Ogni oggetto amato e` il centro di un paradiso.

うららかな昼下がり。戦の予定は当分ないけど、忍たるもの、いつでも備えが出来てないとね。ってわけで今、俺様は手裏剣の手入れの最中。
「にいさま、佐助にいさま」
「ダメ。危ないからあっちで遊んでなさい」
俺がうっかりして百合に怪我させる、なんて万に一つもないけど、百合が好奇心から手を出して怪我するってことなら十分ありえそうだからね。ちっちゃな手から手裏剣を遠ざけて庭を指した。
「ヤ!にいさまがいい」
百合はぶんぶんと頭を振って尚も俺にしがみつこうとする。
うーん、可愛い…ってそういう話じゃないね。
「旦那!ちょっと真田の旦那ー」
いつもとは逆だなあ。いつもは旦那が好き勝手に俺を呼ぶ(まあ仕事だけど)。
「佐助?何でござる?」
ひょいと後ろ髪のしっぽを揺らして顔を見せたのは、俺の主、真田幸村。いつもの赤備えの服じゃなしに、普通の着流しを着てる。平時だからね。
「おお、百合もおったのか」
「ゆきむらさま!」
百合はぱっと顔を上げて旦那を見ては恥ずかしそうに口元を手で覆った。おお、こういう顔も可愛いな。っていうか俺様の妹だから何やっても可愛いんだけど!
「旦那、悪いんだけど百合のことちょっと見ててくんない?俺、武器の手入れ中でさ」
「分かった。百合、こちらへ来ぬか?」
「行く!…じゃなくって、行きます!」
百合は早くから喋ることが出来る子だった。二つになる前から言葉らしきものが喋れていたし、三つになった今はほとんど大人と同じように喋ることができる。もっとも語彙は乏しいし口もよくまめらないので、口調は子どもっぽいままだけど。おまけに俺に似て聡いようで、俺と旦那の関係や、お館様との関係もおぼろげに分かっているようだった。
「行く、で宜しいでござるよ。元気があって俺は好きでござるな」
旦那と一緒にいて、というか武田軍にいて女らしく育つかが現在の俺様の不安なんだけど、さっそく旦那は百合を元気な方向に持っていこうとしてるし…。いいんだけど。元気がないよりはあるほうが。
「本当?百合のこと好き?」
ぱたぱたと旦那のとこへ駆け寄った百合は、なんだか話を飛躍させている。こういうとき、まだ百合はちっちゃな子どもなんだなーって思う。だってまだ三つなんだぜ?俺は三つの頃からもう修行してたから、毎日が生きるか死ぬかだったわけだけど。百合にはそんな思いさせたくない。
「好きでござるよ」
旦那は旦那で深く考えないから…。考えられないとも言う。思わず飛苦無の照準を旦那に当ててしまった。旦那の首が鈍い動きでこちらを向く。
「佐助。何の冗談でござるかな」
「俺様本気だけど」
にっこり笑いあったまま無言。やだなあ、冗談とはいえ本気だよ?百合に好きだとか言ってどうしようってのさ!
「ゆきむらさま?」
意味がちっとも分かってない百合は、旦那の後ろ髪を引っ張って注意を引こうとした。
「なんでござる?」
「百合のことが好きって本当?ゆきむらさま、うそはだめよ?うそついちゃいけないの」
嘘はダメだ、というのは俺が教えた。百合は子どもなのでさらりと分かりやすく他愛も無い嘘をつくことがよくあるが、それはいけないことだと重々言ってきかせてある。百合は忍じゃないんだから。
「嘘ではござらんよ。こんなに可愛い百合を嫌う者などおるまい」
「うれしい!」
実にほのぼのした風景。少年(青年っていうにはまだ早いっしょ)と幼い女の子がにこにこして向かいあってる。手なんて取りながら。
…手?
「旦那」
「何でござる?」
「さっきまで何してたの?」
「何って鍛錬でござるが」
百合と旦那の手はしっかり重なっている。百合は意味が分からず首をかしげた。あー可愛い。
「手は洗った?」
「鍛錬を終えて水を浴びた故、手も洗った…と思う」
「ならいいや」
「何でござる?」
鍛錬した後ってどうしても手とか汚れるから、ね。旦那も百合も意味が分からないらしく、似た角度で首をかしげている。旦那はあんまり可愛くは見えないねえ。百合はこんなに可愛いのに。
「ねえ、ゆきむらさま」
「何でござるか?」
「ゆきむらさまには、およめさんいるの?」
俺はほとんど手元見ないで手入れをしてて、目は百合と旦那を見ていたわけで、旦那の顔が真っ赤になっていく過程がよく分かった。手元間違えなかった俺様ってばさすが。
「い、いないでござるよ。俺にはまだ早い」
「早い?じゃあいつかもらうのね?」
百合の言葉に旦那は困り果てたように俺を見やった。
「佐助ぇ…」
「まあまあ。旦那も独り身ってわけにはいかないんだし。言葉ぐらい慣れなよ」
「そうは言ってもだな」
旦那の言葉を遮ったのは、旦那から手を離して、お行儀良く正座した百合の声だった。
「あたしをおよめさんにもらってください、ゆきむらさま」
「な!?」
「はぁ!?」
俺と旦那はほとんど同時に同じだけの大きさで叫んでいた。俺のほうが若干大きかったかな。って冷静になってる場合じゃないし!
「だめ?あたしじゃいや?」
小首をかしげるしぐさがこれまた可愛いわけだけど、とりあえず手裏剣も何もかんも置いて、縁側の百合に駆け寄って抱き上げた。くすぐったいのか、けらけら笑う。
「ね、佐助にいさま、あたしゆきむらさまのおよめさんになるの」
「いつの間に決定事項になってんの!っていうか旦那!」
旦那はさっきから赤い顔で、それこそのぼせたときみたいに湯気さえ立ててる。口元は釣り上げられた魚みたいにぱくぱくしてた。目線だけでちゃんとしてよ、と詰め寄ると旦那はしかしだのいや俺はだの口ごもった。
まさか百合を嫁にしよーとか思ってんじゃないだろーな。いくら旦那といえど百合はやりません!どこのどいつでも許さないね!たとえ大将でもお断り!
「ゆきむらさま、あたしが大きくなるまで待っててくれますか?」
俺の腕の中にいる百合はすっかり旦那に嫁ぐ気でいるらしい。大きくなってからね、とごまかす手段も断たれてしまい、旦那はますます慌てた。百合は賢い子だけど、こればっかりはその賢さに困っちゃうねー。
「そ、その、百合」
「なぁに?ゆきむらさま」
およめさんにしてくれるの?と百合は小首を傾げる。あー嫁どころか部屋からも出したくないね。
「百合が大きくなったときは、俺はずいぶんおじさんになってしまうでござるよ」
嘘がど下手な旦那にしては頑張ったな。旦那と百合の年の差は14だから、百合が15ぐらいになって嫁に行く年になったとしても旦那は29。全然普通の年の差だ。まあ、かなり離れてるほうではあるけど。そういう夫婦がいないわけじゃない。
「へいきよ!あいに年の差はないんだから!」
力強い百合の言葉に、俺も旦那もぶっ倒れそうになった。俺は百合を抱きかかえてるから、そういうわけにはいかなかったけど、気持ち的には旦那と同じく倒れこんだ。
「百合…」
「百合、それを教えてくれたのは誰かな?」
大体予測はついてるけどね。あいつ、兵糧も金も持たせずに島津まで行かせるぞ、マジで。しかも殲滅してこいとか言うぞ。あの野武士集団を。俺様の可愛い百合に何勝手なこと吹き込んでくれてんのかな、あいつは!
「さいぞうよ!だから大きくなったらおよめさんにならないかって言われたんだけど、あたしはゆきむらさまのおよめさんになるのって言ったの」
「才蔵であったか…」
大正解。旦那はびっくりしてるけどね。っていうか、ぶっ殺す。マジで。思わずゆらりと殺気立ちそうになったけど、一瞬で百合が怯えたので慌てて笑いかけた。
「だからね、ゆきむらさま、百合をおよめさんにして?」
百合はそれはそれは可愛くにっこりと旦那に笑いかけ、旦那は困ったように頭をかいた。旦那の表情が嬉しそうなのは俺の気のせいかなァ。まさかねぇ。いくら旦那といえど、百合を嫁にくれなんて言い出したら、即抹殺対象だから。主であっても関係なし!俺様は百合と共に生きるので!
「あ、でも」
百合は腕の中で不意に俺を見上げた。
「ん?」
「佐助にいさまはおよめさんもらっちゃだめよ」
め、とちっちゃな人差し指を俺に突きつける。まあ、俺は忍だからまともな婚儀なんて一生縁がないし、恋人ぐらいはいてもいいかと思うけど、今のところその暇もないし…。
「だって、およめさんもらっちゃったら、佐助にいさまはその人のものになっちゃうもの」
百合の言葉に、あたふたしてた旦那がようやく落ち着いた笑みを見せた。
「百合は佐助が大好きなのだな」
「うん、大好き!だからね、佐助にいさまとね、ゆきむらさまとね、みんなでずっと一緒がいいの!」
みんな、の中にはおそらく忍隊や十勇士たちが入っているのだろう。百合の笑みはあどけない。
「ずっと一緒がいいから、どうやったらずっと一緒になれるかなって考えたの」
「それで旦那のお嫁さんになろうと思ったの?」
百合はこくんと頷いた。あー、良かった。マジで良かった。旦那のことマジで初恋とかじゃなくて。そういう方法論なわけね。
「だってゆきむらさまと一緒にいたら、佐助にいさまとずっと一緒にいられるじゃない!」
だからさいぞうはだめなの。いっつもおしごとで佐助にいさまと一緒じゃないんだもの。
「……」
泣くかと思った。
旦那が近づいてきて、俺に抱かれたままの百合の頭をそっと撫でる。時々見せる、年に合わない大人びた顔で。
「百合は本当に佐助のことが大好きなのだな」
「大好き!本当はね、ずっとずっと一緒にいたいの」
お仕事にも一緒に連れてって欲しいの。でもだめでしょ?
百合はそう言って少しだけ笑う。
「ずぅっと一緒なのがだめなら、少しでも一緒にいられるようにって…にいさま?」
不思議そうな顔で百合が俺の顔に手を伸ばす。小さな手が頬を撫でた。小さな手が撫でた頬が湿っていることに気づいて、初めて泣いていることに気づく。
「どっかいたいの?百合、いけないこと言った?」
黙って首を振る。何も言えなかった。
どうして俺なんかのところにこんな良い子がきたんだろう。そりゃ百合は俺の実の妹で、家族で、兄妹で。でも、小さな頃から人を殺して手を血に染めて救いようのない闇を奥底に抱え込んでる俺なんかが、いつまでもこの子の傍にいていいんだろうか。
「佐助」
「にいさま、どこがいたいの?百合がなおしてあげる」
常より何倍も優しげな旦那の声がする。百合の高くて細い声もする。目をつぶった。涙が流れていく。
俺は果報者だ。身にそぐわないほど、有り余るほどの幸せをもらっている。これ以上の幸せなんて、日ノ本中探してもきっとない。
「ねぇ佐助にいさま、どこがいたいの?」
「…百合」
「なぁに、ゆきむらさま。どこがいたいか分かる?」
「佐助はな、どこも痛くないのだ。百合が大好きで幸せで、だから泣いておるのだ」
旦那は俺みたいな忍づれと違って、愛されて育った子どもだ。俺ならそんなこと言えない。だって泣いてる今だって、意味が分かってない。
「しあわせだと泣くの?」
「そうだ。百合が生まれたとき、百合はどこも痛くないのに泣いておったのだぞ」
旦那には弟も妹もいない。兄君が一人いるだけだ。きっとどこかで子どもが生まれる場面に出くわしたのだろう。
「あたしが?覚えてない」
「生まれて父母に愛され、佐助に愛されることが幸せだからだ。百合、これから先何があっても、佐助がそなたを大好きだということだけは忘れるでないぞ」
何があっても。俺が…百合の元に帰ることができなくても。
「うん!あたしも佐助にいさまが誰より大好き!」
「俺よりか。まあ佐助に負けるのは仕方ないな。……佐助」
旦那は強いね。望まれて、愛されて、小さなときに辛い目にもあってるのに、心根が本当に強くて暖かだ。旦那は空いてる片手で俺の頭を撫でる。…そんなの、初めてされた。人に頭を撫でられた記憶がほとんどない俺にとっては、あまりにも久しぶりすぎる感触だ。
「俺も百合がこの世の誰より好きだよ」
抱きかかえる腕にそっと力を込める。百合が旦那を真似て小さな手で俺の頭を撫でた。
愛なんて分からない。好き合って寝所を共にして添い遂げることを愛だと言うのなら、俺には死ぬまで分からなくていい。けれど、この気持ちだけは何があっても誰にも奪わせない。誰に糾弾されても否定されても変わらない、絶対に。
本当は、忍に必要じゃない感情だって分かってる。でも俺はこの子を、この気持ちを守るためなら修羅だろうが鬼だろうが何だってなってやる。いくらでも血を浴びて、いくらでも人を殺せる。
「百合。意味は分からぬだろうが、聞いておれ」
「ん?うん」
「佐助はな、素晴らしい忍だが、我が身を顧みぬところがあったのだ。俺にはそれが腹立たしかった。しかし、そなたが来てからの佐助は変わった。変わらず素晴らしい忍だが、我が身に執着するようになった。怪我をすればそなたが悲しむと知ったからだ」
その執着がいつか自分の身を危うくすることを俺は知っている。忍なら誰もが分かっていることだ。だから忍は物にも人にも執着を持たない。吹けば飛ぶような身軽さでないと、死ぬことになる。
「あたしが何かした?」
「そなたが笑っていれば、佐助が怪我をしたとき佐助の前で泣けば、佐助は何があっても百合の所に帰ってくる。必ずだ。だから、佐助が怪我をして帰ってきたら、たくさん泣いていいぞ」
「本当?でも、あたしが泣くとにいさまは困ったお顔をするの」
困らせてやれ、と旦那は言って笑った。本当にあんたは強いね。
でもあんまり泣かれるとさすがに困るな。大切な人の涙って、本当にどうしたらいいか分からない。旦那がまだ元服する前、旦那もよく泣く子だった。その涙でさえ十二分に困ったってのに、まして大事な百合の涙なんて。
「ゆきむらさまが言うんなら、そうする!」
「おう。良い子だな」
百合が両手を伸ばして旦那に抱きつこうとしたので、そのまま百合を旦那に預ける。袖でぐっと目元を強くこすってから、顔を上げた。
「旦那、無責任なこと言わないでよ。これじゃあ、俺、絶対帰ってこなくちゃいけなくなったじゃない」
「そうでなければならぬ。お前がいなくなれば百合はどうなる」
「……。でも、忍にとって執着は禁忌なんだよ?いつか躊躇して自分の身を危うくする」
「ならばそのままここに帰ってくれば良い。みっともなくとも、どれだけ怪我をしても」
「旦那」
仕事放り出して帰ってこれるわけないじゃないか。非難めいた俺の声と視線を受けて、旦那はなぜか笑った。百合は疲れたのか、旦那の腕に抱かれたまま寝ている。
「何も悪いことなどないぞ。お前は俺の忍だろう。ならば俺の下知(命令)ぐらい守れ。百合を一人にさせるな」
旦那は、物心ついた後に、上杉や豊臣に人質として差し出された過去がある。もちろん供はいたが、親御とも兄君とも別れて一人で。その頃、俺はまだ忍の修行中だったから、旦那とは会ってない。一人にされる、知らないところに一人で放り出される、ということを旦那は身をもって知っている。
「でも、俺は旦那を守る忍なんだから、旦那のために命ぐらい張るよ。大将の、ためにも」
俺と百合が生き残っても、旦那や大将がやられたらそんなの、意味がない。真田忍隊は、真田十勇士は、決して旦那より後には死なない。俺の主は真田幸村でしかない。
「で、あろうな。だから、俺はいつだって鍛錬しておるのだ。お館様のご上洛を叶え、お館様を御守りし、お前たちを一人にさせないために」
「旦那は強いね…」
「なんの、まだまだ。お館様のお役に立つにはほど遠い。もっと強くならねば」
そう言う旦那の顔に夕陽がさしかかった。百合の顔が夕映えを受けてほの赤くなる。
「百合抱いててくれてありがと」
「礼には及ばぬ。百合はまた大きくなったな。少し重たくなった」
旦那から百合を受け取って、部屋に戻る。百合用の小さな布団に寝かせてやると、寝言が聞こえた。
「佐助にいさま…大好き」
これだから。
俺と旦那は顔を見合わせて笑った。





佐助妹夢。兄弟姉妹設定の夢をずっと書きたいと思っていて、やっと実現しました。すごい年の差兄妹ですが、まあ、こういうのもいいかな。佐助と妹と幸村のほのぼのちょいギャグを書こうと思ってたのに、気づけばうっすらシリアス風味になってた…。
変な話ですが、このお話書いて、幸村がもっと好きになった。幸村は、守るということの意味を知っていると思います。自分を大事にしないと自分を守ってくれる人が危ない目にあうとか、自分を大事にしないと自分を大事に思ってくれる人たちを傷つける、とか。佐助は忍なので、そこら辺が全然分からない。
幸村は一人称が「某」と「俺」と使い分けているようですので、私的なときは「俺」でいいかと思って書いてみました。
次は伊達妹か幸村妹かなー。姉でもいいねー。


お付き合い有難う御座いました。多謝。
2006 9 21 忍野桜拝



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