白の舞姫 第一話

 

最近、は寝不足だった。深夜に出かけているせいだ。
「あー眠ぅ…」
夜中に出かけていようとも朝は来て学校に行かなければならない。サボることも出来たが、の性分からいくと出来なかった。
「おはようちゃん」
「織姫おはよう。たつきもおはよ」
「おはよ」
席の近い友人たちに挨拶をし、自分の席に腰を下ろす。途端に疲れが体を襲った。
──昨日のはけっこう大きかったからなー。補給しないとまずいかも。
「はよーっす」
「あ、一護おはよ」
「おう。おはよ
一護とは特に親しいというわけではなかったが、同じグループ(水色や浅野たちも)だった。一護の横から少女が姿を現す。
「?」
黒髪の目が大きい少女。は見たことがなかった。
「こいつ昨日来た転校生」
一護がずずっと少女を押し出し、彼女は晴れやかに笑ってみせた。
「おはようございます。朽木ルキアですわ」
「…おはよう、朽木さん。私。好きに呼んで」
「わかりましたわ」
丁寧な物言いにゆったりした物腰。どこかのお嬢さんなのかもしれない。昨日はが学校を休んでいたので会えなかったらしい。
──変だな。違和感がする…。
彼女のどこか遠まわしな物言いではなく、彼女の存在に違和感を覚えては目を凝らした。気配は他のみんなと同じだし、昨夜出遭ったような奴らの気配ではない。でも知っているような…どこかで会った気配。
──ま、いっか。眠たいし。
「HR始めるぞー」
担任が来たこともあって、はそこで思考を停止させた。





学校から帰る道すがら、は校庭にある桜の木の前で立ち止まった。たつきと織姫は部活なのでいない。は帰宅部だ。
「ちょっともらうね」
手と足を肩幅に開き、両手を幹につける。目を閉じて手のひらの向こう側に意識を集中させた。

。我々男性には出来ないことが女性であるお前には出来る。植物や動物、他の生きてるものたちからエネルギーをもらえるんだよ。
そんなことしたら植物も動物も大変でしょ?
だから、少しだけだ。動物ではなく植物から、彼らはいつも光合成してエネルギーを作り出しているから、そのエネルギーを少しだけもらえるんだよ。どうしても辛くなったらそうしなさい。


ごうごうと川のように流れるエネルギーを少しづつこちらに引き寄せて身体に取り込む。川の流れは止むことなく続く。
「…これでいいかな。寝たら回復するだろうし。ありがとうね」
幹に額をつけて礼を述べると桜からも返答があった。構わない。また来ればいい。優しい声だった。
「よーし、帰ろっと」
鞄を大手に振りながら、校門を後にした。
手芸部の活動している教室から石田が不審そうに見ていたことなど、知らずに。




の家は空座町一体の産土~を祭っている神社だ。空座神社、という。祖父が宮司で父親が権禰宜だ。お守り売り場には母がいる。
「ただいま、おじいちゃん」
「おお、おかえり。学校でなにか変わったことはなかったかい?」
「昨日私が休んでた間に転校生が来てたよ。大人しそうな女の子。ちょっと変わってたけど」
違和感のことを話そうとも思ったのだが、違和感の正体がなんなのか分からない以上話しようがなく、は口をつぐんだ。
「そうかそうか。着替えておいで」
「うん」
が帰宅部なのは理由がある。家の神社を手伝うから、というのが表向きの理由だが(そして実際手伝ってもいるのだが)本当は別の理由が存在した。
自分の部屋に戻り鞄を置いて制服を脱ぐ。ベッドに置いてある部屋着ではなしに、衣文掛けにかけられた浄服を身につけた。袴も上衣も真っ白だ。長い髪をひとくくりにする。
「よし!」
この服に着替えると気合が入る、というか入らざるを得ない。気合なしに対抗出来ないのだ。
向かったのは神社ではなく、横手にある道場。ここでは剣道も柔道も教えていない。ただ家人のために存在する道場だ。
「失礼します」
扉を開けて頭をまっすぐ下げ、一礼してから道場に入る。中では祖父が待っていた。
「そしたら始めようかね」
「はい」
ここでは孫も祖父もない。師匠と弟子だ。そしていつものように祓詞の詠唱から始まった。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等 諸諸の禍事 罪 穢有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと白す事を聞こし食せと 恐み恐みも白す」
場を二人を一切を祓ってから修練が始まる。



修練を終え晩御飯を食べた後で、はふっと風の変化に気がついた。またいつもみたいにあいつらが来る感じがする。
「おじいちゃん」
「行くか。気をつけてな」
「はい。行ってきます」
もう一度浄服に着替えては家を出た。丑寅の方角に一キロ。は速度を上げた。
「そんなに大きなやつらじゃないや…」
「オマエハ死神ジャアナイナ。ソンナ姿ノ死神ハイナイ!」
死神。こいつらと対峙するに当たってよく聞く言葉だ。死神ってタロットとかで出てくるあれ…(黒いフードに地獄の大鎌)じゃあないよね。おじいちゃんが言ってたほうの死神だよね。斬魄刀でこいつらの罪をそそいで死後の世界に送るという、死神。何でも黒い上下の着物を着ているらしい。私と正反対だな。
「死神じゃないからって、あんたに容赦するとは限らないわよ。あんたの餌になる気も、ない!」
寸鉄をそいつの足元に投げ刺して身を留めた。寸鉄には霊力が入っていて、結界を作れるようになっている。右手の人差し指と中指を揃えて握り、陣を描きながら天地清浄祓を唱える。
「天清浄 地清浄 内外清浄 六根清浄と祓給ふ 天清浄とは天の七曜九曜二十八宿を清め 地清浄とは地の神三十六神を清め 内外清浄とは家内三宝大荒神を清め 六根清浄とは其身其体の穢を祓給清め給ふ事の由を 八百万の神等諸共に 小男鹿の八の御耳を振立てて聞食せと申す」
「グァア…ナニヲ…」
「血族の名に於いて祓い給え清め給えと聞食せと恐み恐み申す」
「ウグァアアアア…」
蒸発していくような音がして、そいつは姿を消した。後に残ったのはと寸鉄のみ。地に刺さっている寸鉄を回収しながら、また別の気配を感じる。今度は巽の方向だ。
「…あ、れ?」
いつものやつらの気配がするのは確かなのに、なんでそこに一護と朽木さんの気配がすんの!?
が足を速めて現地に着くと、黒い着物姿の一護と朽木ルキアが言い争いをしていた。
「なんでお主はいつもいつも寸でのところでないと力を出せんのだ!最初から油断なくかかれと言っておろう!」
「わぁってるよ!やっつけりゃーいいんだから四の五の言うなよな。っておいルキア」
やっと二人はに気がついたらしい。一緒に首を傾けた。
「こんばんは。なんでこんなとこでケンカしてんの?」
やつらの気配が消えていた。一護が刀を持っているところを見ると、一護が退治したのだろうか。
「えっと…なんでもありませんわ。ほほ…」
「っていうか、、俺が見えるのか?」
一護はおかしなことを聞く。とは思った。見えるもなにもそこにいるではないか。
「見えてるよ。黒い着物で…ってあれ、一護死神だったの?」
「なに!?」
一護の一瞬後でルキアが同じように目を向いた。
「お主何を知っておるのだ?その姿は?」
「そういやお前の格好もおかしいよな」
知らぬ存ぜぬでは通らないと思ったのだろう、二人はに近寄ってくる。は回収した寸鉄を懐にしまいながら答えた。
「なにっていうか、家業?祓い師って言ったらいいのかなあ、正式名称知らないんだけど」
「祓い師?」
「…聞いたことがある。滅却師ではない、力を持った人間達のことを。名称は知らなかったが、確かに今のお主のような上下白い着物であったと聞く。もしや勇人氏の親族か?」
「ああ、勇人はおじいちゃんね。おじいちゃんはもう引退して、私が四十三代目だよ」
「……何の話なんだよ」
間に入れない一護は大刀をしょったまま眉間の皺を深くした。
「えーっと。さっき出たあの変なやつらを昇華させるのが生業なの、家。同じようなことを死神って人たちがやってることはおじいちゃんから聞いてた」
「勇人氏は死神についてなんと?」
「志を同じくするものであるから、仲良くなって。輪廻に乗せるのが役目だから。それは一緒でしょ?」
はそれしか聞いていない。あのやつらを死後の世界に送るのが仕事で、死後の世界からまた送られて現世に来るのだと聞いていた。
「…そうだな。話が長くなりそうだ。どこかに座らないか?」
「近くに公園があるよ」
白い着物姿の、黒い着物姿の一護、制服姿のルキア。並んで公園のブランコに腰かけた。(ルキアは最初腰かけるものかどうか迷っていた)
「さきほどの虚の前に一体虚が消えた。それはお主がやったのだな?」
「うん。あれ、虚って言うんだね。名前までは知らなかった。私たちは便宜上仮面としか呼んでなかったから。虚…を祓うのが生業で、最近よく出没するから私は寝不足気味」
「本当はこやつの仕事なのだが」
と言ってルキアはじと目で一護を見やった。
「まだまだ未熟者でお主にも迷惑をかける」
「いいよ。だってお互いしなきゃならないこと、だもんね。迷惑でもなんでもないよ」

一護は同じグループの友人が突然現れ、しかも虚と戦っていたことを知って言葉に詰まっていた。もっと俺が頑張っていたら、こいつはみすみす戦わなくていいのかもしれないのに。
「なに?一護」
「その…悪い、な。俺がもっとしっかりやつら倒してたらお前が戦うようなことしなくていいかもしんねえのに」
「…ありがたいけど、それはないかな」
「なんでだよ!?」
一護がブランコをつなぐ鎖を握り締める。自分が全部虚たちを倒せばは戦わなくていいと思ったのに。守れると思ったのに。
「私はもう戦うことを選んじゃったから。選んだ以上は突き進むべき、でしょ。一護も一緒だよ。どうしてかは知らないけどそうあることを選んだのなら、もう突き進むしかない。ね」
…」
「あいつら…虚たちは私たちなんてお構いなしで現れるんだし、あいつらだけが悪いってわけじゃない。みんな選んだ道を進んでるだけだよ」
このクラスメイトはこうも強かったのだろうか。暗い公園内だというのにの目が澄んでいることがはっきり分かった。
「さて。今日はもう気配が無さそうだし家に帰ろうかな。一護たちももう出てこないと思うから帰って寝たらいいと思うよ」
伝令~機が鳴る様子は確かになかったが、ルキアは訝しげにを見やった。なんでもう出てこないと言える?
「じゃあ、お先。また明日学校でね」
「いや待てよ、送る」
一護はそう言って立ち上がったのだが、が手でそれを制した。
「大丈夫。もう虚たちは出てこないし、家はすぐ近くだから。空座神社、知ってるでしょ」
「ああ…」
確かに空座神社だったらこの公園からさほど遠くはなかった。かと言って一人で帰らせるのもどうかと一護が迷っているうちには立ち上がり、一護たちに手を振った。
「じゃあね」
ざっざっと公園の地面を草履で歩いていく。その後姿を見やりながら、一護はルキアに尋ねた。
「ひょっとして、あいつも虚に狙われることになるのか」
「…だろうな。仲間がにやられていて、あれだけ霊圧の強い人間を奴らが狙わない筋がない」
ルキアは話ながらの霊圧を探っていた。昼間学校で会ったときには気がつかなかったの霊圧。静かに、強い霊圧だった。さっき見た姿と似通う真っ白な気配。死神ではないのだから霊絡が白いのは普通だが、ここまで静謐な霊圧はなかなか見られない。淀みなく強い霊圧が去っていき、公園には一護とルキアが残された。
「私らも帰るとするか」
「そうだな」
そして公園には誰もいなくなった。



→第二話

 




さんいかがだったでしょうか。白の舞姫第一話。ブリーチの単行本がない状態で探り探り書いているのですが…。ヒロインは巫女さんです。一遍やってみたかったんだ、神道系の能力者の話。陰陽師系統にしようか迷ったんですけどね、資料の多さでこっちに。陰陽師の資料ってもういざなぎ流ぐらいしかないしさ…。
ともあれ、文中でさんが言っているように「突き進む」予定です。ぜひお付き合いくださいませ。

お付き合いありがとう御座いました。多謝。
2005 10 4  忍野さくら 拝

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