Vendetta   ――復讐―― 

 
――熱い。
まるで高熱にうなされているようだ。
いや、ある意味それよりも遙かに性質が悪い。
何故なら、この忌まわしい記憶は簡単に消せないだろうから。
熱のもたらす悪夢ならば、どれほど救われるだろう。
目を醒ませばたちどころに消えていく夢でも、幻でもないこの苦い現実。
生きているのを、今までの所業を後悔させるほどの目に遭わせてやる。
屈辱の涙を流し、許しを請うて床に這いつくばっても赦さない。
絶対に。
 
 
――――殺してやる。
殺してやる。殺してやる。
神に祈りを捧げる敬虔な信徒のように、俺は呟き続ける。
呪いの文言を、胸の中で繰り返す。
 
 
身体の中が、灼熱感で満たされる。
焼け焦げるほどの熱を帯びた鉄の溶解液のような、重いどろどろと
した感情の激流。
心の奥底に、奥の奥に潜んでいた黒い獣を呼び覚ます。
激しい憤りが毒のように身体を蝕んでゆく。
胸に沈み込み、黒く堆積してゆく重油のような粘い情念。
逃がしてはいけない。この凶悪な衝動を。
息を吐いたら、そこから身体の中の力までが出てしまいそうだ。
針でつつかれたら破裂してしまう風船のように、感情を張りつめさせる。
溜めて溜めて、ただひたすらに己の中の情動を、内圧を高めていくのだ。
やがてそれが出口を求めて荒れ狂い、身体の外へ出ていくのを待つのだ。


――昔試合に出た時を思い出す。
憎くもない相手を殴り、蹴り、そして立ち上がれないほどに叩きのめす。
力が拮抗している時にはそれも難しい。
相手の隙を突き、弱点を狙う。
どこが弱いか、どこに一撃を加えれば相手はダメージを受けるのか。
向かい合っているその時、俺にとっては相手は人として映らない。
ただ、自分の倒すべき標的。
肉がぶつかりあい、時に骨身に沁みる激痛を受ける。
脳髄までも痺れるような衝撃が自分を襲う。
身体が重い苦痛にすべて支配される前に、痛みに耐えて、それでも
身を起こす支えは相手に反撃を加えたい、憎悪に似た感情だ。
そしてそれは俺の中の破壊的な禍々しい感情を揺り起こす。
今にまた、いいのを食らわせてやる。

はっきりと決着がつくのは、相手を倒し、地に伏させた時だけだ。
それを見下ろすことによって、ようやく俺は勝ったという実感を得るのだ。
それが俺の中の暗い感情を、武道という闘いの場に昇華させる
唯一の手段だった。
言い訳のようなものだ。
暴力の衝動を正当化させ、自分はこれしかないのだ、とそればかりを
自分にも他人にも言い聞かせる。
誉められたものではない。

今は、相手の人間にどれほどの苦痛を意図的に与えてやれるのか
そればかりを考えている。
まるで好きな女を振り向かせようと、あの手この手で策を練るように。
ただ、抱く感情は正反対の質のものだが。

長い一生の中、他人に対して殺してやりたい、こんな人間は死んで
しまえ、そんな風に思わない人間はいるのだろうか。
身近な者にはそう思わないにしても、殺人事件、凶悪事件の犯人などに
こんな人間が存在して生きていることへのどうしようもない憤りを感じる
ことはいくらでもあった。
誰もが当たり前に思い浮かべるだろう応報の感情。
行き場のない怒りを抱いたことのない者があるだろうか。
警官になる前にでもそれは多くあったし、当時もやりきれない思いを
抱いていた。現在もそうだ。
自分が重い憎しみに身を浸しきってしまうか。

決して赦さない。
同じ空の下で呼吸しているということすらも赦せない。
ならばどうするか。


殺すまでに至らなくとも、社会的に抹殺してやる。
それで俺にさらに報復を仕掛けてくるような根性を持っているのなら
それも面白い。受けて立ってやる。
もっとも、俺に反撃を試みるほど強靱な意志など持ち合わせているか
どうか。
そんな小癪な画策もできなくなるほど、徹底的に潰してやる。
楽しみにしているがいい。

俺は今、復讐の策略を練り、それを愉しんでいる。
きっと歪んだ笑みを浮かべているに違いない。
そんな貌を、あいつには……美香には見せなければ済むことだ。
今は彼女の心身を落ち着かせ、いつか時が癒すのを待つしかない。

俺は寄り添う女の温もりを感じながら、虚空を見据えていた。


2へ続く



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