ごうん、ごうん……。
低く響く、エンジンの音。
聞き慣れたこの音は、いつも眠りを柔らかに誘い、いつも目覚めを暖かに迎えてくれる。
ここは、かけがえの無い「家」。
全てを失ったと思っていた自分に、安らぎと幸福を与えてくれる場所……。
* * * *
「起きたか、スパイク?」
寝起きでボーッと天井を見つめていたオレに、同じベッドの中、隣に横たわるこの部屋の主が、優しい口調で声を掛ける。
「あぁ……ジェット」
オレはにこやかに応え、ジェットの唇に自分の唇を押し当てた。
「今、何時だ?」
時間の感覚がよく解らずにいるオレは、ジェットに尋ねる。
「まだ夜明け前だ」
「ゆうべ、随分早めに寝ちまったんだな」
コトに夢中で、いつ寝たか覚えてねぇや。そう言って笑ったオレに、微笑み返すジェット。
「腕は、大丈夫か?」
「ん?心配すんな」
オレの身を案じるジェットの言葉に、包帯がきっちり巻かれた自分の二の腕を軽く撫でて、ウィンクひとつして見せる。
「全くお前は、いつも無茶ばかりしやがって。独りで5人の賞金首を追うなんざ、いくら腕の立つお前でもやりすぎだ」
「あー、へいへい」
ジェットのぼやきを、オレは右耳から左耳に素通りさせて聞き流す。
昨日、何度同じ台詞を言われたかわからない。耳にタコができちまう。
「!お前、少しは人の話しを真面目に…」
「聞いてるって。ちょっと銃弾が腕を掠めただけじゃねぇか。本当に心配性だな、アンタは」
「そういう事を言っているんじゃなくてな、もっと自分の身体を大事にしろって言ってンだ」
いつものように小言を並び立てるジェットに、オレは意地の悪い笑みを作って言った。
「そうだよな。普通、怪我人には大事を取ってゆっくり休んでもらうモンだよなぁ?」
……ぐっ。
オレの言葉に、ジェットは喉を詰まらせた。
「あ、あれはそのー、なんだ。そうだ、お前が誘ったから」
「休ませなきゃいけないと思いながらも、我慢できなかった……か?」
ニヤニヤと笑いながらジェットの顔を覗き込むと、ヤツはバツが悪そうな顔をして視線を逸らし、
「……悪かったよ」
小さく呟いて頬を掻くジェットを見て、オレは思わず爆笑した。
「冗談だって。ったく、アンタって本当にからかい甲斐があるヤツだなぁ」
「んなっ!スパイクお前っ」
オレは人差し指を立てて、抗議の声を上げようとするジェットの唇に押しつけて、それを制する。
「我慢できなかったのは、アンタじゃない。オレの方さ」
オレの言葉に、ジェットは少し頬を赤らめながら、困り顔で大きく息をついた。
「俺がお前を拒否できないの、知ってて誘ってるんだろう」
「バレたか?」
ぺろりと舌を出しておどけるオレを、情けない表情で見るジェット。
「はぁ……ったく。お前さんにゃいつも振り回されてばっかりだぜ」
「それが嬉しいクセに」
またもや抗議の声を上げようとするジェットの口を、今度はオレの唇で塞ぐ。
「……もう1回」
「?」
ごく軽く唇を触れ合わせながら言うオレを、ジェットは怪訝な顔で見る。
「もう1回したい」
「朝っぱらからか?」
「関係ねぇじゃん」
「怪我人は大人しく寝てろっ」
「散々ゆうべヤッておいて、今更だろ」
もの言いたげなジェットに深く口付け、その歯列を割って舌を滑り込ませる。
ジェットは諦めたように目を閉じ、口内に侵入してきたオレの舌を、自分の舌で絡め取った。
くちゅっ、ぴちゃ……と、唾液の混ざり合う淫猥な音が部屋に響く。
柔らかな接触にうっとりと身を委ねているオレの髪を、ヤツのゴツい手が優しく撫でる。
それだけでオレは、思わず身体を少し震わせてしまうくらい、ぞくっとする快感を覚えた。
* * * *
もう、どれくらい前になるだろうか?
初めて男に抱かれたのは。
鋭い目と、銀の髪を持つあの男。
親友だと思っていたアイツに、まるで無理矢理犯されるようにして抱かれた、あの時。
陵辱される悔しさに身を震わせながらも、オレは心の底では、アイツを受け入れたいと思った。
不思議な感覚だった。アイツを愛しているとか、そんなんじゃないのに。
まるで自分の「影」を、もう一人の自分を受け入れてやりたいと願っていたような。
自分と同じ匂いのするあの男に抱かれるのが、心地よかった。
それからも何度もアイツに抱かれたが、オレはただの一度も、アイツの誘いを拒めなかった。
引力のように、オレを惹き付けてやまなかった、あの男。
自分と同じ匂いのする男しか、オレは受け入れることが出来ないのだと思った。
そこにしか、居場所は無いのだとすら思った。
しかし今、自分を抱いているこの男は、どうだろうか?
確かにコイツは、同業者。同じカウボーイだ。
だがお互いの持つ経歴は、まるで異なっている。
かたや元ISSP。かたや元レッドドラゴン。
歩んできた人生には、違いがありすぎる。
心に抱いてきた辛さや、苦い過去にも、共有できるものなどは無い。
自分とは全く違う匂いを持つ男。
だけど……。
* * * *
「どうした、スパイク?」
キスの途中で、どこかうわの空になって遠くを見つめているオレの目に気付いて、ジェットが問う。
「いや。なんでもねぇよ」
少し笑って、オレはジェットの胸に自分の頭を預けた。
「ココが、気持ち良い」
「俺の胸板が、か?寝心地が良いか?」
「それもあるが、そういう事じゃねぇよ」
「???」
わけが解らない、といった様子の相棒。
「いいから。早く続きをしてくれよ」
………『忘れたいんだ』
喉まで出掛かった言葉の続きを、オレは飲み込む。
「あ、ああ」
ジェットは少し戸惑い気味に、だがシッカリとオレを抱き締めた。
* * * *
……覆い被さるようにしてオレの上にいるジェットの舌が、ゆっくりと左肩を這い、鎖骨を辿る。
「ん…っ、ふ」
舌で愛撫されている部分から、直接背筋に伝わるようなゾクゾクとした快感の波に、オレは小さく声を漏らした。
ジェットの舌はそのまま鎖骨を伝い、首筋を登り、耳たぶを優しく甘噛みする。
「っあ」
ぴくり、と反応した腰を、金属の冷たい感触を持つジェットの左手がそっと撫で、血の通った温かな右手は、指先で掠めるように胸の突起を弄び始める。
「あっ…あ、あっ」
ジェットの指先が動く度に、オレの口からは声が漏れ、身体がぴくんぴくんと反応してしまう。
「コレだけで、そんなに気持ちいいのか?」
「うぁあっ」
耳元に、低く甘い響きを孕んだ声で囁かれ、オレは思わず悲鳴を上げた。
「っく、耳元で喋んな…おかしくなっちまうっ」
タダでさえコイツの声は、普通に聞いているだけでも心地よいのに。
こんな時にそんなに甘い響きで耳元に囁かれたりしたら、それだけで頭のてっぺんまで快感が突き抜けちまう。
「スパイク…可愛いぞ」
「ふあっ、耳元で喋んなって言って……っああっ!」
ジェットの右手が、いきなりオレの中心を包むようにして掴んだ。
急に与えられた刺激に、身体を強張らせるオレを見て、ジェットは尚も囁く。
「もう、こんなになってるぞ?ゆうべ、あれだけしたのに」
意地悪げな、しかし嬉しそうなジェットの言葉に、少しムッとする。
「…っはぁっ、あ、あんただって、人のコト、言えるの、かよぉ…」
がくがくと身体を震わせながら、オレはジェットの中心に視線をやった。
ガタイのいい身体に見合う、いやそれ以上に逞しいそれは、乱れるオレの姿に熱い血をたぎらせて、どくんどくんと脈を打っている。
改めて見ていると、そのあまりの大きさと逞しさに、そういえばコイツと初めてヤッた時にはエラい目に遭ったもんだったなと、思わず過去を思い起こす。
「?なんだ?」
身体中を走り抜ける快感に荒い息をつきながら、うっすらと笑ったオレを見て、ジェットがまたもや怪訝な顔で聞いた。
「なんでもねぇ」
「お前そればっかりだな」
「うっせぇ…っあ、あぁっ」
ジェットの右手が上下して、オレの中心を優しく愛撫する。
「あぁ、っっ。ジェットっ…!」
「イイのか、スパイク…?」
何度も何度も、絶え間無く与えられる刺激に身体を震わせるオレを抱き締めながら、ジェットは熱っぽく聞いた。
「ふ…あぁっ。イイ…」
ジェットの柔らかな声と、与えられる快楽に溺れながら、うわごとのような呟きで応える。
ヤツは満足げに微笑むと、右手は愛撫を止めること無く動かしながら、左手でオレの胸の突起をきゅうっと摘んだ。
「あああっ!だめだっ…イッちまうっ」
「遠慮するな、何度でもイカせてやる」
「や、やめっ…!う、あああああっ!!」
頭のてっぺんから足のつま先まで、電気が走ったような快感が広がる。
「っく…あぁっ」
ジェットの手の中で、ビュクビュクと自分の中から体液が流れ出るのを感じながら、苦しいほどの快楽に身を捩った。
その様子をじっと見つめてくるジェットの視線が、やたらと恥かしくて居たたまれない。
「っはぁっ、はぁっ…そん、なに…見るな…っ」
「照れてるのか?」
解放の余韻でじんわりと腰に広がる、甘い痺れのような感覚に震えながら言うオレを見て、ジェットは楽しそうに問う。
「悪りぃか…よっ」
乱れた呼吸を必死で整えながら、不機嫌な口調で答えると、ヤツは嬉しそうに微笑みながら、汚れていない方の手でオレの頭を撫でた。
「いや、悪くない。可愛いぞ」
まるで子供扱いされたような気分になって、オレはついムキになる。
「かわいいかわいいって言うな!オレはこれでも、27の立派な…っあ、うああっ!」
オレの体液で濡れたジェットの右手の太い指が、突然中に差し込まれて、思わず声を上げて仰け反る。
「っ、くぅ…っ」
くちゅっ、くちゅっと音を立てながら、内壁を擦るようにして与えられる刺激に、オレはビクビクと身体を痙攣させた。
腰から背中にかけて、幾度もゾクゾクと登ってくる快感の波に、頭の中がぼんやりしてきて…。
「あ、あっ。あああっ、ジェットっ、ジェット…!」
無意識に、相手の名が口を突いて出る。
「俺が欲しいのか…?」
柔らかな問い掛けに、ためらいもなく頷く。
「あんたのが…欲しいんだ…」
ジェットは、オレの目尻に溜まった涙にそっと口付け、中に挿れていた指を引き抜いた。
そして、待ち切れないといった具合に熱くたぎったジェット自身を、すっかり慣らされたオレの入り口に当てがい、そのままゆっくりと沈めていく。
「ん、ああっ…あああっ!!」
自分の中に侵入してくるジェットの熱を感じ、オレは大きく身体を反らせる。
「大丈夫か?」
ジェットがオレの顔を覗き込み、心配そうに聞く。
自分の大きさを把握しろと、以前オレに咎められて以来、ヤツは行為の度に不安げに聞いてくるようになった。
「…っ、大丈夫、だから…は、早く…してくれっ…」
挿れられるだけ挿れられて、そのまま放置される切なさに身悶えながら、ジェットを急かす。
ジェットはオレの前髪をかき上げて、汗ばんだ額に軽くキスをした。
そして、衝動の赴くままに、オレを突き上げ始める。
「あ、あ、あっ…んぅっ、ふ…ああっ」
ジェットのそれが内壁を強く擦り上げる度に、とろけるような快楽が身体中を走り抜けて、その感覚にオレは耐え切れず、途切れ途切れに鳴いた。
「すげぇ熱いぞ、お前ん中…」
オレの中を突き上げながら、荒い息使いでジェットが呟く。
「んっ、ジェットのも…熱いっ…あ、ああああっ!」
ジェットは休める事なく腰を動かしながら、ついさっき解放したばかりなのに、もう固く立ち上がっているオレ自身を、再び大きな掌で包み込んだ。
後ろに与えられる快感と、前に与えられる快感に同時に襲われて、思わず息が詰まる。
「っく、は…じ、ジェット…っっ、辛…っ」
「気持ち良すぎて、辛いか?」
意図せず、目の端からポロポロと涙を溢れさせるオレをなだめるように、ジェットは一旦動きを止めて、金属の手で優しく頬を撫でた。
ヒヤリとした感触が、上気した頬に心地よい。
「いいか、もっと大きく息をしろ。余分な力を抜いて、声を殺すな」
「そ、そんな事…言ったってっ、あああっ!!」
さっきよりも激しい動きで、ジェットは愛撫と腰の動きを再開する。
「ああっ、ああっ、ああっ!」
頭の中が真っ白になってしまうくらいの、強い快楽。
ずちゅっ、ずちゅっと、ジェットがオレの中に出入りする音は、聞くだけで更にオレの身体を熱くして、快感を増長していく。
「ジェットっ、ジェットぉっ!」
相手の名を叫ぶオレの両手は、ジェットの背中をさまよい、時折きつく爪を立てる。
その痛みすら楽しむかのように、ジェットは熱っぽい目でオレを見つめながら、幾度も自分自身を突き上げる。
「あああっ、だめだ、ジェットっっ!!も、もうっ…!!」
「っく、スパイクっ…!!」
ジェットの腰がひときわ力強く動き、激しくオレの中をかき混ぜた瞬間。
「う…っあ、あああ…っ!!」
びくびくびくっ、と身体を痙攣させて、オレは悲鳴を上げた。
ビリビリと痺れるような強い快楽が、身体の隅々まで行き渡る。
そのあまりの刺激に、オレはジェットの背中にギリギリと爪を立てて、歯を食いしばって耐えた。
オレが達するのと同時に、オレの中に在るジェット自身も、どくっどくっと大きく脈打ちながら熱いものを放つのを感じる。
………………
高みに昇り詰める快楽の嵐が作り出す、数秒間の熱い沈黙。
「っう…は…ぁっ!はぁっ、はぁっ…」
やがて身体からぐったりと力が抜けて、オレは荒い息をつきながら、焦点の合わない目でジェットを見た。
ジェットも乱れた呼吸をしながら、オレをぎゅっと抱き締める。
「良かったか?」
「んなモン…言わなくたって、見りゃ解るだろう…」
強い脱力感と疲労感に、ろれつがうまく回らない。
「そうか」
ジェットは笑顔で短く応え、オレの唇に自分の唇を優しく重ね合わせた。
甘くて、柔らかなキス。
まるで、コイツの優しさが唇を伝わって、オレの中に広がっていくみたいだ。
暫くの間、コトの余韻に浸りながら、オレたちは幾度も唇を重ねた。
* * * *
「…本当に優しいよな、アンタ」
お互いの呼吸が落ち着いてきてから、枕元のティッシュを手に取って後始末を始めたジェットに、オレはベッドに寝そべったまま言った。
「あぁ?そうか?」
「そうだよ」
『オマケにお人好しだ』…せっせと一人で後始末をしているジェット(しかも、コトの度に毎回だ)を見て、思わず言いそうになったが、それは飲み込んでおく。
「そうか…?そうなのか…」
自覚が持てずに、照れながら困惑する本人を見て、オレはクスクスと笑いを漏らした。
「アンタのそういうトコ、可愛くて好きだぜ」
「!か、かわい…?」
「ああ。『可愛い』ぜ」
思わず目が点になるジェットを確認したオレは、ニヤリと笑ってベッドから降りる。
「さってと。シャワー浴びてくるかな」
恐らく昨夜の行為の後、オレが眠ってしまった後にジェットが片付けたのだろう。ベッドの下に綺麗に畳まれて置いてある自分の服を持って、オレは部屋を後にしようとした。
「待てッ、スパイク!」
慌てて呼び止めるジェットの声に、オレはうざったそうに振り返る。
「あんだよ?」
「パンツくらい穿いていけっ」
「面倒臭せぇ」
「いいから穿けっ!」
「へいへい…」
手に持った服の中からトランクスを出して、その場で穿く。
「…ったく、36の男をつかまえて、何が可愛いだ」
「お互い様だろ」
納得できないといった様子で、まだ何かブツブツ言っているジェットが可笑しくて、オレは笑いながら部屋から出た。
* * * *
バスルームに向かって通路を歩いていく途中で、ふと小窓に目が入って、オレは足を止めた。
頑丈な透明色の素材が嵌め込まれたその小窓からは、無限に広がる宇宙が見える。
(…こんな広い世界の中で、たった一人のアイツに出会ったんだな)
オレはぼんやりと、頭の中で呟いた。
…自分にはもう、何も無い。失うものも、手に入れるものも、行く所も。
そう思っていた自分に、アイツは居場所を与えてくれた。
忘れていた優しさや、安らぎや、笑顔を与えてくれた。
「死んでもいい」ではなくて、「生きてもいい」と思わせてくれた。
自分が無茶をしたり、突っ走った時には、必ず歯止めを掛けてくれるヤツがいる。
その安堵感と、居心地の良さ。
『アイツの傍に居れば、安心して無茶ができる』
そうオレに思わせてくれた相手は、過去にも居た。たった独り。
それはもう、遠い過去の話。色褪せた、苦い「思い出」に過ぎない。
確かに、未だに吹っ切る事が出来ず、苦しめられる事は多々ある。
だが、それを「思い出」にしてくれたのは……。
「さんきゅ、ジェット」
オレは、口元に柔らかな微笑を浮かべた。
「案外、早く忘れられそうだ」
その場に居ない相棒に向かって、小さく呟く。
ずっと突っかえたまま取れずにいる、胸の中の重たい塊のようなものが心なしか軽くなったような気がして、オレは鼻歌を歌いながら早足でバスルームに向かって歩いた。
* END*
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