐに起き上がることが出来た。何処も間接を外されたり、骨を折られたりしていない。
エイミィなりに手加減をしてくれたのだろう。顔が腫れ上がってるのはすぐに感じとれたが。
そのようにした本人は、ソファに座って前のめりにじとーっとした目をこちらに向けていた。
「いててて……何するんだよ、エイミィ」
フェイトに怒鳴ったことで怒られるとは思っていたが、ここまでされるとは思わなかった。
「馬鹿」
エイミィは、僕の言葉を一蹴して、独りごちる。
「それで今日、フェイトの様子がおかしかったのね……」
「おかしかったって、何が?」
僕はソファに座りなおし、飲みかけのカップに手を伸ばす。が、エイミィの手が横から伸び、没収されてしまった。
「馬鹿」
再びエイミィは繰り返す。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、ばーか、クロノ君のばーか!」
「分かってるよ。反省してる」
「……そーじゃないの。だから馬鹿なの」
「?」
いまいち彼女の意図がつかめない。いつもならはっきりと物を言う彼女が、婉曲的だ。
何処から突っ込んだもんかしら、とか呟きながら人差し指で頭を押さえている。
「大体、自分が弱いとか考えるその根性が気に入らなーい!」
「仕方ないだろ。少し前ならともかく、デバイス強化した彼女達は間違いなく僕より強いんだから。魔力量だって、元々僕は彼女らより低いし」
「技術的な部分で補うって言ってたじゃない」
「そういうレベルの話じゃないのさ、もう」
「……そうだとしても、強くなくたって、仲間を支える方法はたくさんあるでしょ。クロノ君が役に立てる部分はまだたくさんあるはずだよ。だから、自分を弱いと思う必要なんて無いんだよ」
そう思えればどんなに楽か。
「だけど、僕は彼女に足手まといだと」
「だーかーらー、それが間違いなんだってば、馬鹿」
エイミィは僕の額をぴしりと指で弾く。
「一度でもフェイトちゃんがクロノ君にそういったの?」
「いや、そんなことはないが。ただ、面と向かっては言いにくかったんだろう」
だから、僕が彼女の意思を汲み取った。
「あのねぇ、フェイトちゃんがそういうこと考えると本当に思う?」
「……僕を見下しはしないだろうが、戦力を考えて切るということなら十分にありえるだろう」
エイミィは顔を手で覆って天を仰ぐ。
「クロノ君、自分を基準にして考えすぎ」
僕は、そんなに主観で物事をはかる人間じゃないと思う。
ただ、フェイトに関していうなら、そうかもしれなかった。僕と彼女は似ていると、思っていた。
「ところがどっこいフェイトちゃんはクロノ君とは全然似てないんだなぁ」
僕の心を読んでいるかのように大仰にエイミィは語る。
「クロノ君みたいに冷徹なロボットみたいに理性的に行動するタイプじゃないの!……どっちかっていうと、感情的に行動するタイプなのよ」
「冷徹は余計だ」
「フェイトちゃんは、目的のためだけに仲間一人も犠牲にすることはできない。例えそのせいで味方が全滅するとしても、誰も見捨てられないわね」
馬鹿なと思ったが、この時、僕はその行動が彼女にしっくりと来るような気がした。
エイミィとフェイトは女同士で仲が良い。二人の間には、僕の知りえない何かがあるのかもしれなかった。
「そんなの、ただの憶測だ」
「証拠ならあるわよ」
エイミィは芝居がかった振りつけをやめ、ソファに座りなおすと神妙な表情になった。

「今日、フェイトちゃんは一人で戦ったの」
「っ!……何でだ!? なのはと連絡がつかなかったのか!?」
闇の書の守護騎士達を相手に一人で戦うなんて無謀すぎる。
「私はなのはちゃんに連絡しようとした。けど、フェイトちゃんは自分でやる、と言って一人で戦いに向かった。モニタリングし始めて気づいたけど、なのはちゃんに連絡して現場に向かわせたときは、戦いは既に終わっていた」
淡々とエイミィは語る。
「リンカーコアは奪われはしなかったけど、切り傷だらけで大変よもう」
「そんな大事な事、何ですぐに言わなかった!」
「なんで? ここで不貞腐れてただけのクロノ君に言う必要があるの?」
エイミィの容赦のない言葉は、憤っていた僕の胸に突き刺さった。反論の余地などない。
「ていうのは冗談だけど。本当は、フェイトちゃんに口止めされてたの。てっきり怒られるのが嫌なのかと思ってたけど、クロノ君の話を聞いて納得したわ。彼女が訳も無くスタンドプレイするわけないもの」
うんうん、と一人うなずくエイミィとは対照的に、依然僕は彼女がどうしてそんな行動に出たのか分からない。
「クロノ君のいう、戦力になるはずのなのはちゃんまで、彼女は置いていった。……フェイトちゃんは別に戦力のことなんかどうでもよかったのよ。大事な人達を安全な場所に居させられれば。自分ひとりで事件を解決するつもりだったのね」
そんな。余りに突飛な考えに、思考が追いつかない。
「なのはちゃんのこと気に病んでいたから……もう誰もあんな風にさせたくなかったのかもね。……ね、分かったでしょ、フェイトちゃんのこと」
分からなかった。他人の犠牲を厭い、絶対に勝てない戦いに挑む気持ちなど。
彼女の自己犠牲の強さは知っていたが、それはもはや自爆ではないか。戦闘をするなら、多少でも勝つ確率が無ければ。
「うん、私が怒ってるのはそこ。クロノ君のそういうところ好きだよ。……クロノ君はフェイトちゃんの間違いを正してあげなきゃいけなかったの」
優しく諭すようにエイミィは語りかける。
「でも、私はフェイトちゃんのああいうところも好きなのよね。だから、ちゃんと二人でバランスをとらないと。それに……」
エイミィは言いよどみ、僕の背中をぽんと押しだす。
「まぁ、ここから先は野暮か。いい? ちゃんと仲直りするのよ」
新しく紅茶を注がれたカップ二つを餞別に持たされ、僕はリビングから追い出されてしまった。

――――

こんな夜中に起きてるわけ無いよな、と後ろ向きな希望を抱えながら僕は廊下を歩いた。
フェイトの部屋は、僕の部屋までの途中にある。逃げ出そうとしても、否が応もなく目に入ってしまった。
扉からは、光が漏れていた。人の気配もする。こんな時に限って何で起きてるんだろう、と嘆きたくなった。
だけど、ちゃんと話をしなければならなかった。
「フェイト、起きてるか?」
返事が来るまでに少し間があった。
「……うん、起きてるよ」
「……紅茶いれたんだけど、良かったら飲むか?」
本当は話がしたいだけなのに、そう言えない自分が情けない。
「うん。今開けるね」
扉が開かれ、彼女の姿を見て、少し息を呑む。
ピンク色の上下のパジャマに、金色の髪を下ろした彼女の姿は、別人のように見えた。
どうしようもなく、幼い。
こんな女の子を一人で戦場で戦わせていたなんて考えると、罪悪感を覚えた。
同時に、僕は見惚れてしまっていた。いつもと違う、可愛げな彼女の姿に。
「……どうしたの?」
扉の前でぼーっとしている僕に、彼女は声をかけた。
「……あっ、すまない」
部屋に入ると、差し出された机の椅子に座り、彼女はベッドに座った。
「今起きたのか?」
「ううん、さっきリビングからクロノの悲鳴が聞こえたから、行こうと思ったんだけど……」
「そ、そうか」
心の中でエイミィを恨んだ。
それきり会話は途切れる。彼女は気まずそうに紅茶を啜り、僕も彼女を横目になるべくゆっくり紅茶を啜っていた。

「あのさ」
飲みおわる直前に、僕は切り出した。
「さっきの事なんだけど」
言葉が詰まる。
エイミィの言うことが本当なら、僕は自分を守ってくれようとした人に、勘違いと子供じみた拗けた感情で酷い言葉をぶつけたのだ。
何を言えばいいというのだろう。何を言っても足りない気がした。
「ごめん、怒鳴って悪かった」
結局、出てきたのはそんな平凡な言葉。
しかし、そんな言葉でもフェイトは安堵したようだった。
「ううん、クロノが謝ることなんてないよ。だってさっきのはただの勘違いだもの。ちゃんと言わなかった私が悪かったの」
ふふふ、なんて微笑を浮かべながら紅茶を啜っている。
……カチン、ときた。こっちはもう謝ったんだ、後ろめたいことなんてない。今度は目の前の少女の非を暴いてやる。
僕は無言で立ち上がり、彼女の腕を乱暴にとった。さっきからちらちらと見えているものが気になってしょうがなかった。
カップが音を立てて落ち、カーペットに染みを作っていく。
「これ」
言葉もなく驚いている少女の腕を捲くった。
「どうしたんだ?」
現れたのは、腕全体に巻かれた包帯。その下には幾つもの深い傷が膿んでいることだろう。
「……これは、体育の時に転んじゃってさ」
「エイミィに聞いた」
「…………」
「どうしてそんな無茶な真似したんだ」
答えたくないのか、少女は口をつぐんでいる。
「答えろよ」
「……クロノだって、クロノだっていつも無理してるじゃない」
「今は僕の話をしてるんじゃない」
「そんな」
「死ぬかもしれなかったんだぞっ!!!!」
言い訳なんか聞きたくなかった。目の前の少女が失われたりしたら、そんな言葉では取り返せない。
僕の怒声に、彼女は瞳を潤ませ、涙した。
「……ごめんなさい」
僕は、体を震わせながら涙を拭っているフェイトを強く抱きしめた。
「私……」
全身で彼女の鼓動を感じる。
「言わなくて良い。全部分かってるから。……ありがとう」
そうしながら、自分一人の力で彼女の真意に気づけなかった愚かさを悔やんだ。

――――

折角ロマンチックな気分に浸っていたのに、僕は今床を拭かされている。
フェイトさん曰く、カーペットが染みになったらぶっ殺す、だそうだ。誇張表現あり。
「女の子の手をあんなに強く握り上げるなんて酷いよね。カーペットまで汚すし」
当の本人は僕を見下げて楽しそうにしている。さっきまでが嘘のようだ。
もしかしたらこの子はエイミィに近しい子なんじゃないかと思った。ふきふき。
「クロノ、顔腫れてない?」
ようやく、僕の顔を直視できるようになったのか、彼女がそう言った。
僕も自分の顔の出来が気になるところだ。二度とはみられない顔になってないだろうか。
「ぷっ」
じーっと僕の顔を見つめた後に、彼女は吹き出した。
「あはははは! おかしー!」
「……喜んでもらえて光栄だよ。ほら、これでいいだろう」
染みになってなくてほっとした。今フェイトから攻撃を受ければ間違いなく僕は昇天するだろう。
お盆にカップを載せて、僕は部屋を後にする。
来る時は嫌だったが、色々なもやもやが晴れた。逃げずに来て良かったと思えた。
そんな僕を彼女は名残惜しそうに呼び止めた。
「あ……もう、行っちゃうの?」
「? なにか、まだあるのか? もう寝ないと明日に響くぞ」
彼女は少し俯いて、自分のつま先をもう一方の足で弄っていた。何か言いたいのは明らかだった。
「悩みがあるなら聞くぞ」
「悩みじゃないけど……お願いがあるんだ」
「ああ、お願いでも何でもいいよ」
「……クロノ、怒らない?」
怒るような頼みごとなのか。どちらにせよ、もう怒りつかれた。今ならば彼女に何を言われても平気だろう。
「ああ、怒らない」
「……お兄ちゃん、って呼んでもいい?」
思わず顔を押さえてしまった。彼女に赤くなりにやけた顔を見られたくない。
彼女の方は、怒られるとでも思ったのか、目をつむっていた。
「ああ、いいよ。そう呼びたいなら好きにすればいい。でも、まだ正式な兄では無いんだがな。それと、僕はこれから君をなんて呼んだらいいんだ」
「今のままフェイトで」
「そうか、分かった。それじゃ、おやすみフェイト」
今度こそ部屋を後にする。
「ちょっと待って、お兄ちゃん!」
お兄ちゃん効果は大きい。僕の体は硬直させられた。
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
振り返れば、また同じ様子。
「……今日は一人で寝たくないな」
最初何を言ってるんだか分からなかったが、徐々に理解した。
彼女も小三の女の子だ。時に一人で夜を越すのが寂しくもなるだろう。
「仕様がないな、フェイトは。枕持ってこい、僕の部屋でいいか?」
「うん!」
僕は、本当の妹が出来たようで嬉しくて、普段なら恥ずかしすぎることも爽快に承諾してしまっていた。

――――

「ベッド狭いけど、いいのか?」
「うん」
フェイトは子供のように僕の部屋になだれ込むと、ベッドに飛び込んだ。いや、子供だったか。
その姿は本当に可愛らしく、愛でたい気持ちに駆られた。
「はいはい、はしゃぐなはしゃぐな」
スプリングを壊しそうな彼女の体を押さえる。
確かに伝わる温もりと、女の子の肉の質感にドキリとしてしまった。
先刻は自然に触れていたはずなのに。
「電気消すぞ、いいか?」
なるべく早く寝て、この動悸を止めてしまいたかった。
「小さいのだけ点けといて」
彼女の言うとおりにし、薄明かりの中、僕らは布団の中にもぐりこんだ。



やはりやめておけば良かった。そもそもこんな事を引き受けるなんてあの時の僕は浮かれすぎていた。
ベッドに蠢く自分以外の何かは、背を向けていても、香しい匂いを漂わせ僕を誘惑していた。
それが女の子なのだと意識するたびに、目が冴える。もう随分と経っているのに全く眠くもならない。
そういえば、僕は先刻まで寝ていたんだし、寝れないのも当然か、なんて考えていると
「お兄ちゃん、起きてる?」
布団から振動が伝わる。
「どうした」
「もっとそっち行ってもいい?」
「な、何で」
「なんか寒いの」
駄目だ、なんて言ったら意識してるのがばればれだった。彼女にそんな風に思われたくない。
「あ、ああ、良いよ」
衣擦れの音がして、自分の背中に手が触れた。フェイトがゆっくりと近寄ってくる。その細く美しい手は脇の下に通され、そのまま僕の胸を抱きしめる。
彼女は自分の胸を僕の背中に密着させた。足すらも絡ませ、全身で僕にしがみ付くようにする。
「えへへ、あったかーい」
なんて彼女は笑っているが、僕は正気じゃなかった。
「ちょっとくっつきすぎじゃないか……」
「えーそんなことないよ。……布越しだと熱が伝わらないかな」
「お、おい……」
ゆっくりと彼女の手が移動していく。左手は、僕の左手と絡まり、右手は、パジャマを巻くりあげ、腹を撫で胸板へと進む。
彼女に心臓の鼓動をきかれないよう、必死で静めようとした。しかし、抵抗もむなしく、心臓は陰部にすら血流を送りこみ始めた。
「ねぇ、お兄ちゃん、こっち向いてよ」
「……気まずいだろ」
「寂しい……」
飼い主に置き去りにされた子犬のような声を上げる。そんな声を聞いてしまったら、抗いようが無い。体勢を反転させる。
「これでいいか?」
「うん♪」
彼女は嬉しそうに目を細めると、僕の首に両手を回した。そのまま顔を文字通り僕の目の前まで近づけた。彼女の吐息がかかる。先刻飲んだ紅茶の匂いがした。
恥ずかしくて目を閉じてしまいたかった。彼女の方は、上目遣いに何の気もなしに僕の顔を見つめている。
「これじゃ寝れないだろう」
「じゃあ、何かしよう」
「駄目、寝るの」
「嫌」
彼女の雰囲気が突然変わった。既に可愛げな妹の表情ではなかった。戦闘中の彼女に近しいかもしれない。突然のことで、僕は驚きを隠せなかった。
「やっぱり駄目だ。私、クロノの妹だけじゃいたくないよ」
怒っているような、痛みに耐えているような、そんな声で彼女は言った。
幾ら愚鈍な僕でも、彼女が言わんとしようとしていることは分かった。だが同時に、彼女がまさか、とその答えを否定した。
「私、クロノのこと、こんなに好きなのに」
悲痛に訴える彼女の瞳に、全てを吸い込まれそうになる。
「妹だけなんて、嫌だよ」
それきり俯いてしまった彼女に、かける言葉が見つからなかった。
「いや、それはさ、また、今度にでも」
こういう状況が初めてで、しかも相手が5才も年下なので、僕は気が動転してしまっていた。
しどろもどろになり、男とは思えない情けない答えを返してしまう。
そんな僕を彼女はきっと睨みつけた。
「はっきりしてよ、クロノ。私は……好きだよ」
面と向かって言われると、頬が熱くなった。
「……好き」
確かめるように二度言う。いつのまにか彼女も頬を紅潮させている。
「ねぇ、クロノは?」
そんなの、決まっている。
それでも、僕は答える事が出来ない。だって目の前の少女は幼すぎる。
押し黙っている僕に業を煮やしたのか少女は憤った。
「…………もういいっ! クロノが私のこと嫌いでも好きでも構わない!!」
突然、顎を突き出し、自らの唇を、僕の唇に合わせる。
僕は離れるべきなのに、そう出来なかった。彼女の柔らかな唇の感触に溺れていた。
不器用なキスだった。少女はぎゅっと目を瞑り、痛いくらいに唇を押しつけている。
「……奪っちゃうから」
やっと唇を離した少女は、震えているその体で似合わない言葉を吐いた。目の端には涙さえ浮かんでいる。
その初心な様の前では、下らない倫理観など塵同然だった。
僕の身体は、この少女をどうしようもなく欲している。
「僕も、好きだ」
「……本当?嘘じゃない?」
少女は目をぱちくりとさせた後、訝しげに尋ねた。
「本当だ。好きだ。大好きだ」
僕は、その肩を抱き、髪を指先に絡ませる。今すぐにでもこの少女の全てを奪い去りたかった。
「そっちから誘ったんだからな。もう止められないぞ」
彼女の反応など待っていられない。先刻はじっくり味わえなかったその唇へと口付けをする。
普通の皮膚とは違う部分。薄皮に包まれた果実のようなその場所に、自らの物を擦りつけ、甘噛みする。
「あっ、クロノ……」
こんなじゃれる様な行為だけでは飽き足りない。
顎を掴み口を開かせると、舌を口腔へと挿入する。戸惑っている彼女の舌先を絡めとる。
粘液同士の触れ合い。ぴちゃぴちゃと淫靡に響く水音と、脳を駆け巡る快感に、卒倒してしまいそうになる。
ぎこちない彼女の動きを良いことに、僕は彼女の内部を存分に蹂躙できた。
舌を唇で挟み込み、彼女の唾液を抽出し、嚥下する。甘美なその味にはこの世のどんな飲料も敵うまい。
夢中で貪りつくしていると、頑なだった彼女の舌の動きが徐々に滑らかになる。
求めるように、穴から這い出し、僕へと侵入してくる。僕はその侵入者を歓迎し、懐柔した。
「ちゅっ……んちゅっ……はぁっ、クロノ……好き……好きぃ」
溺れる者が何とか呼吸をしようとするように、時折彼女は僕の名前を呼んだ。
それは、僕の心の黒い部分を呼び起こしていく。
――もっと、もっと、この少女を。
少女に覆いかぶさり、ベッドに押さえつけ、舌を深くねじ込む。
少女の柔らかな肉体を全身で感じる。心臓がドクドクと活動し、下半身に血液を送り込んでいく。
キスの嵐を絶やさないままに、腕はまるでそれ自身が意思をもっているかのように少女の体に伸びていく。
邪魔な布を、何とか理性的に剥ぎ取ると、まだ未発達な双丘へと手を伸ばす。男を魅了してやまないその場所へと。
少女のそれは、成人の女性に比べれば、如何せん小さい。しかし、確かに存在する膨らみと、頂上の隆起が精一杯に女を主張していた。
「ごめんね」
「何が」
少女は気まずそうに謝ったが、僕には何のことだか分からない。
僕の頭に叩き込むように快感を流し込み、興奮させているそれのどこに、負い目を感じる事があるのか。
余りに美味しそうなので、一旦そっちを食べることにした。
「あっ……いや……」
左の丘に舌を這わせると、少女が切ない声を上げる。円を描くように周りを嘗め尽くし、最後にとっておいた頂上の突起を甘噛みする。
もう片方も忘れることなく、手で揉みしだき、乳首を捏ねくりまわす。
固かった彼女の体が弛緩していき、吐く息には熱がこもる。彼女は目を閉じ、悦楽の表情を浮かべている。
自分がこの少女に快感を与えているのだと実感し、嬉しくなった。それと共に、股間の張りは増す。
早く痛みから解放されたくて、彼女の秘部を目指そうとしていた僕を彼女が制した。

「私だって、クロノのこと気持ちよくできるよ」
どうも僕に一方的にやられていたことが気に食わないらしい。
「無理するな」
「……子供だなんて、思わないで」
蕩けていた体の割りに、彼女の動きは素早かった。身を起こすと、僕の着衣へと手を伸ばす。
止める暇も無かった。彼女が僕のパンツを降ろすと、勢いよく陰茎が飛び出し天を仰いだ。
彼女はゴクリと喉をならし、僕は彼女に見られていると思うだけでビクビクと陰茎を震わせてしまう。
「ほら、無理だって」
僕の言葉が引き金になったのか、躊躇っていた彼女が怒張に手を伸ばした。
その穢れない手が、僕のグロテスクな性器に触れる。
触れられた瞬間に射精してしまわないように気を張った。
ひんやりとした感触が僕を包み込む。片手だけでは満足させられないと思ったのか、もう片方の手も添えられる。
「……すごい、ビクビクしてる」
僕の全てを掴み、少女はそんな言葉を吐く。思わずイってしまいそうになった。
少女の手がゆっくりと上下運動を開始する。僕の顔色を伺いながら、速度を調整させる所作は意外にも巧い。
少女の手が上手するたびに、脳髄を銃弾で抉られるような快感が走る。
上目遣いに僕の一物を一生懸命に扱く姿は、酷く倒錯的だ。
可憐な手が、先端から噴出す分泌液に濡れていく。てかてかと光らせながら、にちゃにちゃと音を立て扱き上げる。
「……フェイト、口でしてくれないか」
僕は先刻から、荒い息を繰り返す彼女の唇に見入っていた。
そこで自分のものを扱いてもらえれば、どれほどの快感を得られるのか、知りたくて仕様が無かった。
少女は俯き、その赤い顔を更に紅潮させたが、さほどもしないうちに、その口腔を陰茎に近づけた。
生暖かい空気が、触れる。
流石にいきなり飲み込むのは抵抗があったのか、舌先でツンツンと叩く。
毒がないことを確かめたのか、今度は思い切り茎の部分に舌を這わせる。何度も何度も撫でるようにしては、徐々に上へと這い上がっていく。
カリ首を円を描くようにして掃除し、亀頭の上に這い回せる。
期待通りの快感に僕は打ち震えた。
僕の反応に気を良くしたのか、少女は更に大胆になる。
「ちゅ、んちゅ、ちゅっ、あんっ……はむっ」
無数のキスを繰り返したかと思うと、突然口の中に僕を取り込む。
「んっ!……んっ!」
頭を激しく前後に揺らし、僕のモノを口壁に擦り付ける。
時折先端を舌で嘗め回したかと思うと、音も立てないほど強く圧迫し吸引する。
僕は、僕の全てを飲み込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。
「うっ……あっ」
凄まじい快感に、まともな言葉が出てこない。
少女の唇に、僕のモノが、入っては消えていく。その扇情的な光景に、生唾が際限なく溢れる。
喉が渇いた。早く、早くこの渇きを癒さなくては。
揺れる視界の中に入ってきたのは、じゅるじゅると音を立て僕の股間をしゃぶっている少女の乱れた着衣、その下半身。
身体を倒し、震える指先でその薗へと手を伸ばす。

「ク、クロノ、そこは……」
少女は僕の意図を察知したのか、制止の声を上げる。
寸前まで、僕のモノを咥えこんでいた口で今更何を言うのか。
「休まないで、続けてくれ」
「う、うん」
再び、僕のモノが粘液に包まれる。これで安心して食すことができる。
彼女の汗ばんだ太腿を口に入れる。細く、引き締まっているが、なお柔らかいその足を存分に堪能し、内股に舌を走らせ、彼女の秘所を目指す。
少し湿った布を剥がすと、多少の刺激臭とともに、少女の神聖な場所が姿をあらわす。
恥毛すら満足に揃えられていないそこは、まだ筋のように閉じられている。
少女の動きが止まる。僕を見下げているのだろうか。
僕は構わずに、そこへとむしゃぶりついた。
「あっ……やっ……んっ……」
既に柔らかくほぐされていたびらをめくり上げ、膣口へと舌を伸ばす。
少量分泌されていた愛液を絡めとり、更にそれを得ようと内部を弄くりまわす。
彼女が切ない喘ぎを上げると、冷えていた股間が熱を取り戻す。
いい加減限界だった。
彼女の秘所が程よく濡れたのを確認すると、僕は身体を起こした。
「もう、いいかな?」
肩を上下させ息をしている彼女が、無言で頷く。
膝に手を乗せ、股を開かせ、僕を受け入れようとひくつくその場所へと、自身を宛がう。
不安そうな彼女に口付けをし、僕はゆっくりと腰を進めた。
「……んっ!……あっ!」
苦痛に歪む彼女の顔を確認しながら、ゆっくり慎重に。
ずぶずぶと埋没していく僕のモノを、無数の襞が撫でる。
一気に貫いてしまいたい衝動を、何とか抑える。
彼女の体は激しく強張っていた。
「っ、ふっぅ……」
無限のように感じた時間が終わる。
完全に埋まった僕のモノを、彼女の膣はぎゅうぎゅうと締め付けている。
彼女は未だ、目を瞑り、己の腹の中にある異物感に耐えていた。
急に激しい愛しさがこみ上げ、僕は少女をつながったまま抱きしめる。
「大丈夫か?」
「……うん。……痛いけど、嬉しい。これでもう……」
「?」
「……これでもう、私達、恋人同士だよね?……離れて、いかないよね?」
奥に深い不安を湛えた少女の赤い瞳。
いつも、こうなのだ。
どうにかして安心させてやりたかったが、先の事件が彼女につけた傷跡は大きすぎた。
「……そうだな。家族で、兄弟で、恋人同士だ。そんなに心配するなよ。僕は絶対に居なくなったりしない。……君も、何処にも行かせない」
「あっ」
しばらく、彼女の全身を愛撫し、その体を解す。鍛えられた腹の肉を撫で、桃のように柔らかい尻を揉み、耳たぶを舌で弾く。
「く、くすぐったいよクロノ」
その抗議の声が、喘ぎに変わるまで、僕は少女の体を永遠とまさぐっていた。
締め付けられていた股間が、徐々に緩くなっていく。

「動くぞ」
頃合を見て、僕は抽送を開始した。
緩慢な動きでも、彼女の中身はその自身を蠕動させ、しっかりと僕に絡みつき、全てを搾り出そうとする。
リズム良く叩く腰同士の接音とともに、彼女が鳴く。
「あんっ!あっ!やっ!!ああっ!」
悲鳴などではなく、鼻を詰まらせているような媚声。とろけるような表情を浮かべている彼女を見ると、ゾクゾクと背筋が痺れてくる。
遠慮なく腰をパンパンと何度も打ち付ける。その全てを味わおうと、グラインドさせ、膣壁に擦り付ける。
「なっ、なんかっ、おかしい……あんっ!……私っ、変にっ、なっちゃう、よっ……!」
彼女の絶頂が近い。対する僕も挿入の時点で既に限界を超えていた。
彼女の中に全てを注ぎ込もうと、腰を更に加速させ、射精を促す。
「……いっ、くぞ、フェイト!」
「うんっ、私も……! 来てっ、来てクロノ!」
睾丸が凄まじい圧力で精液を押し出す。鈴口から子宮へと、子種の詰まった白濁液を流し込む。
びゅるっ、どぷっ、どぷぷっと気味の悪い音を立て、膣内の肉棒が脈動し続けた。
「あ、すご……」
彼女はとろんとした表情で、接合部から僕を握り、その鼓動を感じとっていた。

――――

行為に満足したのか、疲れ果てたのか、フェイトはさっさと眠ってしまった。
すーすーと寝息を立て、天使のような寝顔を浮かべている。
暢気なものだった。僕は、正直、この状況に不安を覚えずにはいられないのに。だけど、間違った事をしたとは思っていなかった。
ほっぺでも抓ってやろうか、と思い、頬へと手を伸ばす。寸前で心変わりして、抓る代わりに頬を優しく撫でた。
彼女の温もりをこの手に感じながら、僕は心の中で誓いを結ぶ。

――もっと強くならなければならない。

もう二度と、彼女が自分を犠牲にしなくていいように。
彼女を、彼女の守りたい全てを、僕が守ってやれるように。

終わり


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