settimo sogno

並盛中の体育祭当日。ユリは獄寺から朝手渡されたレジャーシートを広げて、ツナの母親やビアンキたちの死界にあたる位置に座っていた。ビアンキと一緒に見ていたい気もするが、ビアンキと獄寺を鉢合わせるわけにはいかない。
「たしかに、ginnastico(体育の) carnevale(祭)って感じね。競争したり披露したり」
獄寺はあまり真剣な様子ではなかったが好成績だし、山本はヒーローのような活躍を見せていた。ツナは少し具合が悪そうだった。初めて見る体操のようなものや、見たことのない競技などがあり、見ているだけで十分楽しめる。獄寺の解説によると、これは年に一回行われるもので、manifestazione culturale(文化祭)と同じように生徒が熱中するものなのだという。そう言った獄寺の顔はちっとも熱中しているような顔つきではなかったが。
もうそろそろお昼休みになる、と手渡されたプログラムを見ながらユリは顔を上げた。お昼休みには山本の両親がお店を抜けて出てくるというので、お寿司を受け取って挨拶しよう、と思っていた。どうやって会おうか悩むユリに、山本は『オレに似てっからすぐ分かるよ』と言い残したが、そういうものだろうか。似ている、といってもユリには東洋人の区別はそこまでつかない。知り合いの区別は出来ても、例えば今リレーで走っている選手の顔の区別はよく出来ない。どことなく違うのだろうが、よく分からないのだ。きっとツナや山本たちにはイタリア人の区別が出来ないだろう。同じことだ。
家から持ってきたエスプレッソをすすりながら、リレー競技をぼんやり眺めていた。若いなあ、などと思いながら。実際は五つぐらいしか変わらないのだが。
「ちょっと!お前さん、百合さんじゃないかね」
「…?ユリはあたしですけど」
「やっぱりそうか」
いかにも人の良さそうな、髪の短い中年男性がユリを呼び止めてにこにこ笑っている。そういえば、この笑顔に見覚えがある気がする。
「ひょっとして、タケシの家族の人ですか?」
「おお、オレが武の父親だ。昼飯、持ってきたぜ。竹寿司特盛だ!」
この前に見たような桶を手渡される。ユリは笑って受け取った。少し重い。
「ありがとうございます。スシって本当に美味しいですね」
「お前さんみたいな外国の人にも美味しいって言ってもらえるのは嬉しいねえ。それにしても、お前さん本当にべっぴんだなあ」
「?」
習ったことのない単語が出てきて、ユリは小首を傾げた。べっぴん、とは何だろうか。外国人を指す言葉だろうか。
「オレぁ店があるからすぐ戻らなきゃなんねーんだが、どうだ武頑張ってるかい?」
「ええ。さっきのリレーでも一番でしたよ。みんなにも頼りにされてて」
「そーかそーか。そらぁ鼻が高ぇや。おっといけねえ、もう戻らねぇと母ちゃんにどやされちまう」
「本当にありがとうございます」
もらった桶を置いて、日本風の辞儀をした。上手に出来てるか自分ではよく分からない。
「いや何、礼を言うのはこっちのほうだ。武の勉強見てくれてるんだろ?あいつ、成績上がったみてーでよ、母ちゃんが喜んでた」
「教えてすぐに理解出来るタケシがすごいんだと思います」
「はは、そらぁお前さんの教え方が上手いってことだ。じゃあな、いつか店に遊びにきてくれよ」
「はい」
山本の父親は、忙しいのかすぐに立ち去っていった。それにしても、どうやって彼は自分のことが分かったのか。やはり外国人は目立つのだろうか。あまり目立ちたくはないのだが。
やがて競技が終わり、生徒たちはばらばらと家族のもとに散っていく。ユリのところに獄寺と山本が揃ってやってきた。
「二人ともお疲れ様」
「ユリさん、退屈じゃなかったっすか?」
獄寺は靴を丁寧に脱いで空いているスペースに腰を下ろした。山本は大雑把に靴を脱いで座っている。
「ううん。見てるだけでもけっこう面白いもの。二人とも頑張ってたね」
「オレはついスポーツになると本気になっちまうんだが、獄寺はもっと頑張ればもっといい成績出るのにもったいない」
「面倒くせーんだよ、こんなの」
そう言いながら、獄寺は煙草を喫っている。もはや公認だ。さすがに周りにいる父兄は引いているが、獄寺が怖い(上に成績が半端なく良い)ので教師も注意できないでいる。
「タケシのお父さんがさっき来たわ。タケシにそっくりね」
「だろ?親父なんか言ってたか?」
「タケシが頑張ってるって言ったら鼻が高いって言ってた。よく意味が分からなかったけど。あと、べっぴんってなに?」
ユリの質問に、獄寺が咽た。げほげほと煙を吐いている。
「鼻が高いってのは、自慢に思うとかそういうことな。で、べっぴんってのは美人ってこと」
「…そういう意味だったの」
「美人だからすぐ分かるって言ったのオレだけどな」
「もう。あたしなんかよりよっぽど可愛い子たちがいっぱいいるじゃない。二人とも人気者ね」
獄寺と山本をちらちらと見ている女生徒が多くて、ユリは微笑ましい思いで笑みを浮かべた。遠巻きに見ている子もいたりして、思わず微笑みかけてしまう。ユリは純粋に微笑ましくてやっているのだが、生徒たちの間では、ユリが何者なのかについて詮索している者も大勢いた。獄寺の姉だと言う生徒も言れば、獄寺か山本の彼女ではないかと詮索する者もいる。
「お茶はこれで良かった?種類がいっぱいあって迷ったわ」
ペットボトルのお茶を注いで、3人で寿司をつまむ。どれも美味しく、しかも出来たてをすぐに運んできたのかとても新鮮だった。
「午後は何があるの?」
「やっぱ目玉は棒倒しだな」
「ボータオシ?」
獄寺と同じイントネーションでユリが訊ねたので、山本は思わず噴出した。
「一本の棒の上に大将が乗って、そいつをみんなで引きずり下ろすんだ。男子しかやんねーけど。今年の大将はツナ」
「すごいじゃない!」
ユリは単純にツナが大将、ということに感心しきりだ。
「さっきから騒がしかったのは、それでなの?ハヤトはケンカしてたし」
「あれは芝生メットがムカついたからで…」
獄寺はぶつぶつ言いながらお茶を飲んでいる。思い返してまたムカついてきたらしい。
『おまたせしました。棒倒しの協議の結果が出ました』
「何か言ってるわ」
『各代表の話し合いにより、今年の棒倒しはA組対B・C組合同チームとします!』
あちこちから声が上がっている。獄寺と山本は少し苦々しい表情だ。
「大変なことなの?」
「合同チームってことは頭数が違うから、だいぶ苦しくなるんだ。とりあえず、頑張ってくるよ」
「十代目にケガなんてさせませんから、大丈夫っす!」
『男子は全員棒倒しの準備をしてください』
「行ってらっしゃい、頑張ってね」
「おう」
「行ってきます」
二人が揃ってA組の輪の中に入っていった。あっという間に生徒達が集まり、大きな固まりとそれに比べれば小さな固まりが出来上がった。大きな固まりはB・C連合のもので、棒の上には雲雀がいる。小さなA組の棒の上にはツナがいた。
「あら、キョーヤがいるわ。みんなと違う、前に見た服だけど」
ユリは立ち上がり、ビアンキやツナの母親がいる場所へ移動した。ビアンキとツナの母親のほかに、二人の少女がいる。
「ビアンキ、マンマ」
「あらユリ」
「百合ちゃん」
二人と話すユリをちらちらと見上げてくる少女の目線を捕らえて、ユリは微笑んでみせる。
「…ビアンキさんのお友だちですか?」
少女はしばらく黙っていたが、意を決したように話しかけてきた。
「ええ。あたしはユリ。あなたは?」
「ハルです!三浦ハルって言います」
「ハルね。よろしく」
「よろしくです!」
ハルと会話するユリにビアンキがそっと耳打ちする。
「ハルはツナにぞっこんなの」
ユリはふっと微笑んで、ハル越しに頑張っているツナを見やった。こんな可愛い少女に惚れられているだなんて、素敵なことだ。
ハルの近くで、みんなと同じ服を着ている少女が、心配そうにツナたちを見つめている。
「彼女は?」
「ツナの友だちじゃないかしら」
そう言えば、以前シャマルが沢田家に現れたときに見た気がする。
死ぬ気状態になったツナを3人が担ぎ上げて、騎馬になった四人が敵を蹴散らして進んでいく。対する雲雀は不敵な笑みを浮かべていた。
「これ、学生のやることなの…?ほとんどケンカじゃない」
「私もよくは知らないわよ。隼人ったらあんなに張り切っちゃって」
ツナに近寄る者は何人たりとも許さない、というように獄寺は敵を排除しまくっている。その獄寺が、反対側にいる少年と何か言い合いをしている。形相からしてケンカのようだ。
「仲間割れ?」
ユリがそう呟いたときに、獄寺と少年は互いにクロスするようにストレートを放ち、支える手がなくなったツナが宙に放り出される。
「あ…」
「もうお兄ちゃんったら…」
ツナの友だちらしい少女がそう呟いてため息をついた。獄寺たちは勢いで地面に投げ出され、無事に済んだのは山本だけだった。ツナが地面に倒れた途端、今まで騒がしかったギャラリーも棒倒しに参加している男子も静まり返る。
「大変、ツナ君が狙われちゃう」
「狙われるってどういうこと?」
少女は初対面のユリに驚いた様子だったが、説明を始めた。
「ツナ君は総大将で、負けた総大将は生きて帰れないって言われてるんです。勝った組の人たちに狙われちゃうから…」
「…ますます学生のやることには思えないわね」
少女の言うように、ツナに男子生徒たちが襲いかかる。ツナの悲鳴に獄寺がむくりと起き上がり、獄寺と拳を交わした少年も起き上がって、襲いかかる男子生徒を殴り倒していく。山本はツナの手を取ってその固まりから抜け出した。
気がつけば、獄寺と少年が片っ端から男子生徒を殴り倒しており、雲雀は棒の上に放り出されたような状況だ。
「お兄ちゃんったら、また無茶して」
「…あの男の子はあなたのお兄さんなの?」
ユリがそう訊ねると、少女は恥ずかしそうに頬を染めた。
「そうなんです。あの、あなたは?」
「…ツナの知り合いよ。ユリ・アキヅキ。よろしくね」
一瞬、何て言おうか迷ったユリだが、無難な返事をした。
「やっぱり外国の人なんですね!私は笹川京子っていいます。あっちのお兄ちゃんは了平です」
「キョウコにリョウヘイね。それにしても、ずいぶん強いお兄さんね」
京子はますます恥じ入るように顔を俯かせた。
「ケンカはあんまりしないでって言ってるんですけど…お兄ちゃん、頑固でわが道を行くタイプの人だから聞いてくれなくて」
「学生のケンカなら問題ないわよ。男の子なんだし」
「そういうものですか?」
少し困った顔の京子が尋ね返してくる。
「あたしはそう思うわ。男の子同士のケンカなら、問題ないんじゃない?女の子を殴るのは許せないけど」
ジュニアハイスクールなら、まだ子どもと言っても差し支えないだろう。男の子同士がケンカで問題を解消したりすることはよくあることだし、大人が見境なく子どもに暴力を振るうわけではないのだから、問題ないだろう。
「そう、ですか…」
焦れた獄寺がついにダイナマイトを持ち出し、グランドに煙が巻き上がる。
「…ハヤトは加減を覚えたほうがいいかもしれないわね」
ユリはそう言って、ため息をついた。子ども同士のケンカにダイナマイトはない。最も、獄寺は戦い方をあまり知らないのかもしれないが。
ほとんどの生徒が獄寺と了平によって倒され、あとに残ったのは雲雀が乗っている棒を支えている生徒だけだ。雲雀は棒から飛び降りて、獄寺たちの目の前に立ち塞がる。
「僕とやる気なの?この間で懲りてないわけ?」
「てめーだけはぶっ飛ばす!」
「極限!」
獄寺が両の手にダイナマイトを抱え、了平が構える。雲雀もトンファーを構えたところで、スピーカーから声がした。
「男子棒倒しはB・C組の勝利で終了です!男子は速やかに退場してください!繰り返します。男子は速やかに退場して下さい!」
「…ちっ」
「邪魔が入ったか」
獄寺は警戒しながらツナと山本のところへ歩いていく。了平は構えを解いて一人で退場門に向かった。雲雀は構えたトンファーをしまって、傍にいた風紀委員を一瞥した。
「負傷者を片付けておいて。見苦しいからね」
「はっ、了解しました」
風紀委員によって倒された男子生徒が片付けられ、あとの競技が進められた。負傷した男子生徒が競技に参加出来なくなった以外は、きちんと進められていた。
ほどなくして体育祭が終了し、生徒たちは校舎に戻っていく。ユリは広げていたレジャーシートをたたんで、荷物をまとめた。山本の父親が持ってきた桶をどうやって持てばいいか、思案していると、ひょいと桶が持ち上げられた。視線をそのまま移すと、山本がにかっと笑ってみせた。
「オレが持って帰るぜ」
「タケシ、学校はいいの?」
「んー、獄寺と笹川兄が暴れたせいで、先生側が忙しいらしくてな。着替えてすぐ帰るってことになったんだ。獄寺と笹川兄は呼び出されてたみたいだけど」
「あれだけやれば、そうなるわね。ハヤトはもっと加減を覚えないと」
見れば、制服に着替えた生徒たちが次々と学校から出てくる。見に来ていた父兄と一緒に帰っている者もいた。
「ツナは?一緒じゃないの?」
「笹川と話してたから、二人のほーがいいだろーと思ってな。さっき百合さんも話してたろ」
「キョーコのことね。可愛い女の子だったわ。ハルも可愛い子ね」
「…まあ、そーだな」
山本はややあって、同意を示した。桶を片手で持って、もう片方の手には鞄を持っている。
「んじゃ、オレは帰るわ。百合さんも気をつけてな」
「ええ。じゃあね」
prosit、と山本の背中に向かって心内で呼びかける。



ツナが山本の店でバイトしている、という話を山本に聞いたユリは山本の店に行ってみることにした。手伝えるものなら手伝うつもりだったし、スシの店を見てみたいという好奇心もかなりあった。住所は教わったが地図の漢字が読めず、何度も人に尋ねてやっとたどり着いた。日本らしい造りの店には、小さなカーテンに黒い文字が書かれている。「寿司 竹」と書いてあったのだが、ユリに読めたのは竹の文字だけだった。
「こんにちは…」
「へい、いらっしゃい!」
からからと戸を引くと、威勢の良い返事が投げられた。
「おや、あんた…百合さん、だったな」
「ええ、こんにちは。ツナがここで働いてるって聞いたんです」
寿司のネタを置く台に座っているリボーンがくるりと振り向いて、よく来たな、と片手を挙げた。
「ちゃおっす、ユリ」
「チャオ、リボーン。ツナは?」
「…裏で皿洗ってるぞ」
「なんだい、百合さんは武の友達の加勢かい?」
そりゃあ助かる、と山本の父親はからからと笑った。
「カセイ?手伝っていいのなら、お手伝いします」
「良かったな、ツナ。ユリが助けにきたぞ」
ユリと山本の父親が話している間に、リボーンは台から降りて裏に回った。裏の台所で皿を洗う泡まみれになっていたツナが、顔を上げる。
「え!?百合さん来ちゃったの!?助けに…って、オレのバイトの手伝い?」
「そーだぞ。良いファミリーを持って良かったな、ツナ」
「だからファミリーとかそーゆーのはオレ関係ないんだってば…」
「ツナ、助けに来たわよ」
山本の父親に受け取ったのか、前掛けを身につけた姿でユリが裏の台所に現れた。にっこり笑って手をふっている。ツナは弱弱しく振り返した。
「スシのお店ってこうなってるの。お店の表側は変わっていたけど、裏側はあたしの店と似ているわね」
「お、百合さん、似合ってんな」
ツナを手伝っていた山本が皿を拭く手を止めてにこりと笑いかけた。ツナはユリの言葉にびっくりして二の句が告げられずにいる。
「ありがとう。あたしも手伝うわ、何をしたらいいの?」
「じゃあ皿拭いてくれよ。オレが片付けるし」
ユリはうなずいて、山本から布巾を受け取った。山本は今まで自分が拭いた皿を重ねて片付けている。ツナは相変わらず泡の中に沈んだ皿と格闘していた。
「…百合さん、お店持ってたの?」
「ええ。ナポリにね。トラットリアとリストランテ、他にもカジノをいくつか持ってるわ。カジノはボンゴレのものを任されてるのだけれど、リストランテは実家のものをあたしが大きくしたの」
「ユリはボンゴレのカポ(幹部)だからカジノを持ってるが、リストランテはユリの父親のものだ」
「それで百合さん料理上手いのか」
口を挟んだリボーンの言葉を聞いているのかいないのか、山本は勝手に納得しながら高い棚に平皿を重ねた。ツナは首を傾げる。
「トラットリアとかリストランテって何?レストランみたいなもの?」
ユリは大皿を拭きながら笑って頷いた。ツナが新しくすすいだ皿をユリに手渡す。
「そうよ。英語だとレストランになるわ。トラットリアはもっと家庭的な…こじんまりした庶民的な店のこと。リストランテのほうがちょっとだけ改まってるわね」
「へー、レストランにもいろいろあるんだ」
「もちろんいろいろあるわよ。日本にもいろいろあるんでしょう?」
「そりゃあな。和食だけでも料亭、割烹、小料理屋、居酒屋、寿司屋、天麩羅屋…かなりいろいろあるぜ」
山本は皿を片付けた後に指を折りながら数えていく。ユリはそのいちいちに頷いた。
「そうなの。たくさんあるのね、行ってみたいわ」
ユリの言葉に、山本は案内すると請け合って笑った。ツナもつられて笑う。
「おう、そろそろ店開けるからよ、忙しくなるぜ」
山本の父親が裏側に顔を出して、四人にそう告げた。壁に掛けられている時計は五時半を回っている。


 

ottavo sogno


いかがだったでしょうか。並盛中体育祭と、ツナのバイト話。次はリボーンとツナのお誕生日話ですね。
ハルと京子には会えたのですが、了平と絡められなかったのが残念です。了平と絡められるのはいつかなー。

お付き合い有難う御座いました。多謝。
2006 3 22  忍野桜拝








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