Ape Regina 前編
使用人が手渡してきた封筒をためつすがめつしながら、獄寺は眉間に深い皺を刻んだ。黒い封筒には、切手はおろか消印も何も無い。ただ、蝋で封がされているだけだ。封をしているマークは特徴的なものでも、どこかのファミリーのものでも無かった。
「十代目、失礼します」
「どうしたの?なんかすごい険しい顔してるよ」
執務室の窓際、顔を上げたボンゴレ十代目ことツナは獄寺の顔を見るなり心配そうに眉尻を下げる。
「さきほど、表の郵便受けにこのようなものが来たそうです。消印も何もありません、爆発物や毒物が入っているわけでは無さそうなのですが」
ツナは封筒を受け取ると、軽く振ってかさりと音を立てた。ペーパーナイフで封を開ける。
「…写真……さんとハル!?」
「十代目、まだ何か…スズメバチ?」
封筒の中に入っていたのは、後ろ手に縛られているとハルの後姿を映したものだ。そして針で刺し抜かれた大きなスズメバチの死骸。
「獄寺くん……隼人、これって」
「さまの部下に連絡を取ります。十代目、これは明らかな宣戦布告です。……ヴァリアーとディーノに連絡を取って下さい。相手は、ボンゴレに正面切ってケンカを売ったんです、よりによってさまに手を出すだなんて」
不安そうなツナにそう言って、獄寺は慌しく執務室から出ていく。発端は、一ヶ月前。は夢見でハルの危険を察知したのだ。女性であるハルに男の護衛を幾人も常時張り付かせるわけにもいかず、まして京子たちを危険に巻き込むわけにもいかない。ビアンキは仕事が入っていて動きが取れないとなれば、がつくしかないとツナは判断し、はこの一ヵ月ずっとハルを傍に置いていた。その結果が、これだ。ハルの危機は確かに予知通り、が傍にいても防げなかったとなると相手はよほど用意周到に準備をしていたのか、こちらが気づかないだけで勢力を伸ばしたファミリーがあったのか。分からないことだらけだった。
「capito.(分かった)……っ、cazzo!(ちくしょう!)」
隼人はの部下との電話を切って、そのまま携帯電話を床に叩きつける。昨夜、ずっと屋敷にいてばかりのハルを気遣っては外食に連れ出したらしいのだが、その帰りにどうも拉致されたようだった。そしてこの封筒が来たのは今朝。相手は戦争をする準備が整って手を出したとしか思えない。ハル一人ならば、ドン・ボンゴレであるツナの近くにいることの多い女性を狙ったのだと解釈も出来る。それは京子も同じことだ。だが、針で貫かれたスズメバチの女王蜂の死骸が、ターゲットはであると示していた。女王蜂──アペ・レジーナはの通り名だった。ボンゴレのレジーナと呼ばれることもあるをそう分かって狙ったのだとしたら、ケンカを売られているのはツナ個人では無い。ボンゴレそのものだ。
「十代目、さまの部下と連絡が取れました。部下は今朝になって解放されたそうです、昨夜外食された際に拉致されたものと思われます。車一台、部下を二人連れただけで外に出られたようで」
「どこに捕まってたか…なんて分からないようにしてるよね」
「ええ。さまやハルとは早々に離され、郊外に解放されたようなのでそもそも部下は相手のアジトなどに行っていない可能性が高いです。こちらに連絡するのを遅らせるため、連絡手段を全て絶たせてから郊外に出したものかと」
ツナが執務室の机に両肘をついて手を組んだ時、執務室の扉が乱暴に開いた。
「綱吉、どういうことだ。が拉致られただと?」
乱暴にドアを蹴り開けたのはスクアーロだったが、足早にツナに詰め寄ったのはザンザスだ。ザンザスはスクアーロの他にベルフェゴールとルッスーリアを伴っている。
「これが今朝届いた。昨夜外食した時に、ハルと一緒に拉致されたみたいなんだ」
ツナから写真を奪い取ったザンザスは厳しい表情で写真を見、黒封筒の上に乗せられた蜂の死骸にも目をやった。
「あからさまだな。ボンゴレのアペレジーナと分かってに手を出している以上、ケンカを売られたのはボンゴレということになる。全面戦争だ、いいな綱吉。ヴァリアーはこの件に関してのみ、お前の指揮下に入る。外からケンカを売られた以上、ボンゴレは一つ。一蓮托生だ」
「戦争なんて嫌だけど、ハルやさんを危ない目になんて合わせられない。早くカタをつけないとね」
「それよりさぁ」
ザンザスの後ろから、ひょっこりと覗き込むように写真を見ていたベルフェゴールがハルの後姿を指差した。すっとスクアーロが部屋を出て行く。
「このジャッポネーゼ、プリンチペッサの部下だったっけ?なんで一緒にいんのさ?」
「違うよ、ハルが危ないって教えてくれたのはさんで、だからハルを守るために一緒に居てもら……ッ!」
ツナが最後まで喋る前に、唐突にザンザスがツナを一発殴り飛ばす。ツナは軽くよろめいて、後ろに控えていた獄寺に支えられた。
「ザンザス!お前十代目に何を」
「何をだと?お前こそ何をしていた綱吉」
鋭い視線がツナと背後の獄寺を焼く。憤怒の炎がうっすらとザンザスの身体から滲み出てツナは思わず息を飲んだ。
「テメェ、どれだけを傍に置いてた。アイツの力の本質を何も理解してねえのか、十年も経って!」
「え……」
「ディーノやリボーンに何も聞かされてねえわけ、ねえだろう。アイツはファミリーの危機を察することは出来ても、テメェ自身の危機は一切分からないんだよ!!」
呆然とするツナと獄寺にルッスーリアがあらあら、と取り繕うような声を上げる。
「レジーナは昔からそうよ。彼女、自分の危険は一切予知出来ないの。占い師は自分自身を占えないって言うけど似たようなものね、きっと」
「そんな……」
「ともかく、アイツを取り戻してからだ。テメェが連れてきたジャッポネーゼはともかく、に手を出したってことはボンゴレと戦争する気で相手は事を起こした。完膚なきまでに叩きのめしてやれ。ボンゴレにケンカを売るということが、骨身まで染みるようにな」
「その戦争、オレらも混ぜてくれるよな?ツナ、ザンザス」
「跳ね馬!」
「ディーノ……テメェ、の力をきちんと話してなかったのか」
ザンザスはやってきたディーノを早々にねめつける。ディーノと共に戻ってきたスクアーロが訝しげに旧友を見やった。
「んー?話したようなリボーンに任せたような」
「うお゛お゛ぉい、お前はほんっとへなちょこだなぁ跳ね馬ぁ」
「だってリボーンなら話しとくと思ったからさぁ」
そのリボーンは任務でここにはいない。山本もクロームも任務で離れていた。
「ハルもさんも大丈夫かな……」
「おい綱吉」
「え?」
思わずそう一人ごちたツナに頭上から声がかけられる。ツナが顔を上げると、ザンザスは厳しい表情を崩さないままもう一度写真に目を移した。
「ジャッポネーゼのことなら安心しておけ。が写真に写っているように一緒なら、心配いらねぇ」
「そうだと思うけど、でも……」
「ザンザスの言う通りだぜ、ツナ。アイツはボンゴレのカポだ。自分の部下をもっと信じてやれよ。カポの誇りとして、ドン・ボンゴレの大事なものは死んでも守る。──自分がどうなっても、な」
「そんなのダメだ、二人とも無事じゃなくちゃ意味なんて無いよ!」
今度はザンザスとディーノが呆気に取られる番だった。ボス、と呼ばれて長い二人は一瞬だけ視線を交し合う。ドン・ボンゴレを正式に継ぎ、マフィアとなっても尚、十年前と同じことを言う青年。
「情報ならもうヴァリアーの数部隊に調べさせている、キャバッローネも手を貸せ、いいなディーノ」
「もちろん。オレのプリンチペッサに手を出した礼はきっちりしないとね。ロマーリオ、そういうわけだから」
ディーノが扉の向こうに声を掛けると、了解、とだけ声が返ってくる。
「もう調べさせて…っていつの間に?」
ザンザスが事のあらましを知ったのはこの場で、ザンザスは部下に何も命令していなかったはずだとツナが問い返すとザンザスはくい、と顎でスクアーロをしゃくった。写真を覗き込むでもなしに、壁に寄りかかっていたスクアーロは少しだけ姿勢を戻す。
「どの部隊を出した?スクアーロ」
「俺の隊だ、三つほどだがよぉ。アジトに残ってるレヴィにはその分の任務を振り分けるように言ってあるぜぇ」
いつの間に、と尚も問いかけたくなったツナたちだが、ザンザスの苛立ちきった声がそれを遮った。
「三つじゃ少ねぇよ、ドカスが。テメェの手駒以外全部注ぎ込め、足りねぇ分は適当に分けろ」
「了解、ボス」
スクアーロは一つ頷いてすっと姿を消す。外で話し声が聞こえてツナは呆気に取られたまま獄寺と顔を見合わせた。スクアーロはザンザスが言うより前にザンザスの命じるところを察して、早々に対処していたのだ。ザンザスが気に入る対応ではなかったようだが、それでもその差に愕然となった獄寺はもう一度扉の向こうに目をやる。
「あれはオレが言うより前にオレの命令を理解する。まぁ、完璧にとはいかねえな、カスザメだから」
くすりとザンザスはこの部屋に来て初めて笑みらしきものを見せたが、対するツナたちはとても笑い返せる気分ではない。
「あら隼人気にすることないわよ、ドンとあなたは十年ぐらいでしょう。ボスとスクちゃんは二十年だもの」
三十過ぎの男をちゃん付けはどうだろう。ツナと獄寺はその点で完全にシンクロしたが、獄寺にそれを知る術は無かった。
「別に…あと十年もかからねえよ」
「何がだぁ?」
戻ってきたスクアーロは部屋の雰囲気の異質さに首を傾げるが、さして気にせずにザンザスに報告を続ける。
「ボス、俺のところをバラして行かせたぜぇ。緊急以外は後回しだが、緊急はレヴィとフランたちに回したぞぉ」
「夜までに尻尾掴めねぇようなら、こいつらのところもバラせ」
「Si、ボス。緊急任務が終わり次第、レヴィとフランの隊もバラすよう言ってあるぜぇ」
「それでいい」
この話は終わりだ、とでも言うようにザンザスが頷くとスクアーロはようやく写真を見るために執務机に近寄った。ポラロイドと思しき白縁取りの写真を白手袋の指に摘む。
「にしてもよぉ、よりによってレジーナに手ぇ出すたぁ、とんだマヌケだなぁ」
「ホントねぇ。レジーナを誘拐しきれるとでも、本気で思ってるのかしら。お馬鹿さんたちね」
全くだぜぇと言いながらスクアーロは写真を机に置き、ソファでザンザスに殴られた頬を冷やしているツナに目をやった。
「うお゛い、綱吉」
「え、何?」
「あのジャッポネーゼのことが心配でもよぉ、お前、寝るのだけは忘れんなよぉ?隼人、何が何でも眠らせろ、最低四時間だぁ。酒はいいが薬は使うなよぉ。何なら武にバットで殴らせとけ」
「……えええ?何その物騒なアドバイス!殺す気!?」
目を白黒させるツナと獄寺を気にせずに、スクアーロは自分の主に向き直る。ディーノがあ、と小さな声を上げた。
「ボス、あんたもだぁ。いざって時、レジーナからの連絡が来るのはお前ら二人なんだからな」
「そうだったな」
スクアーロの言葉にディーノが同意し、ザンザスは苦い表情を浮かべているだけだがツナたちにはさっぱり意味が分からない。
「どういうことだよ?さまから連絡が来るって」
獄寺が尚も訝しむ声にザンザスははん、と鼻で笑う。そんなことも知らないのか、と続けた。
「は夢を見ている間に危機を知るが、稀に他人の夢に自分からメッセージを送ることがある。今まで一回目は先代のジジイに、二回目はオレにメッセージを寄越した。……もう十年も前の話だがな」
「のマンマが言うには、マンマには幼い頃幾度かメッセージが行ったらしい。全員、ブラッドオブボンゴレの継承者だ」
の母親は八代目ボンゴレの娘、九代目の妹だ。ほとんど死ぬ気の炎を扱うことなど出来なかったが、超直感を宿すボンゴレの正統血統であることに違いはない。ディーノの言葉をさらにザンザスが補う。
「……どういう理屈かは知らんが、アイツの夢見の力はブラッドオブボンゴレ、超直感によるものだ。同じ力を持つオレたちになら、は連絡を寄越してくる可能性がある。ただし、夢の中で、だ。だから眠らないわけにはいかないし、薬で感覚を鈍らせてもダメだ。酒ならしばらくすれば抜けるが、薬は当分抜けないからな」
「でも、さんは夢見で予知した後すごく衰弱してるよ、同じようにこっちに連絡をしたら衰弱しちゃうんじゃ…」
「そりゃするに決まってるだろ、ツナ。だからスクアーロはいざって時、って言ったんだよ。その危険性をも分かってるから、よっぽどギリギリの時じゃなきゃ連絡は来ない。自分でメッセージを投げた二回とも、はその後ひどく衰弱した。ひょっとしたら夢見をするよりもひどいぐらいにな」
ディーノは言い終えて微かにため息をついたが、ザンザスは一瞬だけ忌々しげに眉を寄せる。
「夢見はアイツ自身の意思とは無関係に発動するが、こちらにメッセージを寄越すのはアイツ自身の意思に因る。ただ、一緒にジャッポネーゼが捕まってる以上、はギリギリまで力を使わないはずだ。衰弱しちまえばジャッポネーゼを守る力を失う、だからは昨夜連絡を寄越さなかったんだろう」
「ハル……さん…」
「もたもたしてる暇はねぇぜぇ、綱吉。レジーナの夢見がいつ発動すんのか、分かんねえんだからなぁ」
消え入りそうなツナの声をスクアーロの声が遮った。スクアーロはディーノほどではないにしろ、ザンザスと少年期から共に在ったせいで幼い頃からを知っている。あの八年の間も。
「そういうことだ。アイツがギリギリまで力を抑えても、夢見の力を拒むことは出来ない。とっ捕まってる状態で夢見が発動すれば、アイツは深い眠りに落ちるし目を覚ましても衰弱してるから抵抗する力なんざ、無い。そうなりゃ、チェックメイトだ」
「キングを使ってクイーンを奪いに行く、ってか。悪くねぇなぁ」
「何言ってやがんだへなちょこ、奪うじゃねえよ。取り戻す、だ。アイツはボンゴレなんだからな」
「そうだった、ついでにオレのお姫様だから」
「テメェ…まだそんな血迷い言ほざくとは…かっ消されてぇか、跳ね馬」
いつの間にか始まったディーノとザンザスの口論(らしきもの)にツナと獄寺は思わず顔を見合わせて、何とか状況を打開できないかと部屋にいる人物に視線を合わせる。ルッスーリアはあらあらと言って眺めているだけ、ベルフェゴールも楽しそうに見ているだけ、ディーノの側近であるロマーリオはザンザスに何も言えずに踏みとどまっているしスクアーロは部屋から姿を消していた。
「ああっ、もう、こんな非常事態なのに二人とも何やってるの!っていうか何でこの二人いがみあってるの!」
ツナが頭を抱えるのをよそに、二人の低レベルないがみあいはハイスピードで続いた。
「やっと戻ってきたかと思えば、パーティの度に離さないの止めてくれないか、ずっとをエスコートしてたのオレなんだからな」
「ああん?そりゃテメェに機会を与えてやっただけだろ、もともとはボンゴレの人間だ、お前はキャバッローネだろうが」
「ザンザスがいない間、誰が悪い虫から守ってたと思ってるんだよ」
「テメェだとでも言う気かへなちょこ。ハッ、悪い虫ってのはテメェのことじゃねえのか」
「いくらの家族だってなぁ、オレにも限度ってもんが」
「奇遇だなぁ跳ね馬、オレにも限度ってもんがあンだよ、テメェはとっとと愛人の一人でも作りやがれ甲斐性無し」
「なっ!?」
「言っておくが、アイツに手ェ出したら、ファミリーもろとも消すぜ」
「……いがみあってる理由は分かった。分かりたくなかったけど」
「ザンザスもディーノも両方、まだ独身でしたねそういえば」
ツナと獄寺はソファの上でこそこそと話して、はぁと重たいため息をつく。獄寺は別の意味で、もう一度ため息をついた。
「さまが参加されるパーティで、やたらと途中退席するファミリーが目に付いた理由が分かった気がします、十代目」
「うん……おれも分かった気がするよ、さんが結婚しないと他が結婚しないからって見合いの話がすごい理由」
「ンだぁ?何やってんだ、ボスもディーノもよぉ」
「スクアーロ!!」
ツナは助かったとばかりに小声で必死に叫んでスクアーロを呼ぶ。スクアーロは不思議そうな表情だったが、ザンザスがディーノと口論しているのを眺めながらツナと獄寺のいるソファに近寄った。
「どうしたぁ綱吉。あれ、何があった」
「どうもこうもないよ!ディーノさんがいつもみたいにさんのことをオレのお姫様、って言った途端にザンザスが怒りだしちゃってケンカになっちゃったんだよ」
「あ゛あ゛、そりゃいつものことだぁ、放っとけぇ。俺らはガキの頃からレジーナと一緒だ、ディーノはレジーナのマンマや九代目と繋がりが深ぇし、レジーナはちっちぇ頃からボスを兄貴だって言ってるからよぉ」
「兄、なの」
「ある意味、芝生メットと並ぶ最強兄貴ですね十代目……」
というより最凶だと二人揃って思ったが、どちらとも恐ろしくて口に出せない。
「レジーナは一人娘だがよぉ、ボスとディーノと俺を昔は兄貴だって言ってたんだぜぇ?ボスとは5歳、俺らとは3歳離れた妹みてーなもんだぁ」
「既に言ってることが妹を心配する兄のものじゃなくなってるけど、あの二人」
手を出したらファミリーごと消す、独占するのは止せ、ツナが聞いている最初のほうだけでも既に兄が妹を心配してこぼす言葉などではない。今、口論は早口のイタリア語の応酬になっていて、ツナは気づかなかったが、そのどちらもがナポリ訛りのいっそ下品とさえ言っていい言葉ばかりで獄寺は思わず眉を顰めている。ここはどこのスラムだ、とでも言いたくなるような罵詈雑言、罵りあいだ。
「あらいいじゃない、レジーナならボスと並び立っても見劣りなんてしないもの。素敵なカップルになるわぁ」
「ししし、いいんじゃね?ヴァリアーの奥方が八代目の孫なら…ボスの子どもが十一代目になったりして」
いつの間にかいたルッスーリアとベルフェゴールが囃し立てる。
「あのなあルッス、ベル、そういうのはレジーナが決めんだぁ。レジーナがヴァリアーに来りゃぁ面白いとは思うけどよぉ」
「おれは面白い面白くないどころか胃が痛いよ……既に怖い事態がいくらでも予測できるもん…」
ツナがそう言って俯いた時、スクアーロの通信機がピリピリと着信を知らせる。
「おれだぁ。…ん、ぁあ゛……ん゛、分かった、全員招集して囲んどけぇ。何も通すな何も入れるな逃すんじゃねぇぞぉ」
スクアーロはそのまま立ち上がり、まだディーノと口論をしていたザンザスに近寄った。
「ボス、レジーナを拉致ったファミリーが分かったぜぇ。フィラメンテだ、ヤツら本部にレジーナを連れて行ってる。フィラメンテのドンはバカンス中らしくてよぉ、どうも跡目争いのごたごたに巻き込まれたっぽいなぁ」
「……フィラメンテだ?シチリアの東部じゃねえか」
「ドンはサルディーニャにいるぜ、そっちとフィラメンテの本部、両方とも囲ませた」
後は判断を待つのみ、とスクアーロはそこで話を切った。ザンザスとディーノは静かに目線を交わす。そして二人とも、ツナを見た。
「どうする?ツナ。状況はスクアーロが教えてくれた通りだぜ」
「ボンゴレに戦争を仕掛けたカスどもの居場所は知れた、あとはテメェが決めることだ」
ドン・ボンゴレ──ツナが決めることだと二人は口を揃える。
「場所が分かっているのなら、行こう。二人を危険な目にあわせられない。でもサルディーニャの方にも行かないとマズイよね」
「当前だろうが。跡目争いだか何だか知らねぇが、ヤツらのシマごと壊滅させる。ボンゴレに手を出すということの意味を、周りの奴らにもきっちり教えてやらねえとな。テメェのやり口をどうこう言う気はねえが、寛大さを履き違えて愚鈍と罵られるような事態は招くなよ」
穏健派どころか、殊に争いを避けたがるツナにザンザスはそう言って釘を刺す。シマに手を出され、ファミリーの象徴たる人物を奪われながら温情をかけるのは寛大ではなく愚かな行為だと。
「……スクアーロ、今、両方ともヴァリアーが囲んでるんだよね?」
「あ゛あ゛、そうだぜぇ。今行けるヤツらは全員行かせた」
「シチリアの本部にはおれたちが行く、だからサルディーニャのほうを」
そこまで言って、ツナは言葉を切った。壊滅させろ、とザンザスが言っていたように命じるのがいいことなのか、それとも何か原因があるのならそれを知ることのほうが先なのか。
「綱吉。サルディーニャはヴァリアーに寄越してもいい、ただし、そうなればオレらのやり方でやることになるが」
ヴァリアーは暗殺部隊だ、バカンス中のマフィアを暗殺することなど、造作もない。
「じゃあ、ヴァリアーに任せるよ。でもザンザスは」
「何のことだ。サルディーニャ島に行くならここのヘリを借りるぞ」
兄妹のようなものだ、とさっきスクアーロの聞かされたツナが言い澱む間に、ザンザスは隊服のコートを翻すようにして部屋から出ようとした。が、その腕を後ろに付き従っていたスクアーロが掴む。
「アンタは綱吉と一緒に行けよぉ。たかが数人だ、俺だけで十分だぜぇ?レヴィも来るしなぁ」
「……カスザメ」
「綱吉、それでいいよなぁ?ルッス、ベル、レジーナの安全を確保したら連絡しろぉ。それを確認してから遂行するからよぉ」
「分かったわ、無茶しないようにねスクちゃん」
「お゛お゛う、じゃあなぁ。ディーノ、ヘマやるんじゃねえぞぉ。ヘリ、借りてくなぁ」
スクアーロはそれだけを言って、ザンザスの了承もツナの了承も取らずにさっさと姿を消した。最も、ザンザスから何も物が飛んでこなかったし攻撃されなかったので了承を得た、と本人は思っている。
「……アイツ、十代目の許可も何も取らずに行きやがって!」
「ううん、いいんだ、隼人。スクアーロもさんと仲良いみたいだから本当は連れて行きたかったけど…あっちを逃したら意味無いんだし。スクアーロが強いっていうのは山本に聞かされて耳タコだから心配する必要も無さそうだしね」
「ハッ、たりめーだ。あれは誰のだと思ってやがる。──オレの、剣だ」
にやりと笑うザンザスにディーノは柔らかな笑みを浮かべた。ここまで、来たのだと思う。ディーノはスクアーロとザンザスが出会った頃から二人を知っている。無論、も。この場にいれば大そう喜んだだろうなと思って、窓の外を仰いだ。
相手方の情報が早くに知れたのは、スクアーロが早々に手を打ったからだけではなく、相手側が内部分裂しかけていることにも理由があったのだとシチリアに向かうヘリの中でツナたちはザンザスに聞かされた。正確には、スクアーロの指示を受けたヴァリアーの構成員に、だったが。
「跡目争いを有利にしようとに手を出したのが嫡子、その情報を寄越したのが腹違いの弟、だな。くだらねぇ」
「……にしても、よくこんな短時間で分かったね」
感心したようなツナの言葉に、ザンザスは不快そうに眉を顰める。ディーノはしょうがないなあ、と言いながら笑った。
「なんていうか、アイツが一番マフィアとして長く生きてるからなあ。オレがリボーンについて修行したのは学校出てしばらくしてからだし、ザンザスはブランクがあるし、その点スクアーロはもう二十年ぐらいずっとマフィアとして生きてる。二十年近いマフィオーゾとしての時間をずっとヴァリアーで過ごしてきたんだ、いろんなことに聡くなるもんじゃないの」
14の頃から18年間。そのうち、8年間をボス代理としてヴァリアーをまとめ続け任務を遂行してきたのだ、超直感とは言わずとも勘が働くはずだとディーノは言う。ザンザスはつまらなさそうに小さく肩をすくめた。
「あれは壊滅的にバカだが、暗愚でも無ければ愚鈍でも無い。聡明とは程遠いがな。そうでなくては、暗殺部隊であるヴァリアーに18年もいて、生きていられるはずがない」
「うしし、先輩ってばバカだけど変なとこで頭回るからねー、仕事のこととボスのことだけ。あとはほんっとおバカちゃん」
「まあダメよベルちゃん、あんまり本当のこと言ったら。ドンがびっくりなさってるでしょう」
いやもう既にさっきから驚きっぱなしですおかまいなく、とツナはもうちょっとで言いそうになったが操縦者のあと少しで着きます、という声に気を引き締める。獄寺越しに窓を見ると、そこにはシチリア島東部のエトナ火山が見えていた。
ヴァリアーの隊員たちがスクアーロの指示によってフィラメンテのアジトを街ごと封鎖していた。無論、一般の民間人はそれと気づかない封鎖だったが。シチリア東部のカターニア、ヘリから車に乗り継いだツナたちにヴァリアーの隊員が現況を報告している。
「レジーナがこちらにいらっしゃるのは間違いありません。ただ、アジトのどこにいらっしゃるかまでは我々では捕捉できず…」
「ハッ、当然だ。人目に曝すような場所に拉致した人間を置く馬鹿はいねぇ。アジトの構造は」
ザンザスの言葉に隊員はアジトの見取り図を差し出した。アジトになっている建物の階層構造と平面構造の両方だ。
「おい、目を通しておけ」
一瞬、目をやっただけでザンザスは見取り図をツナとディーノに投げる。ツナの横から獄寺が見取り図を覗き込んで眉を顰めた。
「どーしたよ隼人」
「……あんたらの部下に文句を言うつもりじゃねえけどよ、この構造は建築としておかしい。少なくとも、あと二階層ぐらいは地下に……あ」
ベルに促されるまま、獄寺はつらつらと思ったところを述べたのだが言いながら自分で気づいたらしい。小さく息を飲む。ザンザスはにやりと口の端を緩めた。ドン・ボンゴレの右腕は、確かに頭が良いらしい。
「そういうことだ。この程度の情報は、誰でも知りうるレベルのもの。外からは見えない地下通路や部屋の一つや二つ、あるのが当然だろう。そのどこかに、いるだろうな」
「そっか……でも、居場所が分からないんじゃ、どこから入るのがいいんだろう。下手に見つかったら二人が危険だし」
保身を図る相手がとハルを文字通り交渉の駒として危険に晒す可能性があるし、焦って殺そうとする可能性もある。ツナが表情を曇らせると、
ザンザスとベル、そしてルッスーリアは思わず顔を見合わせて、揃ってツナのほうを向いた。ベルとルッスーリアは笑っている。
「えっと、あの」
「ドン、私たちの部隊名をお忘れかしら」
「心配なんて意味ねーって、王子たちが敵に見つかるようなヘマすると思う?」
「侵入経路の探索はベルとルッスに任せろ。ヘマ打ったら殺すぞお前ら」
だからそんな物騒な物言いは…と言いつつ、ザンザスの言葉の意味が分かってきたツナはため息をつくに留めた。
「ねーボス、一人も殺っちゃダメ?やっぱ?」
「お前らだと死体が残って面倒だろうが、後で潰しに入るまで我慢しろ」
「ちぇー、やっぱダメかぁ。スクアーロ、もう着いたかな」
さすが暗殺部隊デスネとしか言いようのない会話が目の前で繰り広げられて、どちらかといえば保守的で穏健派のツナとディーノは青ざめている。面倒だとか我慢だとか、殺人に関してそんな単語を使われても困る。
「レヴィと一緒で大丈夫かしらね、スクちゃん。任務中だから派手なケンカはしないと思うんだけど」
「知るか。あのカスが自分で行くっつったんだ、それなりの落とし前はつけてくるだろうぜ」
ザンザスがそう言い投げたとき、車が路地に止まった。目の前に、フィラメンテのアジトがある。
さん、いかがだったでしょうか。どうしてもやりたかった女神ヒロインで十年後の話。
救出編は後ほど。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2009 3 20 忍野桜拝