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[107]98(暗めのシリアス系なので嫌いな人はスルーで) 2006/01/30(月) 06:45:54 ID:Cj0CtSqs
[108]98 2006/01/30(月) 06:47:08 ID:Cj0CtSqs
[109]98 2006/01/30(月) 06:47:50 ID:Cj0CtSqs
[110]98 2006/01/30(月) 06:48:26 ID:Cj0CtSqs

<アリサの大切なもの>

「がんばれ、がんばれ!」
頭が出てきた。もう少し。
神様に祈りながら、アリサは母犬を励ます。
「もうすこし!」
ポンッ
そんな音が聞こえた気がした。子犬が産まれたのだ。
「やったー!」
アリサは飛び上がって、夢のような笑顔で喜んだ。
待ちに待った子犬の誕生。アリサの胸は幸せでいっぱいになった。

アリサはその子犬を「ミア」と名付けた。ずっと考えていた名前だった。
親戚のおばさんが、今度子犬が生まれたらアリサにあげるという約束を
してくれてからというもの、アリサはずっとこの日のことを思い描いていた。
忙しい両親は家を空けることが多く、寂しい思いをしていた一人っ子のアリサには、家族が増えることが嬉しくてしょうがなかったのだ。
「ミア…これからよろしくね」
そう言ってアリサは、生まれたてのミアを優しく抱きしめた。
五年前の話である。


キーンコーンカーンコーン
授業終了のチャイムと共に、アリサ達三人は教室を出る。
一人は高町なのは、もう一人は月村すずか。二人ともアリサの、大切な大切な親友だ。
「今日はミアちゃんのお話聞かせてくれるんだったよね」
「うん。まだちゃんとお話したことなかったもんね」
「うふふっ。楽しみにしてるよ」
三人はアリサの家へ向かった。

「さて、何からお話しようかな?」
アリサの部屋に着くと、アリサは二人にそう尋ねた。
「うーん、アリサちゃんが一番したいお話!」
なのはが答える。
「わかったわ。じゃあこのお話。あたしが5歳の頃、家族で車で旅行したんだけどね…」
アリサは静かに話し始めた。


一歳になったミアは、体も随分と大きくなり、背丈はアリサの半分ほどになった。
「それじゃミア、いい子にしてるんだよ」
アリサはミアの頭をなでる。今日は旅行に出発する日。
長期休暇が取れたアリサの両親は、アリサを連れて旅行することにしたのだ。
行き先は車で三時間ほどの海。雑誌でも大々的に紹介されるほどの人気スポットだが、夏休みにはまだ少し早いこの時期は、旅行客も少なく快適に過ごせる穴場の時期だ。
去年の誕生日に貰ったお気に入りの帽子をかぶり、準備は万全。
「お嬢様、お父様とお母様がお待ちですぞ」
「はーい」
運転手の鮫島に呼ばれ、アリサは車に乗った。

「くぅーん」
走ること数十分。どこかから何かの鳴き声が聞こえた。
「あら、なにかしら?」
アリサの母親が周りを見回すが、何も見当たらない。
「ん…どうしたのお母さん?」
母親の膝で眠っていたアリサが目を覚ますと、再び鳴き声が聞こえた。
「くぅーんくぅーん」
「あれ、もしかしてミア?」
毎日一緒に過ごしているアリサには聞き慣れた声である。
どうやらアリサと母親が座っている後部座席のさらに後ろの隙間に隠れているようだ。
アリサはミアを抱え上げ、膝の上に乗せた。
「ミアか?どうしてここに」
前の席に座っていた父親が騒ぎに気付き、驚いて振り向いた。
「ついてきてしまったのか…。しょうがない、一旦戻るか。」
「だめっ!」
アリサが叫ぶ。
「ミアも行きたかったんだよっ!お願い、連れて行ってあげて!」
「う、うーむ。まあミアはおとなしいし…別にいいか」
必死に訴えるアリサを見て、父親はミアの同行を許した。

青く澄み切った空と同じ色の海は、夏の太陽を浴びて眩しく輝いていた。
海岸にはパラソルが点々と立ち並び、海を賑やかに彩っていた。
スイカ割りの音が響く。楽しげな会話が聞こえる。
海に到着した。
水着に着替えたアリサは、早速浮き輪を持ってミアと一緒に海に飛び込んだ。
水しぶきが上がり小さな虹がかかる。
「あはははっ、楽しいねミア」
浮き輪でプカプカ浮かんでいるアリサの横を、ミアが泳いで周っている。
「ミアはいいわねー。上手に泳げて」
「あら、じゃあ練習する?」
アリサが呟くと、少し遅れてやってきた母親がアリサの手を取ってそう言った。
「え、えぇー!うーん…うん!する!」
「あらびっくりした。てっきり嫌がるかと思ったのに。じゃあ頑張りましょう」
本当はアリサは泳ぎがあまり好きではない。理由は簡単、泳げないからだ。
いつもなら泳ぎの練習は嫌がってやらないのだが、今日は違った。
「ミアに負けたくないからねっ」
そう呟いたアリサは、母親と一緒に泳ぎの練習を始めた。

夜、海の近くの別荘に戻ったアリサ達は、食事を済ませ寝床に着いた。
「今日は楽しかったね、ミア」
同じベッドに入ったミアを抱きかかえながら、そう話しかけた。
「きゃんきゃんっ」
「あははっ、ミアも楽しかった?一緒に来れて良かったね」
「きゃんっ」
その時、開けていた窓から強い風が吹き込んできた。
アリサは帽子を窓の側に置いていたのだが、その風に乗って外に消えてしまった。
「ああっ、あたしの帽子!」
「あらあら、飛んで行っちゃったのね…。また新しいの買ってあげるわよ」
隣で寝ていた母親がアリサを慰める。
「うん…」
楽しかった気分が一転して憂鬱な気分になり、アリサはうつむいて目に涙を溜める。
「くぅーん、くぅーん」
そんなアリサの涙を、ミアは優しく舐め取った。
「うふふ、ミアも元気出してって言ってるわよ。ほら、今日はもう寝ましょう」
「うん…おやすみなさい」
アリサは目を閉じ、眠りに就いた。

起きると、ミアがいなくなっていた。
「あれ…ミア?ミアは?」
部屋中を見回してもどこにも見当たらない。家具の少ない部屋なので隠れる場所は無い。
「おはようアリサ…どうかしたの?」
「お母さん!ミアがいないの!」
「えっ、ミアが?」
ドアは暑いからと開け放して眠っていた。もしかしたら外に行ったのかもしれない。
「探してくる!」
アリサは飛び出した。
「ミアー!どこ行っちゃたの!ミアー!」
別荘の周りを探す。いない。
海岸を端から端まで探す。いない。
近くの道路を探す。いない。
小さな林の中を探し、見慣れない町中を探し、二時間が経った。
夏の暑い日差しの中ずっと探し回っていたアリサは、フラフラになりながら別荘に戻った。
「アリサ!心配したじゃないのどこ行ってたの!」
「お母さん…ミア、みつからなかった…」
母親の怒る声も耳に入らず、アリサは母親の胸に倒れ込んだ。
「ああ、アリサ…。大丈夫よ、ミアはきっと無事よ」
それは根拠の無い励ましだと、母親はわかっていた。そしてアリサも。
アリサは泣いた。声が枯れるほど泣いた。
その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どなたでしょうか」
母親はアリサをそっとベッドに寝かせ、ドアを開いた。
だが誰もいない。
「いたずらかしら…?」
母親は怒ってドアを閉めようとしたが、その瞬間足元を何かが駆け抜け、アリサに飛びついた。
「くぅーん」
「え…もしかしてミア?」
それはいつもの声で、いつものように鳴く、アリサの大切なミアだった。
「ミア!無事だったのね!良かった、本当に良かった…」
アリサはミアを抱きしめた。
「アリサ、これ…」
母親はミアが何かを落としたことに気付き、拾い上げる。
「あっ…!」
それはアリサの大切な帽子だった。
「ミア…ありがとう、ありがとう、ありがとう…」
アリサは再び泣き出した。ミアを抱いて静かに泣いた。とても暖かかった。


「…っと、こんなお話。聞いてくれてありがとね」
「すっごくいいお話だったよ。こっちこそ聞かせてくれてありがとう」
話し終えたアリサに、なのはとすずかがお礼を言う。
「えへへ。まだ他にもあるんだけど、聞いてくれる?」
「もちろん。聞かせてくれるならいくつでも」
アリサは再びミアとの思い出を語り始めた。
一緒に買い物に行ったこと、家のベッドで毎日一緒に寝ていたこと、遠くまで散歩したこと、公園で他の犬とケンカしたこと、風邪を引いたアリサの側にミアがずっといてくれたこと…。
様々な時間が楽しげに語られた。アリサとミアの幸せな時間だ。


「去年…だったよね。ミアが…死んじゃったのは」
すずかがそう切り出した。アリサの話が終わり、しばらく沈黙が続いていた頃だった。
「うん…」
避けられない話である。避けてはいけない話である。
「あの時あたし、二人にすごく迷惑かけたよね。ごめんね」
「ううん、迷惑なんて思ってないよ」
「そうだよ。そんなこと言わないで」
普段は自分の弱さを見せようとしないアリサだが、今日ばかりは違った。
そんなアリサを二人は優しく受け止める。

「あの日、学校を休んで寝込んでたあたしを、二人はお見舞いに来てくれたんだったよね」

―――アリサちゃん…話は鮫島さんから全部聞いたよ。元気出して…なんて簡単には言えないけど…
―――アリサちゃん…大丈夫?
―――なのは、すずか…

「本当は嬉しかった。だけどあたしはその時、自分のことしか考えられなくて」

―――帰ってよ
―――え?
―――帰ってって言ってんのよ!
―――ど、どうしたのアリサちゃん?
―――どうせあたしの気持ちなんてわからないくせに!あたしがどれだけミアのこと好きだったか、何にも知らないくせに!

「あんなこと言った自分を、二人の気持ちを踏みにじるようなことをした自分を、あたしは今でも許せない。だけど、それでも二人はそんなあたしを見捨てなかった。その時だったよね、なのはがああ言ってくれたのは」

―――うん…ごめんね。アリサちゃんの気持ち、本当はよくわかってないんだと思う
―――だったら…!
―――でもね、これだけはわかってる。アリサちゃんは私達の大切な友達だってこと。ずっと私達が側にいるから。一人で悲しむことなんてないんだよ、アリサちゃん…

「その言葉を聞いて、あたしの心はなんだかすっごく軽くなった。知らず知らずのうちにあたしは、悲しみを自分の胸の中に押さえ込もうとしてたのかもしれない。なのははそんなあたしを助けてくれた」

―――うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!
―――アリサちゃんっ

「そしてすずかは、我慢できなくなって泣き出したあたしを抱きしめてくれたのよね」

―――昨日、ミアが死んじゃった夜ね、あたしずっとドアの前で待ってたの
―――うん
―――ノックの音を待ってたの。ミアが帰ってくるノックの音を
―――うん
―――でも、いつまでも待ってもノックの音はしなくて、ああ、ミアは本当にいなくなっちゃったんだなぁって…
―――うんっ…
―――そう思うとあたし、あたしっ…うわぁぁぁぁぁぁん!

「それからずっとすずかの胸で泣きつづけてたわね。なのはも手を握ってくれて。すごく暖かかった。…その後だったよね、今日の約束をしたのは」

―――アリサちゃん…良かったら、ミアとの思い出聞かせてくれない?
―――うん…あっ、やっぱり…今日はダメ…
―――あ、ごめんね。そうだよね。まだ無理だよね…
―――来年、ちょうど一年後の今日、その日にお話しさせて。ミアの話は、笑ってしたいから…
―――うん、わかった。待ってる


「あたしが立ち直れたのは、なのはとすずかのおかげだよ。本当にありがとね」
アリサは二人に心からの感謝を捧げる。
「えへへ、どういたしまして。でも私だってアリサにいっぱい助けられてるから、おあいこだよ」
「私も。アリサちゃんにはたくさんお世話になってるもん」
なのはとすずかがそれに応える。
「じゃあ、そろそろ行きますか。ミアのお墓参り」
「うんっ」
「いこっ」
あれから一年経ち、悲しみは暖かさに変わった。もう誰も涙は流さない。
「今日からは、ミアに笑って挨拶できそう」
家を出た三人は、手を繋いで夕暮れの道を歩く。
胸に広がる優しさを、いつまでも忘れないように…。


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