カエル触れたら一人前って、お前、それ毒ガエルだって!死ぬよ!

 

局長・近藤の命により、緊急の会議が行われた。隊士たちは大広間に集められ、近藤と土方が上座に座している。山崎や吉村たち監察も広間の隅に座っている。沖田はなぜか真ん中に座っていた。
「えー、みんなもう知ってると思うが、先日宇宙海賊'春雨'の一派と思われる船が沈没した。しかも聞いて驚けコノヤロー、なんと奴らを壊滅させたのはたった二人の侍らしい…」
近藤の言葉を本当の意味で驚かなかったのは事前に知っていた山崎たち監察で、他の隊士は私語に夢中でまったく聞いていない。きりっとした顔を崩さずに近藤がぼやく。
「…驚くどころか誰も聞いてねーな、トシ」
土方は頷くより前にバズーカを構える。がちゃ、という機械音の後に隊士たちに向けてバズーカが思いっきり発射された。屯所に地響きのような強い音が鳴る。一瞬にして隊士たちのいたところはところどころ焦げており、隊士も爆発の影響を受けて隊服はぼろぼろ、髪は爆発気味、といった感じだ。監察の隊士たちは隅にいたのでそれほど影響を受けなかった。
「えー、みんなもう知ってると思うが、先日宇宙海賊'春雨'の一派と思われる船が沈没した。しかも聞いて驚けコノヤロー、なんと奴らを壊滅させたのはたった二人の侍らしい…」
近藤はまったく同じ顔で同じことを繰り返す。が、今度は反応があった。
「えええええ!!マジすか!?」
そこまで声が揃ったのはなかなかの団結力だと山崎は思ったのだが、土方はすらりとバズーカを構える。
「しらじらしい。もっとナチュラルにできねーのか」
土方はあくまで真面目に言っているのだが、今度はそれを近藤が止めた。
「トシ、もういい。話が進まん」
ようやく土方はバズーカを傍らに置き、煙草の煙を深く吐いた。
「この二人のうち、一人は攘夷党の桂だという情報が入っている。まァこんな芸当ができるのは奴ぐらいしかいまい」
本当はそこにも絡んでいて、半分ぐらいの海賊を沈めたのは事実なのだが、当の本人に口止めされているので山崎たちも何も言わない。近藤は尚も続けた。
「春雨の連中は、大量の麻薬を江戸に持ち込み売りさばいていた。攘夷党じゃなくても連中を許せないのはわかる。だが、問題はここからだ」
近藤の話が熱を帯びていく。
「その麻薬の密売に幕府の官僚が一枚噛んでいたとの噂がある。麻薬の密売を円滑に行えるよう協力する代わりに利益の一部を海賊から受け取っていたというものだ。真偽のほどは確かじゃないが、江戸に散らばる攘夷派浪士は噂を聞きつけ、『奸賊討つべし』と暗殺を画策している」
そこで一旦近藤は口をつぐみ、にやっと口の端を上げた。
「真撰組の出番だ!!」
「そこで、その官僚の屋敷に出向いて警備をする。もしその官僚に傷一つでもついたら、お前ェら全員切腹モンだからな」
土方は近藤の言葉を受けて喋り、全員にガンを飛ばした。山崎たち、監察の隊士はの言葉を思い出した。
『…真撰組にカエルを護れっていう命令がそろそろ下るはずよ。そうしたら、みんなで手分けしてカエルの屋敷を調べてちょうだい。麻薬が見つかったら、そこを荒らさずに保管して、立ち入りを防いで。何があっても、その場所だけは死守して。きっと浪士が来て戦闘になると思うけどそれでも、よ。それから先はあたしと松平さまの仕事』
はその言葉を残して屯所を後にしており、未だ帰ってきていない。
「おい監察」
土方の声が上がり、山崎は短く返事をした。
「なんでしょうか」
「攘夷派の動きを徹底的にマークしろ。官僚暗殺に関して何か分かったら即刻報告しろ」
「はい」
山崎は頷いた後に他の監察方隊士と目配せをする。土方の命に従って調べる者のほかに、の命によって屋敷を調べる者が必要だ。五人いる隊士のうち三人を土方の命につかせることにし、その三人はさっそく出て行った。山崎ともう一人は待機に見せかけて、の命を請け負う。
「屯所に十人程度隊士を残す。そのほかは全員官僚の警備だ。いいな」
「はい!!」
隊士たちの声を合図に、会議は終わった。





真撰組が禽夜の屋敷の警護にあたった初日、は外からその様子を眺めていた。遠眼鏡でちらりと禽夜とそれを守っている隊士たちを確認する。鏡で合図をすると、屋敷からも合図が返ってきた。
「…さて、と。こっちも始めますか」
はそう呟いてまた建物の隙間に消えた。が遠くから眺めていることを合図で知った山崎は鏡をしまって、屋敷の横手にある倉庫に入る。鍵がかかっていたが、もう一人の隊士の手でなんなく開いた。
「山崎、これァ、すげェな」
倉庫の中は美術品でいっぱいだった。壺や絵画がかけられている。はここに転生郷があるはずだと言ったが、どこにあるのか。一人を見張りに残して、山崎は倉庫の中をくまなく調べていく。奥にある壺の中をライトで照らしたところ、たくさんのビニール袋を見つけることができた。中には白い粉。
「やりましたよ、さん」
これが転生郷であってもなくても、禽夜は麻薬所持という罪になる。その周りにある四角い木箱を開けてみると、そこにもやはり麻薬がぎっしり詰まっていた。山崎は全ての品の検分を終えて外に出てきた。
「どうだった」
「あった。かなりの量だと思う。さんの読み通りだ」
山崎はそう隊士に告げるとまた倉庫に戻って、に電話をかける。
さん」
『山崎、どうしたの』
「禽夜の屋敷から麻薬見つかりました。まだ転生郷かどうかは分かりませんが」
『よくやったわ。あと数日でそっちにあたしも行くから』
「了解」
通信を切った後、山崎たちは倉庫にもう一度鍵をかけた上で、その鍵を失敬した。何かに気がつかれて麻薬を処分されたら計画が泡になる。そして、何も無かったかのように元の配置に戻っていった。






数日後、最初のうちはいつ襲撃があるかと緊迫していたのだが、なかなか変化がないことにだれる隊士も出始め、土方は頭を抱えていた。
そしてこいつが一番の筆頭だよ…。土方の目前にはへんてこなアイマスクをかけて眠っている沖田の姿。
「こんの野郎は…寝てる時で人をおちょくった顔しやがって。オイ起きろコラ、警備中に惰眠をむさぼるたァ、どーゆー了見だ」
沖田の顔ぎりぎりに抜き身の刀を近づけると、沖田は全く眠くなさそうな顔でアイマスクを外した。
「なんだよ母ちゃん、今日は日曜日だぜィ。ったくおっちょこちょいなんだから〜」
「今日は火曜だ!!」
土方は煙草を銜えたまま沖田のスカーフを掴み上げる。
「てめー、こうしてる間にテロリストが乗り込んできたらどーすんだ?仕事なめんなよ、コラ」
顔を寄せてガンを飛ばすが、沖田は平然とした顔をしていた。
「俺がいつ仕事なめたってんです?俺がなめてんのは土方さんだけでさァ」
「よーし!!勝負だ、剣を抜けェェェェェ!!」
土方が激昂したそのとき、二人揃って鉄槌が下る。
「痛っ」
思わず殴られた頭を抱える二人に、殴った近藤が説教を始めた。
「仕事中に何遊んでんだァァァ!!お前らは何か!?修学旅行気分か!?枕投げかコノヤロー!!」
「痛っ」
説教を始めた近藤が今度は頭を抱える。背後には禽夜が立っていた。
「お前が一番うるさいわァァァ!!ただでさえ気が立っているというのに」
「あ、スンマセン」
「まったく、役立たずの猿めが!」
大人しく謝った近藤をねめつけて、禽夜はふらりと歩き去っていく。その様を見ながら沖田は唇を尖らせた。
「なんだィありゃ、こっちは命がけで身辺警護してやってるってのに」
「お前は寝てただろ」
「幕府の高官だかなんだか知りやせんが、なんであんなガマ護らにゃイカンのですか?」
土方の冷静なツッコミをも無視して総悟は不服そうに呟いた。沖田を挟んで近藤、土方が縁側に腰掛ける。
「総悟、俺たちは幕府に拾われた身だぞ。幕府がなければ今の俺たちはない。恩に報い忠義を尽くすは武士の本懐、真撰組の剣は幕府を守るためにある」
近藤の熱弁にも沖田は澄まし顔だ。土方は新しい煙草を銜えている。
「だって海賊とつるんでたかもしれん奴ですぜ。どうものれねーや、ねェ土方さん」
「俺はいつもノリノリだよ」
ノリ悪く、やる気なさそうに土方は答えた。その様を見た沖田は左向こうを指差した。
「アレを見なせェ、みんなやる気なくしちまって。山崎なんかミントンやってますぜミントン」
「山崎ィィィ、てめっ何やってんだコノヤロー!!」
山崎、とミントン、の言葉に反射的に反応した土方は煙草を銜えたまま山崎を追いかけていく。
「総悟よォ、あんまりゴチャゴチャ考えるのは止めとけ。目の前で命狙われてる奴がいたら、いい奴だろーが悪い奴だろーが手ェ差し伸べる。それが人間のあるべき姿ってもんだよ」
近藤はなおも沖田に話しかけたが、禽夜が全く遠い離れに行こうとしているのを見つけて慌てて追っていく。
「あっ!!ちょっと!勝手に出歩かんで下さい!!ちょっとォォォ!!」
「はぁ〜。底無しのお人好しだ、あの人ァ」
沖田はそう呟くと、ごろりと縁側に横になった。禽夜を追いかけていった近藤は禽夜を警備の厚い場所に移そうとやっきになっていた。
「ちょっとォ、禽夜様駄目だっつーの!!」
「うるさい!もう引きこもり生活はウンザリだ」
沖田よりも背が低い禽夜の後を付きまわって近藤は必死に説得しようとしていた。
「命狙われてんですよ、分かってんですか?」
「貴様らのような猿に護ってもらっても何も変わらんわ!!」
あまりの禽夜の態度と、自分の大切な仲間である真撰組をなめられたことに近藤は怒りを感じ、声を荒げた。
「猿は猿でも、俺達ゃ武士道っつー鋼の魂もった猿だ!!なめてもらっちゃ困る!!」
「なにを!!成り上がりの芋侍の分際で!!おのれ陀絡、奴さえしくじらなければ、こんな事には…」
「あ?ラクダ?」
そう近藤が呟いたとき、視界の端できらりと光るものがあった。遠くに立てられた電波塔の垂れ幕の影から、なにか光っている。銃口か、と気がついたときには近藤は叫んでいた。
「いかん!!」
近藤が気づいたときと銃が発射されたときは同時で、銃声が屋敷内に響き渡り、山崎を締め上げていた土方も横になっていた沖田もそちらを注視する。
遠くからでは弾筋は読めなかったが、近くまで来たときに軌道が分かり、近藤は弾の前に身を投げ出した。
「局長ォォォォ!!」
近藤が肩を被弾して倒れこむ、その瞬間に見ていた隊士が声を上げた。
「山崎!!」
土方の声に山崎は無言で屋敷を飛び出した。沖田が縁側から即座に近藤のもとに向かう。屋敷中に散らばって待機していた隊士が一斉に近藤のところへ集結した。
「近藤さん!!しっかり」
「局長ォォ!!」
沖田の声にも隊士たちの声にも近藤は答えない。そのさまを見ていた、禽夜はせせら笑った。
「フン、猿でも盾代わりにはなったようだな」
禽夜の言葉に誰よりも早く沖田が反応して右手を柄にかけ、刀を抜こうとしたが、腕を掴んで止められる。
「止めとけ。……瞳孔、開いてんぞ」
土方の声に沖田はそのまま柄から手を離した。
「禽夜さまについていけ。…近藤さんの意気を無駄にすんじゃねェぞ」
禽夜を護れという土方の命に隊士たちは反発しかけたが、近藤の名を出されて大人しく従った。数人で禽夜を護り、残りで近藤を運ぶ。医者を呼びにやって、土方は煙草をもみ消した。
「喫いすぎでさァ」
土方の前にある灰皿には、とうに一箱分の吸殻が山になっていた。尚も土方は煙草を銜える。土方の視界の端では、近藤が医者による治療を受けていた。ガーゼや包帯に滲む赤色に眩暈がしそうな思いがする。それは沖田も同じことだった。
「…喫ってねェと、余計イライラしちまう。遅ェな、山崎…」




山崎が戻ってきたのはとっぷり日が暮れてからで、山崎の報告を聞くために全員が近藤の側に集まった。
「ホシは廻天党と呼ばれる攘夷派浪士集団、桂達とは別の組織ですが負けず劣らず過激な連中です」
「そーか」
近藤は抑揚のない、落ち着いた声で答える。布団の周りには幾人もの隊士たちがいた。
「今回のことは俺の責任だ。指揮系統から配置まで全ての面で甘かった。もっかいしきり直しだ」
土方は軽く頭を下げたが、隊士たちの溜飲はおりない。
「副長」
「あのガマが言ったこと聞いたかよ!あんな事言われて、まだ奴を護るってのか!?野郎は人間のことをゴミみてーにしか思っちゃいねー。自分をかばった近藤さんにも何も感じちゃいねーんだ」
言い募った隊長格の隊士に、山崎も口を開く。
「副長。…さんからの命で屋敷を色々調べてみました。美術品に混じって倉庫からどっさり麻薬が…。もう間違いなく奴ァクロです。こんな奴を護れなんざ俺達のいる幕府ってのは一体どうなって…」
麻薬に驚く隊士を尻目に、土方はふっと鼻で笑った。
「ふん、何を今さら」
隊士たちの目が一瞬にして土方に釘付けになる。
「今の幕府は人間のためになんて機能してねェ。んなこたァとっくにわかってたことじゃねーか。特に山崎、お前たち監察はよく知ってることだろう」
「……はい」
「てめーらの剣は何のためにある?幕府護るためか?将軍護るためか?……俺は違う」
土方は、さっき近藤が真撰組の剣は幕府を護るためにある、といった言葉を思い出していた。
「憶えてるか。あの頃、学もねェ居場所もねェ、剣しか能のないゴロツキの俺達をきったねー芋道場に迎え入れてくれたのは、誰か」
「廃刀令で剣を失い道場さえも失いながら、俺達を見捨てなかったのは、誰か。失くした剣をもう一度取り戻してくれたのは、誰か」
よく通る土方の声が隊士全員を黙らせる。
「…幕府でも将軍でもねェ。俺の大将はあの頃から近藤だけだよ」
「大将が護るって言ったんなら仕方ねェ。俺ぁそいつがどんな奴だろーと護るだけだよ。気にくわねーってんなら、帰れ。俺ァ止めねーよ」
「副長」
山崎が庭に出ようとした土方を呼び止める。
「なんだ」
「あのガマを捕まえることが出来るといったらどうしますか」
さんは秘密裏でやれとまでは言わなかったが、計画をばらしてもいいとも言わなかった。しかし。近藤さんを傷つけられて、尚もあのカエルを護るという隊士の意気に何か応えたかった。
「…ンなこたァ、天導衆でもねェ限り出来ねェ話だろうよ」
さんがそのために動いています」
場が一瞬にしてざわついた。監察の仕事でいないのだろうと思われていた、がそんなことに関わっていたとは。土方は煙草をぽとりと落としてしまった。
が?お前、の命でこの屋敷を調べてるっつったな。どういうことだ」
「先日の春雨の船沈没にもさんは立ち会っています。桂を捕らえるために動いていたのですが、そのときに春雨の船から禽夜が出てきたので、事実がはっきりしました」
やはり海賊と繋がっていたのか。場がいっそうざわめく。
「禽夜の屋敷に麻薬がまだあれば禽夜を捕まえる。そうさんは言っていました。そして麻薬は、あります」
は何をしてる」
「俺には分かりません。が、しばらくで戻ってくると言っていました」
「……禽夜は近藤さんが護るって言ってんだぞ」
「はい。それもさんは承知の上です」
山崎と土方の視線がかち合う。山崎は引きそうになる自分をこらえて、膝の上にのせた手を握り締めた。
「…勝手にしろ。止めねェが、近藤さんが護るって言ってるモンを俺ァ護る」
「はい」
山崎は頷いて、つばを飲み込む。土方が庭に下りていった後、残った隊士に山崎は囲まれた。
「あのガマ捕まえられるって本当か」
さんが松平さまと話してたから、なんとかなるんじゃないかと思うけど」
「やっぱあの人すげェな!狙うモンが違ェ!」
隊士たちが沸き立ち始めたので、山崎は慌てて立ち上がった。
「で、でも、禽夜が生きてないと意味がないんだ。だから、禽夜を護らないと、近藤さんが頑張って護ったんだし」
「そう分かったんなら護ってやろうじゃねェの。近藤さんに負けねェようにな!」
近藤の周りで隊士たちが沸き立っていた頃、土方は庭に出て空を見上げようとした。が、あまりの光景に新しく銜えていた煙草を落としてしまった。
「何してんのォォォォォ!!お前!!」
隊士たちが護ってやろう、と意気上げたところに禽夜を縛り付けて火あぶりにしている沖田の姿。
「大丈夫、大丈夫。死んでませんぜ」
沖田は土方に気がついて、新しい薪を手にした。
「要は護ればいいんでしょ?これで敵おびき出してパパッと一掃、攻めの護りでさァ」
「貴様ァ、こんなことしてタダですむと…もぺ!!」
声を上げた禽夜の口に薪を立て続けに突っ込んで黙らせる。が、沖田の目はいつものように澄んでいた。
「土方さん、俺もあんたと同じでさァ。早い話、真撰組にいるのは近藤さんが好きだからでしてねぇ。でも何分、あの人ァ人が良すぎらァ。他人のイイところ見つけるのは得意だが、悪いところを見ようとしねェ。俺や土方さんみてーな性悪がいて、それで丁度いいんですよ、真撰組は」
「フン」
諸手を上げて賛成できるほど素直ではない土方は鼻で笑って、やがて目線を柔らかにした。
「…あー、なんだか今夜は冷え込むな…。薪をもっと焚け総悟」
「はいよっ!!」
沖田は元気よく応えて新しく薪をくべる。あぶられている禽夜が何か言っているが、二人ともシカトしていた。そこに、銃声がした。軽い銃声なので小さな銃だと分かる。弾のした方に目をやれば、閉じられていた門が開けられており、そこには攘夷派と見られる浪士たちが山のようにいた。
「天誅ぅぅぅ!!奸賊めェェ!!成敗に参った!!」
見知った顔がないので、どこの党かは分からないが、狙撃に失敗して即座に乗り込んできたのであれば、廻天党の党員なのだろう。
「どけェ、幕府の犬ども。貴様ら如きにわか侍が真の侍に勝てると思うてか」
「おいでなすった」
沖田は楽しそうにそう言ってすらりと剣を抜く。
「派手にいくとしよーや」
土方も笑んで剣を抜いた。どんな理由であれ、斬り合いは土方にとって楽しいものだった。
「まったく喧嘩っ早い奴らよ。トシと総悟に遅れをとるな!!バカガエルを護れェェェ!!」
後ろから近藤の声がして、二人は近藤の姿を目に留める。包帯をしていながらも元気に檄を飛ばす近藤の姿に二人揃って小さく笑んだ。
「いくぞォォォォ!!」
土方、沖田を先頭に隊士たちが剣を抜いて浪士たちに向かって突き進んでいく。山崎たち監察も剣を交えていたが、視界の端を馴染んだ色が過ぎって頭を上げる。
塀の外から瞬時に飛び移って屋根に上っていたのは忍装束ので、剣を腰に差したまま、下の様子を見ていた。
「あーあ、みんな楽しそうだなー、あたしも混じってこようかな。っていうか、なんでカエルはああなってんの?」
ひゅっと屋根から飛び降りて、難無く着地する。剣戟に混じってあぶられたままの禽夜に近づいた。
「むぐ!むぐへろ!」
「なんて言ってるか分かんなーい」
はへらりと笑って禽夜を縛り付けている杭を抜いた。禽夜ごと持ち上げてその場を離れる。
!?」
土方の声に片手を上げて応え、奥の倉庫に向かった。後を追って監察の隊士がやってくる。
さん」
「麻薬がある倉庫ってのはここ?」
山崎が頷いて、隠していた鍵で倉庫の扉を上げる。もごもごと禽夜が何か言っているが総じてシカトされていた。
「この奥、美術品に混じって大量に麻薬が。転生郷かどうかまでは分かりませんが」
「さて。それでは御本人さまに証言していただきましょうか」
杭をごろりと転がして、禽夜の口から総悟が押し込んだ薪を抜く。はすっと懐に手を入れた。
「貴様らァ!こんなことしてタダで済むと思っているのか!」
「それはこっちの台詞よカエル。ここにあるこの粉は何?」
大きな壺からビニール袋を取り出して禽夜の目の前につきつける。中には白いさらさらとした粉が入っていた。
「転生郷だ。これを人間どもに売りつけておったというのに、陀絡の奴がしくじりおって…」
「海賊春雨日本支部の頭、陀絡のことね。あんたとつながりがあったなんてね」
さ…」
分かっていることを何で、と言おうとした山崎に向かっては手でそれ以上を制した。
「フン!陀絡がおらずとも、これさえあればボロ儲けじゃ。幕府高官のわしを捕まえられる奴などおるまいて。貴様らも即刻処分してやる!」
そこでカチ、と機械音がした。は懐からテープレコーダーを取り出して、ひらひらと禽夜に見せ付ける。
「証言ありがとうございました、バカガエル。山崎、これを大江戸新聞のところに持っていって。あたしの名前出したら分かるから」
「え…」
「ってことで、証言取れたよ、松平さま」
胸元から今度は携帯を取り出して耳に当てる。
「カエルと陀絡のつながり、麻薬密売の事実も自供しちゃったんだけどどうする?」
『…このところ根回ししてたのはやっぱりお前か、姫』
「うん。面倒くさかったけどね。もう少し状況証拠いる?」
『カエルをよく思ってねェ高官たちがお前のおかげで勢力盛り返してな、おかげで捕まえられそうだ』
「良かった。あ、カエルを殺りにきた浪士はちゃんと真撰組が捕まえてるから。まとめて引き渡そうか?」
『いや、カエルだけは俺が引き取りにいかねェとまずいだろうよ。ちょっと待ってろ』
「了解」
携帯を切って胸元にしまい、はにっこりと禽夜に笑いかけた。
「警察長官が直々に来てくれるってさ。良かったねカエル」
「フン!どいつが来ようが貴様等の処分は変わらん!」
「……天導衆の取り巻きにすぎないアンタを、こうまでボロが出た状態で天導衆が護るとでも思ってんの?」
は手で隊士たちを追い出して、暗い倉庫の中に禽夜と二人きりになった。
「貴様何を知っておる!?」
「まぁいろいろ。伊達に幕府の闇を背負ってないからね。あんたが麻薬密売してたことはもう世間に広まってるよ」
「何!?」
でかいカエルの目がくわっと前に出る。
「いろいろ大変だったんだから。あんたの元使用人たちを締め上げて証言を得て、マスコミに垂れ流した後で天導衆にも話を通してさ。天導衆に話すのが一番大変だったわよ。ただでさえ人間の話聞かないヤツらなんだから。昔とった杵柄ってやつだね」
「貴様、何者だ!」
はにぃっと口の端を吊り上げた。もっとも、頭の布で口元は見えないが。
「お庭番衆が一、戦姫。その名を知ったからには生かしておけない」
「お前がっ…ぐほぁ!」
思い切り鳩尾に拳を叩き込み、咳き込んだところで首を捕らえて頚動脈を締め上げ、禽夜は口から泡を吹いて倒れた。
「もっとも、今は真撰組監察方隊長、だけどね」
手についた泡を禽夜の服で拭き取り、さっき禽夜の眼前に翳した麻薬の一包みをぽいと捨てる。ひらひらと落ちた包みは禽夜の身体の上に落ちた。
「さて、お仕事終わーりっと。みんなも終わったかな」
倉庫から出て、禽夜を閉じ込めたまま鍵を掛ける。その鍵をちゃらちゃらと手で弄びながら、庭に出て行く。新聞社に行った山崎以外の隊士も付き従ってきた。
「お疲れさまー」
!てめェ何しやがった!」
が禽夜を持っていったことに気づいていた土方が煙草を放って近づいてくる。
「……剣戟の最中にカエルが傷ついたら大変だろうと思って保護してきたの。あっちの倉庫にいるから超安全」
「……ったくお前ェは」
捕らえられた攘夷派浪士たちは斬られて大人しくなっていたが、格好の餌食とばかりに総悟の悪戯にあっている浪士もいた。
「近藤さんのケガどうしたの」
「昼間、あのカエルを護って名誉の負傷だ。それよかお前は何してたんだ」
はなんとなく土方から視線をそらして宙に泳がせる。
「山崎が突拍子もねェこと言ってやがったが、本気か。あのカエルを捕まえるとかいう」
「それは本当。もうすぐで松平さまが捕まえに来るよ。ここ数日忙しかったからさー、早く屯所帰って寝たいなー」
「ほォ……なんで忙しかったか逐一吐けやコノヤロー!」
「いや…まぁ、それはいろいろ…ほら、松平さま来たよ」
ファンファンファン、というパトカーのサイレンがいくつにも連なって近づいてくる。理由を知らない隊士たちは驚いて顔を見合わせている。
「ったくこんな夜中に呼びつけやがって…おら、!来てやったぞ!」
屋敷に入るなり松平はそう怒鳴ってを呼びつける。は土方の前からすっと身をかわして松平の前に出た。にっこりと笑う。
「はい、松平さま」
「んァ?」
鍵を手渡されて松平は眉間に皺を寄せる。
「この中に転生郷とカエル、全部入ってるよ。あっちの倉庫」
「用意のいいこった。おい、お前等」
松平の部下が鍵を持って倉庫に駆けていった。入れ替わりに近藤が近づいてくる。
「とっつァん!こいつはどういうことでィ」
「あー…面倒くせェ、、後で説明しとけ」
「了解。近藤さん、松平さまも来たし、早いとこ引っ立てて帰ろう?」
「あ、ああ。カエルは護ったぜ、とっつァん」
「…みてェだな。まあ、明日の朝刊を楽しみにするこった」
「?」
近藤は不思議な表情をしていたが、考えるのを止めたらしく、隊士たちに声をかけた。
「皆!浪士たちを引っ立てて屯所に帰るぞ!凱旋だ!」
「おお!」
隊士たちが次々と浪士を引っ立てて屋敷を後にしていく。近藤は先頭を切っており、屋敷にはと松平たち、そして土方が残った。
「松平さま、いろいろありがとうございました」
「いや…ほとんどやったのはお前ェだしな。お前ェにゃいろいろ借りがあるが、一つ返したぜ」
「??」
土方はと松平の会話にほとんどついていけず、眉間の皺を深くして首を傾げるばかりだ。松平の部下が禽夜を連れてやってきた。禽夜はむろん気絶したままだ。
「…っていうか、やりすぎだ姫」
「え?大人しくて運びやすいよね!」
「そんなわけあるかァ!」
意味が分からないままに土方はツッコミを入れてみたものの、なんでカエルが気絶しているかさっぱり分からない。
カエルはそのまま松平たちが乗ってきたパトカーに入れられ、松平も中に乗った。
「おい、後はやっとけ」
松平は部下を残して屋敷から去っていった。部下はさっそく屋敷を出入り禁止にしてから中の捜索に入る。土方とも屋敷を出た。
「もしかしてマジでカエル捕まえたのかお前」
「…うん」
「マジでか」
朝日が昇るにはまだ少し時間のある、ほの暗い人気のない道を二人並んで歩く。
「お前は何をしてたんだ。てっきり俺ァ監察の仕事だと…」
「桂を追ってたら春雨の船に禽夜が乗ってたことが分かったの。で、春雨っていう武力を失った禽夜なら叩けるんじゃないかと思って、いろいろやってた」
歩きながらは地面に落ちている石を蹴り上げて路駐の車にぶつけた。
「誰の命だ。とっつァんの命か」
土方の声には首を振った。誰の命でもない。自分が、考えてやったことだ。
「禽夜を捕まえようとしたのはあたしの意思。山崎たちにも少し手伝ってもらったけど」
その途端、土方はぐいっとの胸倉を掴んで引き寄せる。
「誰の命でもねェのに勝手に動いて隊士まで使ったのか」
強い土方の視線にの視線が絡む。はまったく怯まずに土方の視線を受け止め、胸倉を掴み上げられても身じろぎ一つしなかった。
「あたしが警察である以上、犯罪者を捕まえるのは当然のことでしょう。確かに、独断で動いたことはまずかったかもしれないけど」
は戦姫のときのくせなのか、単独で動くことを好んで単独で突っ走る傾向がある。真撰組という組織に入って山崎たち部下を得ても尚、本質は変わらないようだった。
「もし何かあったらどうする。山崎はお前の居場所さえ知らなかったんだぞ」
は隊士としてではなく、戦姫として天導衆に話をつけに行ったのだから、山崎たちに知らせるわけにはいかなかった。天導衆は戦姫が真撰組に入ったことなど知らない。松平配下の忍、という程度の認識しか持っていなかった。戦姫は幕府の闇の中でも特に深い部分を担って活動してきた過去があり、その戦姫の話を全く無視をすることも出来ずに禽夜を逮捕するまでに至ったのだ。
「大丈夫、あたしけっこう強いほうだから」
の強さは土方も知っている。だから土方はそれで納得してくれるだろうと思っていたのに、なぜか土方は怒りを見せた。
「お前は一人の女でウチの隊士だ。お前に何かあったら山崎たちが傷つくことぐらい、分からねェのか!!」
土方の脳裏には、昼間にケガを負った近藤の姿がちらついていた。剣を持つ以上ケガをするのは必定、覚悟は一応ある。それでも、自分の目の前で仲間が傷つくことほど痛いことなど、ない。
「お前ェの部下の山崎たちだけじゃねェ。お前を慕ってる総悟も可愛がってる近藤さんも、ほかのヤツらも、みんなみんな傷つくんだ!分かってんのか!」
土方は意図的に自分の名だけを外した。がもし勝手に傷をつくって帰ってきたら、という想像だけでぞっとしたというのに、本当にそうなったらどう自分を抑えていればいいのか分からなくなるだろう、きっと。だがそれを素直に口に出来る性質ではなかった。
胸倉を掴む手にも自然力が篭る。は胸倉を掴み上げられたまま、腕を動かして土方の身体に回した。
「…ありがとう」
説教しているはずなのに、の言葉からもれた言葉の意外性に土方はを下ろして胸元から手を離した。尚もは土方に腕を回している。
「心配してくれて、ありがとう」
土方は途端に照れくさくなって、の顔を自分の胸元に引き寄せた。顔を見られないように。は大人しく土方の胸元に顔を寄せている。
「俺一人が心配してんじゃねェ。近藤さんも総悟も山崎たちも、みんな顔には出さねェが心配してるだろうよ。そういうこと、忘れんじゃねェよ」
「…うん」
にぴたりと身体を寄せられて、土方はの首根を掴んで身体を引き離した。これ以上抱きつかれて(半分自分で引き寄せたのだが)いると、何をしてしまうか分からない。
「分かったらけぇるぞ。あいつらが待ってらァ」
「…そうだね」
を置いていくように早足で歩きだした土方にはゆっくりと歩いて後ろを行く。自然、笑みがこぼれた。優しい、ひと。
「土方さん」
「なんだよ」
「ごめんなさい」
勝手に動いたこと、心配させたこと。全部含めては謝ったが、土方は口の端を上げて笑った。
「後で近藤さんに全部言って謝るんだな。もう二度とこんなことすんじゃねェぞ」
「……それはちょっと約束できないかなぁ…」
「馬鹿野郎、今、ちょっといい話だったろうが!そこは大人しく頷くところだろ!」
「えー?」
は茶化して笑いながら土方の隣に追いついて、並んで歩く。地平線の端に太陽が昇ってきたのが分かった。大きな、太陽だった。




翌朝の新聞には真撰組が攘夷派浪士を捕まえたことが載り、禽夜が海賊と絡んでいたことまで載っていた。記事を声に出していた神楽が向かいのソファにいる銀時に尋ねかける。
「おてがら真撰組隊士、攘夷浪士大量検挙。幕府要人犯罪シンジケートとの癒着に衝撃……。……。銀ちゃん」
「あー?」
銀時はジャンプを開いて頭に乗せながら返事をした。真撰組ってことはもいたのか…。
「癒着って何?」
寝たふりをしながら、あのとき以来見ていないのことを考えた。あの身のこなしはまさしく忍のもので、銀時も攘夷をしていたときに幾人か戦ったことがあったのでよく憶えている。幕臣で忍者といえば、答えは一つしかない。……将軍直属の忍、お庭番衆。お庭番衆は解体したと桂に聞いていたが、真撰組にいたとは。身体のラインがはっきりと出た忍装束はミニスカートで、脚半がやけに長かったが、露になった太ももに銀時はそのとき釘付けだった。日に照らされた横顔も、髪が結い上げられていてうなじまではっきり見えた。
、キレーだったなァ……」
「オイ、とぼけてんじゃねーぞ、天然パーマ!」

 

 

→next第七訓『クリスマスって経済効果以外に何かあんの?悪かったな、一人身だよ!』


さん、どうだったでしょうか。カエル捕り物帳。気がつけば土方が一馬身リード!みたいなことになってますね。原作でも特に好きなお話なので、壊さないように壊さないように気をつけてみました。ヒロインが暗躍する姿がけっこう好きなので、また何かの話でヒロインが暗躍する姿をもっとちゃんと書こうと思います。

お付き合い有難う御座いました。多謝。
2005 12 3 忍野桜拝

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