ゆびきり
ぽつりぽつりと呟く技名と、ラケットが空気を切る音しか聞こえていなかった。忍足がシングルで出ることはそこまで珍しいことではなかったけれど、三年になってからは初めてな気がした。隣で跳ねる岳人が今は次のダブルスに備えてアップをしている。
「あいつは心を閉ざすことが出来る」
相変わらず跡部の説明は下手だ。跡部は自分が理解してる次元でしか物を喋らないから、懇切丁寧な説明には向かない。忍足のほうがそういうことには向いている。忍足が出来ることは、遮断なのではないか、と私は思っている。閉ざすというよりは、繋がっているものを遮断して、結果的に心は閉じた状態になっているのではないかと。忍足がこういう状態になることはままあったけれど、どうなっているのかを忍足は説明したりしない。ただ一切の感情が浮かんでいない表情やしぐさから、またああなってる、と私たちが判断するだけだ。世界と繋がる扉を遮断する術、ちょっと知りたい気もするけど。
「」
宍戸に声を掛けられて彼を見上げる。
「なに」
「勝てると思うか」
「思うよ」
「…だな」
ああなった忍足は止められないし、負けない。
それが私たちの知ってることだった。もうそろそろゲームカウントが終わりに近づいてきて、私は忍足に渡すためのドリンクとタオルを用意して待つ。
対戦相手の桃城くんが思い切り飛んで、ダンクスマッシュを放つ。さすがに見栄えがするな、と思っていると忍足はそれを難無く受けてコートに返した。
「ゲームセット・ウォンバイ忍足」
忍足はケガをしている桃城くんに一声かけてからこちらに戻ってきた。ラケットをしまってクールダウンしに出かける彼についていく。
「おつかれさま」
ドリンクとタオルを手渡すと同時に私は彼の腕を掴む。
「なにす…痛、ちょおなにすんねん」
「やっぱりケガしてる。あんな威力のスマッシュを流して受けたんだから、当然よね、ほら」
とりあえずの処置として冷却スプレーをかけて熱を持っている腕を冷やす。忍足は桃城くんより力があったからボールをはね返せたわけじゃない。忍足は力を自分で受けて流して(そこでケガして)その力を利用してはね返したんだ。返すときに一瞬彼の腕が引いて、それで分かった。
「本当は病院に連れて行きたいけど、そうしないんでしょう?」
「よう分かっとるな。それやからついてきたんやろ」
「骨にヒビでも入ってたらどうすんのよ、ばか」
「あほにしといてぇな」
忍足は笑いながらドリンクを口にしている。十分腕を冷やしてから、シップを張った。これぐらいはいいだろう。
「もうこんなことしないって約束してよ」
「…そやなあ」
言い切らない忍足の腕を掴んで、小指を絡ませる。
「約束よ。自分でケガするような真似はしない」
「分かったわ。ほな指きり、な」
ゆびきりげんまん、と歌って小指を離した。忍足はふっと笑う。
「強いなあ」
ああなった忍足も嫌いじゃないけど、やっぱりこっちの忍足のほうが好きだな、と笑い顔を見ながら思った。コートでは岳人が跳ねている。
いまさら桃城戦後の忍足。絶対忍足のほうが重傷だと思うんだけど…。あんまラブくならなくてちょいと失敗。
お付き合いありがとう御座いました。多謝。
2005 9 20 忍野桜 拝