terzo sogno
補習の後の勉強会を沢田家からユリの家に移したのは、リボーンの提案だった。
「ユリの家のが広くていいだろ。居心地いいしな」
「また勝手なこと言って…」
リボーンはツナのベッドに腰かけている。ランボとイーピンは勉強会なので締め出され、一階でビアンキが面倒をみていた。
「あたしはいいわよ。家庭教師なんだし。気にしないで、ツナヨシ」
「あの…百合さん」
「なに?」
ツナは、今日こそ言うぞ、と両の手を握り締めた。どうしてもユリに言おうと思っていたことがあったのだ。
「ツナヨシ…じゃなくて、せめてツナって呼んでもらえませんか?」
「あら、そう呼んだほうが良かったのね。ごめんなさい、気づかなくて」
「ユリが気にすることじゃねえ。こいつの個人的な問題だ」
「ふぅん?」
ツナが気にしているのは、京子のことだ。京子とユリはまだ会っていないが、もし会ったときにユリが自分のことを名前で呼ぶようなことがあれば、京子が何か勘違いするのでは…と思っているのだ。
「十代目がそうしろっていうなら、もちろんそうするわ、ツナ」
「百合さんも獄寺と一緒で、ツナのこと十代目って言うのな」
山本は笑ったまま首を傾げている。
「当たり前だろ、十代目は十代目だ」
獄寺の言葉で山本はやっぱりまた首を傾げ続けている。
「じゃあ、明日はあたしの家ね。場所は分かる?迎えに行こうか?」
「いや、大丈夫っす、ユリさん。オレが責任持って十代目をお連れします」
「そう?ハヤトがそう言うなら大丈夫ね」
「…オレは?」
山本の声に獄寺がイラっとして眉間に皺を寄せたとき、階下からビアンキの声がした。ユリを呼んでいる。
「ビアンキ、今行くわ」
ユリの家には、日本語の表札が掛かっていた。秋月百合と漢字で書いてある。
「いらっしゃい」
ユリはにこやかに笑って四人を出迎えた。ツナと山本は補習帰りの制服姿、獄寺は私服でリボーンはいつものスーツだ。
「お邪魔しまーす」
リボーンは山本の肩に乗って移動していたのだが、ぴょいと飛んで、ユリの肩口に移動した。
「リボーン、また仕込み銃増やした?少し重たくなってる」
「そうだ、よく分かったな。さすがユリだ」
「褒めてもカントッチョ(ビスコッティ)ぐらいしかでないわよ」
ダイニングは、前来た時よりもずいぶん整理されていた。センターにあったテーブルクロスもないし、花もない。獄寺がふと目を奥にやると、それらは全部リビングのローテーブルに移されていた。散らかすだろう、という配慮だろうか。
「今日の科目は何なの?」
「理科と数学なんだ。百合さん、理系得意?」
「うーん…普通かな。ジュニアハイスクールぐらいなら、何とかなると思うわ」
ツナには獄寺がつき、山本にはユリがついた。山本とユリがにこやかに勉強を進めているので、思わずシャープペンシルを折りそうになった獄寺だが、ツナがビビっているので慌てて止めた。
「すいません、十代目。で、どれでしたっけ」
「えっと、これとこれと…」
一人ずつついたので、能率がぐんと上がり、勉強を始めてから三時間ほどで全てが終わった。ユリが次回の範囲を見て、予想問題まで出す時間があった。
「これで大丈夫じゃないかしら。…リボーン、起きて」
「ん」
「っつうかお前は寝とったんかい!」
ツナの突っ込みにもリボーンはどこ吹く風、くしくしと目を擦っている。その様だけ見れば確かに赤ん坊だ。
「みんなが来るっていうから、お菓子作っておいたの。口に合うといいんだけど…」
ユリが台所の奥から持ってきたのは、巻貝のような形のパイと、平べったい形のカントッチョだった。
「今コーヒー淹れるね。二人はどうする?」
「オレ、前にもらったカフェマキアートってやつで。ツナは?」
「オレも。じゃあテーブル片付けてるね、百合さん」
「ええ、お願い」
ツナと山本が勉強道具をしまって、消しゴムのカスを集めて捨てている。獄寺は一服しようとしたが、灰皿がないことに気づき、小さく舌打ちした。
「ハヤト、ちょっと手伝って」
「…!はい、すぐ行きます!」
カフェマキアートを2人分、エスプレッソを3人分。獄寺は慎重に運びながら、ちらりと台所に立つユリの姿を盗み見た。最初見たときに、姉と同じぐらいだと思った長い髪は、器用にまとめあげられていて、うなじがすらりと見える。ミックスだと言うユリの髪は、薄いオリーブ色で、シルバーに近い自分や、薄茶の姉とはまた全然違う色だった。家の中ということでリラックスしているのか、タンクトップにジーンズ姿。アクセサリーはブレスレットにピアス、そしてリング。跳ね馬のディーノが贈ったものがあったりするのだろうか。
「はい、どうぞ」
「わ、百合さんすげー」
「ただ焼いただけよ。凝ったものは出来なくて。どうぞ、食べて」
「いただきます!」
三人の声が重なり、獄寺と山本はお菓子を取り合っている。リボーンはカントッチョをエスプレッソに浸しながら食べていた。ユリは巻貝のパイ(スフォリアテッラ)をつまんでいる。
「…ユリさんは、南のほうなんですか?生まれは」
獄寺の言葉に、ユリは微笑んだ。スフォリアテッラは南イタリアのお菓子だ。
「ナポリ郊外よ。あんまりお祖父さまや伯父さまから離れてたら危険だしね」
「ナポリって、ナポリタンのナポリか?」
「は、バカか!ナポリタンなんてイタリアにはねーよ!」
山本の質問に、獄寺は鼻で笑いながら返事をした。
「え、そうなの?」
「そうよ。ナポリタンってあたしは知らないし…。日本の人が作ったんじゃない?」
「へー…。そういや冷やし中華も中国にはないよな」
「ヒヤシチュウカってなに?」
ユリに冷やし中華の説明をしているうちに、今度食べに行く話になったりして、しばらく盛り上がった。日が暮れようとする帰り際、リボーンをユリが呼び止めた。
「なんだ?」
「近くで、カッペッラを知らない?」
「?」
獄寺はカッペッラ(教会)、という単語に靴を履いていた手を止めた。
「ああ、来週がフェッラゴーストか。この町にはカッペッラはねえと思ったが…」
「獄寺?」
山本の声を背に受けて、獄寺は履いた靴を脱いでもう一度ダイニングに戻った。
「ユリさん」
「cicisbeoのおでましか」
リボーンは肩を竦めて、ユリの腕の中から飛び降りる。獄寺と入れ違うように玄関のほうに歩いていった。獄寺はリボーンの言葉に少し動揺したが、顔を上げた。
「ハヤト、どうしたの」
「教会のある場所なら知ってます。行くときは言ってください。案内しますから」
「ありがとう。良かった。フェッラゴーストにはカッペッラに行こうと思ってたの。あんまり熱心な信者じゃないけど」
イタリアで育った女性なら、マリア信仰に出会わないはずがない。イタリアに限らず、ヨーロッパの女性は殊に聖母マリアを信仰する。日本ではお盆にあたる8月15日(お盆、というのはツナと山本から獄寺は教わった)、イタリアではフェッラゴーストという聖母マリアの被昇天を祝う祭日だ。
「そうだ、ハヤト、電話番号を教えてくれる?」
「え」
獄寺が驚いて構えると、途端にユリはすまなそうな表情を浮かべた。
「あたし、ジャポネに来たばかりで良く分からないことが多くて。ディーノの部下もこっちにいるみたいだけど、あんまりあの人の手を煩わせたくないし…。ごめんなさい、もし良かったらでいいの」
俯き気味のユリを前にして、慌てるように獄寺は手をあたふたと動かした。
「そんなことないっすよ!大丈夫っす、ちょっと驚いただけで」
獄寺はさっきまで使っていたメモ紙に電話番号を書いて、ちぎる。
「オレ携帯電話しか持ってないんで、これで。絶対出ますから。何かあったらかけてきて下さい」
ユリはその紙を受け取って、にっこり笑った。
「…grazie mille,hayato」ほんとうにありがとう、ハヤト
「Di niente.Arrivederci」なんてことないですよ。また会いましょう。
「Ci vediamo」じゃあまたね。
もう玄関の外に出ているツナ、リボーン、山本に急かされるように獄寺はユリの家を出た。
お盆、という期間は里帰りをするらしい。獄寺の知識はツナのそれと山本のものを足したぐらいだから、大した知識ではなかった。分かったことは、お盆には祖先の幽霊?が帰ってきて、みんなはそれを迎えて拝むらしい。天に召されれば戻ってこないキリスト教とは全然違う。祖先が帰ってくるって、まさか復活するわけじゃないだろう。復活するのは救世主と決まっている。
ツナは里帰りと言って、旅行に出かけた。祖父母のところに行くのだそうだ。最初、ついていこうと思った獄寺だったが、ユリとの約束を思い出し、リボーンにビアンキもついていることを思い返して、ついていくのはやめることにした。姉は元々フリーの殺し屋だ。ツナに何かあることはないだろう。…たぶん。
ユリに電話番号を教えたことは教えたのだが、あれから一度とて、かかってきたことはない。ユリの番号は知らないから、見知らぬ番号がないか、細かく着信をチェックしているのだが、一件もない。困ったことはない、ということだろうか。
凛とした容姿のユリが困り果てている姿、というのは想像もつかないのだが、かといって困ることがない…何でも出来る、ということはないだろう。料理も上手いし容姿も綺麗で、父親に習ったという日本語もかなり上手い(こればっかりはツナと山本の評価だ)。おまけに、リボーンが言うところの『三人の誰よりも強い』ユリ。
そう言えば、と獄寺は火薬を詰めながら思い返した。たとえば、こんなときにユリさんのことを考えることが多くなった気がする。九代目の姪で(八代目の孫でもあって)、ボンゴレの重要人物であるユリ。十代目候補がイタリアで続々やられているにも関わらず一人生き残り、リボーンの求めに応じて日本にやってきた。不思議な人だ。リボーンはファミリーだと言っていたから、マフィアだとは思うが、闇の世界に生きている人間特有の影が彼女には見当たらないような気がした。自分が背負い続け、おそらく背負ったまま死ぬだろう、影を。
導火線を埋め込んで火薬を足し、乾いた紙で封をする。あまり乾燥しすぎた日は火気に弱いので危険だし、雨が降るような湿った日では火薬まで湿ってしまう。火薬を詰めるのにちょうど良い日はなかなかない。今日はちょうどその日だった。火薬を操って長い獄寺には、適している日かどうかが肌で分かる。
テーブルに置きっ放しの携帯が鳴った。火薬を詰めていた手を止めて、携帯を手に取る。液晶には見知らぬ番号。もしかして。
「…もしもし」
『ハヤト?あたし』
「ユリさん!」
獄寺は携帯を持ったまま、ソファに腰掛けた。今まで暑いからと床に座っていたのだ。
「ど、どうしたんですか?」
『明日カッペッラに行こうと思うんだけど、一緒に来てくれる?』
「はい!もちろんです。…ユリさん」
『なあに?』
電話口から聞こえるユリの声はあくまで柔らかい。人殺しなんて知らないような。
「十代目たちがいないときって、ユリさんは何をしてるんですか?」
『ツナたちは旅行に行ったものね。もしかして、ハヤトも暇なの?』
「…暇というか、まあ、あんまりすることないです」
『じゃあ一緒ね。…夕食食べに来ない?一人じゃあまり食べないんでしょう?』
なんでそれを…と思ったが、ビアンキとユリが友人なのだと思い出して納得した。あの姉はポイズンクッキングさえなければ、悪い人ではない。本当に、あれさえなければ。本当に。想像して少し腹が痛くなる。
「ご迷惑じゃないですか?いいんですか?」
『いいの。一人分より、誰かの分を作るほうがやりがいがあるもの。ナポリ料理は苦手?』
「とんでもないです!」
獄寺は、気づけばソファの上に直立していた。
『本当、良かった。じゃあ、八時に食べられるようにしておくから、好きな時間に来てね』
「あ、はい…」
通話が切れて、獄寺はぱちん、と携帯をたたむ。ずるずるとソファに座り込んだが、はっと立ち上がった。
「今何時だよ!?」
時間は六時。今から行くのは早すぎる。手伝いをしたほうがいいだろうか。獄寺は座り込んで考え始めてしまった。
山本のところに電話が来たのは、ついさっきだ。野球部の練習もお盆休みで、店の手伝いを切り上げて戻ってきたとき、携帯が鳴っていることに気づいた。
「もしもし?」
『タケシ?今時間あるかしら?』
「百合さんか。いいっすよ、今からちょうど暇んなったとこ」
『お買い物したのは良かったんだけど、ちょっと持ちきれなくて困ってるの。手伝ってくれない?』
「荷物持ちね、いっすよ。どこにいるんすか?」
『えっと、ツナの家の近くの商店街にあるスーパー』
「ああ、あれか。今からすぐ行くんで、待ってて下さいね」
『うん、ありがとう』
山本は電話を切ってすぐに、部屋から飛び出した。どこ行くの、という親の声に友だちのとこ!と勢い良く返す。そして、家を出た。言われた場所のスーパーに来てみれば、セルフで梱包するコーナーのとこで、ユリが荷物と格闘していた。
「うーん…」
「百合さん」
「タケシ、早かったわね」
「近いっすから。それにしても、ずいぶん買い込んだね」
「ええ。ちょうど食料が切れちゃって…一人で持てるだろうと思ったんだけど、どうやっても持てなくて」
ユリは重たそうな袋を三つ抱えている。山本は二つを持ち上げた。…確かにこれは重い。
「オレがこっち持つから、あと一つは百合さんね。家までだろ?」
「ありがとう。…そうだ、タケシ、夕食食べていかない?」
重たい袋を抱えながらの道すがら、ユリがそう山本に提案した。
「へ?いいの?」
「ハヤトを呼んであったんだけど、2人より3人のほうが楽しいわよ、きっと」
「獄寺も来るのか。うん、いいよ。家に一言電話すればいいし。獄寺呼ぶから、こんなに買い込んだの、百合さん」
「うーん…それもあるかも。だって、ハヤトは一人で家にいて、大した食事をしてないだろうってビアンキに聞いたものだから、ついいろいろ食べさせようと思っちゃって…」
「ああ、あのお姉さんね」
山本は知らないことだが、獄寺は厨房に入ったことがない。生まれてからずっとだ。生まれた家は裕福だったし、それから後は手近にあるものを食べるような生活しかしてこなかった。イタリアにいれば、barに入れば簡単な食事は済む。日本に来てからは、コンビニにお世話になりっぱなしだ。
「野菜食べてないかも、とかイタリアの味が食べたいんじゃないかな、とか思ってついいろいろ買っちゃった」
「そりゃ獄寺喜ぶよ。あいつ、昼飯もパンとかだし」
「やっぱりそうなの?」
「パン一つにコーヒーとか水だな、いつも。そんなんで足りるのかっていつか聞いたんだけど、足りるって言われたよ」
山本は豪快に笑っているが、足りる、と応えたとき獄寺は眉間に皺を寄せて、うるせーと言いながらダイナマイトを放った。屋上だったので、大した騒ぎにはならなかったが、後でツナに獄寺は怒られていた。
ユリの部屋にたどりついた。ユリが部屋の鍵を開けている最中に、山本はユリが持っていた分まで荷物を持ち上げて、ユリに続いて部屋に入った。
「本当にありがとうね、タケシ。とても助かったわ」
「どーいたしまして。オレこういう系統なら役に立つからさ」
「本当ね、ありがとう。今から料理するから、好きにしてて」
「んー」
山本はリビングに移動して、テレビをつけた。見ようと思っていたナイターが始まったところだったのだ。
「日本の人は本当に野球が好きなのね」
ユリの父親も野球が好きで、イタリアにいたときはカルチョ(フットボール)を見ていたが、野球も面白いものだぞ、とユリに言ったことがある。
「あー、オレ、自分でもやってるから、特別だよ。ツナはそうでもねーし」
「そういうものなの…」
ユリは買った品物を手際よく分けていく。下ごしらえが必要なもの、後で使うもの、保存しておくもの。野菜をしまって、保存食料をしまい、魚介の下ごしらえにかかった。日本は島国だけあって、魚介が豊富だった。ユリはウキウキした気持ちで下ごしらえを済ましていく。
ナポリ料理はトマトとオリーブオイル、そして魚介が大きな比重を占めている。魚介の新鮮なのが手に入ったので、嬉しかった。どうせなら美味しいものを食べてほしい。
魚を下ろし、貝類の砂を吐かせ、イカの下処理をする。全て終えて、ゴミを片付けているとき、山本が台所にやってきた。
「お、本格的だー。オレの家さあ、寿司屋だから和食ばっかでさー。イタリア料理とか食うの初めてかも」
「…スシって、あのスシ?タケシのお家はスシのお店なの?」
ユリはスシを見たことがない。スシ、という食べ物があるのは父親に聞いたことがある。とても美味しい、ご馳走なのだと。ナポリには外国の食事を食べさせる店は少なかったし、世界中にいる華僑が行う中華料理屋より日本料理なんてものは稀なものだった。
「うん。今度食べに来る?生魚平気?」
「生の魚ね、食べられるわ。ぜひ食べさせて!一度食べてみたかったの」
「オッケーオッケー。今度な」
山本が笑って受け合ったときに、インターフォンからベルが鳴った。
『ユリさん、オレっす』
「ハヤト、もう開いてるわ。早かったわね」
ユリはインターフォンを操作してオートロックのドアを開け、台所に戻った。調理を続け、ドアフォンが鳴ると台所を立って玄関に移動した。山本はテレビのナイターを見ている。
「ciao,hayato」
「ciao,…ユリさん」
イタリア人同士がやるように(実際2人はイタリア人だ)頬を寄せ合って挨拶をする。気恥ずかしさに獄寺は頬を染めた。頬を染めて下を見ると、ごついスニーカーが一足置いてある。女ものでは決してない。
「ユリさん?他にも誰か…」
「ああ、タケシよ。2人より3人のほうが楽しいでしょ」
「……そうっすね」
ツナがここにいたら、獄寺の反応の意外さに驚くことだろう。獄寺は山本と一緒だと知っても、声を荒げることもなければダイナマイトを持ち出すこともなかった。
「おっす。お先」
「…おう」
山本はナイターの画面から一瞬だけ目を離して、獄寺に向けて手を上げた。獄寺は眉間に深い皺を刻みながら、ユリの手前、手を軽く上げてみせた。
「ハヤト、何してたの?匂うわ」
「あー…」
爆薬詰めてました、と言いづらくなって、獄寺は視線を泳がせた。が、ユリが獄寺がスモーキン・ボムであることを初見から知っているのだ。
「火薬でも扱ってたのね。ニトロの匂いがするもの」
「そうっす」
獄寺は両の手を上げて、降参のポーズを取った。そこまで分かると思っていなかったのだ。
「鼻は利くのよ。でないと毒を防げないしね」
大概の毒物には、何らかの匂いがついている。青酸カリはアーモンドに近い匂いがするし、刺激臭がするものが多い。無味無臭というのもたまにあるが、それはもう毒殺というよりテロレベルだ。
ユリの言葉に、何故か獄寺はほっとした。そして、そのことをひどく訝しく思った。ユリが常に毒を警戒するような生活をしていると知って、ほっとするだなんて。オレの頭どーなってんだ。
「そうだ、灰皿買ったの。どう?」
ユリはダイニングテーブルに置いていた小皿を獄寺に手渡した。つや消しのシルバーで出来た小皿。
「え…ユリさん、吸わないんじゃないすか」
「うん、あたしは吸わないよ。だからそれはハヤトが使ってくれればいいから。…他にも使う人いるとは思うけどね」
あたし喫煙者に厳しいわけじゃないから、と言ってユリは調理を続けた。獄寺は、コンロの前に立つユリを抱きしめたいような欲求に駆られる。そんなこと、していいはずがない。ぐっと手を握りこんだ。
喫煙者のオレのために、わざわざユリさんが灰皿を買ってきてくれた。女性が好みそうな、甘いデザインでも何でもない、そっけないそれは、シルバーアクセサリーを好む自分に少しリンクしているようにも思える。獄寺はぶんぶんと頭を振った。思い過ごし、思いあがりだ。勘違いしてはいけない。彼女の好意を無にすることになる。
山本と離れてリビングのソファに腰を下ろし、手渡された灰皿をローテーブルに置いた。かちり、と金属音がやけに響いて獄寺には聞こえた。テレビのナイターは、もう七回を迎えている。
quatro sogno
いかがだったでしょうか。獄寺夢になりそうになって、いやいや山本も、と思って出したらこんなことになりました。山本はどこでも自然体でいる人だと思う。獄寺はいろいろ考えちゃう。灰皿を他にも使いそうなのは、キャバッローネのボスとかボスとかです。シャマルもここにくれば使うんじゃないかな…。まだ百合とは出会ってませんが。
途中でリボーンが言った「cicisbeo」とは、色男、の意味ですが歴史の中だと騎士、という意味があります。色男の騎士なので、使ってみました。獄寺とヒロインの会話、イタリア語の部分は、すぐ横に日本語があります。反転してください。
これ、続きます。四話目が獄寺と教会に行く話。何とかして他のキャラを出したい…。もうこれ獄寺夢になりかけ…ぐふぅ(死)。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2006 2 9 忍野桜拝