quarto sogno
獄寺は、灰をシルバーの小皿に落してから短くなった煙草を銜えた。いつもと同じ味。同じ、ということは安心出来る材料になる。どんなに緊張する場面でも。
「お、良い匂いしてきたなー」
山本がのんきに言いながら、ナイターが映っていたテレビを消した。試合は一方的な展開で、あっさりと終わった。山本が贔屓の球団が勝ったのか、獄寺には分からない。山本が言う、良い匂いも獄寺には分からなかった。
「もうちょっとで出来るよ。テレビ切ったの?」
「試合終わったし。何、手伝おうか?」
獄寺が言おうと思っていたことを、難なく山本は口にする。獄寺は短くなった煙草を噛み締めた。フィルタ−の味が混ざる。
山本はすっと立ち上がってのいる台所に近づいた。そしてくん、と鼻を鳴らす。
「さん、香水変えた?」
「…今日はつけてないわ。シャンプーかボディミルクの匂いじゃないかしら」
獄寺は、噛んでふにゃっとなっている煙草をもう一度噛み締めた。獄寺には、前会ったときにつけていたという香水の匂いが分からない。今つけてないことも。それは火薬を操り煙草を日常的に喫う獄寺には仕様のないことだったが、なんとなく口惜しかった。
「へー。で、何手伝ったらいい?」
「じゃあこれ運んで。ハヤト、グラス出して」
「何の?」
山本が料理を台所からダイニングテーブルに運んでいる。それを横目にしながら、グラスが並べられている食器棚の前に立った。
「赤のスパークリング」
「…?どっちにすりゃいいんだ?」
赤のワイン用と、スパークリング用のグラスは違う。獄寺は眉間に皺を寄せた。なんであれ、頼まれたことにはきちんと応えたい。
「スパークリング用でいいかな。赤のスパークリングなんて、可愛いなディーノ」
ふふ、とが笑みを零しているので、自然と獄寺の眉間の皺は深くなる。何でかは自分でも分からない。スパークリング用の、少し細長いグラスを三つ出す。ダイニングには料理が並べられていた。トマトと魚介のパスタ、アクアパッツァ、カプレーゼ、海鮮サラダ。
「本当はお肉のほうが好きかもしれないけど、あんまり得意じゃないから。今日はこれで」
はランブルスコ・ロッソを取り出して、金具を外している。獄寺は近寄って、から瓶を取り上げた。
「オレが開けるっす。大丈夫、慣れてますから」
「…分かったわ、ありがとう」
ちょっとだけ獄寺を見て、は瓶を手渡した。カトラリーを出しているを山本が手伝い、獄寺はゆっくりと栓を抜いた。手の平の中でゆっくり栓を抜くと、スパークリングワインでも零さずにきれいに抜ける。
ぽん、と小さな音がしてワインの栓が開いた。コルクをテーブルに置いて、のグラスから獄寺は満たしていった。
「山本、お前酒強いか?」
「普通じゃねえの?正月に飲んでも平気だし」
「分かった」
半分にしておこうかと思った山本のグラスにも、自分と同じ量だけワインを注ぐ。カトラリーのセッティングも済み、用意が整った。
「好きなだけ取って。足りなかったら言ってね」
「美味そー。じゃあいただきます」
山本がパスタを取っているので、獄寺はカプレーゼに手を伸ばした。カプレーゼを取ってから、サラダを少し取る。
「あ、ハヤトはもっと野菜取って」
「…姉貴に何か言われたんすか」
の素早い指摘に姉の影を見た獄寺は、思わず片手を握り締めた。なんとなく胃が痛い。
「ビアンキは、ハヤトは料理しないからあんまり食べてないんじゃないかって言ってたわ。タケシもそう言うし」
獄寺は隣の山本を睨み上げる。山本はへらっと笑って、だってお前いっつもパン一つだろ、と答えた。パスタに続いてイサキのアクアパッツァを取っている。
「小食みたいっす。ナプレ(ナポリ)料理は好きなんで、戴きますね」
は獄寺ににこっと笑いかけて、すいすいとワインを飲んでいる。手元には少しだけカプレーゼがとってあった。
「さんは、こっちで何してるの?」
山本がパスタを食べながら、ワインばかり飲むに尋ねた。
「何してって…そうね、あなたたちみたいに学校に行ってるわけじゃないし、暇してるわね。ツナの世話をするぐらい?」
「仕事とかは?」
山本の率直な質問に、獄寺ははぁっとため息をつく。マフィアをごっこ遊びだと思っている山本に、何を言っても無駄だと思っているのだ。
「仕事はしてるわよ。あっちに部下も残してきてるし。今じゃ、大概パソコンと電話で何とかなるものよ」
「へー…。さんて偉いんだ。部下とかいるんだね」
「たくさんいるわ」
獄寺が想像する限り、は幹部の一人だろう。幹部の地位もそれぞれだが、カジノの支配権を与えられ、自由に出来る部下も大勢手に出来る。他にも、何かしらいろいろ得ているのだろう。九代目の縁者としては、が最後の一人と言ってもいい。十代目は、一代目からの派生で、九代目との縁は薄い。
「まだ若いのにすげーな、さん。料理も美味ぇし、キレーだし、仕事もできて。そうだ、聞こうと思ってたんだけど」
「なに?」
カプレーゼを食べたはパスタを口にしている。ワインは三杯目だ。もちろん獄寺が注いだ。
「彼氏とか、イタリアに残してきてんの?」
山本の質問に、獄寺は知らず喉を鳴らした。はふっと息を解いて微笑む。
「…いないわ。タケシもハヤトも格好良いし優しいから、女の子に人気があるんじゃないの?」
「いやーどうだろ。獄寺は人気あるみたいだけどな。よく告られてる」
「勝手なこと言うな!お前のほーが人気あるだろ、今日も待ち伏せされてたしよ」
言い合いが始まってしまった2人を見て、はワインを飲みながら笑う。
「いいわね、学生って」
もう自分がとうに去った世界。イタリアの義務教育は5歳から13歳までの小・中学校だ。大概がそのまま高等学校に進む。は、家庭教師をつけると言った九代目から、学校に行く権利をもぎ取るかわりに高校には進まなかった。中学を卒業してからは、ファミリーの仕事だけをしてきた。同盟ファミリーとの会合、パーティ、商談、幹部としての仕事。ボンゴレのプリンチペッサ(姫)としてはマスコット的な役割を果たし、様々な場所に出向いていた。また、にしかない力を使って、ボンゴレとその同盟ファミリーを守ってきた。
「さん、大学には行かないの?」
「仕事が忙しいし、周りの人に迷惑をかけるから当分は無理ね」
「ふぅん?」
周りの人に迷惑をかける──獄寺にしか分からないことだったが、確かにそうだろうと獄寺も思った。ボンゴレ十代目候補、と様々なファミリーから思われているが大学に通ったりすれば、大学を狙撃場に選ぶファミリーも出てくるかもしれない。カタギの人間を巻き込まないのが暗黙の掟ではあるが、それを守らない性質の悪いファミリーも多い。十代目が正式に決まり、発表されたりすればを狙うファミリーは減るだろう。その分が全部ツナへいく。
「あ、ごめんなさい」
電話が掛かってきて、は席を立った。相変わらず旺盛な食欲を見せる山本を尻目に、獄寺はワインを飲みながらの声に耳をすました。
「Pronto,Chi e`?」 もしもし、どちらさまでしょうか?
『ciao,。オレだ』
「ciao,ディーノ。どうしたの、何かあった?」
『いや、の声が聞きたくなったんだ。オレもジャポネに行きてーなー』
「ロマーリオたちが困るようなこと言わないの。大人しくボスのお仕事するって言ったじゃない」
『まーそうだけどよー。オレのプリンチペッサがいないとなー』
「あなたのじゃないわよ。その呼び名、嫌いじゃないけどね」
『ボンゴレ全員のプリンチペッサだからな、は』
「まあ、おじさまはそう呼ぶけど。そうだディーノ」
『ん?』
「頼んでいたもの、用意出来た?」
『ああ、あれな。こないだ送ったから、そろそろ着く頃じゃないか。…そんなに、そっちは危険か?』
「危険じゃないわ。そういう意味で言うなら、ジャポネはかなり平和なほうよ。十代目にはリボーンとビアンキが傍にいるし、あたしには部下がいるし。でも、ちょっと胸騒ぎがするの」
『の勘は当たるからな。sibillaみてーに』巫女・女預言者
「あたしだけが標的ならいいの。でも十代目は巻き込みたくないわ」
『オレはどっちも嫌だね。見たことない弟分でも嫌だが、それよりよっぽどが狙われるほうが嫌だ』
「もう…ボス・キャバッローネ。あなたはボンゴレ十代目を優先すべきよ。ちゃんとしてちょうだい」
『…しょーがねーだろ、そう思っちまうんだから。とりあえず、はもっと自分を大事にしろ。オレたちにとっちゃ、お前も大事なファミリーなんだからな。mio principessa』オレのお姫様
「分かったわ。善処する。あなたもちゃんと仕事してね」
『了解。そうだ、フゥ太知らねーか』
「フゥ太?みんながステッラーレプリンチペ(星の王子様)って呼んでる?」
『ああ、そうだ。ランキングブックにちょっと用があってな』
「知らないわ。ジャポネにいるとは聞いてないけど、見つけたらあなたに連絡するわね」
『頼む。ちょっとシャレになんなくなってきててな』
「分かったわ。気をつけとく。じゃあ、そろそろ切るわよ」
『ん。じゃあな、愛してるよ、』
「あたしもよ。じゃあね」
は電話を切って、ふう、とため息をついた。獄寺は既に空になったグラスにワインを満たしながら、の様子を伺っている。
「さんて日本語上手いから忘れてたけど、イタリア人なんだなー。何言ってるかさっぱり分かんねー」
「仲間からの電話よ。大した用じゃないわ。…ずいぶん食べたのね、まだ食べる?」
が席に戻るときには、大概の皿が空になっていた。山本が大半を食べ尽くしている。
「オレはもういーや。でも獄寺は全然食べてねーだろ?」
「食べてるって言ってんだろ」
山本の指摘通りだったので、尚のこと獄寺はイラつき気味に返す。
「じゃあハヤト、ドルチェは?食べる?」
「……もらいます」
は獄寺の答えに笑いをこぼす。獄寺はなんとなく視線をそらして、煙草に火をつけた。
「ふふ。タケシも、どう?お菓子」
「もらおうかな。さんの美味しいし」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいわ。ジャポネの人にも通じるなんて嬉しい」
台所に戻ったは、カンノーリにフルーツを混ぜたチーズを詰めていく。
「あ、cannoliじゃないすか」
「そうよ。好き?」
「好きっすね。映画の影響もあって」
「はは、そっか。映画か。ハヤト、これ使える?」
の言葉に獄寺は立ち上がり、指差されたエスプレッソマシンを見やった。
「たぶん使えると思います。豆は?」
「あっちの棚に入ってるわ。赤い袋よ」
「オッケ。淹れりゃーいいんすよね?」
「ええ。エスプレッソ2杯にカフェマキアート1杯ね」
獄寺は棚からコーヒーの粉を取って、マシンにセットしている。
「さん、映画ってイタリア映画?」
「そうよ。でもタケシも知ってると思うわ、『ゴット・ファーザー』だもの。名前ぐらい知ってるでしょう?」
「ああ、マフィア映画な。っていうか、本当に獄寺とかさんとかってマフィアものが好きなんだなー」
っていうか本当のマフィアだもの。と言いそうになって、は口をつぐんだ。がここ一ヶ月見る限り、山本はどうもマフィアの存在を本当だとは思っていないらしい。ならば、余計なことを言わないでおいたほうがいいだろう。危険なことに巻き込まれなくて済むかもしれない。十代目…ツナがとても信頼している友人みたいだから、安全な場所にいてもらったほうがいい。
「お前も一度見てみろよ。…悪い映画じゃねえ」
「へー。獄寺がそう言うなんて意外だな。うん、時間があったら見てみるな」
カンノーリをいくつか作り、皿に持ってダイニングに運ぶ。ちょうどエスプレッソが出来上がった。獄寺は次にカフェマキアートを淹れる。
「おら」
獄寺は乱暴なしぐさでカフェマキアートを山本に差し出した。片方の手にはエスプレッソを持っている。
「お、サンキュ」
そう笑って受け取った山本は、もうカンノーリを一つ食べていた。
「美味いっすね、これ」
「そう?良かった。あたしが作れるのはこんなものばっかりだから…。暇なんだし、料理の幅を広げようとは思ってるけど」
獄寺は無言でカンノーリを一切れ、口に入れる。硬い生地のざくりとした食感に、柔らかいリコッタチーズとフルーツの風味。確かに、昔食べたことのあるカンノーリだ。昔獄寺が食べたものは、もっとフルーツの風味が薄くて、チーズの味が強いものだった。
「…美味いっす」
「良かった。ハヤトはどこの生まれなの?タケシはここなんでしょう?」
「カラブリアです。だから、シチリア菓子にもナプレ料理にも馴染んでます」
「…そうだったの」
「オレなんてさー生まれてからずっとこの町だからさ。外国とか行ってみたいけど、店休むわけにもいかねーし、旅行とかもあんま行ったことねーんだ」
「そうね、いつかみんなで旅行に行きましょう?ジャポネの素敵なところ、もっと知りたいわ」
の言葉に旅行計画が持ち上がり、しばらくの部屋のダイニングでは話が盛り上がっていた。
の家で獄寺と山本が夕食を共にしたその翌日。昼過ぎには獄寺を呼び出した。今日はフェッラゴーストの日だ。
「どこに教会があるの?」
「隣町っす。歩いていける距離ですけど、車使いますか?」
獄寺はの履いているヒールに目をやって、そう尋ねた。
「平気。気遣ってくれてありがとう」
はにこりと笑んでバッグを持ち直した。淡い色のワンピースに白いカーデガンを羽織っている。
「じゃあ、行きましょう。こっちっす」
獄寺がの半歩先を歩く形で先導する。並盛町のメインストリートを過ぎて、黒曜町にさしかかった。黒曜町のメインストリートから少し離れたところに、ぽつんと教会が建てられていた。
「宗派とか確認してねーから、違ったらごめん」
大きな木の扉を開け、獄寺は後ろのほうの椅子に腰掛けた。色とりどりのステンドグラス、正面上部にいる磔の救世主。ここは普通のカソリックの礼拝堂だった。両サイドにピエタをモチーフにしただろう絵があったり、マリアの受胎告知の絵が飾ってあるところがとてもカソリックらしい雰囲気だ。祭壇の近くに修道士か神父らしい人が一人いる。
はバッグからロザリオを取り出して、首にかけた。そのまま進み出て、中央で膝をついた。十字を切ってロザリオを手で握りながら、祈っている。
獄寺自身は、おそらくカソリック信者だろう、と思っている。生まれたときからそうだったし、教会も賛美歌も肌に馴染んだものだ。ただ、もう神に対して敬虔であるような生活は出来ない。あまたの人を殺め、人に疎まれ、叩かれれば叩き返すような生活を送ってきた。許されるとも思っていないし、許してもらおうと思ってもいない。ただ───。
願うとするなら、この人は許してあげてほしいと言いたい。ヒットマンではないのに、身を守るために人を犠牲にせざるを得なかった人。長い間鉄砲玉として使われ、ヒットマンとして過ごしてきた自分とは違う。
は長い間祈りを捧げていて、立ち上がったところを神父らしい人に捕まって話し込んでいる。それを遠巻きに見ていた獄寺だったが、がくるりとこちらを振り向いて、手招きをするので慌てて立ち上がった。
「何すか」
「小さなミサをやってくださるっていうから、付き合って?」
「…いいすよ」
は最前列に座り、獄寺は横に腰を下ろした。神父の祈りの言葉が始まる。
ミサは簡単なものだったが、最後に聖体拝受があった。が受け取った次に獄寺も受け取る。もとよりカソリックなのだから、洗礼もしていた。パン噛みながら、もらったワインを飲んだ。昨日飲んだワインとは全然味が違う。それは質とか種類とかそういうことでは、なかった。
「あなたのような敬虔な方がいらっしゃって、神もキリストもマリアもお喜びでしょう」
「…あたしは、そんな素晴らしい人じゃないんです、本当に。習慣だったから…」
神父の言葉にはゆるく首を振る。そして、寂しげな笑みを見せた。少なくとも、獄寺には寂しげに見えた。
「何かあったら、ここにいらっしゃい。神はいつでもあなたがたを見守っておられます」
「ありがとうございます」
そして獄寺はとともに教会を後にした。
帰る道すがら、も獄寺も何も言わなかった。獄寺はさっき見たの寂しげな笑みが気にかかって、そればかりが気になってしまう自分の精神構造について考えこんでいた。
「ハヤト」
黒曜町から並盛町に戻って、並盛町のメインストリートを歩いていたときに、が獄寺を呼び止めた。フロイトやユングの思想まで持ち出して問題を解決しようとしていた獄寺は、の声にいきなり立ち止まった。
「はい!何すか?」
はカフェの入口で立ち止まっている。
「お茶していこう?奢るよ」
「あ、はい…」
小さなカフェに入り、窓際の席で向かい合わせに座った。狭い席は、すぐに互いに手が届きそうだ。
「あたしカフェオレとチーズケーキ。ハヤトは?」
「…オレは、コーヒーとクリームブリュレ」
「かしこまりました」
店員が去った後で、獄寺は煙草を取り出して火をつけた。移動していたせいか、久しぶりな感じがする。
「何を喫ってるの?」
尋ねてきたに箱を指で示す。ラッキーストライク。
「前はアークロイヤルだったけど、こっちじゃあんま売ってないから、こっちにしたんです」
「そうなんだ。いつか葉巻喫っちゃうようになったりして」
「…喫うかもしれないっすね。でも葉巻だとなんとなく火が弱いようなイメージがあって」
「あ、そっか」
獄寺が煙草を喫っているのは、瞬時に火薬に火をつけられるように、だ。瞬時につけられなければ喫う意味がない。既に獄寺の中では習慣として染み付いていて、もう火薬を使うことが仮になくなっても、獄寺は煙草を喫うだろうが。
「お待たせしました」
2人のところに注文した品が運ばれてくる。小さなテーブルはいっぱいになった。は一口カフェオレを飲んでから、チーズケーキを食べ始めた。ニューヨークタイプの濃厚なチーズケーキだ。
「さん、甘いもの好きなんすか?」
「…大好きなの。ごめんね、付き合ってもらっちゃって」
「そ、そんなことないっす!オレもけっこう好きですから」
獄寺は慌てて首を振って否定する。その必死さにはふっと笑みをこぼした。
「ありがとう。美味しいね」
「…そっすね」
スプーンでクリームを掬いながら、口に運ぶ。ほの甘いクリームが舌の上で溶けていく。
「……さん?」
カフェオレのカップを口元に運んだまま、は微動だにしない。視線すら動かさないので、獄寺はびっくりして声をかけた。
「…あ、ごめんなさい。ぼうっとしていて」
ぱちん、と弾かれたように視線を元に戻して、は何もなかったかのようにカフェオレを飲んでいる。
「……?」
が事もなげにふるまっているので、獄寺もそれ以上は気にせず、クリームブリュレの最後の一掬いを口に運んだ。
店を出る前に獄寺にかかってきた携帯電話。ツナからの電話で、すぐさま獄寺は沢田家にすっ飛んでいった。は笑って見送る。
「…良かった。一人のほうがいいわ」
小さくなっていく獄寺の背に呟きながら。
メインストリートをすっと外れて、路地裏に足を進める。この町には、が住んでいるところのように、スラムのような地帯はない。しかし、人気の無い場所ならいくらでもあった。高架下の一角、薄暗い場所に足を踏み入れる。
「早く出て来なさい。こっちから撃つわよ」
バッグに手を入れて、護身用のベレッタM92を取り出した。
「へっ…一人になったのはわざとか?女」
「・だな」
「両方ともSi(イエス)よ」
ぐるっとを男たちが取り囲んでいる。背の高い男ばかりで、視界が完全に遮られた。
「ボンゴレはお前を殺しちまえば、9世のじじいが残るだけだ。じじいは放っておいても死ぬからな」
「…それで先にあたしを殺るってわけね。いいわ。来なさい」
は銃を構えて、右上方を撃った。銃声の後、高架道路から人が落ちてくる。
「てめェ」
「殺気が出すぎよ。ヒットマンとしては二流だわ」
そう言いながら身を翻し、後方を二箇所撃つ。それぞれ、ビルの屋上から人が落ちていった。
「もうこれはいらないわね」
銃をバッグにしまい、バッグを足元に落す。
「あたしを殺った人は大手柄なんじゃないの?さっさと来なさいよ」
ピンヒールを履いたまま、ワンピースのスカート部分を手で破り、スリットを入れる。そしてにっと笑った。
「ちっ」
一人がバタフライナイフを抜いて向かってくる。はすっと横に避けて、伸ばされた腕の手首を掴み、肘を掴んで外側にねじる。ねじられた男はぐるりと宙を舞って地面に倒れこんだ。
「…!!」
「お前…」
「ボンゴレを侮ってんじゃないわよ」
「そのようだな」
何人かがの言葉に銃を構える。は勢いをつけて走り出した。銃を構えている男たちが照準を合わせきらないまま弾を放つ。は近くにいた男の腕と肩を掴んで盾にし、男が倒れればまた別の男を盾にする。それは銃声が止むまで続いた。
「…悪魔かテメェ」
「天使じゃないことは確かよ」
残された男たちは銃を捨て、手に手にナイフを持った。一気にを狙って刺そうというのだ。はにっと口の端を上げた。
「venuto, sopra!」来な!
の声が、合図になった。
ナイフを次々と避け、腕を掴んで鳩尾に膝蹴りをし、背後に回って手刀で頚椎を決める。一時間後、高架下に立っていたのはだけだった。
「さて」
うめきながら地面に這いつくばっている男の髪を掴んで顔を上げさせる。
「あんたたちはどこのファミリー?」
「…言う、か……ぐはぁ!」
は黙って男の鳩尾に一発拳を入れた。
「言いなさい。あんたを殺して他のヤツに聞いてもいいのよ」
「…っ……パンチェッラ…ファミリーだっ…」
「パンチェッラ、ねえ…」
は男から手を離す。男は再び地面に倒れこんだ。
「リボーンに聞けば何か分かるでしょうよ。…ciao!」
倒れている男たちに手を振って、は高架下を後にした。
quinto sogno
さん、いかがだったでしょうか。獄寺&山本夢。途中ディーノも絡みつつ。ディーノがツナに会うのは晩秋のことで、今は晩夏なのでまだ出会ってません。単行本で言うと二巻の部分です。
さんが戦うのに使っているのはマーシャルアーツ…ということになってます、あたしの頭の中では。武器は銃以外は素手です。ヒットマンではないので、殺しの技術に長けてるわけではないですが、襲ってきた相手を返り討ちにする力はあります。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2006 2 11 忍野桜拝