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……白色のでかいズタ袋を片手に、暗澹とした気持ちで、その場に立ち尽くし続ける俺。
リビングテーブルの上には、心許無い家計を必死でやりくりして、ようやっと買う事のできた七面鳥の丸焼きや、手作りのケーキなどの料理が、既に半ば食い尽くされた状態で並んでいる。
「あー、食った食った。久方ぶりの肉は最高だぜぇ〜♪」
満ち足りた表情でソファに踏ん反り返って、膨れた腹をポンポンと叩くスパイク。
何てぇ幸せそうなツラだ…俺はまだ殆ど料理に手を付けてねぇっていうのに。
「ん?アンタは食わねぇのか??」
どんよりと曇った表情で、ただ突っ立っているだけの俺を見て、スパイクは言った。
俺だって、食いてぇよ…次はいつありつけるか解らんご馳走だ。
しかし生憎、俺の食欲はすっかりと殺がれちまっている。
ポーカーのくだらん罰ゲーム(ご丁寧にもフェイが前もって準備していたらしい)の内容を聞いて、スパイクの目が俄然輝き…圧倒的な強さで思惑通りに負かされてしまった事が、食欲を無くした原因だ。
畜生…料理を作ったのは、この俺なんだぞぉ?なのに食えねぇってのは、どういうこった…。
「アタシ…ちょっとワイン飲みすぎたわ。も、ダメ…寝る。オヤスミぃ」
「ふにゃ〜。エドもお腹いーっぱいで、ねむねむぅ〜…。
アイン、ちヴィンス、おいで〜。一緒に寝よう〜っ」
すっかり酔いが回り、フラフラした足取りでリビングを去るフェイの後に、エド+2匹がトテトテと続く。
「っおい、お前ら!寝るなら歯ぐらい磨いてからにしろよっ」
咎める俺の声に振り返りもせず、女たちはその場からサッサと立ち去った。
「…ったく、アイツらときたら…」
溜め息をついた俺は、ソファに腰掛けてジッと自分を見上げているスパイクの視線に、ふと気付く。
腹がくちくなって上機嫌なのだろう、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
その表情に、俺は自分が置かれている情けない状態を一瞬忘れて、口元を綻ばせた。
ついこの間まで、コイツはこんな表情なんぞ、これっぽっちも見せる事は無かった。
「嬉しい」 「幸せ」 「満足」
しんと冷え切っていたコイツの心は、そんな単純な感情すら麻痺させ、解らなくさせていたのだろう。
いつも、どこか遠くをボーッと見つめていた、焦点の合わないオッドアイ。
無表情に近い、やる気なさげなツラ。
それが、今やどうだ…よくまぁクルクルと表情は変わりやがるし、クルー間でのポーカー大会なんていう戯れ事にも、実に楽しそうに参加してくる。
よく声を上げて笑うようにもなったし、穏やかに微笑んだりもする。
本当に、つい最近までは…到底考えられなかった事だ。
…ポンポン。
思わず感慨に浸る俺に向かって、スパイクは満面の笑みを浮かべたまま、自分が腰掛けているソファの、空いている右横を叩いた。
(…隣に座れ、ってか?)
無邪気なスパイクの笑顔に、何故か…そこはかとなく嫌な予感を覚える。
「……」
黙って突っ立ったままの俺に、スパイクは尚もにこやかに微笑みながら、自分の横をポンポンと叩き、座れと合図する。
…暫し躊躇した後、俺はスパイクの横にゆっくりと腰を下ろした。
「なぁに、警戒してンだよ」
スパイクはクスクスと笑いながら、大皿に一切れ残されたケーキに、フォークを入れる。
「ほら、アンタの作ったケーキ、すげぇ美味いぜ?アーンしろよ」
「っ!馬鹿野郎、お前…」
俺は、思わず頬を赤らめた。
36の男をつかまえて、「アーン」は無ぇだろうがよっ!?
「食えってば。スポンジはしっとりしてて口当たりいいし、クリームも甘すぎなくってイケる。プロ並の出来映えだ」
「俺はいらねぇよ…食欲ねぇんだ」
「そう言うなって。一口食ってみりゃ、空腹感も増すってモンだぜ」
スパイクは、フォークを俺の口元に構えたまま、引こうとしない。
俺は諦めて小さく息を吐き、口を開いた。
スポンジの卵の良い香りと、コクのあるクリームの味が、ふんわりと口内に広がる。
…なるほど。スパイクの言う通り、こいつは上出来だ。確かに美味い。
「な?美味いだろ」
「……ンむ」
もぐもぐと口を動かす俺を、にこやかに見つめていたスパイクの目に、一瞬チラリと悪戯めいた光が宿る。
「!」
突然、暖かく濡れた感触が、俺の唇の上をなぞった。
口の端に付いていたクリームを、スパイクの舌が舐め取っていったのだ。
「うめぇ♪」
「…お、おまっ…」
「上に乗っかったイチゴも、甘くて美味かったぜ。ほら、食えよ」
スパイクは、耳まで赤くなって口をパクパクさせている俺の事なんざ、まるでお構い無しで、ケーキの上に乗っている赤く熟したイチゴの実に、フォークを刺す。
「ほら。アーン」
「も、もういいっ」
「何だよ、遠慮するなって」
「いいって言ってんだろっ」
口元に持って来られたイチゴから、顔を背ける。
…何だってコイツはいつも、不意打ちみたいに仕掛けてきて、俺を驚かせやがるんだ。
そんなコイツのやり口に、図らずも、青臭い若造の恋愛のような胸の高鳴りを覚え、頬に朱をのぼらせてしまう自分自身が、何だか気に食わねぇ…。
「…ぃえっこ(ジェット)」
「?」
妙な発音で名を呼ばれ、俺は怪訝な顔でスパイクを振り返る。
ガシッ!
いきなり両手で、頭を挟まれた。
「んなっ!?」
驚いて見開いた俺の目に、イチゴを口に咥えたスパイクの顔が飛び込んで来たかと思うと、そのまま強引に頭を引き寄せられ、口移しでイチゴを口内に押し込まれる。
「んうっ…!」
同時に、スパイクの柔らかな舌が入り込んできて、俺の舌とイチゴを一緒に絡め取ように、ぬるぬると蠢いた。
口の中でイチゴが潰れて、甘酸っぱい味と香りが広がる。
「ほら。美味いだろ…?」
唇を離し、俺の耳元に囁いたスパイクの声音には、聞くだけでぞくりと身震いさせられるような艶が孕まれていた。
「お、おいっ」
「なぁ、サンタさんよ…」
どぎまぎしている俺の目を、鼻先が触れ合う程の至近距離で覗き込んだスパイクは、わざとらしいほど穏やかな口調で言う。
「オレ、今すっげぇ欲しいモンがあるんだ…。願い事、聞いてくれるよな?」
スパイクの言葉に、俺は口元を引き攣らせた。。
冷や汗が一筋、こめかみを伝う。
ヤツの欲しいものなんて…当然、聞くまでも無い。
「ひっ、日頃の行いが良くなけりゃ、サンタはプレゼントをくれねぇんだぞっ」
「ん?そうか。じゃあきっとオレなんかは、とびっきり素敵なプレゼントを貰えるな」
苦し紛れの俺の言葉に、スパイクはぬけぬけとそう答えた。
コイツ…一体、どの口がそれを言う…。
「しかし、アレだな。アンタ、白いドレスも良く似合うが…こういうのも悪くねぇな」
船内は空調が利いているとは言え、慣れない(当たり前だが)ミニスカートは肌寒く、曝け出されて少し冷たくなっていた太腿に、スパイクの温かな左手がするりと這わされ、俺は思わず身体を強張らせる。
「すげぇセクシーだぜ…内腿のラインなんか、マジでたまらねぇ」
「ぁあ?何言ってやがる、そんなワケ…っコラ、やめろってっ」
狼狽え、じたばたする俺を気にも留めず、スパイクの長い指はそのまま少しずつ太腿を登り、スカートの中に入り込んだ。
「あんまりこの格好がソソるからよォ、他の連中がよそに行くまで、なるべくアンタを見ないように努力してたんだぜ?
あいつらの前でこんなんなっちまうのは…やっぱマズイからな」
スパイクは、太腿に這わせる左手はそのままに、空いている右手で俺の腕を掴んで、自分の下腹部へと押し当てた。
硬く、逞しい感触が、スラックス越しに伝わってくる。
「お前…まるでセクハラおやじみたいだぞ…」
気恥ずかしさで、喉奥に引っ掛かったみたく掠れちまった俺の呟きに、スパイクはニヤリと底意地悪く笑んで見せた。
「セクハラってのは、相手が嫌がった場合の事を言うんだろ。…嫌なのか?アンタ」
……ぐっ。
思わず言葉に詰まっちまった俺を見て、スパイクはククッと小さく笑う。
「んっとに、素直じゃねぇな」
「…悪かったな」
「ま、そんな所も魅力的なんだけどな」
「お前なぁ…」
溜め息を吐く俺の唇に、スパイクの唇が柔らかく重なった。
互いの舌を絡ませ合いながら、スパイクの左手は俺の太腿を優しく撫で、右手はセパレーツの上着の裾から入り込み、脇腹を滑る。
そのまま腹筋を伝い、胸をまさぐられ、突起を指先で掠められると、意図せず身体がピクリと反応してしまう。
「♪フンフンフ〜ン、フンフンフ〜ン、フンフンフ〜ンフフ〜ン♪」
唇を離し、今度は首筋にねっとりと舌を這わせながら、スパイクは鼻先で調子っぱずれのジングルベルを歌った。
「あ、阿呆かお前は…っ」
おちゃらけた行動に対する抗議の声も、自分の中心にどんどんと熱が集まってくる感覚に、図らずも上ずってしまう。
「クリスマスなんて、前までのオレにとっちゃ、どうでもいいイベントだったが…こんなプレゼントを貰えるなら、大歓迎だ。イエス・キリストに感謝せよ…ってヤツだな」
(聖夜ってのは、そういう目的で作られたワケじゃねぇだろうがっ!)
思わずツッコミを入れたくなったが、スカートの中をまさぐる手に、立ち上がった中心を下着越しに擦り上げられて身体を仰け反らせるハメになり、それは叶わなかった。
「っく、スパ…っ」
小さく呻く俺の顔を、スパイクは獲物を狩る獣のような、攻撃的な艶を孕んだ目で眺める。
急いたように下着が引き摺り下ろされ、スパイクの手が俺の後ろに回ったかと思うと、その部分にゆっくりと指を埋め込まれた。
「う、あっ…」
内壁を擦るように蠢かされるスパイクの指に、そこが徐々に解きほぐされていくのがわかる。
先程までの肌寒さは、何処へ行っちまったのか…全身が火照って、じっとりと汗が滲む。
「せっかくの、キュートなサンタクロースだ。脱がすにゃ勿体ねぇな」
スパイクはそう言いながら、挿れていた指を引き抜き、ソファから降りて俺の目の前に立つ。
そして、スラックスのジッパーを下ろして、熱く脈打つ自分自身を取り出したかと思うと、いきなりミニスカートを捲り上げて、俺の右足を小脇に抱え込んだ。
「お、おいっ!?」
「スカートってのは、便利なシロモノだな。脱がす手間が要らねぇ」
スパイクは、右足をソファの上に乗せて立て膝し、左足を少し後ろに引いて身を屈め、俺が唯一受け入れる事のできる場所に、自身を当てがう。
「す…スパイクっ、待て!へ、部屋で…っ」
「もう、止まんねェよ」
慌てる俺に熱っぽく呟いて、スパイクはそのまま中に…侵入してくる。
「…う、あ…ぁっ」
刻まれる、慣れたリズム。
最初は緩やかだった律動は、徐々に激しくなっていく。
打ち込まれる熱い楔が、最奥を突き動かす感覚に、喘ぎが知らず、唇から零れる。
「ジェッ、ト…っ」
乱れた呼吸で、名を呼ばれる。
蕩けきったような潤んだ眼差しで、俺を見下ろすオッドアイ。
その瞳の中に、溢れる想いのたけを、熱を、激情を垣間見て、俺は胸が締め付けられるような感覚に陥った。
その全てが、俺に対して向けられているという事に…酷く切なく、甘い心地になる。
「スパイク…」
穏やかに名を呼び返し、汗で額に張り付いた深緑色の髪を宥めるようにかき上げてやると、何やら往なされたような気持ちにでもなったのか、ムキになったかのように、打ち込まれる律動が強められた。
幾度も繰り返し貫かれ、昂ぶり合い…互いに限界が近づいているのが、解る。
「っく…ジェ、ッ…!」
先に終わりを示す声を上げたのは、スパイクの方だった。
俺の中で、スパイク自身がドクンッと大きく脈打ち、小刻みに震えながら、欲望のたけを吐き出しているのが伝わってくる。
愉悦と快楽に恍惚としたその表情に煽られ、俺も一気に乳白色の精を解放した。
先端から勢い良く迸ったそれは、赤いミニスカートとセパレーツの上着に飛び散った。
「…赤と、白の、コントラスト…か。クリスマス…らしくて、いいじゃねぇか…」
解放の直後の荒い息使いで、スパイクは切れ切れに軽口を叩く。
「っ、はあっ…、ばか…やろ…っ」
脱力と疲労に、ろれつがうまく回らない。
「しかし…着たままってのも、なかなかオツなもんだな…。
しかもスカートなら、下着を脱がせて裾を捲くるだけで、したい時には何処でもすぐにヤれる…。
こいつぁますます便利だ」
繋がったままの格好で、何やら独りでブツブツと意味不明の考察を始めるスパイク。
「あ、そうか…下着を最初から着けなけりゃ、脱がす手間も無くなるんだよな…。
まぁ、脱がすのは脱がすので、また別の愉しみもあるんだが…出先ならやっぱ、手軽なのが一番だ。
ん?下着をつけずにガーターだけってのも、なかなかソソるかもな…。
よし決めた。今度から一緒に出掛ける時は、ジェットにはコイツだな。」
一体何の事を言っているのか、全く解らないが…何かとんでもなく、おぞましい事を呟かれているような気がするのは、何故なんだ…?
「まぁ、とにかく。せっかく『着たまま』にチャレンジできた事だし、ついでに『抜かず』にもチャレンジしようぜ」
ニッと、白い歯を見せて笑う相棒の言葉に、俺はぎょっとした。
「ぬ、抜かず…って、おい。少し休ませ…」
「あぁ、別に構わないぜ、アンタは動かなくても。そのままゆっくり休んでろよ」
「む、無茶言うな〜〜っ!!」
叫びも虚しく、再開されるリズムに、俺は当然抗う事など出来る筈も無く…。
……………そうして、聖なる夜は更けていくのだった。
後日、スパイクと一緒に外出する際…身支度を整えている俺に、一体どこから仕入れて来たのか、赤いフレアのミニスカート…加えてガーターベルトとストッキングまでもが手渡され、口論となったのは…また別の話だ…。
おちまいっ。
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