甘いモンは別腹だァ!?甘えてんじゃねぇ!全部脂肪だ!
真撰組の面々が帰ってからすぐに、新八と神楽は二階に上がった。看板から窓、家具が崩れて倒れている中にぼうっと銀時がつっ立っていた。
「何やっとんじゃオラァア!」
新八が飛び蹴りでツッコミを入れると、銀時は倒れたすぐ後にむくりと起き上がった。
「いや、だってアレ俺の天使じゃねぇの?二時間いくらでデリバリーされる俺の幸せ…」
「幸せがデリバリーされるかァ!探しに行けェ!」
今度はアッパーカットが入った。神楽はとうに飽きて酢昆布をかじっている。
「にしても、いつの間にあんな美人囲ってやがったんだ、アイツラは」
「囲ってないって。隊士だから」
確か銀時に切り込んでいった隊士がそう言っていたはずだ。ウチの隊士を──と。
「隊士は隊士でも、他の隊士の夜のお相手がしご…げふごはぁ!」
ソファに座ってあごをしゃくっていた銀時の鼻の穴に指を突っ込み、思いきり投げ飛ばした。
「お前ぇ、ぜってぇ鼻とれたぞ!」
「とれてません。いい加減その妄想止めて下さいよ。あの人に言われたんですから、二度目はないって」
そう新八に告げた時、女性に殺気はまるでなかったが、銀時を狙って三度銃を放った彼女は、うっすらと笑みさえ浮かべていた。銀時の急所を確実に狙った上で、だ。死んでも構わない、むしろ殺す──そう言う雰囲気だった。
「二度目はないだァ?俺ァ抜かずの三発までは余裕…ぶはァ!」
「誰も銀さんの性生活は聞いてません!神楽ちゃんもいるときに何言って…」
新八に殴られた銀時が指差している方向を見ると、そこにはテレビにかじりつきながら酢昆布をかじっている神楽がいた。まったくこちらを見ていない。
「な、大丈夫だろ?」
「自信ありげに言わないで下さいよ。ったく。壊されたトコは銀さんが直して下さいね。銀さんのせいなんだから」
危ないから僕の家おいでよ、と神楽に声をかけている新八の背を見ながら、銀時は立ち上がった。
「俺のせいねぇ…」
あの時、一応尾行けていたのだから、新八とは小声で話していたハズだ。それを仮に一言でも聞き取り(じゃなきゃデリヘルって言ったことがバレてるはずがない)、あの位置から俺の人相まで分かるたぁ、あの女何者だ?
銀時は首を傾げたままソファに座り込む。
真撰組の隊士っつーことは幕臣、ひょっとして……。
「おい新八お茶。──ってもういねえのかよ!」
銀時の家が真撰組によって破壊されてから数日。銀時はふらふらと甘味処にたどりついた。
「いらっしゃい。何にいたしましょうか?」
銀時は差し出されたメニューも見ずに注文をする。
「スペシャルクリームあんみつ一つ」
「はいな」
注文を聞いた店員はお茶を置いて奥に入っていった。
「あーだるぃー大体、前に仕事手伝ってやったんだから、少しはまけろってんだクソジジイ」
真撰組に破壊された家を直すために、前に瓦つけを手伝った棟梁に仕事を頼んでいた。しかし金が少ないので、銀時も労働力として手伝っており、棟梁の仕事も手伝っている。体はヘトヘトだ。
「あ、いらっしゃい」
銀時の横をすっと女性が通っていった。ほのかにいい匂いがする。ひくり、と香りにつられかけた銀時だったが、あまりの体力のなさに目で追うことはせずに、テーブルに突っ伏した。
「スペシャルクリームあんみつお待ち」
テーブルに突っ伏している銀時の頭上にドン、とあんみつが置かれて銀時はのろのろと頭を上げた。スプーンを持ってバニラアイスとあんこを一緒にすくい口に入れる。冷たいバニラアイスとこってりしたあんこが口の中で溶け合い、銀時は一気に姿勢を元に戻した。
「やっぱ、疲れた時には甘いモンだなァ、オイ」
寒天を口にしようとした銀時の前に一人の店員がやってきた。
「お兄さん、悪ィけど相席頼んでいいかい」
「あー?俺は別にいいけど」
対あんみつの世界に入り込んでいる銀時にとって、相席などどうでもいいことだった。しかし。
「すまないねェ。娘さん、そういうことだからこちらへどうぞ」
お茶が置かれた席に一人の女性が座った。さっきと同じいい匂いがして、銀時はスプーンを咥えたまま顔を上げる。
「…………あ」
目に入ったのは紺の矢絣の着物、そして視界上部に突き付けられた銃口。
「え…」
「あんた、無事だったの。丈夫ねえ」
丈夫ねえ、と言いながら銀時にトカレフを突き付けていたのは──、だった。前のように右手ではなく左手で銃を構え、右手で店内の視線からそれを隠している。用意周到だ。
「いやいやいや。いくらオネーサンでも俺のスペシャルクリームあんみつは譲れねぇよ」
もう皿はほとんど空だったが。
「別にあんみつはいらないわよ。敢えて言うならあんたの命?」
が小首を傾げたのて、長い髪がさらりと揺れた。
「警察呼ぶぞ」
「あたしが警察。非番だけど」
「ちっ…一介の市民に何するのよ、オネーサンは」
「一介の市民は妙齢の女に向かって『デリヘル』なんて言わないわよ」
それを言われると何も言い返せない銀時は銃口を突き付けられたまま、残り少ないあんみつを口に運んだ。
「はいお姉さん抹茶あんみつお待ち」
の前にあんみつが置かれ、は腕を下ろしてトカレフを腰に戻した。
「…今回は見逃してあげる」
「…そりゃドーモ」
はおとなしく抹茶あんみつを食べていたが、銀時が食べ終えたにも関わらずスプーンを握って自分を見ていることに気づき、怪訝そうに銀時を見返した。
ぐーきゅるるるる。
にもはっきり聞こえてきた腹の虫は銀時のもので、はぷ、と吹き出した。
「なぁに、お腹減ってるの」
「…おうよ。かれこれ三日食っちゃいねぇ」
「それならお腹にたまるもの食べなさいよ。ご飯ものとか」
「いや!俺は糖に生き糖に死ぬと決めてんだ。腹が減ったら糖に限る」
銀時の言い分を聞いていたは、新八くんと神楽ちゃんは食べているの、と尋ねた。
銀時がこんなにも飢えているのなら、家族だと言っていた二人も飢えているのかもしれない。大の男は自業自得だが、幼い子どもたちがとばっちりをくっているのなら、それは問題だ。
「あァ?あいつらならお妙ンとこで食わしてもらってるみてェだから平気だ」
お妙と言う名前に聞き覚えがあったが、同じ人物とは限らないのでそのまま流すことにした。
「そう。ならいいけど。なんであんたはそんなに飢えてるの」
「バカヤロー、お前ェらが俺ン家ぶっ壊したからなけなしの金で大工頼んで、金が足りねぇから俺が2倍働かされて──腹減ってんだよ。棟梁に泣き付いて小銭もらって糖の補給よ」
は一つため息をつくと、銀時にメニューを差し出した。
「何でもいいから、一つ奢ってあげる。その代わり、二度とあんな失礼なことを女性に言わないこと。いい?」
銀時は一も二もなく何度も大きく頷いたが、ちらりとを見るといきなり両手を合わせた。
「…何よ」
「もう絶対女にあんなこと言わねえし反省してっから、わがまま聞いちゃくれねえか」
「内容によるわね」
「その…でにいずでパフェ的なものが食いたいな、と…」
銀時は自分でも図々しいと分かっているので、またもトカレフが来るかと構えていたのだか、予想に反しては笑っていた。
「別にそれくらいいいわよ。私も暇だし、うちのみんなとあんたは顔見知りみたいだし。それならさっさと行きましょ」
は立ち上がり、店員にお勘定お願い、と告げた。
「…この人の分も一緒に」
「おい」
銀時が止める間もなくは二人分の勘定を払って店の外に出た。寒いが、からりと晴れたいい天気だ。
「でにいずに行くんでしょ?」
「…あ、ああ」
は確かに奢ると言ったが、あんみつを奢るとは言っていない。銀時はの考えが読めずに眉を寄せた。
「これでも幕府勤めだから給料はいいのよ。袖触れ合うも多生の縁って言うしね」
は笑ってでにいずの扉を開けた。いらっしゃい、と店員の声がする。
「お二人様で?」
「ええ」
「こちらどうぞ」
通されたのは窓際のテーブル席だった。向かい合って座る。
「チョコレートパフェ」
「あたしはカフェオレ」
注文を終えたは窓の外に目線を向けていたが、あ、と小さく声を上げた。
「名前は?銀ちゃんって言うの?」
総悟がバズーカで壊す前、二階には『万事屋銀ちゃん』なる看板が掛かっていた。
「坂田銀時だ。ほれ」
銀時は名刺を差し出した。万事屋・坂田銀時と書いてある。
「何か困ったらいつでも。金次第だが何でもやる」
「ふうん。…あたしは真撰組隊士、」
はそう応えて出された水を少しだけ口に含んだ。
「、ね。真撰組に女がいるなんてな」
「あたし一人だけどね。まあ、あたしは雑用みたいなものだけど」
は監察方隊長だが、密偵任務もある監察は本当のことなど言わない。他の監察方も雑用及び事務方、ということになっている。
「雑用ねぇ…雑用が銃持つのかよ」
銀時がそう言ったとき、カフェオレが運ばれてきた。は少しだけ砂糖を入れてかき混ぜる。
「護身用で持たされてるの。一応隊士だから」
護身用で隊士が銃を持っているのは本当だがそれはリボルバーで、自動小銃のトカレフではない。のトカレフは自前だ。消音器つきで、引き金さえ引けば無音で鉛弾がターゲットに向かう。
はカフェオレを飲みながら銀時の名刺をためつすがめつしていた。
「なんだ?」
「万事屋って面白そうだと思っただけ」
銀時はチョコレートパフェがきたので、返事もせずにパフェに向かう。二人の間に静けさが訪れてしばらく、窓の外で物音がした。が目を向ると──そこにはバズーカがこちらを向いていて、後ろに沖田と土方がいた。見廻りならばなぜバズーカがあるのか。
は首を横に振って指でバツ印を作る。沖田はおとなしくバズーカを下ろしたが、やがて二人揃ってでにいずに入ってきた。
「。そこから離れろ」
「土方さんも総悟もおとなしくして。せっかくの非番なんだから」
「姉御が非番でも俺らァ見廻り中ですぜィ。ひ弱な女性に旦那が何かやらかしやしねぇかと心配でさァ」
何かやらかしそうなのは確実に二人のほうだが、銀時は尚もパフェに向かっている。最後の一すくいを食べ終えた後、やっと顔を上げて状況を知った。
「え、多串くんどーしたの」
「土方だコルァ。うちの隊士に手を出すなと言ったはずだが」
土方はリボルバーの撃鉄に指をかけている。
「土方さん、だめ。あのことに関しては反省したみたいだし、あんまりこの人がお腹空かせてるから私が奢ってあげたのに、死んだら無駄になっちゃうでしょ」
パフェが無駄になる程度の命と換算された銀時はへこんだが、三人は気にしない。
「がそこまで言うなら仕方ねェな。おい万事屋」
「ん?」
「こいつに何かあったら、真撰組総出でお前ェを潰しにいくから肝に銘じとけや。総悟行くぞ」
「姉御、晩飯は姉御の好物らしいですぜィ。早く帰っておいでなせェ」
「了解。二人とも見廻り頑張ってね」
二人が去っていくと、銀時は両の手を後ろ頭に組んで、シートの背もたれに寄りかかった。
「…可愛がられてンな」
「唯一の女隊士だから、いろいろ気遣ってくれてるのよ」
「そーかい。俺ァそろそろ時間だから行くな。ごちそうさん」
「どういたしまして。あたしも屯所に戻ろうかしら」
「じゃあな」
「ええ」
二人は揃ってでにいずを出て、反対方向にそれぞれ向かった。は屯所に、銀時は作業中の我が家に。
が屯所に戻ってきたら、何故か入口近くで山崎がバトミントンをしていた。ふん、と気合の入った素振りである。
「山崎、ただいま」
「あ、お帰りなさい、さん」
「バトミントン、もうちょっと裏側でしないと土方さんに見つかるわよ?」
山崎は非番ではないのだが、はそれを言わない。山崎は屯所待機の身なので、暇なのは承知なのだ。
「じゃあ、離れの横で一緒にやりませんか」
「いいわよ。ちょっと待っててね」
山崎はラケットをもう一本出しに、は袖をたすきがけにするために自室に向かった。手提げを置いて箪笥から襷を出して両袖をくくる。
「山崎ー、準備出来たよー」
「ラケット持ってきましたよ」
は山崎からラケットを受け取り、離れた位置でシャトルを行き来させる。山崎に比べるとはそこまで上手いほうではないが、こうやって付き合わされることも多いので、それなりにラリーは続く。
「こうやってシャトルが返ってくるって幸せですよー」
「変なの。いつでも付き合ってあげるのに」
は向かってきたシャトルを打ちながら笑う。山崎はシャトルを打ち返しながら、ふっと真顔になった。
「例の件ですが、相当やばいとこまで来てます。近々、春雨の日本支部が視察に来るという話を聞きました」
「…攘夷派はどうしてる?」
「相変わらず嗅ぎ回ってますね。ただ、春雨の方がそれに気づきだしているのが厄介です」
山崎の報告を聞いたはシャトルを打ちながら眉を寄せる。春雨は宇宙海賊で、性質が悪いことで有名だし、巨大組織だがなかなかに連携がいい。攘夷派が日本支部に何かしたら、他の支部からの報復もありえる。攘夷派はそういったことを知っても尚、攘夷のために行動を起こすだろうし、転生郷の被害も放っておけるレベルではなくなってきた。真撰組ではない、大江戸警察も動いてはいるが、上から圧力が掛かったと聞く。春雨の日本支部と幕府が繋がっている、というのは裏の世界では有名な話だ。
「山崎は大丈夫よね?」
「……多分。攘夷派に紛れてきたので、攘夷派と間違われた可能性はありますが」
「それならいいわ。真撰組に目をつけられたら面倒だもの」
幕府と繋がっているのなら、上から圧力が掛かるだろう。しかし、今のところそう言った話はないし、何かあったら松平から連絡が来るはずだった。
は山崎たち監察方の仕事を逐一把握しているが、近藤たちには全部を言っていないし、山崎たち隊士にも言わないよう口止めしている。この転生郷の話も、近藤に報告すれば根がまっすぐな近藤たちはすぐに乗り込みかねない。そうしたら、幕府から目をつけられて動きにくくなる。は幕府の忍なのだが、既に心は真撰組にあった。大事なのは真撰組を守ることだ。
「攘夷派が動くときに、一緒に動くのが得策ね。影で動けば紛れるだろうし。……今、その件の攘夷派を張っているのは?」
「吉村さんが張っています。そろそろ桂が動きそうだと」
同じ監察方の隊士の名前を挙げ、山崎はシャトルを打ち返す。は打ち返さずに手で掴んだ。屯所の入口から声がいくつもする。
「土方さん帰ってきたから、詰め所に急いだほうがいいわ。片付けとく」
「ありがとうございます!」
山崎はラケットをに手渡して、監察方の詰め所に急いだ。は二本のラケットとシャトルを手に隊士たちの部屋に向かう。山崎の部屋にラケットとシャトルを置いて、自室に戻った。
「桂も、近藤さんも根は一緒なのよね…」
転生郷を放って置けなかったり、困った人を見過ごせないのはどちらとも一緒だ。ただ桂は反幕府のテロリストで、近藤は幕府の臣下だ。同じことを思っていても、立場が変われば出来ることが違う。
「あなたなら、どうするのかしらね、銀さん」
銀時は、間違いなく桂と同じ攘夷戦争の英雄だろう。に銃を間近に近づけられても土方が撃鉄に指をかけても身じろぎ一つ、しなかった。あの度胸の据わり様といい、近藤・土方を負かした剣の腕といい、只者ではない。攘夷戦争の英雄だとすれば、そのような度胸も剣の腕も納得がいく。その昔に国を憂いて剣を取っていただろう、銀時は何を思うだろう。
「公園にデカイ犬がいる?」
たまたま一般の隊士の詰め所にいたは、久しぶりに市民からの通報、というやつを受けた。電話だ。
『ええそうなんです。すごく大きくて人なんて食べちゃいそうなぐらい…。お巡りさん、はやくどうにかしてください。安心して子どもを公園で遊ばせられません』
「…分かりました。とりあえず、その公園に行ってみます。場所はどこですか?犬の特徴は?」
白くて大きい犬、小さな女の子が世話をしているのだか食われかけているのだか、という話だった。暇な隊士はいるかとが詰め所をぐるりと見回すと、書類と格闘している土方がいた。
「副長」
「ンだよ」
「市民からの通報で、人を食べそうな馬鹿デカイ犬がいるのでどーにかしてくれだそうです。大江戸警察の方に回しますか?」
本来、真撰組はテロリスト対策用の武装警察であって、市民の安全を守るのは大江戸警察が主だし、取り調べなども大江戸警察が行うことが多い。よほど凶悪なテロリストの場合、真撰組の牢屋に入れられるが。
「そんなの知るかよ。暇ならお前が行ってこい」
「…犬好きだし行ってきます。……屯所はペット禁止ですか?」
「大きさによるが、人を食べそうなばかデカイ犬は禁止だ」
「はーい」
はスカーフを締めなおしリボルバーとトカレフを携えて屯所を出て行った。
市民からの通報によって指定された公園はかぶき町の中にある、数少ない公園の一つだった。繁華街のなかにあるにしては、けっこう緑も多い公園だ。
「ばかデカイ犬、ばかデカイ犬…」
きょろきょろと見回していると、視界の端に巨大な犬と傘を差した女の子がいる。…遊んでいるのか、食われかけているのか確かに謎だ。
「お嬢ちゃん」
が声をかけると、女の子は振り向いて、ぱあっと顔を明るくさせた。
「アル!どうしたアルか!」
「神楽ちゃん、その犬どうしたの。遊んで…るのよね」
犬は牙をむいて唸って突っかかっているのだが、神楽がものともしていない。神楽が笑っているので、遊んでいるように見えた。
「これ定春アル!表に落ちてたアル」
定春は神楽に敵わないと見るや、に向かって牙をむいてうなったが、がすっと半眼になって定春を睨みつけると、大人しくなった。あまつさえ、くぅーん、と甘えてみせたのだ。生き物としての、上下関係だ。
「…おい、あの定春が大人しくなったぜ…」
「あの人すごいですねぇ…」
後ろから弱々しい男性の声がする。何事かとが振り向けば、そこには包帯だらけの銀時と新八がいた。
「銀さんに新八くんだよね?どうしたの、その有様」
「どうもこうもねェよ…あの犬が…」
「思う様暴れられまして。その結果です」
「…なんていうか、ご愁傷さま。あの犬は捨ててあったの?」
銀時がようやくのことで頷いてみせた。
「捨て犬だ。神楽が気に入っちまって飼うっつってんだが、俺としては即刻捨てたい…」
「捨てようとしてるのが分かるらしく、僕らに牙を向きまくりでして…」
「市民から通報があって、どうにかしてほしいってことだったんだけど、神楽ちゃんが飼うつもりならどうしようもないわね」
がふむ、と息をついたとき、銀時と新八から両の手を握られた。
「え」
「頼む。どうにかしてくれ」
「神楽ちゃんが定春のことを忘れて定春が僕らのことを忘れるような秘策は」
縋るような目つきにはため息をついた。あるにはあるが、あまりにも喜んでいる神楽に可哀相な気がする。神楽は満足そうに銀時の隣に腰掛けた。
「楽しそーだな、オイ」
「ウン。私動物好きネ。女の子はみんなカワイイもの好きヨ。そこに理由イラナイ」
「…アレ、カワイイか?」
銀時が呆れている間に定春は神楽に向かって突進している。
「…可愛いんじゃない?」
「さっすが分かってるアル!カワイイヨ!こんなに動物になつかれたの初めて」
神楽は喋っている途中で定春に跳ね飛ばされる。が鋭い一瞥を投げると、途端に大人しくなって縮こまった。
「神楽ちゃんいい加減気づいたら?なつかれてるんじゃなくて、暴走されてるって」
「私、昔ペット飼ってたことアル。定春一号」
新八の言葉にもめげず、神楽は元気に定春をのしている。
「ごっさ可愛かった定春一号。私もごっさ可愛がったネ。定春一号外で飼ってたんだけど、ある日私どーしても一緒に寝たくて親に内緒で抱いて眠ったネ」
うんうん、とは頷いて見守っている。
「そしたら思いの外寝苦しくて悪夢見たヨ。散々うなされて起きたら定春…カッチコッチになってたアル」
「可哀相神楽ちゃん…」
は同情の声を上げて神楽の手を握った。
「あれから私動物に触れるの自ら禁じたネ。力のコントロール下手な私じゃみんな不幸にしてしまう。でもこの定春となら私とでもつりあいがとれるかもしれない…。コレ神様のプレゼントアル、きっと…」
「そっか…じゃあ、神楽ちゃん、ちゃんと飼える?他の人に迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「大丈夫アル!私が定春にしつけ教えるネ!」
神楽は笑って定春の頭を撫でている。も手を伸ばしてみたら、かなりのふかふか具合だった。
「それなら、頑張って飼ってみたらどう?銀さん」
「いや…まあ…」
はかばかしい答えを返さない銀時を放って、神楽はポケットを探っている。
「あ、酢昆布きれてるの忘れてたネ。ちょっと飼ってくるヨ」
「定春のことヨロシクアル」
神楽は一目散に駄菓子屋に駆けていく。は定春の頭を撫でたり喉元に入り込んで撫で回したりしていたが、満足して手を離した。
「じゃあ私は帰るわね」
「え」
男二人が揃って悲愴な声を上げる。
「だって、神楽ちゃんがあれだけ熱心に飼うって言ってるんだもの、処分しろなんて言わないわよね?」
「……はい」
「それなら解決ね。紐でもつけて、くれぐれも他の人を襲わせたりしないようにねー」
「え、ちょっと…」
は二人を放って出口のほうへ歩き出した。二人はぽつんと取り残される。定春はを見ながらびくびくしていた。
「行っちゃいましたね…」
「なァ新八よ」
「なんですか」
「、ミニスカじゃなかったな…」
「お前一度死ねよ」
はかなり急いでいた。さっきから身につけている携帯が鳴っているのだ。機密事項を一般市民の前では話せない。公園を出て屯所に戻る道すがら、横道にそれて携帯を手にする。
「あたし」
『桂が万事屋の前にいました。留守と見て帰ったようですが』
「接触する気なのね。そのまま桂を張ってて」
『了解』
桂を張っていた吉村からの報告で、はため息をついた。ついに桂が動き出した。一般人、ということになっている銀時に何の用事だろうか。
「考えてもしょうがないわね。いずれ分かるんだから」
屯所に戻ったはそのまま監察方の詰め所に直行する。急いで今までの桂の行動記録を漁った。
「さん、どうしたんですか」
「桂が動くわよ。一般人になっている昔の仲間に声をかけるなんて、なにかあるわ」
江戸に戻ってからの桂の行動は逐一記録されており、ほぼ把握出来ていた。桂の仲間が転生郷のことを調べ回っているわりに、桂本人はほとんど動いていない。江戸の根城になっている大きな邸宅にずっと詰めっぱなしだ。わざわざ昼間の時間に表に出て、銀時と接触しようとした。動く前触れと見て間違いないだろう。
「転生郷…ですか?」
「多分ね。桂の仲間が張ってる天人の店があるでしょう。それを遠くから張ったほうがいいわ。下手をしたら一般人に被害が出かねない」
「了解。俺が行ってきます」
篠原が手を上げて、変装用具をいくつか持って自室に戻っていった。これは、なにかある。十四年忍を、三年監察方をやってきたの、勘だった。
吉村の報告から三日、の携帯が鳴った。天人の店を張ってる篠原からだった。
「あたし」
『万事屋の旦那と子ども二人が店に入っていきました。どうしますか』
「出入り口をそのまま張ってて。桂は来たの?」
『いえ。依然仲間が店裏口にいますが』
「分かったわ。そのままお願い」
『了解』
は携帯を切って立ち上がる。
「山崎、春雨の船を張って。大きな爆発なり何なりあったら、大江戸警察に通報して」
「分かりました。さんは」
山崎も資料整理の手を休めて、立ち上がった。
「あたしは天人の店に行くわ。銀さん一人なら放っておくけど、子どもが巻き込まれたら大事」
「お気をつけて」
「山崎もね」
は詰め所を後にして、そのまま自室に赴く。桂と会う可能性もあるので、真撰組の隊服では何かと面倒だ。忍装束に着替える。
「副長」
「んだよ?」
詰め所の戸は開けずに外から声を掛ける。
「ちょっと出ます。山崎も出ますので」
「……分かった」
土方の声を聞いたや否や、はすっと飛び上がって屯所の塀に飛び移り、屋根をつたって移動していく。天人の店まではそう遠くない。
「神楽ちゃん、新八くん、無事でいてね」
紺色の忍装束がふっと姿を消し、店の中に入っていった。
→next第五訓『春雨が溶ける?馬鹿、お前それァ春雨もどきだ。よく似てんだ。』
さん、いかがだったでしょうか。第四訓。これから春雨事件に入って(っていうかハム事件?)いきます。やっと銀さんと会えました。銀さんと土方が同じ年だったらいいのになーと思っているので、さんはその一個下ぐらいです。さんは子どもにかなり優しいですが、そのわけは番外編で。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2005 11 30 忍野桜拝