閑話休題
Kの妄想
「おい」
耳元でSが囁いた。
わざとらしくこそこそと、俺の耳を隠すようにして。
「……なんだよ」
俺は稽古あとのだるい身体をドアに寄りかからせていた。
こいつがこうする時は決まっている。
だいたい、電車の中で乗り合わせた客の様子を観察して嘲る
ためだ。
「隣の車両にいる女。あそこに立ってる、青いワンピースの女
見えるだろ」
俺はそう言われてそっちを見た。確かにそんな女が連結部近くに
立っている。
「それがどうしたんだよ」
「……胸のとこ見てみ。……あれ、きっとキスマークだぞ」
「はあ?」
俺は間抜けな相づちを返しながら、その女をもう一度見た。
その女は、おそらく二十代後半くらいだろう。
化粧気の薄い、中肉中背。とりたてて美人というのでも、かわいいと
いうのでもない。どこにでもいそうな平凡な女だ。
膝までのタイトなワンピースを着ている。
胸が大きい訳でも極端なミニという訳でもない。
色気過剰なフェロモン女でもない……が。
セクシーなデザインとは言えないワンピースの胸は、割と開いている。
青い布で覆われた部分から、赤い痣のようなものがのぞいている。
確かに、Sの言うようにキスマークのように思える。
「……な?そうだろ?どう見てもキスマークだろ」
Sの口調が明らかに興奮している。
「……そうだな。ただの痣にしちゃ、あんなにはっきり赤くて
……胸のところになんてな……」
俺の隣にいるTにも手招きして、なにか耳打ちしている。
「……マジ?」
「ほんとだよ。よく見てみろって」
TもSも、身を乗り出して隣の車両を見る。
しかも、Tの奴はあからさまに隣の車両近くまで接近して
いってる。
ちょっと露骨すぎる態度に、一緒にいるこっちが恥ずかしくなる。
まさか、その女にちょっかいかけるつもりじゃないだろうな。
「……エロいなあ」
Tはそう言って、連結部から女の顔をまじまじと見つめてから
そこを離れた。
女が一瞬顔をしかめたように見えたが、それ以上の不快そうな
態度を現すことなく、平然としていた。
「バカ、お前……何やってんだよ」
Tはもともとルックスは悪くない上に、そういう下ネタ的な話が
大好きな奴だ。
さすがに咎めるSにめげず、Tはぬけぬけと言った。
「いやあ……俺は確信したね。あれは間違いなくキスマークだ。
……色っぽいお姉ちゃんとかじゃなくって、ああいう普通の女が
電車の中で、キスマーク晒してるってのがそそるね。それに、よく
見ると首にも肩にもキスマークついてたんだよ。すげーよな。
エロいよ。真昼の情事ってやつかなあ……」
「それにしたって、わざわざ近くまで寄って見るなよ。夜だったら
痴漢扱いされるかもしれねえぞ。昼間だからいいけどよ」
俺は苦言を呈するが、Tはおそらく聞いちゃいないだろう。
「きっとさ、男にねちねちやられまくったんだぜ。ああしてすました
顔してるけど、エロエロなこと言わされたりさせられたりしたんだ
ろうなあ……たまんねえな」
いい加減にしろ、と言う前に俺たちの最寄り駅に着いた。
まったく、よくもそこまで妄想が広げられるもんだ。
「しかし、相手の女に向かって「エロい」なんて言いに行くか、
普通?」
俺は呆れ返ってTに言った。
「いや、あのセックスなんかしません、なんて感じのとりすました
女が、Hした証拠を公衆の前で出してるってギャップが凄いよ。
首筋や喉元の赤やピンクの痕なんて、キスマーク以外ないだろ。
ま、経験者にはすぐわかっちまうね」
「ああ、わかったわかった。おまえがヤッてるのはわかったからよ
頼むから今度似たようなことすんなよ。痴漢扱いされるぞ」
こいつは脳が勃起してるよ……と俺は苦笑を禁じ得なかった。
童貞でもあるまいし、……仮に未経験だとしても、いちいち騒ぐなと
言いたかった。
SもTも硬派を気取るタイプではないが。
まあ、俺が言いたかったのはいちいちエロ妄想なんぞにとり憑かれて
いたら、うっかり勃ってしまったらまずいだろうと。
勃っちまったところを見られたら、それこそ痴漢か変態扱いだろう。
いや、案外と女の方から誘ってきたりするかもしれないな。
「可愛い」とかなんとか……。
キスしたり、手で握られたりさすられたり。
ズボンを脱がされて、フェラされたりそのまま挿入しちまったり。
……やばい、俺の方が妄想入ってるよ。
ああ、今自分の部屋でよかった。
駄目だ……もうビンビンになっちまった。
ジーンズの前、ファスナーを下ろしてボクサーパンツからはちきれそうに
なっているものを握る。
その途端、女の胸にくっきりとついていたキスマークを脳裏に浮かべる。
女の胸に吸いつく男の姿も。
想像の中の女が話しかける。
……ねえ。
……私のこと、見てたんでしょ。
女が微笑みながら俺に近づく。
……どんなことしてたのか、教えてあげましょうか……?
俺のものが既に情欲を漲らせているのに気づく。
……すごいのね。もう、こんなになってる……
そう言うとジーンズの前を開けて俺のものを取り出す。
……すごいわ。すごい……
天を仰ぐほど勢いづいているものを見て、女は歓喜の表情を
見せる。
俺のものを優しく擦りながら、欲望で膨れあがっている先っぽを
丁寧に唇と舌で舐める。
紅い唇の色が、桃色の舌が淫美すぎる。
女に含ませているつもりで、しごきながら先端をこする。
胸を見せろよ。
男に吸われた痕を、俺に見せてみろよ。
俺は女の服を脱がせ、胸を覆うブラを押し下げる。
色は清楚な白。
胸の谷間あたりに、赤痣がついている。
女の柔らかそうな乳房が揺れるたびに、キスマークも揺れる。
もっと吸え。そこに出してやる……。
女が喘ぐ。
……いや。
いや……許して……。
……ああ!
俺は声にならない声を吐息にこめた。
腰の奥が灼熱して、淫らな欲望が白く飛び散る。
震えながら跳ねようとするものを、手で握りしめながら残りの
ものを吐き出す。
これを女に舐めさせたい。
女の顔を……胸を汚してやりたい。
女をうつぶせにさせて、濡れているところに思いっきり突き入れて
激しく犯したい。
よがらせまくってやりたい……。
一度イったくせに、そんな淫猥な妄想に感じてしまい、もう一度
射精してしまわなければ、おさまらなかった。
くそ真面目を気取っていても、頭の中では何人の女をこうして
凌辱し、犯しまくっているだろう。
<ことによったら続くかも>
なんとなく書いてしまいました……