dieci sogno
ディーノと食事をしていたユリは、はたと思い出したように小さな声を上げた。
「どうした?ユリ」
「ツナにはまだ会ってないんじゃない?」
フゥ太探しに来たディーノたちは、部下総出でフゥ太探しをしている。ディーノはほとんどユリと一緒にいた。
「まぁ、リボーンにも会ってみろって言われてるし、追々会うつもりはあるけどよ」
「明日にでも行きましょ?何度も言うけど、優先されるべきはあたしじゃなくて、ボンゴレ十代目のツナなんだからね」
「…ユリがそう言うなら仕方ねぇな」
ディーノは渋々、といった表情で魚の切り身を口に運ぶ。ユリはワイングラスを傾けてグラスを空けた。
「しっかりしてよ、ボス・キャバッローネ」
すっかりやり込められた態のディーノはふて腐れ気味だ。ディーノとボンゴレ十代目を天秤にかけたとしたら、おそらくユリが選ぶのはボンゴレ十代目だろう。ユリがボンゴレのカポである以上仕方のないことだ。そしてそれこそがファミリーの信頼を保っていける重要なファクターだ。だが、分かっていても、なんとなく良い気分じゃない。
「ユリも一緒に来てくれんだろ?」
「え?あたし?」
ウェイターに注いでもらったワインを飲んでいたユリは驚いたように目を瞬かせる。
「ユリが一緒ってんなら、今からでもいいぜ」
「今からじゃ、ツナのお家にご迷惑だからダメ。今日連絡を入れて、明日ね。ツナたちに会うのは久しぶりだわ」
ディーノが来てからというもの、ほとんどディーノと一緒にいたのでツナたちにはあまり会っていない。もちろん、メールや電話で近況を聞いたりはしている。日本の少年はメールに関して本当にマメだな、というのがユリの感想だ。
「…そーかよ」
ディーノは、ユリの顔がいくぶん綻んでいるのを目に留めて、機嫌がやや下降した。ユリはそんなディーノに頓着せずにつけ合わせのサラダを口に運ぶ。
「ディーノ、フゥ太は見つかりそうなの?」
リボーンからの情報で日本にいるらしい、というのは分かっているのだが、それも不確定な情報だ。
「いーや、全然ダメだな。小さな子どもが一人で行ける場所ってのは限られてると思うんだが、それでもなかなか見つからねー」
フゥ太は情報の報酬としての金をたくさん持っている。そこが家出の子どもと違う点だし、見つからない理由でもあった。
「そう…。あたしは一度しか見たことがないのよね、フゥ太。あたしの部下にも探すように言ってはいるんだけど、やっぱりこっちも見つかってないわ」
たった一度フゥ太と会ったのは、イタリア本国にいたときだった。ボンゴレが彼の情報を必要として、城に招いたのだ。初めて会ったとき、フゥ太はほんの子どもだった。それは二年前のことだ。
「日本にいるとしても、どこか遠い町にいるのかもしれないし」
「ジャポネの地理はオレらじゃ全然分からねぇしな」
魚の蒸し物が盛られていた皿はすでに下げられていて、二人の前には子牛のソテーが並べられている。ディーノは困った顔でため息をついた。
「他のマフィアの動向をもっと調べたほうがいいかもしれないわね」
「他のマフィア?」
「だって、フゥ太の存在を知ってるのはマフィアだけよ。オメルタがあるんだから。マフィアの情報を扱って、マフィアにその情報を渡しているんだから、他のマフィアの動向で何か分かるかもしれないわ」
ディーノは頷きながら、子牛を一切れ口に入れた。ユリはキャンティを飲んでいる。
「それもそうだな。フゥ太の情報を欲しがってるのは何もオレらだけじゃねーしな」
「ええ、そうね。日本に出入りしたマフィアの情報を洗いましょう。…フゥ太、見つかるといいわね」
ユリの言葉にディーノは黙ってまっすぐにユリを見つめた。
「ディーノ?」
「…ああ、そうだな」
フゥ太が見つかってしまえば、ディーノが日本にいる理由はなくなる。ボンゴレ十代目の顔を見に来た、といってもただ顔合わせをするだけだし、長居をする理由にはならない。ユリがここにいるから、という理由で日本に留まっていられるような家業ではなし、ディーノには小さくため息をつくことしか出来なかった。
翌日。
ユリは朝から上機嫌だった。ユリにとってディーノは大事な家族、ツナも大事なファミリーである。二人が仲良くなってくれればとても嬉しいし、ボンゴレのカポとしても喜ばしい。九代目の考えとはいえ、いきなり日本人を主に頂いて何の文句も出ないほどボンゴレはお人よしの集団ではない。後ろ盾はいくつもあったほうがいい。
昼過ぎにユリの家を訪ねてきたディーノと共に沢田家を訪れた。ツナの母親はディーノを見て一瞬驚いたようだった。
「あらあらあら。ユリちゃんの彼氏?素敵ねぇ」
「違うわ、マンマ。ディーノはあたしにとって家族同然なの。ディーノ、ツナのお母さんよ」
「…こんにちは。よろしく」
「よろしくね。リボーンちゃんならツナの部屋よ」
少し沈んだ表情のディーノには気づかず、ツナの母親はいつものように笑顔で2階に案内した。
「チャオ、リボーン。ディーノ連れてきたわよ」
「チャオっす。ディーノ、久しぶりだな」
いつものように窓枠に腰掛けていたリボーンは、二人の姿を見ると片腕を上げてみせる。ディーノはそれに応えながら、興味深そうにツナの部屋を見回した。
「子どもの部屋ってのはどこも同じだな。お、ソニーのゲーム機だ」
テレビの前に出しっぱなしになっているプレステに目をやったディーノは床に散らばっているソフトを拾い上げる。もちろん全部日本語なのでほとんど読めない。
「で、ツナヨシ・サワダはどこにいるんだ?」
「ツナならまだ学校よ。もうしばらくしたら帰ってくるんじゃないかしら」
飲み物持ってくるわね、と言ってユリは1階に下りる。なにやら立派な革張りの椅子と入れ違う。
「マンマ、リボーンがいつも飲んでいるコーヒーってどれかしら?」
「リボーンちゃんが好きなのはこれよ。待ってね、淹れるから」
三人前のコーヒーを持って2階に上がると、ディーノがさきほど見た椅子に腰掛けていた。大きな椅子なので、余計部屋が狭くなる。
「はい、カフェ。ツナ遅いわね」
揃ってコーヒーを飲みながらツナを待つ。表が少しだけ騒がしくなった。
「ん?一般人には手を出すなって言ってあるんだがな…」
ディーノが窓から外を覗き見る。そこにはツナがいたのだが、ディーノには単なる子どもにしか見えない。
「リボーン!!おまえの仕業だな〜!!」
声とともに勢い良く階段を登ってくる音が聞こえてきた。がちゃりとドアが開く。
「!!(部屋にもいるー!!)」
「待ってたぞ、ツナ」
「いったいこれは何なんだよー」
部屋に入るなり、ツナはリボーンに詰め寄る。
「いよぉ、ボンゴレの大将。はるばる遊びにきてやったぜ」
「オレは…キャバッローネファミリー十代目ボス、ディーノだ」
後ろを向いていた(ツナの机で遊んでいた)ディーノがくるりと正面を向く。肘掛け部分にはユリが腰を下ろしていた。ハーイ、と手を上げる。
「チャオ、ツナ」
「百合さん!?な!?」
いきなり現れたディーノがユリの腰に手を回していることにもびっくりして、ツナは目を白黒させている。
「ん!…こりゃあダメだな!」
「オーラがねぇ。面構えが悪い。覇気もねぇし、期待感もねぇ。幸もうすそーだ」
「足が短けぇ」
ディーノは次々とツナにダメ出しをしていく。どさくさに紛れてリボーンが一言余計なことを付け足した。
「…ボスとしての資質ゼロだ」
「ディーノったら、自分のことを置いてよく言うわ。昔々のディーノったら…もが」
偉そうな態度でツナのことを評価したディーノに少し腹を立てて、昔のダメダメだった頃の話をツナにしてあげようとしたユリは、ディーノの大きな手で口を塞がれる。ロマーリオやボノは笑っていたが、ユリがむっとした表情になったので、内心びくびくしている。
「ユリ、ちょっと黙ってろ」
ユリが頷くと、ようやく大きな手は外れた。言いたいことはいろいろあったが、口をつぐむ。
「おい、リボーン!なんなんだよ、このヤバイ連中は!」
「ディーノはお前の兄弟子だぞ」
「は?」
「悪りーことばかり言ったが、気を悪くすんなよボンゴレ十代目。オレもリボーンに会うまでボスの資質なんてこれっぽっちもなかったんだ」
「そう、ほとんどなかったわね。優しかったけど」
「ユリ…」
せっかく格好つけてツナに喋っているのに、ユリが余計な横槍を入れた。ディーノは困り果てて百合の顔を見上げる。
「だって事実じゃない。あなたは今も昔も優しいけど、昔は方向を間違えてて弱かったから」
ユリの言っていることは事実なのでディーノもぐうの音が出ない。優しさが強さにもなると知ったのは、そう前のことではない。
「え?リボーンに会うまで?ってまさか…」
「オレはここにくるまでディーノをマフィアのボスにすべく教育してたんだぞ」
「まじでー!?」
驚いているツナが可愛くて、ユリはくすりと笑みをもらした。
「本当よ、ツナ。あたしはリボーンに会う前からディーノを知っているの。ディーノはリボーンに会って、教育されて初めて本当のボスになったのよ」
「おかげで今は五千のファミリーを持つ一家の主だ。本当はもっとリボーンにいろんなことを教わりたかったが、おまえのところに行くっつうんで、泣く泣く送ったんだぜ」
「あの…さっきから誤解してるみたいですけど、僕はマフィアのボスになる気なんてさらさらないんです」
ツナの言葉に、ディーノはぷっと笑い出した。ユリも笑みをこぼす。
「ハハハ、リボーンの言うとおりだ!こいつ昔のオレにそっくりだな!」
「え!?」
「オレも最初はマフィアのボスなんてクソくらえと思ったもんだ…。ハナからマフィアを目指すヤツにロクな奴はいねー…。お前は信用できる男だ」
「え、いや…でも僕は…!」
ツナは確かに良い子なので信用できる、というディーノの意見には賛成できるが、その前の話には納得がいかない。ユリの脳裏には獄寺の姿が浮かんでいた。自力でマフィアになるといって、マフィアの実家を出ていった獄寺。荒れていた頃の話なら、かなり聞いている。ディーノの言う通りに、ロクでもない奴だったと言ってもいい。けれど、今はツナを守る大事なファミリーだ。ユリは獄寺のことを信用しているし、信頼もしている。
「一生やらねーっつーんなら」
「ひっ」
「かむぞ」
「うわあ〜〜!!!!」
すごんだディーノが懐から取り出したのは、ディーノのペットでスポンジスッポンのエンツィオだった。ツナは腰を抜かしている。
「カメ…?」
「ひっかかった!」
「ボスのオヤジギャグ!」
「久々だわ、それ」
ドアの入り口に控えているロマーリオとボノは腹を抱えて笑っている。
「こいつはカメのエンツィオって言って、リボーンにレオンくれって言ったらかわりにくれたんだ」
「レオンはオレのだからな」
「あたしもペット買おうかしら。犬もいいけど猫も可愛いわよね」
「ユリ、実家に犬いるだろう」
ディーノとユリが話している間、ディーノのイタズラにひっかかったツナは恥ずかしいのか、顔が真っ赤だ。開きっ放しになっているドアから、ランボとイーピンが追いかけっこをしながら入ってきた。
「枝つきブロッコリーだぞー!」
「またあいつら…!」
角をつけて枝つきブロッコリーの気分になっているらしいランボは、今日も片手に手榴弾を持ったままイーピンを追い回している。
「あら?リボーン、あんな女の子この家にいたの?」
ディーノが来てからというもの、ずっとディーノの傍にいたのでユリはイーピンが沢田家に居候していることを知らない。
「この間からな。餃子拳を使う、中国のヒットマンだ」
リボーンが答えたとき、ランボの持っていた手榴弾から安全ピンが抜け、窓の外に飛んでいった。
「お」
「あら」
「バカー!!」
「やべーな、外にはディーノの部下がいるぞ」
リボーンがそう言うより前にディーノは革椅子から立ち上がり、窓の桟に手をかける。
「あっ、そーいえば!」
「ディーノ!」
ディーノは躊躇いもせずに窓の外へ飛び出ていった。ユリとツナが追うように窓に押しかける。
「あれは!」
沢田家を取り囲むように居並ぶディーノの部下たちの頭上に手榴弾が落ちようとしていた。
「てめーら、伏せろ!」
すぐさま愛用の鞭で手榴弾を二つまとめて絡め取り、空に投げるように鞭をしならせる。ディーノが着地したときに、沢田家のかなり上空で爆発が起きていた。
「またボスのやんちゃだな」
「一日に一回はドッキリさせやがる」
部下たちはディーノのイタズラだと思っているらしく、笑い合っている。ディーノは違ぇよ、と言いながら照れて立ち上がった。
「あの人カッコイイ…」
「分かったか?ファミリーのために命をはるのがマフィアのボスだ」
ディーノの鞭捌きと身のこなしに感心していたツナだが、ユリの肩に乗ったリボーンの言葉に我にかえる。
「なんでもかんでもそこに結びつけんなよ」
まったくお前は…とツナがぶつぶつ言い始めたとき、リボーンはさらに窓際に寄って下にいるディーノに声をかけた。
「ディーノ、お前今日は泊まってけ」
「なっ」
「ん、オレはいいけどこいつらがな」
「部下は帰してもいいぞ」
「おいっ、お前何勝手に決めてんだよ!」
リボーンの勝手にツナは慌てているが、慣れているディーノとユリは平然としている。
「リボーンさんとこなら安心だな」
「よっしゃ、んじゃボンゴレ10代目に説教でもたれるか。…ユリは?」
窓のサッシに座っているリボーンを抱え上げたユリは、いきなり話を振られてぱちぱち、と瞬きを繰り返した。
「あたし?帰るわ」
「え!?ダメなのか!?」
自分と一緒にいることを疑いもしなかったディーノは、ユリにあっさり断られて思わず愛用の鞭をぼとりと取り落とす。しかも窓に詰め寄ろうとしてずるっとこけた。
「ディーノ?大丈夫?」
「…ほらな、本当のあいつはああだ。ファミリーに危険が及ぶと力を発揮する」
見慣れているのでユリは心配しても驚きはしない。リボーンの説明にツナはずっこけたディーノに視線を下ろす。ディーノはいたた…と言いながら頭を擦って立ち上がり、今度は足がもつれてこけそうになったが、ロマーリオが間一髪で助けだした。
「大丈夫そうね。…じゃあ、あたしは帰るわ。ツナ、ディーノと仲良くしてあげて」
まるで弟を紹介するような口ぶりで言うユリにツナは一応頷いてから、あ、でも、と後ろ姿を追いかける。
「なに?」
「ディーノさんは、百合さんと一緒がいいんじゃ…」
いつものディーノを知らないツナからすれば、ユリが帰る、と言ったときのディーノの驚きぶりとその後のどじっぷりを見て、ディーノにとってさぞかしショックなことなのだろう、という推測があった。ユリはそうかも、と悪びれもせずに答えてから、でもね、と前置きする。
「ボス・キャバッローネと未来のボス・ボンゴレのお邪魔は出来ないわ。あたしはあくまで部下だから。あたしがいたら、ディーノはあたしにべったりするし」
「……嫌なんですか?」
「まさか!あたしだってディーノのことは大好きよ。家族だもの。でも、仕事は別」
ユリはオーバーアクションでツナに答えてから、玄関のところで靴を脱ぐのにもたついているディーノを出迎えた。頬を寄せ合ってキスを交わす仕草は、ツナにすればとても気恥ずかしくて見ていられない。
「ディーノ、あんまりツナのお家にご迷惑かけちゃダメよ」
「分かってるよ。お前も泊まればいいのに」
「ダメ。ディーノはちゃんとお仕事をして。明日また会いに来るから」
「…ちぇ。分かったよ」
歳はディーノのほうが上に見えるが、これではほとんど姉と弟だ。姉と弟、という取り合わせにもう一組のイタリア人姉弟を思い出したツナは、こういうのが普通だよな多分…とぼんやり思った。
「じゃあね、ツナ、ディーノ。チャオ」
ディーノの部下ばかりだとツナは思っていたのだが、沢田家の周りにいる全てのマフィアたちがざっと道を開けてユリを通す。一人がいつの間にか横付けされていた赤い車のドアを開けてユリを案内し、ドアを恭しく閉めた。ユリは窓越しに二人に手を振って、ゆっくりと車は発進する。緩やかに発進したのに、気がつけばもう姿が無い。後には揃って頭を下げていたマフィアたちが残された。
「ディーノさん、百合さんって…」
「イイ女だろ?」
「は!?いや、そういう話じゃないです!そうじゃなくて!」
思いがけない言葉が返ってきてびっくりしたツナは、大慌てで手を交差させて首まで振って否定する。ディーノはツナが大仰に否定するので不満げだ。
「何だよ、ボンゴレ十代目は女を見る目がねぇな」
「だから!そういう話じゃないんですってば!百合さんってボンゴレの人なんですよね?」
「リボーンから聞いてないのか?ユリは九代目の姪で、ボンゴレのカポだ。カポというよりは、プリンチペッサって感じだけどな」
「ボンゴレの人なのに、ディーノさんの部下の人たちまであんな風に頭下げて」
「ああ、そういうことか。そりゃ、ボンゴレのカポでボンゴレ九代目の姪だ、下手な同盟ファミリーのボスよりよっぽど力があるぜ。影響力と言ってもいいか。ちょっと前までオレの城で預かってたこともあるし、世話にもなってるしで自然とああなる」
キャバッローネの城にいたのはほんの数年だったが、ようやく正式に跡を継いだディーノにとっては心の支えでもあったし、力の源でもあった。ボンゴレ九代目の息子たちが相次いで亡くなる中、跡継ぎにはしないと正式に言い渡されていたにも関わらずユリがさかんに狙われだして、ようやく守り通せたと思ったらユリはすぐに日本へ飛んでしまった。ボスの命令が第一なのはどのマフィアとて同じこと、それに異を唱えるつもりはないがもう少しだけ手元に置いておきたかったのが本音だ。ユリがいなくなってからはパーティでエスコートする相手もいなくなり、たまに顔を見せることのある九代目の妹、ユリの母をエスコートするようにはしているが、二人で顔を合わせているとどうしてもユリの話題になってしまうから尚更寂しくなった。ロマーリオたちの計らいで日本に来ることが出来たが、やっと日本で会えたと思えばユリはツナのことが最優先だと何度も繰り返すし、他にも顔見知りがいるみたいだし、おもしろくはない。
「ディーノさん?ご飯出来たって母さんが」
「…ん、ああ。悪いな」
ツナの言葉に我に返ったディーノはすぐさま立ち上がってツナの後ろに続いた。よく分からない匂いだが、確かに美味しそうな匂いがする。ユリは、どうしているだろうか。そう思いながらすすめられたテーブルの席についた。
「ユリさま」
「なに?」
「ボス・キャバッローネのお側にいらっしゃらなくて宜しいのですか」
フェラーリを運転しているルカではなく、その助手席にいるテオドーロの言葉にユリはくすりと笑みをもらす。
「やっぱりついていてあげた方が良かったかしらね。でも、男同士でなきゃ出来ない話ってものもあるでしょうし。それにずっとディーノの傍にいたから、仕事が溜まってるの」
メールチェックぐらいはしているが、そのほかにもやるべき仕事はたくさんあった。メールで親しい部下に指示を出すことは出来るが、正式なものはやはり文書にしなければ認められないのが常だし、ユリ本人が出しているという証明も添えなければならない。直属の部下に出すものだけならともかく、同盟ファミリーに協力を仰ぐにもボンゴレの他のファミリーやカポに伝えるものにも証明を添える必要があった。声もメールの文面もメールアドレスも、いくらでも偽造することが出来る。
しかし、たった一つだけ他の誰も出来ない証明の方法をユリは持っていた。九代目の勅命にも添えられる死炎印、ブラッドオブボンゴレを持つユリも使うことが出来るのだ。死炎印は人によってその色合いや勢いが違い、真似をすることは叶わないので確かな証明として認められる。ただ、ユリは戦闘訓練をあまり積んでいないし、ブラッドオブボンゴレの力が戦闘向きでは無かったために死ぬ気の炎を出して戦い続けることが出来ない。その必要が無かったこともあるが、ユリが宿しているボンゴレ血統の力はほとんど夢見のために費やされている。
超直感によって様々な場面で全てを見抜くとされるボンゴレ血統の力は、戦闘時に働かせることも出来るがユリのように予知の形で未来を知ることも出来た。突然訪れる昏睡の間、ユリはいずれ起こるファミリーの危機を夢で知る。そのまま放っておけばやってきてしまう危機を避けるために、ユリは目が覚めた直後に夢の内容を人に伝える必要があった。しかし、夢を見ている間に全ての力を使い果たすので、夢から覚めた後もしばらくは安静を要する身体を無理に動かすと、前にあったような事態を引き起こすのだ。
薄暗いフェラーリの車内で、膝で組んだ手指をもてあそびながらユリはまぶたを閉じた。もう距離はさほどもないが、ある種切り替えをするために目を閉じて長く息を吐く。平和な国で笑い合うことを許されてはいても、自分の肩に乗ったものの重みを忘れてはならない。自分が守るものを自分を守ってきたものを。
マンションのエントランスにつけられた車から降りると、通りの向こうから見たことのある人物がユリに近づいてきた。いつもと同じ、黒い上着を羽織った雲雀は前にツナの学校で見た生徒たちを数人連れている。
「ciao、キョーヤ。お久しぶりね」
「……君か」
敬意をまるで見せないどころか微かな敵意さえ感じさせる雲雀の態度に、控えているテオドーロたちの気配が険しくなってきたもののクミコが片手で制すると静かに引き下がった。雲雀は片眉を少しだけ持ち上げたが、トンファーを構えることはせずに連れている生徒たちに先を促しただけで自分は留まる。
「もう学校は終わっている時間でしょう?課外活動なの」
「君には関係ないことだよ」
「……その通りね。いつもこの時間にはこの辺りにいるの?」
「いつも、ではないけどね。たまに来ることはあるかもしれない」
「そう。もし彼らを待たせているのではないのなら、部屋に上がって行かない?カフェで良ければどうぞ」
もう遅いから夕食でも構わないけれど、とユリが付け足すと雲雀はゆるく顔にかかる髪を手ですくい上げた。
「君は確か沢田の親戚だと言っていたね。僕が沢田やいつも一緒にいる二人にケガをさせたことがあると知っても、自分の家に呼ぶ気なのかな」
「ケガ、させたの」
すっとユリの目が細められて、半眼が雲雀を射抜く。雲雀は微かに仕込みトンファーを動かした。しばらく黙ったまま睨みあっていたが、突然ユリは鋭く尖らせていた気配を解いてふっと薄い笑みを浮かべる。
「それこそ、あたしには関係ないことでしょう。ツナたちが何か言ってきたのならともかく、彼らは何も言ってこなかった。保護者面をしてでしゃばるほど、あたしはお人よしじゃないの。子どものケンカに口を出すような大人にはなりたくないし」
争いごとが嫌いなツナは違うだろうが、獄寺も山本も負けん気の強い性格だからおそらくやられたままの自分を良しとしないだろう。まして、マフィアのユリが強いとは言え一般人の雲雀を手にかけるわけにもいかない。
「……君は変わってるね。あの草食動物たちとは全然違う。その後ろにいる男たちと群れているというより、そいつらを統べている、に近い」
「Si」そうよ
マフィアは純然たるヒエラルキーに支配されている。ボスを頂点としてカポがおり、カポの下にはさらに部下が続き、末端の構成員までが統率されている。もちろんボンゴレにはヒエラルキーには属さない組織もいくつかあるが、その組織も全てボスの下にある点では同じで、カポになるということはかなりの数の部下、そして構成員たちを統べるということに他ならない。自分の下にいる全てを束ねて、その力をボスに捧げる。
「少し、君のことが気に入ったよ。僕の周りは弱いくせに群れたがる奴ばかりで、辟易してたんだ」
「そう?良かったわ。あたしもキョーヤに興味があったもの、これでイーブンね」
興味は、あった。学生にしか見えないが、あの強さは表世界の住人としては際立っているし、日本に渡る前にディーノの部下が寄越したレポートにも雲雀のことが書いてあったのだ。名前までは書いていなかったが、近隣の支配をしているのはジャパニーズマフィアでもなく、一見すると学生にしか見えない集団なのだと。雲雀がさっき生徒たちを連れていることではっきりした。
「興味、ね……。君の家はここなの?」
「ええ、この上よ。あたしはイタリア料理しか作れないけれど、それでもいいならご馳走するわ」
「それでいいよ。案内して」
「分かったわ、ついてきて」
ユリがそう言うとテオドーロが先導してエントランスのロックを外し、ユリと雲雀を通してからユリの部下たちが続く。同じようにユリの部屋のドアもテオドーロが開けて、ユリと雲雀を中に通した。雲雀は通されるがままリビングに入ったが、部屋の中を一瞥して肩をすくめる。部屋の中にいた部下の報告を聞いていたユリは小さく頷いて、台所に立った。
「君は…そう、百合とか言ったっけ。名前の割りに日本人じゃなさそうだね」
「国籍はイタリアよ。出身はナポリ。父が日本人だから、幸い日本語はある程度出来るの」
「ふぅん。あの赤ん坊も日本人には見えないけど、沢田は日本人だし」
「ツナとは遠縁よ。あたしは仕事でこちらに来ているだけなの。…少し待っていてね、今から作るから」
雲雀はリビングにあるソファに腰を下ろして、ゆっくりと部屋の中を見渡した。リビングから見えるドアのいくつかにはユリの部下が立っていて、窓の側にも部下が立っている。わざとらしい威圧感を雲雀に寄せてくるようなことはせずに、ただ門番のように立っていた。雲雀がユリに何かしようとすれば、おそらく瞬時に囲まれるだろうことは予測できたが雲雀にとって門番たちを圧することに意味はない。興味があるのはユリとユリが名前を教えてくれたあの赤ん坊だ。無駄なことを進んでする趣味は無い。
「キョーヤ、何か嫌いな食べ物はある?」
「……別に。まずい料理は嫌いだけど」
台所からは忙しなく様々な音がしていて、その中にユリの立てた笑い声が混じった。
「正直な人ね。みんな同じでしょうけど、どうせ食べるなら美味しいほうがいいわ。あたしの料理が貴方の口に合うといいのだけれど」
客を招く予定ではなく、買い物をして帰ったわけでも無かったので家にはあり合わせの材料しかなかった。元々、あまり凝った料理をするタイプでもないので困りはしないが、客に出すには少し寂しいメニューかもしれない。手早く作った皿をダイニングテーブルに並べる。
「出来たわよ、こっちに座って」
黙ったまま、大人しく立ち上がった雲雀はやはりドアと窓の側に立ち続けるユリの部下たちに少しだけ視線をめぐらせた後で、指し示された椅子に座った。対面にユリが腰を下ろしたかと思えば、すぐに小さく声を上げる。
「何?」
「忘れてたわ、キョーヤはまだ学生だったわよね。ワインじゃないほうがいい?」
他にはミネラルウォーターぐらいしかないけど、とユリが言いながら立ち上がり冷蔵庫のドアを開けた。
「別にどうでもいいけどね」
「ハヤトにはワインを出してるものだから、すっかりそのつもりでいたみたい。はい、どうぞ」
フェッラレッレを注いだグラスを雲雀にすすめて、座りなおす。雲雀はすすめられたグラスから泡が微かに立ち上っているのを見つけて、少しだけ目を見張った。
「サイダーなの?」
「いいえ、ただの炭酸水よ。甘くはないわ。炭酸、苦手だった?」
ナチュラル(炭酸抜き)なのはあったかしら…とまたユリが立ち上がろうとしたので雲雀はいいよ、と声をかけてそれを制する。
「そう?ジャポネにはあまり炭酸水って売ってないみたいだけど、あちらだと炭酸入りのものが一般的なの。じゃあ、乾杯しましょうか」
「……何に?」
雲雀に問われたユリはグラスに手をかけたまま、首を傾げた。
「何に、と直截言われると悩むけれど、キョーヤが私の家に来たことに、かしらね。ようこそ、ジャポネの私の家へ」
「……」
ユリがすっと前に出したグラスに雲雀は黙って自分のものを添わせて、小さく音を立てる。
「たくさん食べてね。甘いものが好きなら、後でドルチェもどうぞ」
にっこりと笑う顔を前に、雲雀は小さく息をついて炭酸水を口にした。
いかがだったでしょうか。ディーノと獄寺の対決を書こうと思っていたのに、気がつけば百合さんが雲雀とお食事をしていました…。
雲雀の口調が難しいです。原作沿いの影でこうやって雲雀とかいろいろなキャラを絡ませていけたらいいなと思います。
それにしても雲雀の口調が…(二度目)。ディーノはすごい書きやすいのに。アホの子だから?獄寺もアホの子だから?
次回はいよいよディーノVS獄寺でっす!個人的に超楽しみ。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2007 9/7 忍野桜拝