花より色は29
 夕食の後新之助は一郎太に言われた、免許皆伝の事を三治に話した。三治は心から喜んで家の事は自分の任せて稽古に励んで欲しいと言ったが、新之助には少しだけ後ろめたかった。三治ならそう言ってくれるだろうと分かっていたからだ。これから、役所のある日も道場に通うとなると、その日はまるで家の事はできないという事になる。千代に話してから決める事になるだろうが、もう少しいい方法はないだろうかと新之助は考えていた。
 
 その夜三治は新之助の前に全てを晒した。そして、素肌が触れ合う歓びに酔いしれた。新之助が慎重すぎるほど慎重に進めたお陰で、三治の方が焦れるほどだった。ゆっくり始まったそれは日を越しても続き、高めては寸前で止まる事を繰り返したため夜がこれまでになく長かった。新之助は一度行ったあとは持てる限りを尽くして三治の体を愛撫する事に熱中した。終いには、どこに触れても三治は抵抗せず、もっと確かな刺激が欲しいとばかりに新之助を引き寄せた。新之助は三治の望むように、そして感じるようにしてやったが、中々終わらせなかった。三治はたまに軽く刺激されるだけで放っておかれている中心をどこかに擦り付けることも許されず、遂に自ら新之助に息も絶え絶えにねだった。

「し、新之助様、もう、もう無理です・・・」
「そのようだね。見てごらん、こんなに漏れている」

新之助は嬉しそうに言った。三治は情けないばかりだったが、新之助に愛しげに口付けられて、熱い手の中に包まれたら全て吹き飛んだ。三治のこの夜の絶頂は、全身がガクガクと震えるほど激しいものだった。声を我慢しきれず、三治は咄嗟に自分の手を噛んだ。慌てて新之助がその手を引き離したが、三治の手には三治の歯型がくっきりと跡を残ってしまった。新之助は三治が落ち着くまで優しく抱いてやり、それから三治の手に付いた歯型にそっと口をつけた。親猫が子猫の傷を癒すようなその行為に、三治は涙を零した。

 それから千代が戻るまで、それ以上の事を新之助はしなかった。三治が日に日に行為に対して恐怖を感じる事が少なくなった事は新之助にも分かっていたが、新之助は急がなかった。その代わり、ただ幸福と快感を感じる事ができる愛撫を互いに施しあい、長く密度の濃い夜を過ごした。千代が戻る前夜、最後に三治は新之助のそれを自らの口で愛撫した。二ノ輔に散々強要され、ただ苦しいだけだった行為である。新之助を喜ばせようとしてした事だったが、新之助が驚き、やめさせようとして、三治の口淫につい快楽の声を上げるのを聞いたとき、自分が愛撫をされているわけでもないのに三治は下半身にわだかまるものを感じていた。どんな淫らな行為でも、愛し合い、思いやりを掛け合いながら施す行為は、汚くも、恐ろしいものでもない事を三治は実感していた。この時三治の心は、二ノ輔から受けた辛い記憶から完全に解き放たれたのだった。



 次の日の昼頃に千代は帰ってきた。千代の実家は今でも藩政に影響を及ぼすほどの力を持った家老職を継いでいたが、もちろん先の財政削減の波を避ける事はできなかった。それでも、家柄としては門田家と同じか、それ以上の地位にはある。今は隠居している千代の父は、当時は左衛門が出世する事を信じて千代を嫁に出したが、その後左衛門が鳴かず飛ばずの状態を続けたため左衛門を見限っていた。だが、左衛門亡き後、ご隠居が可愛い娘に力を貸してやりたいと考えたのは当然の事だろう。義姉や母からの手紙で帰省を催促されていた千代だったが、実際には一番千代に会いたかったのは父だったと、千代は帰省して初めて知ったのである。
 千代が帰ったとき、新之助は道場に行っていて留守だった。自分がいない間は新之助はどこにも行かないだろうと思っていた千代は密かに驚いた。三治と上手く行かなかったのだろうかと千代は訝しげに思った。だが、三治に「新之助はどうしたのです」と尋ねると、三治はえも言われぬ幸せそうな顔をして「新之助様はただ今は道場へ行っておられます」と言った。それを見て、二人は上手く行ったのだなと千代は満足げに思った。三治の幸せそうな顔を見れば、新之助も無体はしなかったに違いない。新之助は恐らく三治以上にデレデレしているだろう。その顔を早く見てやりたいと千代は思ったが、顔には出さなかった。

 だが道場から帰ってきた新之助は意外にも爽やかな笑顔で千代に相対した。二人の思いが結ばれても誰かに話すことなど出来ないだろうから、新之助は誰かに話したくてうずうずしているだろうと思ったのである。だが新之助はそんなそぶりはおくびにも出さず、「勝田のお祖父様はお元気ですか」などと聞いている。良く見れば新之助の体から光が発しているかのようにキラキラとしていたから三治と結ばれたのは間違いないだろうが、それにしてもこの落ち着き方、新之助は思ったより大人になっていたのだなと千代は感慨深く思った。

 夕食の後、新之助は千代に免許皆伝についての話をした。それを興味深げに聞いていた千代は、新之助の話が終わると自分が勝田で聞いてきた話をした。それは新之助には重大な話だった。

「父上が、そなたを勝田の配下にならないかと言ってきたのですよ」
「お祖父様が」
「もちろん今はお兄様の代ですから、そうなればそなたの叔父に仕える事になるわけですが」
「・・・はい」
「早急に返事ができる問題ではないので、しっかり聞いて、よく考えなさい」
「はい」

 新之助が勝田の配下になるという事は、一応は武士の対面は保っていられるが所詮は誰かの家来だという事になる。今は僅かな禄高とはいえ、藩主の直々の家来だから藩士という事になるが、それを外れれば役なしの武士である。勝田の配下に入れば、勝田に養われる事になるから食べるものの心配はないし、基本的に家来は屋敷の周りにある長屋に住む事になるが、親戚であるためその辺りは叔父の裁量でどうにでもなる。つまり今より楽に暮らしていける代わりに、「早川幻刀斎」という、いわばブランドの名を捨て一介の雇われ武士になるという事である。
これは、提案されてすぐに「はい」といえるようなものではない事は傍で聞いている三治にもすぐに分かった。考え込む新之助に、千代は続けて言った。

「今は藩が財政困難だから、小禄でも藩が直接養うより、既に勝田に与えてあるものの中で養える方がいいわけですから、今なら申請すればすぐに通るだろうとお言いでした」
「はい」
「それに、長屋住まいでなく小さな屋敷を用意できると言ってくれました。以前私のお祖父様が隠居場として使っていた屋敷があるのです。小さいですが、私も良く小さい頃遊びに行っていたので馴染みがあります」
「・・・はい」
「それからもう一つ。その屋敷の近くに、勝田の菩提寺があるのですが、そこは代々勝田がご寄進で大きくしてきたお寺です。その一角に使っていないお堂があるのですよ。そこで新之助は新たに道場を始めたら良いのではないかと父上が言われたのです」
「・・・!」
「最初にこの話をされた時、そなたに言わずに断ろうと思っていました。ですが、道場の話を聞いて気が変わりました。そなたに話をして、そなたに決めさせようと思ったのです。早川の家名は新興のものです。そなたのお祖父様、幻刀斎さまを私は尊敬申していましたが、今では早川の家を何が何でも残さなければならないとは私は思っていません。今大事なのは、そなたの行く末です。新之助、そなたはどうしたいのです。石にかじりついても早川の家を守り、いつか再興したいとお考えなら母はそれに従います。どうやら免許皆伝の道筋も見えてきたようだし、かつての道場を取り返すのもいいでしょう。ゆっくり考えてくれていいと言われていますから、そなたもじっくり考えなさい。そなた自身と、そなたと三治の幸福がどこにあるか、良くお考えなさい」
「お母上様・・・」
「三治、新之助にはお前が必要なのですよ。よく新之助の相談に乗ってあげてね」
「そんな、私などが・・・」
「自分を卑下することはないのですよ。お前は新之助の大事な人間なのです。自信を持って、新之助をいい方向へ導いてあげて頂戴」
「・・・ありがとうございます。お言葉に応えられる様、尽くします」
「自分を捨てて尽くさなくてよろしいのですよ。勝田へ行く前も言いましたけど、新之助が我儘を言ったら怒っておやりなさい。母は所詮母でしかないのです。新之助を支えるのはお前なのですからね」
「母上・・・」
「・・・かしこまりました」

三治は床に平伏した。千代は笑顔でそれを見ると立ち上がった。

「それでは私は寝る事にしますよ。さすがに疲れました。後は二人でお話なさい」
「おやすみなさい、母上」
「お休みなさいませ」







to be continued...







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