suretigai
週末のデート。
彼は待ち合わせ時間に少し遅れるかもと連絡してきた。
なんだ……と落胆しながら私はゆっくりと身支度をしていた。
ところが、すぐに間に合いそうというメールが届いて私は焦って
シャワーを浴びて着替えた。
毎回毎回、私は服装を変える。
下着も、今まで身につけたものは着ない。
いつも彼の前では初めて見せるものを選んでつけていく。
だけど……
それでも、いいとも悪いとも言われない。
どんなに着飾っていっても、張り切って真新しくおしゃれな下着を
つけていっても、なにも反応がない。
そんなものなんだろうか。
前に彼がジーンズで来てくれてもいいと言ってくれたことがあったけど
いっそ、そうしたラフな服装で行こうかなんて考える。
それとも、思い切ってノーブラにでもしてみる?
いくらなんでもこれはやりすぎだろう。
そんなにしたいのか?って逆に退かれてしまうかもしれない。
前日にはどんな服にしようか考えがまとまるのに、それでも今回は
当日の朝になるまで服と下着のコーディネートができずに困っていた。
とりあえずこれまでとは違ったベージュっぽい、それでもリボンが
ついている可愛らしいデザインのものをつけてみる。
いつも首と肩にキスマークをつけられてしまうから、今回は
「首と肩にキスマークつけないで」とメールをした。
電車内に入ってから、手持ちのファンデーションを忘れてきて
しまったことに気づいた。
「もうすぐ着きます。ファンデーション忘れてきちゃった」とメールを
送った。
たぶん、「胸につけないでとは言われてない」と言って、彼は
わざと胸元にキスマークを残すだろう。
もう外は春の陽気だ。
着ている服が少し厚かったようで汗が滲んでくる。
いつもの場所へ駆け寄ると、彼が立っていた。
今日は彼の服装はどうなのかあえて訊かなかったけど、これは
初めて逢った日の服装だった。
濃いグレー地に白のピンストライプジャケット、ベルトでウエストを
締める形。その下は黒のソフトシャツにノータイ。
何度か見たことがある仕事帰りのきちっとした三つ揃いのスーツ
ではなくて、少し崩した感じだけど、それが彼によく似合っている。
思わず胸を衝かれた。
だけど、素直に誉めることが癪なので言わないでおいた。
そのかわり、「ごめんね」と自分の方がここに近いくせに彼を待たせて
しまったことを詫びた。
朝ご飯を抜いていたという彼が、ゆうべは普段はまったく食べない
チョコレートバーを食べていたと苦笑いする。
おにぎりとかの軽食を買いに入った店で、「つい普段の癖で
こういうものに目が行く」と言ったのは、カロリーメイトなどの
栄養補助食品、サプリメントの類だった。
春のうららかな陽射しではなく、まるで初夏のような眩しい
陽光を避けて、ひっそりと佇むホテルへと足を運ぶ。
エレベーターに入ってお互いの顔を見つめると、今日は私の
方から背伸びして彼にキスをした。
柔らかく、浅く舌先を絡ませるキスを続けていると目的の階に着く。
彼の着ている薄手ジャケットを脱ぐと、抱き合う。
黙ったまま、彼の身体のあちこちを探る。
仕事帰り、勤務先でシャワーを浴びてきたと言っていた。
彼のスラックスのお尻も、ひっそりと溜息をつきながら
思い切って彼の下腹部に触れてみた。
キスして抱き合っただけで、もうそこは固くなっている。
でも私も、これだけで濡れている。
痛いほどの力で胸を揉まれて喘ぐと、上に着ているカットソーを
脱がされ、次にスカートを脱がされる。
スリップの上からブラのホックを外され、肩にブラのストラップが
かかっているだけにされた。
私ばかり脱がされていて、彼はまだきちんと服を着たままでいる。
だから私は彼のシャツのボタンを外した。
黒の光沢のあるソフトシャツはサテン地のものだった。
女性用のブラウスに使われる素材、私もこういうのは持っているけど
つるつるとした手触りが心地よかった。
私はスリップを脱ぎ、ほとんど半裸になってしまう。
Tシャツは彼の手で脱いでもらい、次には彼のベルトを外す。
紺色のズボンを下げると同時に彼が靴下も脱ぎ、あとはただひとつ
下着だけになる。
私は彼の腰を抱きしめるような形でかがみこみ、床に膝をつけて
座った。
まるで彼にひれ伏すような、服従を誓う奴隷のような姿勢。
だけどこうしてしまいたい。
彼の下着の上から、もう固くふくらんでいるものを口に含む。
すぐに脱がせてしまう前に、こうしたいと思い浮かんだ。
幾度も半分くらいまでを舐め続けると、やっぱりこのままでは
思ったように口での愛撫はしづらいと思った。
私の唾液で濡れてしまった下着を脱がせ、全裸になった彼に
今度こそ思いきり奉仕する。
奥まで含みきれなくて、それでも舌の届く範囲でできるだけ
側面を舐めていたりすると、彼が私の頭を押さえる。
こうされると私が頭を振ることができなくなる。
半ば不自由な体勢を強要されても、その行為の裏に潜む
サディスティックな彼の意志を汲んで従う。
好きでたまらない男にこうされるのがいい。
彼が上から私の乳房を揉み、乳首の先をつまんでこする。
鋭い快感が、彼のものを含んだままの私の口の奥からくぐもった
悶え声を出させる。
その責めに耐えきれなくて、彼から一旦離れると彼は私を
抱きすくめてベッドに移し替える。
ショーツの上から何度も触られてから、彼の手が私の足首まで
引き下ろす。
脱がさないまま左脚の足首にかけておき、私の両膝を立たせて
開かせると、クンニされる。
彼はまだベッドの下にいて、私だけがベッドに倒されている。
まるでさっきまで私がしていたことの反対に、今度は彼の方が
私に奉仕してくれる……
そういうような姿勢。
柔らかな舌が私の濡れた部分を押し開き、とりわけ敏感なクリトリスの
周囲に這わされると、私は快感の声をあげた。
ひととき甘い責めに酔っていると、彼は舐めるのをやめて私の
唇にキスをしてきた。
ディープキスを仕掛けられても、かまわずに舌をからめ返す。
首元に何度もキスされ、乳房も舐められ続け、乳首も吸われると
「そろそろいくよ」と彼は耳打ちした。
私はうなずき、ベッドの上で彼を待つ。
薄目を開けて見てみると、彼はコンドームをつけている様子が
わかった。
今日は膣錠ではなくこっち?
ベッドに戻った彼が私の身体を開き、ゆっくりと入ってきた。
「ああ……。いい……」
挿入され、彼が動くことへの素直な言葉だった。
じわじわと、だけど確実に私の奥深くに与えられる快楽。
深く口づけあいながら、彼の首に腕を絡ませる。
「あっ……。あ…………」
激しい快感ではないけれど、うっとりと浸っていたい波が
絶えず押し寄せてくる。
突然彼が首筋を強く吸ってきた。
私は「いや、やめて!いやっ!」と声高に叫んだ。
痛みと驚きで彼のものを強く締め付けてしまうのが自分にもわかった。
「いやなら、なんでここはこうなんだ?」
低い声で囁かれると、身体のこわばりが消えて抵抗できなくなる。
口では拒んでも、身体が歓びを訴えているのを知られているから。
それだけじゃない、心でも少しだけ強引な振る舞いを望んでいるから。
この人には逆らえない。
だって好きだから。
わけのわからない興奮が起こると、彼の声も荒くなっていく。
「ああ……!」
かすれた小さな声をあげて、私の上で彼は動かなくなった。
彼がイったとわかったその後にも、私が強く締め付けると、一度は
射精を終えたはずの彼のものが私の中で脈打つようにしていくのが
感じとれた。
離れたくないけれど、彼が放ったものを始末しないといけない。
それが終わるとすぐにベッドに横になり、「すっごく気持ち
よかったよ……」と腕枕をして髪を撫でてくれる。
「私も……よかった。ずっと感じてた……」
彼の頬にキスをすると、彼はくすぐったそうに笑っていた。
時間にすると、たぶん5分だとかその程度だったかもしれない。
三週間ほど置いた間で、また彼の欲望は高まっていたようだった。
私はイクことがなかなかできなくても、彼をこうして満足させて
あげることで私も精神的に充足できる。
やがていつものように睡魔に襲われたらしく、目を閉じたままになる。
腕枕が辛くなってしまうんじゃないかと思って離れると、彼は
「ごめん……」と言ってけだるそうに横たわっていた。
「いいのよ。時間はあるし、眠っちゃって」
私は鏡に身体を映すと、案の定胸元に薄い痣がつけられていた。
首と肩にはつけないでと言ったから。
そのかわりにここへ……。
私は彼を三十分眠らせることにした。
終わったあとでも私はまだまだ身体の芯が疼いたままでいた。
眠っている彼に悪戯を仕掛ける。
キスして胸を撫でると、彼の左胸だけ乳首が固くなっている。
彼は胸は感じると言ったのは一回だけだけど、その後何度こうしても
それほど反応してはいなかった。
首筋にキスして、耳たぶを唇にはさむと彼は笑い出してしまった。
「くすぐったい?」
首筋のあたりを軽く吸うと、また笑っている。
そこと反対側の右側の首元に軽くキスマークをつけてやった。
まだ起き抜けのぼんやりとした感じだけど、それでも彼のものは
もう力を取り戻しているのがわかった。
彼が私の身体に触れ、その手が私の秘部に下りてくる。
濡れているところに優しく、指先が入ってきてそっと撫でてくれる。
彼の指が這い回るごとに、私はますます自分の身体が潤いを
増していくのがわかる。
彼の手指がなめらかに動き、すべるように私の感じる部分を巧みに
刺激してくれる。
焦らすような細かな動作、クリトリスの周囲を探るようにそっと
ゆっくりと上に、下に向けて擦る。
私は快楽にひたりきって甘えた声をあげ続けていた。
彼の手が乳首までつまんでくると、秘所への快感とは別なよさが
あるけれど、イキそうになるのでもない。
私は彼の手に自分の手を重ねていた。
感じる上の端を何度も軽くこすられて、私は達しかけた。
イキそうになって快感が押し迫ってくると、あげ続けていた声も出せなくなり
途切れてしまう。
そのかわりに深く息をつめては吐き、絶頂の快感を逃したくなくて
足に、腰に力が入る。
もう私がイキそうになっているのを、彼もわかっているはず……
最後のひと擦りで、私は追いつめられた。
「ああ……イク!ああ、イクっ……あっ!あ、ああ……」
胸の鼓動とは違うリズムで身体が勝手に蠢く。
乱れきった吐息が静まるまでには、かなり時間がかかったような
気がする。
私の様子を見ている彼はどうだろう。
私が上りつめる様を見て、感じてくれていただろうか。
彼が今度は膣錠を持ってきて、私の身体に押し込んだ。
一度はコンドームだったのに、なぜ……?
そう考えていると、きっと一度目は直接射精するのを躊躇った
のかもしれないと思った。
本来は安全日だけれど、安全だとも危険だとも伝えずに、彼に
任せようと思っていたのは確かだった。
少しすると、もう一錠新たに中に入れられた。
最初のものが溶けきらなかったのか、それともなにか不安なのか
わからない。
指で秘唇と膣の浅い部分を撫でられ、抱き合って何度もキスを
交わすと、私から声が漏れた。
それが挿入を促すしるしだと思ったようで、彼は「もう少し待って」
と少し笑っているような調子で囁いた。
それから私の腰を抱きかかえ、私を起きあがらせると私の顔の
前に彼の腰を突き出すようにした。
言わなくてもわかる。
どうすれば彼が歓ぶのか。
私は彼の腰にひざまずくように上体を寝かせ、彼に従った。
先端から粘液が溢れているものにためらいなく舌を這わす。
こんなに感じてる……。
濡れている彼のものを唇に含みながら、一度達して少し時間が
経った秘所に再び快感が満ちてくる。
「瑠美……。もういいよ」
そう言われて髪を撫でられると私は唇を離した。
彼は私の中に入ってきた。
やっぱり熱いのと、少し中がじんじんするような感じがする。
コンドームだけの時よりも違和感を感じてしまう。
だけどそれでも快感はあって、私は喘いだ。
彼の突き刺すものの位置が私の感じる部分に来るように、私
自身が腰を引き上げる。
そして中を満たしている彼のものを引き絞るように締め付けると
彼はせつなげな声を漏らす。
今度はあなたをイかせてあげる。
意図的に締めつけを加え続けると、彼は「あっ……イクっ!」と
呻くと素早く私の中から引き抜いた。
腹部に熱いものがゆっくりと広がっていった。
「すごくよかったよ……」
ティッシュで拭ったあとで、彼は倒れるようにベッドに寝た。
頭を覆うように手を置き「……いよいよめまいが……」と言って笑って
いるけど、本当に辛そうだ。
そうだ、まだ彼は朝食も昼食もとっていなかったんだ。
それなのに続けざまに二度も私を抱いたせいで、体力も尽き果てて
しまったに違いない。
「あ……じゃあ、なにか食べる?」
「俺……もう少し経ってから食事にしていい?」
言いながらしんどそうに息をついていた。
彼はしばらくそのままに横になってもらっていて、少し落ち着いてから
食事にしようと思った。
私は彼に身体を預けていると、「ああ、でも瑠美は俺にかまわないで
食事にしてくれていいんだよ。一緒に我慢しなくてもいいから……」
と慌てたように彼がつけ足した。
「いいの……」
私は空腹感が薄いので、彼に寄り添ってそのまま横になっていた。
「だめだな……私」
私はひとりごとを言うように呟いた。
「あなたと逢う前には、一緒にいるだけでいい、そばにいるだけで
いいって思うのに……」
言いたかったことを言う、迷いを吹っ切るように溜息をひとつついた。
「生理の前とかって、こういう時期はHなことなんか全然しなくて
いいって思うのに、逢ってると、こうして……抱いてほしくなっちゃうの」
今の私に言える、せいいっぱいの真実だった。
だからといって身体が目当てだとかそんなんじゃない。
ただ抱いて、あなたを刻んでほしいだけ。
セックスばかりに溺れているんじゃない、そうなんじゃない。
どう続ければいいのかわからなくなってしまうと彼が言った。
「快感はあるんだけど、それとは別に腰がね……」
彼は少し困ったように笑った。
「ああ……」
私は彼の痛む腰をさすった。
「お風呂に入らない?」
彼がそう提案してきた。
膣外射精をお腹にされたばかりだし、それももっともだった。
「じゃあ、お風呂でほぐしてあげる」
お湯を溜めている間に買ってきたもので軽い昼食をとることにした。
彼はおにぎりがたった二つで、「それだけで足りる?」と訊くと
「昼間から満腹にするって気にはならなくて……明るいうちに
腹いっぱいにしちゃうって気分にはね」
「ああ、それはわかる気がする……」
「ここを出る頃になると、ほどよく腹が減って焼き肉四人前とか食える
くらいになるんだけどね」
「四人前……食べるの?」
確かに彼は身体が大きいから、この身体を維持するためには本当は
そのくらいしないといけないのかもしれない。
以前より痩せたとはいえ、180p70s弱の体格に、仕事は激務の極み。
加えて夜にはパートタイムで荒事まで入る。
睡眠時間は仮眠程度。ほんの一時間の間のうたた寝。
これで身体が悲鳴をあげない方がどうかしている。
二人でお湯に浸かって、私は彼の肩をほぐしてあげる。
「あーっ……もう、身体が溶けてゴミになっちゃいそうだよ。気持ちいい……」
彼の言葉に私は思わず笑ってしまう。
お風呂からあがるとベッドにうつぶせになってもらい、腰を押すと
最初は息をついていた彼は静かになってしまう。
マッサージの最中に寝入ってしまった。
それがわかると私は彼の身体を揉むのをやめた。
私も彼の隣でしばらく横になるうちに、眠くなってうとうとしてしまう。
私はほんの一時間くらいで目が覚めてしまった。
彼と寝入ったのは一時過ぎ。
二時半までは寝かせておいてあげようと思っていた。
その時間を過ぎた辺りから、私は眠っている彼の身体を
あちこち撫でたりしてみた。
布団を剥いで、彼の長く引き締まった脚をさすり、くすぐるように
してみたり。
胸元にも何度もキスして、彼の唇にもキスを繰り返した。
だけどこれだけではいっこうに彼の目が覚めない。
強引には起こしたくない。
彼は疲れ切っているんだから、眠らせて休ませておいてあげたいと
思ったのも確かだった。
だけど時間は無限にあるわけじゃない。
私はそろそろ帰る時刻を頭の中でカウントダウンし始めている。
二時間経ち、三時になったところで彼を起こしたい。
眠ってないでそろそろ起きて。
私を放っておかないで、私と向き合ってほしい。
そう思い続けているのに、頭の中でいくら彼にそう呼びかけた
ところで彼は眠りを貪っていた。
ひとこと、「起きて、もうこんな時間よ」と言えばいいのに。
それがわがままなような気がして、どうしても口に出せない。
だって私はそんなこと言える立場じゃないから。
こんなに疲れ果てていて、身体も辛いのにこんな遠いところまで
いやな顔ひとつせず来てくれている彼に、これ以上なにを
要求することができるのか。
だけどこのままでいたら、きっと放っておかれてるような気がして
悲しくなってしまう。
意地を張り続ける自分にも情けなくて、涙が出てしまいそうになる。
このまま彼を放っておいたらどうなるかな。
いつになったら気がつくだろう。
もう私は彼の身体に触れることもしなくなっていた。
私は彼に背を向けて起きあがると、彼も伸びをした。
「ごめ〜ん……」
謝る彼に、いつものように「いいのよ」と返せない。
背中にかかる私の髪を、彼が後ろから撫でてくれる。
私は一度横になると、彼の方を向いて枕元の時計を見た。
三時半を過ぎている。
私は今きっと悲しげな顔になってしまっているかもしれない。
涙が少し浮かんできていて、口を開くことができず、彼の顔を
見つめていることもできずに彼に背中を向けてしまう。
「……怒ってる?」
さすがに私の態度が硬いのに彼が気づいたようだった。
口に出して言えなくても、こんな素振りで不満を表してしまっては
同じだ。
反対に、直接口で言えばいいことを隠してしまっているだけに、余計に
タチが悪いかもしれない。
私の背中にかぶさってきて欲しい。
抱きしめてほしい。
そう思っても彼はそうする気配はなかった。
私は彼に向き直ると彼はそっと抱き寄せてくれた。
キスをして、何度も浅く繰り返した。
私も拒まず舌を絡めた。
なにも言えないかわりに身体で確かめ合う。
ごまかしているみたいだ。
悲しい顔や不満な顔を見せたくないと思っていたのに。
なのにそれを悟ってくれないからと拗ねる。
まるでききわけのないバカな子供だ。
いつまでたったら素直になれるんだろう。
抱かれることで今のことはなかったようにしたい。
抱けばすむということじゃない。
正反対の言葉がよぎって消え去っていく。
好きで仕方ない男の唇が、手が身体に触れればもう私は平静で
いられなくなる。
火照っていく身体が心まで熱くたぎらせてしまう。
彼の愛撫に応える言葉は意味をなさない。
悶える私の身体を開き、彼が求めてくる。
私をうつぶせにさせるような格好にして、腰だけを半分浮かせて
下半身をねじるような体位をとらされる。
コンドームをつけている彼のものが抵抗もなく私の中に入り込む。
「あっ……!」
今まであまりしたことのない変則的な姿勢が、私に凄いほどの
快感を与えてくれた。
「……いい……!ああっ、いい……」
腰をひねっているせいか、内部が狭くなっているのか、彼のものが
今までよりずっと私の中に密着しているように感じる。
彼の前後への腰の動きが加わって、私は悶え続けた。
完全なバックにされてしまうと、微妙に突かれる位置が変わってしまう。
最初に感じたほどの快楽ではないけれど、それでも気持ちいいことに
変わりはない。
彼のが引き抜かれる寸前のところまでくると、快感が倍増する。
さっきまで心を沈めさせていた鬱屈した思いなど吹き飛ばすように
彼と私は夢中になって互いを求めあった。
バックの体勢から抱き起こされ、後背座位になる。
彼の腰が下から突き上げてきて、私の身体はそれにつれて
彼の上で跳ねるようになった。
彼が背後から私の髪をかきわけ、私の顔を彼の方に向けると
繋がりあったままディープキスを交わした。
私は前に倒れると、彼は一旦抜いて正常位になった。
正常位から私を強引に抱き上げて対面座位になったあと騎乗位に
移り、私はベッドの際で横たわる彼の顔を薄目で見た。
恍惚とした表情を浮かべて目を閉じている。
彼のこんな顔を密かに盗み見ているだけで、私は刺激を受ける。
彼が起きあがり、また私は倒されて正常位に戻った。
乳房に吸いついた次に、乳首の周囲を痛いほど吸い上げられる。
痛みが私に「いやっ」と叫ばせた。
「いやなら、こうして抜いちゃうぞ?」
言うだけでなく実際に私から本当に抜いてしまったので、私は驚き
「いや、やめないで」と哀願した。
再び私の身体に入り込んできたものは、今までになかったほど
膣内に快感を走らせた。
「あっ……あっ……あ!ああ、いい……!」
もっと感じてしまいたくなり、自分から彼を締めつける。
こうすることで内部ももっと気持ちよくなるから。
奥深くに何度も何度もそれが届くたび、感じるところを擦れるたび
私は声をあげ続けた。
それが叫び声に近く、悲鳴に近いものになっていくのがわかる。
これが中でイクって感覚なんだろうか。
クリトリスでイク時の急激な鋭い快感ではなくて、もっとじわじわと
膣内の、身体の奥底から沸いてくるような不思議な感覚だった。
彼と接していなければ不可能な快楽なのは間違いない。
今までにそれに類似したものは感じたことはあった。
だけどこれほどに強くはっきりした快感はなかった。
三度目のセックスで彼がかなり長く保っていることを幸いに、私は
彼を感じようとますます貪欲に彼を引き絞り、官能を追い続けた。
彼が私の身体から出て行き、それでも私はひどく興奮していて
全力疾走を続けたあとのように激しく呼吸を乱していた。
彼が私の左手の中指、そして薬指を舐めてくる。
彼は今までしていたコンドームを外す、ゴムの弾ける音がしていた。
彼の方がイってしまったのだろうか。
「すごい汗……」
彼は笑いながら私の身体から流れる汗を見つめていた。
お腹のあたりから、文字通り滝のように汗が流れ落ちていく。
ベッドのシーツは二人の汗でびしょびしょになってしまった。
彼がまだ朦朧としている私の手をとり、固く反り返ったままでいる
彼のものに触れさせた。
彼はまだイっていない。
私は彼のものを握ってしごくと、「上になっていい?」と囁いた。
「でも、大丈夫なの?直接……」
彼が私の身体を心配したのかそう尋ねた。
本当は安全日だけど、わざとそのことを隠している。
こうやって彼に気遣ってもらいたいから、屈折した願望だった。
「大丈夫……」
私は彼のものに腰を沈めた。
「あ……。ああ、いい……」
どうしてこんなに、何度しても快感がついてくるんだろう。
しばらく彼の上で腰を揺らしていると、彼が「口で……」と言った。
私の中に入り込んでいたものに口をつける。
半ばくらいまでを呑み込むと、彼の手がやはり私の頭を上から
押さえつけてきた。
顔を振れないので、舌と唇を上下に駆使することしかできない。
空いた手で袋とその後ろのすぼまりをつつき、同時に先端を
唇で思いきり吸い上げた。
「あああっ……」
彼から艶めかしい声が出る。
舌先で割れ目をくすぐり、そのすぐ下の一段くびれた部分のまわりに
舌をからみつかせるようにさせ、軽く歯でこすった。
これが効いたようで、彼はひきつったような悶え声をあげて
顔をのけぞらせていた。
私にとっては彼がこれほどまでに露骨な反応を示してくれるのが
嬉しくて、もっともっとしてあげたかった。
吸い上げる音が卑猥に響く。
「ああ……いいよ、瑠美……」
彼はそう言って私の額を軽く押し、もうやめさせる動作をした。
「すっげえ気持ちよかったよ……」
彼は照れたように笑って言うと、「お風呂に入ろう」と言った。
彼はイったんだろうか?
でも、精液の上澄みまでは出ているのがわかっていたけど
射精はしていないように思った。
私がシャワーの熱さを調節して彼に背中を向けていると、彼は
私の腰に腕を回して抱きかかえた。
振り向くと彼が笑っている。
私の腰を抱いたまま、あてがわれる感覚があった。
私ははっとした。
挿入しようとする彼のものを受け容れようと、タイルに手を突き
上体を前に寝かせてお尻を高くさせた。
また彼のものが直接入ってくる。
後ろ向き、しかも立ったままの姿勢でいるせいか、彼のものが
いっぱいいっぱいになっているのを感じる。
「ああ……、いいの……」
これで何度入れられて何度私はいいと言っただろう。
それでも本当に感じ続けているのだから仕方ない。
「いいよ、瑠美の中……」
笑いながら前後にゆっくりと動く彼を受け止め、また私は悶えた。
「うっ……イクっ!」
小さく呻くと、彼は私の腰に熱いものを放った。
液体が流れてくる感触がわかる。
ずいぶん久しぶりに浴室でセックスしたような気がする。
最初からこのつもりだったんだ。
だからベッドでイク寸前まで口で舐めさせておいて、ここで
抱こうとしていたんだ。
彼も結局は貪欲に私を欲していた。
「腰がまた……ふりだしに戻っちゃったな」
途中三十分ちょっとと二時間半、三時間くらい寝て休んだのに
最後の最後で私が拗ねてしまったことで、抱いてくれたからだ。
着替えをして、服を身につけていく彼に言ってみた。
「それ……初めて逢った時の服ね。シャツも……」
「……そうだっけ?特に意識して着てきた訳じゃないんだけど……」
ああ、やっぱり特別な意味なんかはないのね。
仕事先で徹夜して、着替える暇もなくてシャワーだけ浴びてここに
来ていた訳だから、私と逢うために選んだ服じゃないのはわかってる。
だけど、こんな格好の彼に私がジーンズだったら、逆に不釣り合いに
なっちゃっただろうなあと考える。
「覚えてるよ。私はね」
彼に聞こえるのかわからないけど、小声でそう言ってみた。
よく見ると、首筋にも薄くキスマークがつけられているのを見つけた。
「やだ……首につけちゃったのね?!」
「大丈夫、髪で隠れるって」
「それは隠れるけど……」
ブラからはみ出た部分にくっきりと二つ、赤い痣が残されている。
「やだ、ほんとに今日ファンデーション忘れてきちゃったのに……
……締まるからってわざと面白がってつけたんでしょ?」
彼を睨むようにして見上げると、「それは言葉の綾で……覚えて
ないもん。それほど夢中になっちゃったってことで……」
そんなふうに言って笑っている。
街中で食事をすることになり、よくよく話を聞いてみると、明日は
午前中半休で午後から仕事だと言う。
それならそうと、知っていればあそこで何時間も寝かせておかなくても
起こせばよかった……。
家に帰って休むゆとりがないんだと思っていたのに、だから放置
されているようで寂しくなっても、こらえて……結局はこらえきれなかった
訳だけど。
だけどそんなことも言えない。
去年の今頃、わがままを言って彼を困らせて嫌われてしまったから。
こんなことを言うと気を悪くするんじゃないか、と先回りして考えてしまう。
喧嘩して二ヶ月逢わずにいて、それでも逢いたいと仲直りしたそのあとで
夏からの彼は以前とは違って私をいたわって愛情をはっきりと示してくれる
ようになったのに。
言葉にして愛してると言ってくれるし、言わなくても愛情を感じるように
なったのに。
それじゃ、私は何がしたいの?
どうすれば気が済むの?
(俺は鈍感だから、気に入らないことがあれば言って欲しい。
言ってもらわないとわからない)
つきあい始めた頃、それでも彼の周囲に嫉妬ばかりして彼を困らせて
いた頃言われていたことを思い出す。
一体なにが不満なの?
疲れ果てて、傷だらけの身体で三時間近くもかけて遠くまで駆けつけて
くれる彼に。
どんな下着を身につけても、どんな服を着ても、なにも言ってくれないから?
今まで一度も同じ下着をつけて来たことがないと言っても、それを彼が
わかっていないかもしれない。
私ばかりが彼を誉めて、彼は私に可愛いとも綺麗だともなにも言って
くれないから?
彼の趣味の話は聞いても、私の趣味とか嗜好を知ろうとしてくれないと
思ってしまうから?
抱き合って楽しい時間を過ごしているようで、だけどいつもなにかを
忘れているような気分になる。
彼のことは好きだ。
好きだけど、でも、苦しくなるほど好きだけど。
もっと私のことも知って欲しい。
あなたのこともっと知りたいけど、知れば知るほどますます好きに
なってしまうから、今よりもっと苦しくなるかもしれない。
だから知りたいけど……彼の口から伝えてくれること以上のことは
訊きたくない。
結局は自分の苦痛にばかり思いが行くから、そればかりだから
わがままで自分勝手なのは私なんだ。
疲れさせてごめんね。
なんで思ったことの十分の一も言えないんだろう。
好きな人に自分の感情をどれほどぶつけていいのか、それがわからない。
わからないけど、でも……
自分ではどうにもならない、彼の身体でもたらされる凄いほどの
快感に翻弄され続けていた。
その大きな歓びを得られた嬉しさと、少しの悲しさで気持ちが混乱していく。
他愛ない話をして、次回の約束をして別れる。
もっと一緒にいたい気持ちを断ち切って歩いた。