おっさんの足の臭さを何で公害認定しねぇ!?
それはまだ、真撰組が幕府預かりではなく、名前も違っていた頃の話。どこにも行くあてのない浪士たちを集めては世話していた近藤は、話があるからといって浪士たちを道場に集めた。
「なんだってんだ、近藤さん」
「今からすげぇ方が来る。とにかくすげぇ。粗相のねぇようにしろよ」
自分たちがすごいと思っている近藤が言うのだから、何だろうと浪士たちは身体を硬くした。沖田は寝ていたが。土方が小突いて起こす。
「おい総悟起きろ。とりあえず起きとけ」
「…へい」
「どうぞ、汚ねぇ場所ですが」
近藤がそう言って通したのは、一人のおっさんと一人の娘。
「なんだオッサン」
「あぁ!?」
オッサン、が癪に障ったのか、いきなり銃を構えて照準を合わせる。隣で娘は平然と見ていた。
「お待ちください、松平さま。何分礼儀を知らぬ者ばかりで申し訳ありません。血の気だけは盛んなヤツらばかりでして」
「…そうみてぇだな」
「おい、このお方は幕府の要人、松平片栗虎さまだ」
「幕府のお偉いさんが俺たちみてェなごろつきに何の用だよ」
土方の嫌味に松平はひくりと眉を動かすが、銃は構えない。
「お前ら、この廃刀令のご時世でも刀を捨てねぇ骨のあるヤツららしいな。そこで、俺がお前らをまとめて面倒みてやる」
「……?」
幕府の要人と自分たちがどうして接点があるのか、浪士たちには分からない。
「天人がじゃんじゃん来てんのは知ってるな。そして天人たちに反発した攘夷志士どもがテロ起こしてるのも知ってるだろ。そこで、幕府はテロ対策に乗り出すことにした。天人はもう幕府の中枢にもいる。危ない目には遭わせらんねぇ。お前らを対テロ対策の特別警察として、俺が預かることになった」
「俺たちが……警察!?」
どちらかといえば警察に反発を抱いているような、そんなごろつきの集まりである。困惑は当然のことだった。
「警察になれば、ちゃんと給料も出る。刀も持っていられる。何より、人のためになる。どうだ、やらないか」
近藤の言葉に浪士たちは辺りを見回して互いの反応を見ていた。土方と沖田はまっすぐに近藤を見ている。
「俺はやるぜ。あんたがやると言うのなら、俺はやる」
「俺もやりまさぁ」
土方、沖田の言葉に続いて、居並ぶ浪士のほとんどが近藤に賛成して立ち上がった。
「しかしその娘はなんなんだ」
松平が自分たちに仕事を持ってきてくれたのは分かった。しかし、そこに自分たちと同じ年頃の娘が居る理由が分からない。
「おい、挨拶しろ」
「…元お庭番衆、」
「お庭番衆…!?」
の言葉に浪士たちがざわつく。幕府の機密に疎い浪士ですら、知っているその名前。将軍直属の忍の名前だ。
「は将軍直属のお庭番衆だった。が、ちょっとしたことがあってお庭番衆を辞めたが幕府の忍であることに変わりはない。いきなりお前らに警察やれと言っても難しい話だろう。戦闘要員、兼幕府との伝達役としてこいつを残していく。それが警察になる条件だ」
松平の言葉に浪士たちがいっせいにに視線を注ぐ。はそれをいとも簡単に流してうっすらと笑ってみせた。
「そんな細い姉ちゃんが戦えるのかよ……!」
そう文句を言った浪士の裾がいきなり地面に引き寄せられ、浪士はしりもちをついてこけた。足元にはクナイ。
「お庭番衆、なめないでよ」
「てめェ…!!」
笑ってみせたに浪士たちの熱がヒートアップする。松平は頭を抱えた。
「、最初ぐらい大人しくしてくれよ」
「だってなめられたからムカつくんだもん」
そう言う様はまったく年頃の娘なのだが、いきなり、人が密集している中で的確に一点だけを狙ってクナイを投げる能力はやはり忍のものだ。土方は腕組みをして成り行きを見守り、沖田はにやりと笑みを浮かべる。
「近藤さん。あんたはこの女が来ることに賛成してるのか」
浪士たちは一枚岩ではないものの、長年一緒にやってきた仲間である。絆がある。そこにこの女は割って入ろうというのか。
「…俺もお前たちも警察のありようなど分からないし、幕府にお勤めするやりかたも分からないだろう。分からないなら、先人に教えを請うことも必要なことだ。そしてそれが女性であろうと、差別はしてはならない」
「……分かったぜ。近藤さんがそう言うなら俺は受け入れる。総悟」
「俺も承知しましたぜィ。元より、近藤さんの命を聞けないヤツはいらねぇんでさァ」
近藤に次ぐ実力者である二人の言葉に浪士たちも渋々頷き始めた。はふぅん、と頷いてクナイをしまった。
「組織の詳しい説明はもう近藤にしてある。これからお前たちを受け入れる施設も出来るから、しばらくはここで我慢してくれ。正式な旗揚げはもう少し先だ。これを承知した以上……お前らは幕府の命を受け入れるんだ。逆らう者は許さん。いいな」
「その覚悟はあるぜ、松平さま。俺たちは剣が活かせる場所が、欲しいんだ」
近藤の言葉に松平は笑った。
「活かせるかどうかはお前ら次第…そうだな、組織の名前は『真撰組』ってのでどうだ」
松平が差し出した紙に記されている名前に皆が食い入るように視線を向ける。もう俺たちは単なるごろつきの集まりじゃない、幕府の警察として、誇れる仕事で剣を振るうんだ!
「……。お前の居場所をここで見つけるんだ。なに、悪いやつらじゃねえさ」
「そうみたい」
は松平の言葉に笑って頷いた。
──真撰組、結成。
真撰組の最初の仕事は地味なものだった。引越し、それに伴う雑務、隊服の調達、組織の割り振り、などである。そのどれにもは立ち会っていいだの悪いだの口を挟んでいた。
「全部戦闘要員で固めるつもり?監察方が欲しいんだけど。誰かそういうことが得意な人いないの?」
の言葉に幾人か手を上げる者があった。山崎たちだ。
「監察の意味分かってる?変装して敵に近づき情報を得、安全に帰ってくるのが仕事。剣の能力とはまた別の能力が要るのよ」
「俺は副長や隊長たちほど剣が立つわけじゃないですけど、情報集めるのは得意です。何なら、一から教えて下さい」
山崎の目には確かに力があった。は微笑む。
「その意気があればオッケー。必要なことは全部私が教えるから。私も監察方に入ってそっちの仕事するし。元々忍だからね」
「組織はこんなもんでいいでしょ。次第に慣れていくものだし。……ああ、言い忘れてた」
「ここは警察なの。節度ってもんが必要だし、規律も必要。それも人の目から見て厳しいぐらいのものがね。最初は窮屈かもしれないけど、それぐらいしないと、信用は得られないから」
の言葉には一々説得力があったので近藤などは頭から信じ込んでいたのだが、どうにも腹の虫が治まらない者たちもいた。
いつものように会合が終わった後で、土方の部屋に集まった幾人かが円座になって話をしている。
「土方さん、あの女このままじゃのさばりますぜ。いくら偉いさんが連れてきた女だからってこれでいいんですかい」
「…いいも悪いもねェ。近藤さんが是と言ったもんは是だ。それも分からねェのかお前ェら」
土方にとって、は得体の知れない女だった。幕府にいた者らしく、組織にもいろんなことにも詳しかったし、発言は的確だ。それは認めざるを得ない。しかし、どれほどの実力があるというのか。この男だらけの中に入って何ともないような振る舞いを続けているのも癪に障ることだった。
「寝てるときにでも全員で襲っちまえば少しは大人しくなりやすぜ。身の程ってモンを分からせねぇと…」
「そっくりそのまま返すから」
車座になっていた輪の中心にクナイが刺さっている。見ればいつの間にか土方の部屋にが入ってきていた。
「ノックしようかとも思ったけど。…私が信用出来ないみたいね。いきなり上から連れてこられたんじゃ仕方ないことだけどさ。どうする?戦ってみる?それで納得するならそれも構わないけど」
土方はの気配を掴めなかったことに内心冷や汗をかいていた。いつからこの女はここにいた。
「いっそのこと、全員と戦えばいいのかしら。でもそれもなんだかなあ…」
全員といっても真撰組には四十人近く隊士がいる。一人で相手をすると言っているのだ。
「お前、人をナメるのも大概にしろよ」
「…忍をナメてるのは誰?」
隊士の威勢いい言葉にすっとの目が半眼になる。途端、土方の部屋にの殺気が充満した。隊士たちの中には腰を抜かしてしまった者もいる。立ち上がることが出来たのは土方だけだった。
「副長は、私と戦うの?」
「…夜に忍と戦うほどバカじゃない。明日、お前に不満のある奴ら集めて道場で戦う。これでいいだろ」
「副長の、意思は?」
斬りつけるほどの殺気が土方一人に向かっている。土方はよっぽど刀に手を伸ばそうとしたのだが、刀に手を伸ばしたら最後、の手にあるクナイが投げつけられることを分かっているのでそれが出来ない。
「不満があるほどでもねェが、戦ってみてェのは確かだな」
「オッケ。じゃあそういうことで。お休みなさい」
はすっと殺気を鎮めて部屋を出ていった。隊士たちは未だ腰を抜かして呆けている。
「…殺されるかと、思った……」
隊士の声が夜の屯所に消えた。
翌朝。近藤に話をした後、道場に幾人かを集める。は隊服ではなく、黒い忍装束を着ていた。隊士たちは届いたばかりの隊服ではなく、着物袴姿だ。は人数を数えた上で、じゃあ、と言った。
「全員でかかってきて。二十人もいないみたいだし」
に不満があるといってきたのは二十人弱の隊士だった。の提案に隊士たちは怒りを募らせる。
「このアマァ…」
「だって一人ずつ相手にするの面倒なんだもん。…一太刀でも私が浴びて怪我をしたら私の負け。松平さまに言ってどうにかしてもらうから」
隊士にとってはどこまでも有利な条件だ。一太刀、二十人の誰かが浴びせればいいのだ。
「局長、合図お願いします」
近藤ははらはらして胃を手で押さえながら、頷いた。土方はその二十人に入らず、近藤の傍で見守っている。沖田は寝ていた。
「始め」
「ウラァァア!」
血気盛んな一人の隊士がに向かって踏み込んでくる。はすっと手を翳して、手先をひょい、と振った。
「……!!」
がっがっがっ、と手裏剣が投げつけられ、隊士は道場の壁に張り付けになる。腕の袖、袴の端、そして首の両脇。すべて手裏剣で固定されていた。
「一人終わり」
そう言っている後ろから斬りかかってきた隊士には肘鉄を食らわせて吹っ飛ばせ、頭のすぐ上に手裏剣を放つ。髪が幾筋か切れた。そうやっては一太刀も浴びずに全員を手裏剣で道場の壁に張り付けた。
「…お庭番衆が忍、戦姫。まだ相手をしたい人は?」
土方と、いつの間にか起きていた沖田が手を上げる。沖田はが戦っている最中の闘気に引かれて目が覚めてしまった。
「一人ずつが良い、みたいね」
土方が自分の剣を持って道場の中央に移動する。沖田はそれを眺めていた。
「戦姫の名前、聞いたことがあるぜ」
「私けっこう有名人だから」
「手合わせ叶って嬉しい限りだ」
土方の頭の中には女だから手加減をするとかそういう事柄は一切ない。力あるものと命のやりとりをする、ただそれだけで良かった。
「…では」
は利き手の右手で忍び刀を構える。土方が思い切り力を入れて打ち込んだ、その一太刀目を受け止めて、斜めに流す。
「ちィ」
土方は舌打ちをして二太刀目を上段に構える。意気込んだ分構えが大きくなった。その隙を逃さず、はいきなり土方の懐に入って胸倉を掴み、剣を持った土方をそのまま後方に投げ飛ばした。
「……くそッ」
土方が身を起こしたとき、土方の喉元にはの忍び刀がつきつけられていた。
「…終わり」
「土方さん、情けないでさぁ。俺がお相手いたしやすぜ、姫」
沖田はそう言うが早いか、いきなりバズーカをぶち放った。と土方がいる場所に、だ。は土方を掴み上げて、弾と反対方向に投げ飛ばし、自分も飛び上がる。沖田は落下点で剣を構えていたが、煙がひどくての姿を捕捉出来ない。
「……!」
背中に走る殺気に気がついたとき、もう沖田の目の前にはの剣が水平に構えられていた。は沖田の後ろを取って剣を構えていた。
「終わり」
沖田は剣から手を離し、諸手を上げて降参のポーズを取った。
「俺の負けでさぁ。姉さん、お強いんですねィ」
「戦姫はね、負けられないの」
そう言うとは哀しげに笑った。顔を見ることが出来たのは近藤と土方だけだったが。
「…出来たばっかりの道場なのにいろいろ傷つけちゃってごめんなさい、局長」
「いや、気にすることはない。これで少しでもわだかまりが取れてくれれば構わないよ」
剣を持つ者は。土方は投げ飛ばされてついた埃を手で払って、剣を拾った。
剣を持つ者は、相手に対して殺気を放つ。それは普通のことだ。しかし、この女はなんだ。終わっても尚抑えきれない殺気が渦巻く自分と違い、なぜすぐに気配を元に戻して笑うことが出来る?スイッチがぱちりと切り替わるように、簡単に。
「さんがいかに実力者か分かっただろう。これに懲りてくだらないことは止すように。…さん」
「呼び捨てでいいのに」
自分は一介の隊士だから呼び捨てで構わないと言ったのはだ。
「俺らには何が足りませんか」
「……覚悟と危機感、かなあ」
は道場の床に忍具を並べて片付けながら、話している。
「戦う覚悟はあるのよね、みんな。でも、人を本当に斬り殺す覚悟はある?その人の命を否応なしに背負い込んで生きていく覚悟はある?自分の手が血塗れる覚悟はある?…自分の命が一瞬で無くなる、その場所に立っている危機感は、ある?」
の言葉に、戦った隊士だけでなく、見守っていた隊士も黙りこくった。
「対テロ対策ってことは、攘夷志士と命をかけて戦うってこと。あっちはテロに出るぐらいだから、もちろん命がけ。こっちも命かけなきゃ。勝てば官軍、負ければ即死。行く先は地獄だけよ」
道場が静まりかえる。はややあって笑った。
「でも、みんなでいれば平気だから。そのための、真撰組でしょう?局長」
だから自分たちは一緒にいる。一人では途方も無く辛い旅路を共に行くために。共に、血塗れた道を行くために。
「あたしたちは家族みたいなもの。だから、一緒に行こう?」
そうやって晴れやかに笑ったに、ああ、敵わないと隊士の全員が思った。この人には、敵わない。地獄を見ても尚笑う女。きっとはただケンカばかりしてきた自分たちと違って命のやりとりをしながら生きてきたのだ。地獄を見、命を背負い、それでも笑う。
「行こう、。一緒に」
近藤がの手を握る。小さな、様々な肉刺が出来た冷たい手だった。
怪我をした隊士はほとんどいなかったが、一応すり傷などの小さな怪我をは自分で手当てして回った。
「あんまり加減が出来なくてごめんね」
「…いや、悪いのは俺らだ」
は絆創膏を張りながら笑って、治療を続けていた。
「土方さん」
「何だよ」
「あの姫さんにゃあ、敵いませんさぁ」
「……そうだな。情けねェ」
情けない、といった土方の顔は、晴れやかだった。
やがて正式に真撰組が旗揚げされ、屯所の前には看板が立てられた。見回りなども始めており、ようやく警察として機能し始めてきた。テロを事前に調べる監察方も機能し始め、が一つの情報を得て帰ってきた。
「おお、お帰り」
「ただいま戻りました、局長。廻天党がちょっとやばい感じです」
「期日はいつだ。場所は」
「一週間後、戌威星の新しい大使が江戸にやってきて、今いる大使と交代するんです。その時に二人もろともやるつもりみたいですよ」
「分かった」
真撰組に取って、初めての捕り物になる。
近藤、土方、沖田、それにが局長室に集められた。は情報を得るために変装して着物姿だったので、そのままだ。
「の情報によれば、一週間後、戌威星の大使が交代するときに廻天党がテロを起こすらしい。俺たちの初舞台だ。…派手に行こう」
近藤の言葉に一旦は頷いた土方だが、不意に視線をに向ける。
「…気づかれて逃げられる可能性は?」
は笑ってすっと手首を振る。土方の頬をクナイが掠めていった。局長室の壁にクナイが突き刺さる。
「ありません。あたしがやったんだから」
「大した自信だ」
「一週間後、分かることよ」
土方もも笑っているのだが、横で見ている近藤は笑えない。はらはらして胃が痛みそうだ。
「姉御は土方さん並に血の気が多くていけねぇや。俺は姉御のことを信じてますぜィ」
「ありがと総悟」
あの一件以来、隊士たちとの仲は格段に近づき、監察方や一般の隊士の中にはを慕う者も現れ始めた。変化にあまり馴染めない土方は今までのように堅い姿勢を崩していないが。
「もう少し調べてみますか?廻天党の居場所は分かっていますが」
近藤は顎をしゃくりながら考えこむ。
「…三日後に行く。それまで張り付いててくれ」
「了解。三日後の早朝に戻ってきます」
近藤が頷いたのではまた姿を消した。土方は切れた頬の傷に指を這わせる。薄く、血がついていた。
二日間、隊士を選りすぐる作業をしていた近藤と土方は御用改めに行く人員を選び終え、初の御用改めに意気上がる隊士たちを抑えるのに大変だった。翌朝、まだ暗いうちにが戻ってくる。
「局長、戻りました」
「やつらは」
「まだ寝ています。昨晩はしこたま飲んでいたので、まだ当分寝ているかと」
は乱れた着物を脱ぎ、隊服に着替えている。
「…行くぞ」
潜んでいる廻天党の人数は十人弱、対する真撰組の人数は十五人。裏木戸に三人張り付かせ、監察方二人をつける。正面にいる十人は八人が飛び込む要員で、二人は漏れた浪士を切る役割だ。は屋根裏に潜伏して状況を検分して隙があれば手を出すことになっていた。
廻天党がいる宿屋は攘夷派の常駐宿で、かねてより監察方が目をつけていた宿屋だった。
「主人、失礼するぞ」
「へぇ、なんでしょう」
「御用改めである!廻天党の者ども、一人残らず討ち取れェエエ!」
近藤の声を合図に隊士たちが次々と部屋を改めていく。が言っていた部屋の中には確かに指名手配されている廻天党の党員がいた。酒盛りの後らしく、乱雑に猪口や飯台などが散らかっている。御用改めの声で起きたものの、酒が抜けきっていないのか、足元がふらついている者ばかりだ。隊士たちは次々に斬っていく。裏木戸の回った者は張り付いていた隊士が、窓から屋根に回った者はが、それぞれ処理して真撰組が廻天党の党員を全員倒すのにそう時間は掛からなかった。
「あれ、はどこ行った」
負傷者を少しだしたが、まあまあの出だしに気を良くしていた近藤はの姿がないことに気づき首を回す。は腰を抜かしている主人の前に立ちはだかっていた。
「…ここの宿屋が攘夷派だってのは分かっている。廻天党の前に、攘夷党のメンバーを泊めていたな?」
「ひっ…お助けを…」
「攘夷党も廻天党も指名手配の者を多く含んでいる。今日のように荒らされたくなかったら、そのような者を泊めるのは止めることだ。……まあ、攘夷志士に何かされたら真撰組に来るがいい。今日のように一人残らず捕まえてやるから」
「は、はぁあ…」
主人は平伏して怯えきっている。
「分かったな。今のご時世、攘夷の味方をしていては、良いことなぞないぞ」
は表の戸から出て、屋根に上る。屋根伝いに移動して、隊士たちに追いついたところで屋根を下りた。
「、どこに行ってたんだ」
「…宿屋の主人に忠告を」
「?」
近藤は首を傾げた。沖田はにやりと笑みを浮かべ、監察方の隊士たちは心当たりがあるので納得して頷いていた。
御用改めに行った隊士たちが屯所に戻ってきたのは昼前のことだった。負傷しているといっても軽症ばかりだったので、そのまま酒盛りとなった。雇ったばかりの女中たちがひっきりなしに行き来して酒や食事を運んでいる。
「飲め飲めェ!今日は無礼講じゃァア!」
近藤の一言にみな一様に笑んで酒を煽る。沖田と山崎の間で食事をしていたは、沖田にお銚子をさされて杯で受けた。
「の姉御は酒はどうなんでィ?」
「…強いことは強いんだけど」
すっと一杯目を空にする。沖田はさらに銚子を傾けての杯を満たした。それをもすっと飲み干したは側にあった銚子を摘んで沖田の杯を満たした。
「それにしてもすごい有様」
「毎回こうでさァ。姉御も慣れますぜィ、嫌でも」
沖田もさらりと杯を開けて笑う。もつられるように笑った。
「それもそうか」
摘んでいたお銚子で山崎の杯を満たし、手酌で自分の杯も満たす。
どんどんつぶれていく隊士たちの中で、最後まで残っていたのは土方、沖田、山崎、だった。土方はさほど強いわけではないが、意識を失うことがあまりない。山崎はあまり飲んでいなかったので、自然と残った。は尚も酒をあおっている。
「お前ェ強いな」
「…大概の薬物には強か。訓練受けとるけん」
の語調が変わっていることに気がついた土方が目を丸くし、沖田が小さく口笛を吹く。山崎はびっくりして隣のを見つめていた。
「姉御はどこの生まれなんでィ」
「筑前。両親ともおらんごとなって、江戸に来たら松平さまに拾われたと。そこで…」
は話しながら目をこすっている。
「なんや訓練受けてから、お庭番衆になったと。長く勤めとったのに、アイツが変な気出すけん追い出された」
「あいつ?」
「将軍。アイツが閨に侍れとか言うけん、松平さまに言うてここに来たと」
確かには美しい外見をしている。土方はやっとのことで焦点の定まる目をに据えて睨むように見つめた。長い黒髪が、揺れている。顔の造作は整っていて、化粧気こそないが、美しいと言える。顔から下に視点をずらすと否応なしに胸に目がいく。豊満といってもいい胸の大きさに、細い柳腰。男性だけでなく、同性の目も引きつけてしまう容貌だった。忍の仕事の時には顔の大半も覆った忍装束をつけているので、目鼻ぐらいしか見えないが、必要とあらば装い立ててホステスのようなこともやる。将軍が侍らせようとしたのも分からない話ではない。
「姉御は将軍のお庭番衆だったんですよねィ?よく逃げられましたねェ」
「……御台さま(将軍の正妻)があたしのことば嫌いやったけん、わりと簡単に逃がしてもろうたと。仲間も散り散りや…」
仲間、というのはお庭番衆の仲間、ということなのだろう。お庭番衆はもうないといつだったか松平が言っていた。
「で、でも、さんは俺たちの仲間じゃないですか!」
山崎が精一杯意気込んでにそう言うと、はふにゃっと笑う。稚い、といってもいい笑顔。その笑顔に引きつけられた山崎は言葉を失い、土方も息を飲んだ。二人の有様に沖田だけが口の端を上げて笑った。
「そうですぜィ。の姉御は大事な仲間でさァ」
「ありがと」
そう言ってはまた笑った。
こうやって発足した真撰組が攘夷志士を次々と引っ立て、その後に坂田銀時たちとも関わっていくのが、それはまたのお話。
→next第二訓『素直な心って単にスケベなだけとどう違うんだよ!』
さん、いかがだったでしょうか。銀魂夢二作目になります。連載一話目がなぜか二作目(笑)あんま笑いなかったなあ。最後のほうに酔っ払ったさんが話しているのは博多弁です。さんは酔うと小さい頃にいた博多の言葉を喋ります。でも江戸にいる時間のほうが長いので、普段は普通に話しています。
お付き合い有難うございました。多謝。
2005 11 26 忍野桜拝