P.S.
行為後のけだるさは独特で、霧雨の中にいるようだ、とは思った。身体がしっとりしていて、閉ざされている。
「何考えてんだ」
「こうやってるのが好きだなあって思ってたの」
「そうか?俺はやってるほうが断然好きだぜ」
喉にこもる笑い方をしながら、ゆっくりと跡部は近づいてきた。腰に腕を回して抱き寄せる。
「ね、桃が食べたい」
「は?」
「今旬だし、きっと美味しいよ。ねえ食べたい」
跡部は妙なものを見るような目で私を見ていたけれど、しばらくして小さくしょうがねえな、という声が聞こえた。
「姫の御所望とあらば。桃でよろしいんですね」
「桃ともちろんお皿と竹べら。あ、なかったらシャンパンね」
「承知」
時代劇ごっこをしながら跡部が部屋から出ていく。あの跡部がこんなことするなんて、亮たちは知らないんだろうな。
しばらくして跡部はトレイを抱えて戻ってきた。ちゃんと桃が乗せてあった。竹べらも。でもシャンパンまであった。
「どうせ喉が渇いてたんだろ?面倒くせえから両方持ってきた」
「正解。景吾にしては気が利くね」
「一言余計だ。桃食べるんだろ?」
皿に竹べらを乗せて皿ごと桃を手渡される。桃の皮を指で剥いていると跡部が不思議そうな顔をした。
「なに?」
「いつもこうやって桃は剥くのか」
「まあ、包丁使う人もいるだろうけど…寝室にそんな無粋な物を持ち込む気はないし。手でも十分剥けるからね。…ほら出来た。あとは種を外してっと」
桃のくぼみにそって竹べらを一周させ、両手で持ってそっと実をずらす。種離れは悪くない果物なので、うまくいくと一度ですっと半分になる。
「よし、出来た。はい、景吾の分」
果汁がしたたっている桃の半分を渡すと、渡した指ごと舐められた。
「もったいねえ」
跡部がもったいないって言うなんて。それが少しおかしくてくすっと笑うと気がついたのか、跡部は罰が悪そうに眉を顰めた。
「まあもったいないよね。果汁も美味しいんだし」
残りの半分をゆっくり咀嚼する。汁がどんどん滴っていくから、それを舐めながら。あんまり効率は良くない。跡部は食べ終えたのか、べたべたの指を舐めていた。
桃の美味しいとこは匂いと汁気と薄甘いとこだと思う。薄甘い。べたーっと甘いんじゃないのがいい。そういうのはすぐ食傷するから。なんだって一緒。
「入れちゃえ」
残りひとかけらになった桃のかけらをフルートグラスに落とす。べたべたの指を舐めながら、シャンパンを指差した。
「注いで。こうやっても美味しいんだから」
「桃味のシャンパンってか?」
「そんなに味はつかないけどね。初夏っぽくていいでしょ」
じゃあ夏になったら西瓜を入れんのかよ、と聞かれたのでそれも悪くない、と答える。切った西瓜をグラスに詰めて上からシャンパンを注いだらさぞおいしそうだ。
跡部は自分のグラスにもシャンパンを注いでから、くっと飲む。一息で飲んだりはしないけど、グラス半分にはなった。
「こういうのって幸せよね」
「こういうの?」
「好きな人とセックスした後で美味しいものを食べて美味しいものを飲むってこと。ベッドの上だから格別に美味しい」
幸せの元が全部詰まったみたいな行為だ。好きな人。美味しいもの。一緒の時間。
「の幸せはずいぶん簡単に出来てんだな」
「だってそうじゃない?じゃあ景吾の幸せはなんで出来てんの?」
「もっと簡単に出来てるぜ。…お前、自体だからな」
「そりゃ簡単だ」
「だろう?」
シャンパンをすすりながら、お互い忍び笑いをもらす。一緒にいられれば幸せだなんて。
なんて簡単で単純なんだろう。
そのままシャンパンを空けてしまうまで二人で些細なことを喋っては笑っていた。フルートグラスをサイドボードに押しやって、寄り添うように眠る。二匹のけものみたいに。互いの体温が分かる距離で。景吾の肩の下あたりに頬をつけて眠るのが一番好きだ。安心するし、懐かしい感じさえする。
PS.私の幸せも、やっぱ景吾自体みたいだよ。おあいこだね。
end
更新するの超久しぶり…。桃が出始めた頃に書きだして、まだ桃が店頭に並んでいるのでほっとしています。そしてさらっと未成年飲酒。本当はいけないけど、きっと跡部は欧州人だから平気なんですよ(?)。だって子どもにワイン飲ませるとこだせ、ヨーロッパ。
お付き合いありがとう御座いました。多謝。
2005 8/28 忍野さくら 拝