ご縁が欲しいとか言いながら賽銭ケチってんじゃねーよ!

 

くりすますをテロなしで終えた真撰組の面々は、大晦日にテロが起きないことだけを祈って過ごしていた。というのも、大晦日にはささやかな宴会が開かれる。毎年、コップ一杯の酒しか許されない宴会ではあるが、全員(土方除く)が参加する宴会など出来ない真撰組にとっては、貴重な機会だった。いつもは宴会をするにしても二手に別れ、どちらかは見張りの仕事をしている。
「お帰りなさい、さん」
「ん、ただいま山崎」
は監察方の詰め所に戻り、変装している女中姿のまま机に向かった。さっきまで、攘夷派の潜伏場所である旅籠に女中のふりをして潜入していた。その調査報告書を書いている。
「どうでした」
「…桂たちは動くつもりがないみたい。粋がどうのこうの言ってたわ。高杉はまだ京にいて出てきた話を聞かないし、他の連中が何もしないのなら、今年の大晦日は平和になりそうよ」
「それは良かった」
監察の隊士が特に大晦日の宴会を楽しみにしていた。監察はいつも、人が休んでいるときにこそ仕事をしなければいけない部署で、花見だなんだと宴会があっても、潜入捜査の担当になっていればそんなことお構いなしに仕事ばかりしているのだ。たまにはみんなと酒が飲みたいと思っても、それは自然なことだろう。
「あとは篠原たちの報告待ちね」
すらすらと手を動かして調査報告書を仕上げたは、出来上がった報告書を手に立ち上がった。
「局長に報告して、ついでに着替えてくるわ。篠原たちが戻ったら、報告書を急がせるように言って」
「分かりました」
山崎の返事を背に受けながら、は監察の詰め所を後にした。局長室に向かう途中、沖田と出会う。
「姉御、おかえりなせェ」
「ただいま総悟。局長に用事?」
「そんなもんでさァ」
二人揃って局長室の前に立った。が音も無く戸を開ける。
「局長、ただいま戻りました」
「おお、か。おかえり。で、どうだった」
「はい。桂は動く気配がありません。大晦日だけでなく、松の内は動かないと言っていましたし、部下も随う様子でした」
局長室にいた近藤と土方はの報告を聞いて、近藤は静かに頷き土方は煙草をくゆらせた。
「京にいる隊士からの報告では、高杉も江戸に来る気配がないそうです。他の党に関しては、今他の部下が調べています」
「…そうか。ならば、少しは安心だな。で、総悟はどうした」
「正月の予定を聞きに来たんでさァ」
沖田の答えに土方の眉根が寄る。
「あァ?そんなもん、通常の隊務に変わりねェだろが」
土方の言葉はにべもない。沖田は全く気にせずに話を続けた。
「ちょっとした提案があるんですぜィ。缶蹴り、やりやせんか」
「総悟」
は少しだけ驚いたように目を丸くした。が、すぐに元の表情に戻る。
「缶蹴りだァ?ンな子どもの遊び、やってられるか」
「姉御の思い出の遊びなんでさァ。ね、の姉御」
「思い出っていうか…小さい頃によくやってたのは本当よ。忍の訓練の一つだから、監察の隊士ともやったけど」
土方は一度、沖田の提案を切り捨てるものの、の言葉にぴくりと眉を動かした。
「いいじゃないか、缶蹴り。桂たちも動く気配がないのだと言うし、少しぐらい息抜きしても大丈夫だろ、トシ」
近藤に頼まれ、(本人は頼んではいないのだが)にはじっと見つめられ、沖田にまで笑みを浮かべて見つめられて──土方は一つの行動しか取れなかった。
「ッ……しゃあねェな。一回だけだぞ」
「おう!良かったな、総悟、
「良かったわね、総悟」
は缶蹴りが出来なくても良かったのだが、沖田の頼みが通ったのは嬉しい。薄く笑みを浮かべる。
「どうせなら、賭けやせんか?」
沖田の提案に土方は頭を痛めて額に手を当てる。
「監察の隊士は手慣れてるんだそうでさァ。なら、監察の隊士と他の隊士で対決して、勝ったほうが昇給もしくは自由に休暇が取れるってのはどうですぜィ?お年玉でさァ」
「お前なァ、自由に休暇取られたら困るだろが」
「──それ、いい案じゃねェか、総悟」
土方は止めようとしたのにも関わらず、上司である近藤は乗り気で身まで乗り出す。土方は盛大にため息をついた。どちらが勝つにしろ、勝ったほうの休暇調整をするのは自分だと、最初から分かっていた。
「…姉御はどうですぜィ?」
「いいわよ、それで。監察のみんな、ここのところ仕事詰めだからお休み上げたいし」
「負けやせんぜ」
「望むところよ」
の言葉に沖田が意気込み、二人は笑いあったまま視線を交わす。近藤はうんうんと頷いて見守っていた。土方は、さっきからため息を繰り返しては、煙草を喫っている。沖田が問題を持ち込むことに土方は慣れているし、や近藤が喜んでいるのなら、それを強いて阻む必要もなかった。





大晦日、テロが起こるとしたら、年を跨ぐ瞬間だろうと踏んでいる土方は、コップ一杯だけの宴会にも参加せずに、隊服のまま部屋にいた。土方の意を受けたが市中の見廻りをしている。土方はを宴会に参加させて自分が見廻りしようとしていたのだが、に押し切られたのだ。
『あたしのほうが、早く市中を見廻れますから、あたしが行きます。副長はここで有事に備えて下さい』
実際、土方が歩いて市中を見廻るより、が素早く飛んで移動したほうが早い。土方は一理あるかと思ってに任せて部屋に待機していた。宴会が行われている大広間では、隊士たちの声が飛び交っている。近藤の気持ち良さそうな笑い声が響いて、ふっと土方は唇をほころばせた。コップ一杯だけと決めているのだが、毎年こうなる。きっと広間では隊士たちが気持ちよく酔っ払っていることだろう。
しばらく瞠目していると、馴染んだ気配が一気に近づいてきた。
?」
「はい、今戻りました」
呟いた声に答えが返ってきた。は音も無く障子を開ける。
「副長、ただいま戻りました。市中に異常ありません。いくつか、攘夷派の定宿を見回ってみましたが、今日は宴席のようで、テロは行われない模様です」
「そうか。ご苦労だった」
「いいえ」
は小さく首を振って、両の手に息をかけた。
「…寒いか?」
「すぐ戻るつもりでいたので、あまり防寒せずに出かけてしまって」
「貸せ」
土方は自分でも驚くほどの強引さでの腕を取る。両の手を包み込むようにして、温めてやった。土方の部屋には暖房が入れてあるし、今日は詰め所と部屋の行き来しかしていない。
「副長、手暖かいですね」
「まァな。男のほうが体温高いモンだろ」
「そうなんですか」
の知ってる男、は今まで仲間だったお庭番、今の仲間である真撰組、そして今まで屠ってきた浪士たち、しかいない。お庭番の仲間とこんなことをした覚えはにはなかったし、屠ってきた相手の体温など気にしたこともない。
「…もうそろそろ終わりがけだが、宴会に加わるか?」
の報告なら土方は誰のものより信用している。最初の頃は信用出来ずにいたのだが、段々との力が分かってきて、土方はほとんど全幅といっていいほどの信頼を置いている。もっとも、くすぐったくてそんなことをに言ったことはない。
「後片付けならお手伝いします」
「そうか」
の手は、ずっと冷たいままだった。



翌朝。いつもと同じ時間に起きたはゆっくりと起き上がった。髪を梳きながらあくびを噛み殺す。梳いた髪をいつものように結わえて、沖田がくれたかんざしを挿した。なんとなく、女らしいことをしている気がして気恥ずかしい。
寝巻きにしている単を脱いで、長襦袢を身にまとう。長襦袢は二枚しか持っていなくて、着物を着る身としては少ないのだが、女中や町娘のような格好をするときの白い襦袢と、女郎の真似をするときに着る赤い襦袢だけだ。脱いですぐに手入れをすれば二枚でもなんとかなるし、忍装束や隊服に襦袢は要らない。もらった振袖が白なので、白い襦袢を身につける。半襟を付け替えたりすればいいのは知識として知っているのだが、その気になれない。
襦袢を身にまとった上で、もらった振袖を羽織る。両袖を通して紐を締め帯を締めた。近藤たちは知らない話だが、女郎の真似事をするせいで、華やかな着物を持っていたのが幸いした。昔の仕事で使っていた帯を持ち出して、今日も締めている。白地に蝶の刺繍の振袖なので、鮮やかな緑の帯を締め、臙脂の帯締めをしている。帯止めは持っていない。女郎は、普通帯締めなどを使う締め方をしない。帯は、すぐ解けるようになっている。すぐ事に及べるように、ではなくて無体なことをしようとした客からするりと女郎が逃げられるように、だという。は真撰組にきて、初めて着物をもらったときに初めて普通の着方で振袖を着たが、帯締めも帯止めもなくて、しまりが悪かった。帯締めだけを何本か自分で買い求めて、つけている。帯止めも買おうと思ったが、派手で女らしいのばかりで閉口してしまった。
土方からもらった珊瑚の根付は財布についていて、帯の間に財布を挟み込んで根付だけ表に出した。いくつか忍具を帯の間、結わえている髪の隙間に仕込む。振袖は機動力が落ちるが、いろいろ忍具を仕込める隙間は隊服より増える。
「おはようございます」
新年初めてとあって、朝食が用意されたのは少し遅い時間だった。隊士たちは隊服を身につけている。遅番の隊士は今頃眠りについているだろう。
「おー、きれいだな」
「素敵なものをありがとうございます」
が近藤に挨拶している間、土方はいつものように煙草を喫っていた。沖田は朝食の席まで来たのに、また寝ている。
「しっかし、は本当に俺たちの花だなァ。なんでも良く似合う」
近藤が様々にを褒めている間、土方の視線はの帯で止まる。そこには、あの日渡した根付がぶら下がっていた。








元日の昼間。真撰組の屯所に程近い河原に、一つのドラム缶が置かれていた。中は空。その横にと土方が立っている。は振袖姿のままだ。汚したらいけないから着替える、と何度も言ったのだが、長い間の晴れ姿を見ていたい隊士全員の懇願によっては断念した。動きにくいことこの上ない。どうにかしていい着物なら、裾を捌いたり切ったりするのだが、もらい物ではそうもいかない。
隊士たちは、隊服だと市民にバレてまずいので、普段着だ。
「じゃあ、お年玉争奪、真撰組缶蹴り大会始めます。鬼は監察六人、鬼が全員を捕まえるか陽が落ちるまで誰かが逃げ切ったら勝負アリ」
「武器の使用は認めるが、一般市民にケガ一つでもさせやがったら切腹だからな」
「では、始め!」
の声を合図に、監察以外の一般の隊士たちが逃げていく。鬼になった監察の隊士が、数を数えている。近藤や沖田も逃げており、土方も後を追った。というのも、沖田がこれに乗じておかしなことをしないように、見張りに行くためだ。隊士たちが去った河原には、監察だけが残っている。篠原は百まで数を数え終えると、顔を上げた。
「隊長、どうします?」
「あたしの他にもう二人残して、三人で出て。残るのは、山崎と篠原」
「はい」
「はい」
吉村の声には計画を告げる。山崎と篠原は短く答えを返した。
「これに勝ったら、お休みがもらえるから頑張ってね」
監察の隊士は笑って受け合ったが、本当に休みが必要なのは自分たちではなくて、隊長のなのだと彼らは思っていた。仕事詰めと言っても、隊士の体調は考慮されているし少し忙しいぐらいで休みはもらえている。隊士が休んでいる分、はずっと働きづめだ。隊士たちは何度も進言して休みを取るように勧めたが、は『あたしは丈夫に出来てるから』と言ってきかない。実際はとても丈夫で、忙しい最中にあっても顔色一つ変わらないし、隈を作ったりすることもなかった。何か症状の一つでも出ようものなら、即座に休ませようとしていた監察の隊士も、の丈夫さに根負けしてしまっている。だからこそ、この勝負には是非とも勝って休みを手に入れなければならなかった。隊士同士、顔を見合わせて確認をする。
鬼が六人なので、変則ルールを用いることになっている。探しに行っている鬼が誰かを見つけて名前を呼んで、それを缶の傍にいる鬼に伝える。そして缶の傍にいる鬼は姿を見つけた時点で、名前を呼びながら缶に触れる。この時点でアウトだ。鬼を一人にする案も出たのだが、四十人弱対一人ではあんまりだ、と近藤が言うのでこのようなルールになった。監察たちにはものすごく有利になったと言っていい。隠れている者を見つけるのは──もとより、得意なのだ。
「見つけたら出来るだけ大声で呼んで、そしてその隊士には関わらずに別の隊士を探して。見つかった隊士に関しては、あたしたちでどうにかするから」
「はい」
「じゃあ、頑張って」
の声に応じて三人が散っていく。残された山崎と篠原はの命令を待った。
「たぶん、剣を交えることになるでしょうけど、あんまり離れちゃダメよ」
「え…はい」
「あたし、動けない分を飛び道具で補うようにしてるから。この着物じゃろくに忍刀は振るえないし、持ってないし。その代わり、忍具はけっこう仕込んでるから」
そう言いながら、は忍具に毒が残っていないか、一つずつ確かめている。忍具には普段毒を塗っているのだが、今回隊士に向けるのに毒が塗られたままではまずい。一応、ふき取ってはいたのだが、それがきれいに現れているかどうか確かめていた。山崎たちも手伝う。毒は水溶性のものばかりなので、水を浸した布でふき取ってから拭きする。はどこに隠していたのか、手甲を嵌めている。が毒を確かめて水拭きし、その後で山崎たちがきれいにから拭きをして毒を取り去った。
「…隊長」
「ん?ごめんね、手伝わせて」
「いや、それはいいんです。でも、その帯の中に一体いくつ仕込んでるんですか」
どんどんとキリなく出てくる忍具に篠原が呆れた。
「いくつかしら?数えてなかったわ。この格好だと機動力が落ちるし、刀も振るえない分、と思ってついつい余計に仕込んじゃったのかもしれないわね」
にとって、二つ三つなら仕込むうちに入らない。常に手元にある数である。全部拭き終わって並べた端から、山崎が数えだした。
「…29,30,31。すごい数ですね」
「31個か…それだけあれば、桂と遭遇しても何とかなりそうね」
桂や過激派と遭遇しない、という読みのもとに行っている真撰組の缶蹴り大会なのだが、はついつい有事を想定しているようだ。
「局長、見つけました!島田さん見つけ!」
監察の声がして、思わず三人は声のほうを注視した。二人一緒に隠れていたのだろう。と、別の方向から足音がして、は忍具を拾い上げて足音の方向に投げつけた。
「!」
足の間に正確に刺さった忍具に足を止めたのは原田だった。近藤が捕まるのを防ごうとしたらしい。
「原田さん、見つけ」
は笑って缶に触れ、原田を捕まえた。



局長の名前が呼ばれたことで、逃げる一手だった隊士の動きが激化し、局長を捕まえられる前に缶を倒そうという動きに集中した。その都度、が忍具を投げつけて動けなくしてから捕まえる、という手順を踏んだ。実際の近藤の姿を見るより前に、すでに缶には三十人弱が連なっていた。
「残ってるの、誰?」
「なんだかんだで局長が残ってますね。あと一緒に見つかったはずの島田さんもいませんし。沖田隊長と土方副長もいません」
「四人か…。土方さんと島田さんは近藤さんを守ろうとするだろうから、問題は総悟ね」
山崎と篠原はこっくりと頷く。真撰組で一番剣が立つのは沖田だが、一番問題児なのも沖田だ。しかも爽やかな笑顔ときらきらした目で非道の限りをつくすので性質が悪い。その矛先は常に土方に向いているが、いざ戦いとなれば、矛先はこちらにも向くだろう。
「!」
誰かの気配がして、三人ともが振り返る。そこに立っていたのは、バズーカを肩に担いでいる沖田だった。
「やっぱり…」
ぽつりと山崎が呟く。
「勝たしてもらいますぜィ、姉御ォ!」
が沖田の名前を呼び終わる前に沖田はバズーカを放っていた。目標は篠原で、みごとに煙を放っている。
「大丈夫?」
「…なんとか」
髪は縮れて服から煙が上がってはいるが、なんとか生きているようだ。
「次はお前でさァ、山崎ィ!」
「やっぱりー!」
沖田が担いでいるバズーカの砲口が山崎に向いた。
「総悟!見つけ…あ」
「悪ィな、
缶に触れて沖田の名前をコールしようとした、そのときにが見たのはドラム缶を蹴り倒してにやりと笑っている土方の顔だった。
「!」
ドラム缶は川岸に転がっていき、山崎がそれを追いかけている。
「総悟が囮なんて」
「だろうよ。俺と島田が近藤さんを守ると踏んだ、その時点でお前の負けだ。俺ァ喧嘩となったら容赦しねェ性質でなァ」
土方はふふん、と笑って去っていった。
「……」
が両の手を握り締めているので、篠原は声をかけようかどうしようか迷って、山崎を助けにいくことで自分をごまかした。山崎はドラム缶を立て直したものの、運べずに唸っている。
「…悔しい…」
がもらした声は微かだったが、監察の二人にはしっかり聞こえている。
「すいません、俺らも沖田隊長にばっか気を取られてて」
「いや俺も」
「…いいの。あたしが悪かったわ。見込みが甘かったもの。…こうなったら、徹底的にやるわよ」
はにやりと笑みを浮かべた。







土方が缶を蹴ったことにより、隊士はもう一度散っていったが、時折監察の隊士に見つかっては捕らえられた。は、隊士がぎりぎりまで近寄っても笑って見ているだけだ。隙があるのかと隊士が缶に近づいた瞬間、身を翻して隊士の頚椎を圧迫した。一瞬の手刀なので痛くないが、手刀に気づく前に気を失う。
は、土方がこれをどこかで見ていると知っていた。土方はおそらくそう遠くないところにいて、隙をうかがっているはずだ。一人ずつをきっちり昏倒させて、もし缶を倒したとしても彼らに逃げる自由を与えない。そして、捕らえられた隊士に逃げる術がないと知ったならば、土方は勝負に出てくるだろうと思ったのだ。土方は隊士の数だけ駒を使える。の駒は六つ。ならば、土方の駒を削るより他ない。気を失った隊士の固まりが出来た頃、陽が落ち始めてきた。
「そろそろ来るわよ」
土方に残された駒は近藤、土方自身、沖田、島田、原田、の五つ。は自分を含めて六つ持っているが、三つは外に出て探索しているので、缶を守っているのは実質三つだ。
ドラム缶の、川に面している部分には誰もついていない。撒きびしすら撒いていない。川を背にした、通りの正面にが陣取り、両方を二人が固めているが、やや引き気味だ。の視界ギリギリまで二人は下がり、が存分に戦えるようにした。
は両の手に忍具を挟んで仕込んでいる。
「!」
気配を察したと同時には忍具を放っている。金属音がした。刀とかち合ったようだ。
「本当に容赦ねェなお前ェは」
「やられたらやり返す性質なの」
「悪くねェ」
土方はにやりと口の端を上げた。
ここで『土方見つけ』と言って缶に触れればの勝ちだが、はそうしなかった。おそらく、名前を呼ぶか缶に手を近づけた途端に、別働隊が近づいて缶を蹴ろうとするだろう。出来れば、ここで土方を捕らえてしまって、ブレインを奪ったほうが後々やりやすい。
は土方に目をやったまま、両サイドに忍具を放つ。片方で、気配が動いた。左側から近づいていたようだ。
「…気づいてンのか」
「ええ。あたしがあなたを捕まえようとしたら、二人が動いて缶を蹴ることも、左にいるのが島田さんと原田さんだってことも」
「!」
気配に聡いとは思っていたが、そこまで聡いと思っていなかった土方は一瞬面喰らう。が、気取られないように、また笑みを作った。
「へェ。じゃあ総悟はどこにいるんで?」
「知らない。気づかないことは、知らないから考えない」
は、現在の状況を把握することしかしていない。状況から推察してよけいに頭を働かせたりなどしたら、意識が一瞬でも動く。その隙を見せたくなかった。仕事をするときでも、状況把握をするだけで身を処すことが出来る。忍にとっては、現実だけが真実で、現実にしか対応しない。
土方は誘いに乗らないの頭の良さに舌打ちをした。誘いに乗って、沖田の気配を探るなり何なりすれば、一瞬の隙が生まれ、土方に有利に働いたのだが。
「一回負けてるのに、もう一回やる気なの、土方さん」
帯に仕込んでいる忍具を取り出したとき、根付の鈴が揺れた。その音に一瞬土方が気を取られた瞬間、土方の足が地面に縫い付けられていた。
「!」
「あたしの勝ち」
が放った忍具は土方の着物の裾を正確に射抜いていて、そのまま河原に縫いとめている。
「ちっ…」
「着物、破いてごめんね。後で繕うから」
はそう言いながら忍具を引き抜いて、土方の手を掴んだ。手を繋いだまま、缶に触れて、にっこり笑う。
「土方さん、見っけ」
土方は、が忍具を引き抜いた時点で逃げることも出来たし、手を繋がれたときにもを抱き寄せるなり何なりして、缶を蹴飛ばすことも出来た。それをしなかったのは、何度やっても負けるだろうと思ったからだ。
──こいつにゃ敵わねェな
土方を捕まえたとなったら、残された隊士たちに作戦らしいものもなく、あっさりと捕まった。
「近藤さん、見っけ」
最後に近藤を見つけて、監察の勝ちが決まった。
「いやァ、はすごいなァ。強い強い」
「本当にごめんなさい、遊びなのに手刀とかして」
手刀なんて手段は、敵と対するためのもので、仲間と遊ぶときに使うものではない。
「姉御が気にすることないんでさァ。偉そうに姉御に発破かけた土方さんが悪いんでさ」
「ンだと総悟」
「偉そうに姉御に言ったくせに負けちまいやがって」
「……」
沖田もに捕まってはいるのだが、沖田は眠っていたのを発見されたので、負けたとは言い難い。
「どうだ、楽しかったか」
そもそも、缶蹴りはの思い出の遊び、ということでやることにしたのだ。近藤はにこにこ笑いながらに問うた。
「…はい!」
も、同じだけの笑顔を返した。結わえられた髪に止まっている蝶が落ちている陽を受けて、きらりと光った。








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さん、いかがでしたか。真撰組年末年始。というか缶蹴り大会。…躍動する文章って難しいですね…。
戦姫、久しぶりに書けて楽しかったです。


お付き合い有難う御座いました。多謝。
2006 1 28  忍野桜拝








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