両の手に持つもの

 

真撰組が結成することが決まり、近藤と土方が組織を作り上げていく間、監察を担当することになった山崎たちは、から直接指導を受けていた。
追尾、情報収集、手紙やメールによらない伝達方法、変装、変装に応じた身のこなし…などなど。
道場を出て外で行われることが多かった訓練は、通称忍者通りでも行われた。
「それじゃ、今から私がこの本屋に入るから、出てからどこに行くか、途中で何をするか全部尾行しながら記憶して」
はそう言うとすっと本屋に入っていく。立ち読みしている人たちの後ろをすっと通り過ぎ、自然なしぐさで一冊の雑誌を取ってレジに代金を置き、そのまま出てきた。山崎たちは尾行のセオリー通り、本屋の出入り口が見通せる場所にそれぞれ隠れている。
本を抱えたままは歩き、酒屋の前で並んでいる清酒に一瞬目を向けた。表向きは酒に目がいっているが、その実辺りの気配を察知していた。その間、二秒。
──山崎はあの中華屋の前から動いてない、吉村はポストの裏、篠原は反対側の甘味処、他二人は移動してる、と。
一瞬のうちで五人の気配を察知したはそのまま意識を五人に向けたまま、まっすぐに商店街を移動する。途中、播磨屋という馴染みの呉服屋に立ち寄って店員と話をし、コンビニに入って飲み物を買い、商店街の出口にあたる仏壇店のところでくるりと振り向いた。そのまま五人のところへ歩いていく。山崎は仏壇店から二軒離れた蕎麦屋のところに立っていた。
「山崎、今まで私がしていたことを全部言って」
「酒屋で『長月』という清酒に目をやって、播磨屋の店員と話していました。コンビニに入ってペットボトルを買い、仏壇店の前で足を止めて振り向いた。以上です」
「…私は、播磨屋の店員と何を話していた?」
山崎は初めてながら良い出来だと思っていたのに、から逆に追求されてうっと詰まった。
「山崎は、私が本屋に入って酒屋を通過するときには三軒後ろの中華屋にいてこっちを見ていて、そこからポストの裏、酒屋の前、駄菓子屋の店頭、呉服屋の店頭、電気店の前、玩具屋の前を通過して蕎麦屋に立っていた。そうよね?」
の質問に答えられなかったばかりか、が自分の存在を全て把握していたことに驚き、山崎は立ち尽くした。
「その、通りです…」
「じっと立ち尽くしていると風景から浮いて、それだけで分かりやすくなるから危険よ。出来れば何か別のことをして、ターゲットが仮に怪しんでもカモフラージュできるといいわね。でも気配はそこそこ消せていたし、後はターゲットの会話の内容や選んだ商品の名前、視線の先にも常に気を配ることが出来たら上出来」
「は、はいっ!」
は立ち尽くす山崎を放って近くに隠れていた篠原のところへ行き、同じように質問をしては篠原の行動を逐一当てて見せた。篠原も山崎と同じように驚いていたが、篠原は逆にに質問を返した。
「俺は米屋の前のどこにいたか憶えていますか」
「米屋の、コシヒカリの前。袋が十個ほど積みあがったところの前で、店員にあなたは目礼して店員はいらっしゃい、と応えていた」
大体の位置は把握できても、細かなところは分かるまいと思って篠原は質問したのだが、そのときの自分の動作まで言い当てられて、首をゆるく振った。
「仰るとおりです」
「カモフラージュしようという意思は重要よ。後はもう少し気配を消せるといいんだけど、それは訓練次第かしら。ターゲットの動作にもう少し細かに着眼したほうがいいわね」
「はい」
同じことをそのほかの三人の隊士にも繰り返した後、は五人を集めた。
「欠点と改善点はそれぞれに言った通り。テロリストを追尾するにあたって、自分の気配をどれだけ消せるかは重要なポイントよ。相手も剣を持っていて、人の気配にはそれなりに敏感なのだから、それに引っかからないようにしないと。仮に引っかかっても、カモフラージュが上手ければ、単なる通行人として処理されるから安全。追尾する内容は、細かいほうがいい。出来る限り細かく相手を観察して、どんな小さなことでも拾えるようにね」
「はい」
「私はちょっと知り合いの店に顔を出して屯所に戻るから、先に戻っていて」
はそう言うなり身を翻して商店街に消えていく。残された五人は顔を見合わせた。
「お前どうだった」
「全然出来てなかったけど、あの人一つも怒らずにいろいろ教えてくれたぜ。良い人なんじゃねえの」
「良い人かもしれねェ、でもあそこまで人の気配って分かるモンなのか?なんだか不気味じゃねェ?」
「確かにな。背中にも目がついてるみてェな感じだ。お庭番衆ともなるとこうも違うもんなのかね」
「不気味、かなあ…」
山崎が他の隊士の言葉に異を唱えたとき、は完全に商店街から居なくなっていた。







忍者通りの裏手には武器屋がある。忍者御用達の武器を扱う店で、表向きは骨董屋だ。はその店を訪れていくらか忍具を買った後に屯所に戻った。最近出来たばかりの監察方詰め所に戻る。近づいていくと、中から声がしていた。自然と耳を澄ました。
「副長や沖田隊長にも勝って、その上であんなに洞察力があるなんて、まるで人間じゃねェみてェだよな」
「幕府だって天人が混じってんだ、天人かもしれねェ」
「俺は天人の下につくのは嫌だぜ」
「俺も」
ふうん。天人と思われているのか。には話している内容も意図も分かったが、何の感情も湧かなかった。元より、はあまり感情の発露がない。忍としての仕事に必要な、相手の気配や空気を読むことには長けていても、自分の感情がどこにあるのかさっぱり分からないし、何の感情も感じないのだった。無表情に音も無く戸を開ける。
「……あの、勘違いしているみたいなんだけど」
無音で戸が開いたことにも、気配がなかったのに声がしたことにも驚いた隊士たちは驚き顔で答えた。
「…何ですか」
「私、天人じゃないわよ。…確かめてもらってもいいけど」
が全く無表情にそう言ったので、隊士たちは揃ってぎょっとした。天人じゃないか、と言い出したときにはの気配など誰も感じることが出来なかった。
「え…あ、いや…」
隊士の一人が辛うじて言葉を返すと、尚もは続けた。
「怒ってるわけじゃないの。ただ勘違いしてるみたいだから」
「あ…、はい」
「きっと変なことなんだろうと思うんだけど、私、あまり感情が出てこないの。別に忍だからそれでいいんだけど、気持ち悪く思うでしょう、ごめんなさいね」
ぎょっとしたままだった隊士はがすっと優美な面を下げて謝ったものだから、皆一斉に慌てる。
「い、いや、俺らもすみませんでした。失礼なこと言っちまって」
「その、あまりに凄すぎてびっくりしたって言うか、俺らとは違うなって思って、その…」
人は違うものに憧れるが、度が過ぎるとそれを避けるようになる。そのことぐらいは知っていたので、は無理やりに笑みを浮かべた。出来るだけ、人らしい笑みを。
「私、いろんなことが良く分かってないから、きっと嫌な思いをさせることも多いと思うのだけれど、その時は言ってくれると助かるわ。今まで一人で仕事をしてきて、組織に入ったり部下を持つのも初めてだから、正直どうしたらいいのか分からないことも多くて」
隊士たちは互いに顔を見合わせる。突然、自分たちの中に割って入ってきたこの女をどう扱ったらいいか、みんな良く分かっていなかったし、そもそもどういう人物なのかも良く分かっていなかった。道場でが隊士たちをのしてしまった一件で、大体の隊士はを受け入れることが出来ていたのだが、直属の上司と仰ぐ監察方の隊士たちは、どう接したものか見定めをしている時期だった。山崎は喘ぐようにして声を出す。
「あ、あの!」
「なに?」
は笑みを保ったまま聞き返す。
「俺たちには、たくさん時間があると思うんです。真撰組だって出来たばっかりで、俺たちとさんが会ったのもつい最近だし。だから、これからゆっくりお互いを知っていけばいいなって思います。何でもいいんで、何かあったら俺たちに聞いて下さい」
いきなりやってきた松平に職を与えられ、監察に選ばれた隊士には近藤・土方だけでなくという上司が出来た。はこと仕事に関してはとても詳しく、近藤や土方にも助言する立場であるというのに、『いろんなことがよく分からなくて』と言った。それも当然だと山崎は思ったし、自分たちがのことをほとんど知らずに当て推量でいい加減なことを言ったこともありふれたことだとも思った。でもそこで怒りも泣きもせずに、感情が無いからよく分からない、とうっすら笑んだ自分の上司を見て、山崎の胸に去来したのは何あろう、保護欲だった。きっと仕事だけをしてきたであろう、この人にいろんな楽しいことを教えて一緒にやっていきたい。そう、思ったのだ。
「そうだな。山崎、お前たまには良い事言うじゃねェか」
他の隊士も山崎の言葉に反発せずに頷いた。
さん、いや隊長には知った人なんていねぇんだから、もっと俺たちを頼ってくださいよ。あなたの部下なんすから」
そう言った隊士の言葉を受けて、はすっと五人全員を見渡した。はにかむような笑みを浮かべている。
「ありがとう」
は真撰組に来て初めて、部下というものもわりといいものみたいだ、と思った。






最初のうちは攘夷派を探る仕事を一人がこなしており、真撰組の初捕り物となった廻天党の事件もが一人で取ってきた情報だったのだが、ある晩二つの宿屋でほぼ同時に攘夷派の密会が行われるという情報をが掴んできた。監察方の詰め所に戻るなり、自分の席の椅子に深く腰掛ける。
さん、どうかしたんですか」
「四日後の晩、攘夷派の密会が開かれるの。場所は池田屋と寺田屋。時間が同じぐらいだから、私が掛け持ちするわけにもいかないし。初仕事よ」
五人の間に不安と期待の混じった空気が交錯する。
「私が池田屋に行くから、寺田屋に集まる攘夷党の張り込みを頼むわ。……山崎と篠原」
「はい」
「あくまで密会の内容を探ることが仕事だから、危なくなったらすぐに戻ってきて構わないわ。大丈夫よね?」
山崎と篠原は揃って深く頷いた。実質的な初仕事になる。
それから四日後。夕暮れが地平線に差し掛かった頃、は真新しい隊服に身を包んで屯所を後にする。山崎と篠原も揃って屯所を後にした。池田屋で行われていた密会はほぼ宴会だったが、廻天党が近々テロを起こすらしいことを喋っている人物がいて、はその場所と日時を記憶する。宴会が終わって浪士たちが寝静まった頃に屯所に戻ると、監察の詰め所にはまだ隊士が残っていた。
「もう日勤の時間は過ぎてるんじゃないの?」
が首を傾げながら戸を開けると、そこには隊士が三人しかいなかった。今日張り込みに出た山崎と篠原の姿がない。
「山崎たちはまだ戻ってないの?連絡は?」
「一切ないんです」
特に連絡が必要になる監察と隊長格の隊士にはそれぞれ携帯が配布されており、緊急時には使って連絡することが出来る。詰め所に残っていた隊士も携帯で連絡を取ろうとしたのだが、着信の際に相手方に気づかれることを慮って連絡出来なかった。
「…行ってくる」
はそのまま踵を返して、離れの詰め所から一気に塀へ飛び上がり、そのまま屋根に移る。屋根伝いに飛んで移動しながら、夜目をきかせて寺田屋に近づいた。建物に近づいた途端、血の匂いがする。
「!」
寺田屋で浪士たちが密会する場所はとうに知れていた。屋根裏から近づいていくと、剣戟の音がする。
「こともあろうに二人でやってくるたァ、いい度胸だ。それに免じて一瞬で殺してやるよ」
事態は最悪の状態で、は知らず歯噛みした。思い切り屋根板を忍刀でぶち抜いてそのまま座敷に着地する。
「なんだお前は!」
浪士の言葉を無視してはすっと目をやって山崎と篠原の具合を確認する。あちこちから出血しており、二人して背中合わせで相手に剣を向けていたが、剣を握る腕にも力がない。畳が黒くなっていることから、出血がかなり長く続いたものと思われた。
さ…」
かろうじて聞き取れた山崎の声は小さく霞んでいて、顔には血の気がなかった。その声を聞いて顔を見た途端、は今まで体験したことのない、激情に囚われた。身体が沸騰してしまいそうな熱さ、苦しさ。この正体を何と呼ぶのかは知らない。辺りに充満している血の匂いを振り切りながら刀を翳して浪士たちを倒していく。忍刀は直刃で、真剣のように引いて切ることは上手く出来ない。主に刺すことを主眼に作られている。一人の浪士の心臓を一突きにして、すぐ刀を抜いたの顔に相手の血がかかる。はそれに少しも気を置かずに次の浪士を刺し殺し、刀が人の脂で斬りにくいと見るや忍刀を捨てて隊服の中にしまっているクナイと手裏剣を両の手に持った。指の間に三つ四つと挟んだクナイを投げて浪士を壁際に釘付けにし、最後の一つで首を貫く。同じように左手に持った手裏剣で浪士を床に縛りつけ、頚動脈を切った。寺田屋に集まっている浪士は十五人という情報だったが、が倒したのは十人で、残りの五人は逃げたようだった。後追いすることに意味はない。は剣を構えたままだった山崎と篠原のもとに近づいた。
「もう、大丈夫よ」
そう言うの顔は返り血で赤くなっていて、対してを見る二人の顔は真白を通り越して青くなっていた。手から剣を外させて身体を横たえてやる。息はあるものの、やはり出血が多かったのか、体温が二人とも低かった。
は携帯を取り出して、血に濡れた指で詰め所を呼んだ。
さん、山崎たちは!』
「保護したわ。今から連れて行くから、お医者様を呼んでおいて。至急よ」
それだけ言って電話を切り、自分の忍刀を腰に戻して二人の刀も鞘に収めて腰に戻してやる。そうしておいて二人を背中に担いだ。二人はよりも上背があり体重もそれなりにあったが、は辛うじて二人を担いで寺田屋を離れることが出来た。さすがに屋根づたいに飛んで移動することは出来ず、夜の闇の中を出来るだけ急いで歩く。
屯所についたとき、詰め所にいた隊士から連絡がいったのだろう、門に立っていた見張りの隊士が山崎と篠原を受け取って中に運んだ。は一人でそのまま後をついていく。広間に二人は寝かせられ、さっそく医者の手当てを受けていた。そこに居た近藤たちはが血塗れていることに一瞬驚いたがすぐに視線を山崎たちに戻す。
「なにがあった」
土方の低い声にはただ頭を下げた。
「今晩、寺田屋と池田屋でほぼ同時期に浪士の密会が行われることが分かり、私は池田屋に行って戻ってきましたが、戻ってきた時刻になっても寺田屋に行った二人が戻って来ず連絡もありませんでした。寺田屋に急いだところ二人が浪士に囲まれており、回避のために相手方の浪士を斬って二人を連れ戻してきました」
「……こいつらの失敗はお前の失敗だ。分かってるな
土方の言葉には頷いたのだが、頷いて顔を上げたとき、医者の手当てを受けている山崎が片手を上げているのが見えた。
「山崎、大人しくしてないと」
が枕元に寄って血が乾いた手で山崎の片手を収める。
「…副長…俺たちが、失敗しただけで…さんは悪くな…っ…げほっ」
山崎はそこまで喋ると大きく咽こんでしまった。は二人の様子に見入っていたが、近藤と沖田が自分の顔を代わる代わる覗きこんでくるのに眉をひそめた。
「なにか?」
「何か、じゃねェですぜィ。姉御、泣いてまさァ」
一瞬、は意味が分からなかったのだが、そういえばさっきから視界が滲んでいる気がする、と思って目に手をやろうとすると、その手を近藤に捕まれた。
「そんな血だらけの手で眼をいじるもんじゃない。ほら」
手渡された手ぬぐいを顔に当てる。視界の滲みはさっぱり取れたが、胸がつかえて息がしにくいような感じが取れない。手ぬぐいはが浴びた返り血で赤く滲んでいた。
「局長」
「なんだ」
「何て言うのかよく分からないんですけど、寺田屋に駆けつけて二人がケガをしているのを見たとき、すごく身体が熱くて苦しくなって、今治療してもらってるのを見ても胸がつかえてしまって息がしにくくて涙が、出てきて。こういうの、なんていうんですか」
の言葉に、尋ねられた近藤だけでなく土方も煙草を喫う手を止めての顔を見たし、沖田に至ってはまじまじと対面からの顔を見やった。感情がないのか。部屋に控えている監察の隊士は知っていることなので驚きはしなかった。
「…二人のことが大事、ってことだ」
「大事…」
新しいおもちゃをもらった子どものように、は近藤から与えられた言葉を口にして頭の中に転がす。大事。なんだかいい響きな気がする。そしてもう記憶にない昔に自分に向けられていたような憧憬を憶える。
はこいつらが大事だから、ケガをしているのを見て斬りつけた相手に対して腹が立って、今こうやってケガをまじまじと見て悲しい気持ちになってるんだよ」
「悲しい…」
は近藤の言葉をもう一度繰り返す。そうだ。この気持ちはきっと悲しい、というのだ。身を切られるような苦しさ。どうせならば自分が、と思いそれが敵わない苦しさ。何も出来ない自分を苦しく思う気持ち。
「悔しい…」
近藤はの言葉を聞いての頭を大きな手のひらで撫でる。
「私がどうにかして行っておけば良かった。もっとなにか考えていたら…」
どちらが危険性が高いのか探っておいて、せめても危険性の低いほうに山崎たちをやっていれば。少し無理をしてでも自分が二つとも行っていれば。山崎たちがこんな目に遭わずにすんだのに。
「…間違えるんじゃねェ」
のぐるぐるとした思考を遮ったのは土方の低い一声だった。は呆けたように土方を見上げる。
「そうやってお前が一人でやることに何の意味がある。こいつらの価値はどこだ。こいつらは仕事をやってきただけだ。この仕事、請けたときから危険なんてこたァ分かりきっていたはずだ。それともなにか。戦姫ともあろうヤツが覚悟してなかったって言うのかよ」
土方の言葉には奥歯をかみ締めた。覚悟ならあった。しかし、の覚悟は自分の身の覚悟で、いつ事切れようともどれだけの危険を負おうともそしてどれだけ血に濡れようとも覚悟はあったのに、部下を背負う覚悟が出来ていなかった。
「誰かの上に立つってことは、そいつを引き受けることだ。命、信念、未来、全部背負ってお前は立てるか」
医師はもう手当てを終えて去った。の顔を近藤が心配そうに見つめている。は一つ、息を飲んだ。
「…立てます」
松平にここに来るよう言われたときに、決めなければならない覚悟だった。道場で隊士たちをのして、偉そうに喋っておいてこのザマはなんだ。あたしは、何の覚悟も出来てなかった。斬った人の命を背負うのではなく、生きている命を背負う覚悟。それは斬った命を背負うよりもはるかに重いものだ。にとっては。
「なら、今度からこんなことで泣くんじゃねェ。下が揺らぐ」
が頷いたのを見て土方は立ち上がって部屋を後にした。沖田はあくびをしている。

近藤に呼ばれたは顔を上げる。
「トシはああ言ったがな、泣きたいときは泣いていいと思うぞ。トシも上に立ったばっかりでいろいろ迷っているんだと思う。どうやって上に立つかなんていうのは人それぞれでいいと俺は思う。俺には、お前が泣いてもこいつらはお前についていくと思うよ」
近藤の視線が山崎たちに移ったので、も自然と追って視線を移した。山崎は血の気が引いたままの顔でうっすらと微笑んで見せた。
さん」
「…なに」
の声は震えていた。私がこの人を窮地に追いやったのだと思えて、ならなかった。土方に言われても、尚。
「俺はあなたに仕事を任せてもらえて嬉しかったです。最後まできちんと出来ませんでしたけど、また仕事を任せてもらえますよね?」
「もちろん俺にもお願いしますよ」
篠原はいくぶん山崎より血色が良かった。人好きのする笑顔を浮かべている。
「…もちろんよ」
二人につられるようにしてかろうじて笑みを浮かべたを見て、近藤は大きく頷いた。そしてそのままの視線は部屋の端に正座している監察の他の隊士に移った。
「俺らにもお願いしますよ。早く行きたくて楽しみにしてンですから」
こんな危険な目に遭うと分かっていても尚、監察の隊士は楽しみだと言った。を慮ってのことだ。
「なァ
「はい」
「お前が思うより、こいつらはずっと丈夫で根性がある。それは一緒に生きてきた俺が保証する。だから、安心して仕事を任してやってくれ。お前らが仕事上げてくれねェと、俺らも動きようがないしな。頼りにしてるよ」
近藤はそう言うと立ち上がった。寝ている沖田を担いで障子を開ける。
「…お前は一人で戦ってきたんだったな。預けられる誰かを持つってのも悪くないもんだろう?」
すっと閉められた障子の中で、監察の隊士だけが顔を合わせる。は不意に笑顔を浮かべた。
「山崎、篠原」
「はい」
二人は細い声ではあったが、はっきりと応えを返した。
「元気になったら、みっちりしごいてあげるから待ってなさい。早く、よくなるのよ」
「……はい、隊長」
「寝られそう?どこか痛い?」
二人は一瞬顔を見合わせたが、揃って首を振った。痛くないはずがない。血の気が引くほどの出血だった。二人とも未だに少し血が滲んでいる傷もある。
「いいえ。あなたに仕事をもらえて、俺たちは失敗したってのにあなたは助けにきてくれて、こうやって心配してくれている。どこも痛いところなんて、ありませんよ」
山崎の言葉にはまた涙を零した。なんて、善い人たち。二人の顔を順番に撫でる。
「いつだってあなたたちはあたしが護るわ。絶対よ。だから、どんなことがあっても帰ってきて」
二人だけではなく、襖際にいる三人にも向けられた言葉だった。三人は深く頷き、布団に寝ている二人も頷いてみせた。
「はい、絶対に」
が初めて手にした、護るもの。それはひどく温かな色をしていた。

 


さん、いかがだったでしょうか。これで山崎夢って言ったら犯罪なので監察方の夢ってことで…。さんは仕事中とか、堅い口調のときは「私」と言いますが、基本は「あたし」です。二話以降のさんが山崎を土方の凶刃(笑)からよく庇っていますが、この話が起因しています。

お付き合い有難う御座いました。多謝。
2005 12 8  忍野桜拝






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