クリスマスって経済効果以外に何かあんの?悪かったな一人身だよ!
松平に『明日の朝刊を楽しみにするこった』と言われた近藤は言葉通りに朝刊が届くのを楽しみにしていた。夜遅く禽夜の屋敷から帰ってきたのであまり眠っていないのだが、わくわくした心持で朝刊を手に取る。一面は経済問題で、三面の社会面に真撰組が攘夷派浪士を大量検挙したこと、禽夜が春雨と繋がって癒着しており、麻薬を所持していたことで捕まったことが載っていた。
「すげェぜ、とっつぁん」
禽夜を捕まえるために松平が屋敷に来たのか、と合点がいって一人頷いていると、外から声がした。
「近藤さん、起きてらっしゃいますか」
「おう百合か。おはよう。どうした」
「おはようございます」
百合は音も無く障子を開け、隊服姿で近藤の部屋に正座した。後ろに土方がいる。
「トシまで、どーしたんだ」
「新聞読んだんなら話が早ェ。おい秋月」
土方に促されて、百合は近藤を真正面から見据えた。
「禽夜を捕まえるように松平さまに言ったのは私です。禽夜を捕まえるために今まで単独行動していました。局長の許しも得ずに、申し訳ありませんでした」
深く、頭を下げる。近藤は突然のことに驚きを隠せない。
「え、百合がとっつァんを呼んだのか?じゃあ山崎が言ってたのは…」
「私が山崎たちに話して、少し協力してもらいました。独断で行動し、さらには勝手に隊士を使ったこと、本当に申し訳ありません」
百合は顔を上げない。
土方は柱に寄りかかって煙草をくゆらせている。ふーっと長い息で煙を吐ききった。
「今回秋月がしたことは明らかな隊規違反だ。単独行動をした上に居場所を山崎たちにも知らせず、挙句の果てには私情に走った行動に山崎たちを巻き込みやがった。とっつァんがカエルを捕まえて公には悪くねェ話にはなったが、違反は違反」
近藤は新聞を畳みながら百合に顔を上げるように促した。
「百合はなんで禽夜を捕まえようとしたんだ」
「…桂を追って海賊春雨の船に潜入した際、禽夜が春雨幹部と繋がっていることが分かり、禽夜の罪が明らかになったからです。罪が明らかである以上、警察ならば捕まえるべきかと勝手に判断しました」
「志は悪かねェが、独断で行動したことが問題だろ」
土方の声に近藤はしばし考え込んだ。
結果としては悪いことにはならなかった。禽夜をきちんと護った後のことだし、真撰組には咎め立て一つない。まして犯罪者を追って捕まえるのは警察の使命だ。
「まあ、それほど怒ることでもねぇさ、トシ」
「近藤さん!俺は隊規違反の問題だと言ってんだ」
「確かに一人で行動してみんなに心配をかけたのは百合が悪かっただろう。だが、志は間違っちゃいねぇし、何より本当に禽夜は捕まえられて然るべき者だった。ならば、百合の行動に非はあるまい。だがな、百合」
「はい」
「みんなに心配をかけたのは事実だし、連絡もせずに単独行動をするのは危険だ。だから、しばらく内勤するように。これでいいだろう?トシ」
土方は近藤の甘さに銜えている煙草を歯噛みした。じわっと紙の味がする。
「あんたは甘すぎる」
「トシが厳しくやっててくれるから、俺は甘いぐらいで丁度いいんだ。なぁに、百合も反省したろう?」
「…はい」
だが、百合自身はまた同じようなことがあったら戦姫として外に出るだろうとも思っていた。それでなくとも、戦姫としての仕事もまだ続いているのだ。近藤に容易に言ってしまうと余計な迷惑をかけると思い口を噤む。
「それならいいじゃないか。禽夜も捕まって、しばらくは攘夷派も大人しくしているだろうし、百合は心に問うて正しいことをした。少しぐらいの違反は大目に見てやれよ」
「ありがとうございます」
「…俺は許してねェよ」
土方は喫い終わった煙草を庭に捨てて近藤の部屋から去っていった。百合が目線でその背を追う。
「百合、トシはああ言ってるが、本当はお前が心配なだけなんだよ、分かってやってくれ。あいつも俺と一緒で言葉が上手くないヤツだから」
「はい」
百合はさっきの土方の様子を思い浮かべてふんわりと笑んでみせた。心配をかけたのは自分だというのに、なんだかこそばゆい気持ちになる。
「よし。なら朝飯食いに行くかぁ」
「はい」
二人揃って食堂への廊下を歩く。
「それにしても、なんで百合は朝飯を食べる前から隊服なんだ?俺もみんなも寝巻きだってのに」
「…松平さまから寝巻きで出歩くなと言われてまして」
「そーか。とっつぁんは百合のこと可愛がってるからなァ」
近藤の笑いはそのまま、食堂まで響いた。
近藤の命で百合は当分の間内勤となり、張り込みや調査にはそれぞれ隊士たちが出て行った。屯所待機となった山崎と二人で監察の詰め所にいたが、調査結果を待たなくては書き上げられない書類もあり、出来る範疇の仕事をし尽くしてしまった。
「ねぇ山崎」
「なんですか」
「暇よね」
「そうですね」
「山崎がいっつもバドミントンしてる気持ちがよく分かったわ」
俺がバドミントンしてるのは暇じゃなくて好きだからです、と百合に訂正した山崎の声が外からの音によって遮られた。やたら激しい衝突音だ。
「なにかしら」
「暇なんですから行ってみましょうよ」
山崎に促されて百合も一緒に音の出場所に向かう。近づけば、屯所の門に大きく穴が開いていた。
「あーあ」
「きれいに穴が開きましたね」
「なにが『きれいに』だコラァ!てめェか山崎!」
門の側にいたはずの土方が刀を振りかざして駆けて来る。山崎は逃げ腰だが、その前にすっと百合が立ちはだかる。
「おいコラ」
「山崎は事実を言ったまででしょ。怒るならこの原因作ったやつに怒ってよ」
百合の意見は至極真っ当だったので土方もそれ以上怒ることが出来ずに、刀を収める。収めた手でくい、と門の辺りを指した。
「当の原因がアイツだ」
岡持のようなものが屯所に転がっており、穴の側には前輪の部分がぼこぼこにへこんで壊れたスクーターと、銀髪の侍。百合と視線が会うとへらりと笑みをこぼした。へろー、と手を振っている。
「銀さんじゃない」
「出前やってたんだとよ。とんだ出前だぜ」
「いやそれほどでもないよ多串くん」
「土方だっつってるだろうが!オイ!っていうか一切褒めてねェよ!」
銀時の言葉に土方は青筋立てて怒る。百合はそれを放って銀時を不思議そうに見ていた。
「万事屋さんって出前もするの?」
「おう。っつうか仕事ねぇしな、なんでもやるって言ったろ」
「ふぅん。で、何を出前しにきたの」
「あ?これは北斗心軒に頼まれてチャーハンの出前」
「…誰が頼んだのか知らないけど、それ隊士のお昼ご飯なのよね…?」
岡持が倒れている以上、中のチャーハンは無事ではすまないだろう。ゴゴゴゴ…と百合の背景が轟音を背負う。すっと百合の気配が変わっていく。それを見て取った周りにいた隊士たちはざわつき始めた。
「やべェ、百合さん怒ってっぞ」
「アイツ死ぬな」
「え?え?死ぬって、俺スクーターでこけて九死に一生を得たのにさらにその一生すらも?」
百合は自前のトカレフを左手に抜き、隊から支給されているリボルバーを右手に抜く。リボルバーの撃鉄をカチン、と引いた。
「一生懸命お仕事してる隊士のお昼ご飯を台無しにするなんて、いい度胸ね、銀さん」
左手のトカレフで心臓を、リボルバーで頭を狙っている百合の姿を見て、銀時の周りにいた隊士がすっと引いていく。
「オイオイオイ!お前の仲間がここで人殺しになろーとしてるってェのに、誰も止めねェのかよ!」
「残念だったな万事屋」
土方は銀時を鼻でせせら笑う。
「百合は滅多なことじゃ怒ったりしねーが、こと真撰組のこととなると多少沸点が低いようでなァ。まあ、大人しく成仏しろや」
「じゃあね、銀さん」
撃つ相手の名前を呼んで、躊躇いなく引き金を引こうと指を動かした百合の両腕を後ろから山崎が羽交い絞めにして止めた。
「何するの山崎」
「ダメです。あんなどうでもいい一般人殺して百合さんがもし罪にでも問われたらどうしたらいいんですか、俺たち」
「いやあんたたち揃いも揃ってひでェなオイ。銀さん主人公だぞ」
「だって…」
「昼飯なら旦那に弁償でもしてもらって食べればいいだけの話です。俺たちにとっては百合さんのほうが大事なんですから。そうでしょう、土方さん」
銀時ははるかかなたに捨て去られて、勝手に話が進んでいく。
「…まァそういうこったな。コイツの罪状を作ることは可能だが、お前が余計な血を負うことはねェだろ?」
「頼んだ人は誰なの」
「ああ、俺だ。俺が良いって言ってんだから、お前もそれしまえや」
「分かったわ」
土方の言葉に百合はようやく両手を下ろして銃をしまった。
「っていうか、お前ら本当に警察?出るとこ出て訴えて高額で勝つよ?」
銀時の言葉に百合は銀時を一瞥した。
「…じゃあ『デリヘル』って言ったことセクシャルハラスメントで訴えましょうか?」
「………。ホントすみませんでした。っつうかその件は前に謝っただろうが!」
一応しおらしくなった銀時だが、以前謝ったことを思い出し、猛然と抗議する。
「しかもお前甘味処で銃向けやがって、いくら銀さんが糖好きとは言え、糖と一緒に心中するとこだったじゃねェか。いや、糖と心中なら悪くねぇな…」
「百合、まだあの件怒ってたのか」
派手に銀時の家をぶち壊してそれで気分がすっきりしたのは自分たちだけだったのか、と土方が問うと百合は小首を傾げた。
「あたしは怒ってないよ。みんなが怒ってるから、よっぽどひどいことなんだろうと思って。だから殺っとこうかと思ったんだけど」
「……え?」
怒ってない?銀時は百合の意外な言葉に目を丸くさせた。実際に撃ってきて何度も銃を向けてきたのに?
「だって、別に何を言われても気にならないもの。ただ、あの時みんながすごく怒ってたから、ひどいことした人なんだと思って…」
単に百合は周りが怒っているようだったから波長を合わせただけで、百合自身は全く怒っていなかった。デリヘルの意味もそれを女に向ける意味も分かってはいるのだが、百合自身、自分が女であるという認識が弱く侮蔑されたとは思わなかったのだ。元々人目を気にしたりすることがない性質でもあるし、女らしい慎みや恥じらいにも欠けている。
「ああ、それでお前攻撃したのか。もう俺たちは怒ってねぇから、つまらねェ一般人狙うんじゃねぇぞ」
「分かった」
いざとなれば罪状作ってしょっ引いてやるから、と土方は百合に諭す。百合は頷いて銀時にごめんね、と声をかけた。
「いやごめんねっていうか、なんていうか…。じゃあ嫌われてたわけじゃなかったってこと?」
「…それはそうだけど」
「なんだーそっかー。銀さん頑張っちゃおうかなーあははー」
途端に機嫌が良くなった銀時を土方はちらりと見やり、百合に向き直る。
「百合、女中ンとこ行って昼飯三人前増えたって言ってこい」
「オッケー」
そのまま音も立てずに廊下を歩いていく百合の背を銀時は土方たちと一緒に見つめた。
「おい万事屋」
「なによ多串くん」
「土方だコルァ。百合にはな、嫌いという感情はほとんどねェが、好きという感情もほとんどねェ。理解できねェんだとよ」
「……?理解できない?」
「そーゆーこった。分かったらとっとと帰れ。あ、門の修理代は後で請求するからな」
「へいへい。…なるほどね、お庭番衆ともなれば人として生きてきてないってことか」
「……!」
真撰組に元お庭番衆の忍として百合がいることは、極秘で、土方たちに緊張が走った。土方は柄に手をかける。
「そんなにあの娘が大事?前に忍装束のとこ見たことあってね。俺もいろいろ見てきたほうだから、なんとなくそう思っただけ。別に言いふらしたりしねぇよん」
銀時はことさらおどけた口調で言って、諸手を上げてみせる。土方は刀の柄から手を離さない。
「…言いふらしたりしたら、お前ェの命がねぇだろうよ」
「そりゃ大事だ」
「真撰組が殺りに行くんじゃねぇ。あいつ自身がお前を殺る。俺達もそうやって口止めされてるクチだからな」
「…ふぅん。それについては了解したよ。俺ァ老衰して死ぬのが夢なんでね、殺されるのは真っ平なもんで」
「そーかよ。とっとと帰れ」
「へいへい」
銀時がくるりと背を向けたので土方は刀の柄から手を離す。が、銀時は壊れた門のところまで歩くとくるりと振り向いた。
「事情は分かったけど、でも銀さん頑張っちゃうからよろしく〜」
にまっと笑って踵を返し、後ろ手をひらひらと振りながら、銀時は真撰組屯所を後にした。
「一々癪に障るヤローだ」
土方は苦々しく言いながら、新しい煙草に火をつけた。
銀時の破壊行為によって穴が開けられた屯所の門が元通りになった頃、町はくりすます一色だった。くりすます、の習慣は江戸にはなかったもので、近年天人たちが広めた習慣だが江戸の商業とも結びついて、今では恒例行事になっていた。
「くりすますですぜィ、土方さん」
「あァ?それがどーかしたのか」
沖田と土方は揃って市中見廻りの最中だった。町中はそれぞれに装飾が施され、町行く人の顔も心なしか楽しそうに見える。
「良い子には贈り物が来るんでさァ」
「そりゃガキの話だろ。言っとくが上司を呪ってバズーカぶち放すヤツは良い子じゃねェからな」
「なんでィ。俺ァ土方さんのためにやってるんですぜィ」
「はァ!?お前何抜かしてんの?」
沖田の不可解な論理に土方が声を荒げたとき、取り合わない沖田はある店の前で立ち止まる。仕方なく土方も立ち止まった。
「何だよ」
土方は不満そうに言って店に目をやる。若い娘たちが居並んでいる、小間物屋だ。時期が時期だけに、若い男の姿もある。
「今年は何にするんでしたっけ」
「あー…何だったかな。近藤さんが雑誌見ながら騒いでた記憶はあるんだが…うーん…」
毎年、くりすますには近藤が主体になって百合に贈り物をする。くりすますに贈り物をもらえるのは良い子と相場が決まっているものだが、百合はもちろんとうに『子』の範疇から出ている。しかし、それでも毎年贈り物をするのには訳があった。
三年前、百合が真撰組に来て初めての冬を迎えたとき。調査で外に出ていた百合は局長である近藤に報告した後で、こう首を傾げた。
「局長、なんだか町中が賑やかな気がするんですが、お祭でもあるんですか?」
たまたま同席していた土方は煙草を取り落としそうになり、沖田は驚いてまん丸に目を見開いた。
「姉御、くりすますって知らねぇんで?」
「なぁに、それ。お祭の名前?」
「くりすますってのは、女が男にばか高いモン買わせて裏でウハウハ喜ぶ祭でィ」
「…変な祭ね」
沖田が百合に向かって勝手にくりすますの誤った説明を繰り広げ、信じ込んだ百合に土方と近藤が慌てふためいて訂正する。
「この馬鹿!」
土方は沖田の頭に拳を下ろしてから、違うぞ、と訂正を始めた。
「くりすますってェのは天人が広めた習慣で、一年良い子にしていた子どもに贈り物をしてやる習慣だ。町中の飾りつけは天人の真似ごとだな。元はどっかの宗教者が…」
土方の高説の最中、近藤は百合に雑誌を見せている。好きな女性に贈るものを考えていたのか、女性向けの雑誌だ。
「なぁ、この中で欲しいものとかないのか、百合は」
「…?特に必要だと思うものはありませんよ」
「いやそうじゃなくってな」
百合には物欲、というものがほとんどない。判断基準は必要かどうか。必要であったら買うし、不必要と思えば目を奪われるような美しいものであっても美しいものだ、と思うだけで終わる。
「姉御は何か贈り物されたことはねェんですかィ」
「?憶えてる限りじゃないわよ」
「百合の小さい頃は、まだくりすますなんて習慣なかったからなァ」
七つで松平のところに引き取られた百合は、忍者学校にいた頃はそこそこ子どもらしいことをして過ごしてはいたのだが、十になってお庭番衆として活動しだしてからは一切そういったことをやっていない。
「そうですね。そう言えば前から、師走になると町が派手になるなあとは思ってたんですよね。そういうお祭だったなんて知らなくて。忍の頃はずっと夜に仕事してましたから、照明が派手なこの時期はちょっと仕事しにくいんですよ。でもターゲットもこの時期になるとなぜか気が緩むことが多くて。その点では良かったかな」
なんとなく、近藤たちは顔を見合わせた。くりすますという町中が浮かれてしまう時期を仕事だけで過ごして、仕事の観点からしか世界が見えていなかった百合。それは、ひどく寂しいことだ。切ない思いで近藤は百合に向かって笑みを浮かべた。
「今年からは、もうみんなと一緒に楽しむといい。にぎやかな町はきれいだったろう?」
「……そうですね。みんなどことなく楽しそうで、いいですね」
すみません、と局長室の外から声が掛かった。山崎の声だ。
「百合さんいらっしゃってますか」
「いるわよ、どうしたの」
「監察の詰め所にお戻りいただけますか」
「分かったわ、すぐ行く。それでは失礼します」
百合はすっと頭を下げて局長室を出て行く。外で待っていた山崎と一緒に監察の詰め所に向かった。残された近藤たちは、再び顔を見合わせた。
「なぁ、トシ」
「…言っとくが、警察が大っぴらにくりすますなんて出来ねェぞ」
近藤は言いたいことを察された上に反論されて、しゅんと落ち込む。
「くりすますが近づくと浮かれたヤツが増える分仕事も増えるし、こういう空気をぶち壊しに何か計画するヤツがいてもおかしくねェ。俺たちには休みなんてほとんどねーんだよ」
「何でィ、面白味のねェお人でさァ」
沖田がまぜっかえす。土方はぴくりと眉を動かしたが、近藤の手前、刀は抜かなかった。
「百合に何かしてやりてェあんたの気持ちは分かる。だがな近藤さん。俺たちは警察で、気を緩めたりしてる暇はねェんだ」
「それはトシの言うとおりだけどさ…」
なおも言い募る近藤に土方がため息をもらしたとき、沖田がぽん、と手を打った。
「ありましたぜィ、隊士の気を緩めずに姉御に何かしてやる方法」
「そりゃ何だ、総悟」
「贈り物でさァ。くりすますには子どもは贈り物をもらえるんでしたよねィ?姉御はもう子どもじゃありやせんが、子どもの時分何もしてもらってないなら、俺らが今してやればいいんでさァ」
「…それは悪くないかもな」
土方は沖田の提案に乗って軽く頷いた。近藤はまた雑誌に目を通している。
「それなら、百合には何をあげたら喜ぶと思う?」
「さァ……あいつは『欲しい』って思うことがねェみてーだからなァ」
「姉御のスリーサイズなら分かりやすぜィ」
近藤の提案に土方が首を傾げると、沖田がいきなり爆弾発言をした。両の手をわきわきと動かしている。
「はァアアア!?お前なにやってんのォオオ!」
土方が声を上げると、沖田はにやりと勝ち誇った笑みを浮かべる。
「すごいな総悟。で、いくつだ」
「あんたも乗るなァアア!」
土方が尚も声をがなり上げているが、沖田と近藤は意に介さない。
「俺の目測から行って、89・58・82ですぜィ」
「ほ、ほほーう…」
「姉御は細身だが胸がありまさァ。ばっちしですぜィ」
「何がばっちしじゃァアアア!」
自信満々で笑みを湛える沖田の頭上に土方の鉄拳が降る。沖田は頭を抱えて涙を浮かべた。痛いらしい。
「お前なァ、やっていいことと悪いことがあンだろが!」
「なんでィ。土方さんだって知りたいくせに。ムッツリめ」
「てめェ…」
土方と沖田のバトルが勃発し始めたとき、近藤は女性向け雑誌に見入っていた。くりすます特集、と書かれているページを見てはにたにたしている。
それから土方と沖田は真剣でのバトルにまで発展したが、近藤が結局選んだ商品は着物で百合は事情を知ると正月の晴れ着としてそれを身につけた。その年以来、近藤主体による贈り物が続いている。
「そうだよ、今年も着物にしたんじゃねェか、近藤さん」
土方が『女に着るものを贈るのは好いた男のすることだ』と何度説明しても、着飾った百合の姿が見たいがために、近藤は着物を毎年贈っている。百合もそれを喜んでいるように三人には見えた。きちんと正月にはそれを着て笑ってくれる。
「一年目が桜柄の振袖、二年目が春秋柄の振袖、三年目が黒地に雪輪柄の振袖で、今年は白地に蝶の振袖ですぜィ」
沖田が指を折って数えながら答える。一年目は近藤が選んだものだったが、二年目からは二人とも口を出していて、三人で決めて贈っている。振袖なので結構な値段がするのだが、それぞれの給与に見合った額を負担している。決して安くはないのだが、三人とも正月の晴れ姿と笑顔を見られるのなら構わない、と思っていた。近藤はもっと頻繁に着て欲しいと思っているようだったが。
「正月が楽しみでさァ」
「……ああ」
二人は小間物屋を後にした。土方は少しだけ立ち止まって、小間物屋で品物を真剣に選んでいる娘たちを見ていた。
それから幾日も過ぎて、くりすます前日になった。若い者の間では、くりすます当日よりも前日を大事にする風さえ起こっていて、町中は男女の二人連れが目立つ。その中の一つに、百合と山崎の姿があった。
「くりすますの前日ともなると、なんだか人が多い気がするわね」
百合はくりすます、を天人が持ち込んできた祭だと思っていた。間違ってはいないのだが、微妙に違う。山崎はくりすます前日に男女連れが目立つ理由も意味も分かっていたが、訂正せずに側で笑う。
「そうですね。百合さん、それ重たくないですか?」
「平気。山崎のほうが重いでしょう、平気?」
年末が近づいてきて、通ってきてくれている女中も休みがちになり、こうやって買い物を二人でしているのだった。本日のお買い物は土方用のマヨネーズ1箱とその他、隊士からの注文で煙草やお菓子などなど。山崎がマヨネーズの箱を持ち、その他のものを百合が両手に持っている。
「俺は慣れてるから平気ですし、男ですから。…それにしても、もう今年も終わりですね」
「あと一週間だものね。ここで過ごす年末ももう四度目になるわ」
話しながら歩いているうちに屯所に着いた。山崎はマヨネーズを置きに台所へ行き、百合は頼まれたものを隊士たちに渡すために詰め所に行く。
「ただいま戻りました」
詰め所の戸を音も無く開ける。中では隊士が仕事に勤しんでいた。
「おかえりなせェ、姉御」
「えっと…総悟から頼まれてたのはこれね、はい」
百合が紙包みを手渡す。沖田は中を確かめてにやりと笑った。
「ありがとうございやす。さっそく試し撃ちさしてもらいやすぜィ」
「撃ってもいいけど、当てちゃダメよ、死んじゃうから」
何を買ったんだ沖田…。
沖田と百合の会話に一同が静まり返る。百合は気にも留めずに他の包みを隊士たちに手渡していく。最後に残った包みを土方に手渡した。
「はい、土方さん」
「おう。金は足りたか」
「ええ。これで年始まで足りますか?」
土方が頼んだのは煙草で、年末年始になると店が休みがちなことを見越して、年始の分までカートン単位で頼んでいた。土方は普通なら一日二箱空けるペースなので、年始までとなると2カートンは必要になる。煙草屋の紙包みの中に、頼んでいたショートピース以外の煙草が入っていて、土方はそれを取ってまじまじと見つめた。ショートピースではなく、ホープが一箱にゴールデン・バッドが二箱。
「…俺ァ、こいつは頼んでねェんだが」
「まとめて買ったからおまけだってお店の人が行ってましたよ。国産が好きなんだろうって」
ピース、ホープ、ゴールデンともに国産のもので、土方は元より国産煙草しか喫わない。
「へェ…。喫ったことのねェやつだが、試してみる。すまなかったな」
「いいえ。じゃあ詰め所に戻りますね」
百合は詰め所を後にした。詰め所の中で、さっそく土方は百合が買ってきたショートピースの箱を開けた。箱を開けた途端にいつもの匂いがする。すっとそれを吸い込みながら一本取り出し、吸い口を叩いてから口に銜えて火をつける。開けたての煙草の味がして、土方はゆっくり煙を吸い込んだ後で細く吐き出した。薄い煙が上がっていく。
「土方さん」
「何でェ」
封切った煙草の味は格別だというのに、邪魔をされて土方は眉を寄せる。眉を寄せたところにぴたりと寄せられたのが銃口だったので、思わず飛びのいた。沖田はつまらなそうに顔をしかめる。
「お前何してんのォオオ!」
「何って試し撃ちですぜィ。協力してくだせェ」
そういうことだろうと思った、と事態を知った隊士は小さくため息をついて仕事に戻る。土方はせっかく喫いだした煙草を味わう間もなく、刀を抜いた。
「総悟てめェ、撃ってもいいが当てるなって百合も言っただろうがァアア!っていうか、そんなモン買出しに頼むな!」
「女中にはさすがに頼めねェんでさァ。百合の姉御なら裏のルートで武器屋も抑えてますからねィ」
沖田が構えているのは自動拳銃のベレッタM92だ。サイレンサーはさすがについていなかった。
「てめェな、百合にそんなことさせるんじゃねェよ」
土方の持っている刀身に黒い隊服姿が映っている。沖田はややあって構えていたベレッタを下ろした。土方もゆっくりと刀身を納める。
「…俺も本気で頼んだんじゃねェんですぜィ」
「いやお前本気だったから。本気じゃなきゃ人の顔に銃口向けねェだろが」
「支給されてるSWがちょいと俺にはでかすぎましてねェ。構えづらいといつか姉御に言ったことがあるんでさァ。それならオートマの方がいいだろうってんで、買ってきてもらった次第でさァ」
「……フン。それならリボルバーは戻しておけよ。一丁あれば十分だろーが。大体侍が銃に頼るな」
土方は元通り机について書類整理を再開した。沖田も机につく。ベレッタは机の引き出しにしまわれた。
くりすます当日、早朝。まだ日も昇らないうちに、百合たち監察の部屋がある離れと母屋を繋ぐ廊下に三人が立っていた。近藤、土方、沖田だ。近藤は手に畳紙に包まれた着物を持っている。昨日の夕方、百合が買出しに行っている間に呉服屋から届いたものだ。
「さて、こっからが大変だな」
百合は気配に聡い。足音にも気配にも気がつくので、こっそり百合の部屋の前に荷物を置く、なんてことは至難の業なのだ。普通に渡してもいいのだが、どうせならびっくりさせたい。
「ぱぱっと姉御の部屋に突撃したらいいんでさァ。土方行けよ」
「はァ!?お前、一昨年俺が死にかけたの忘れたのかよ!」
ぼそぼそと喋る声に合わせて、白い息が上がっていく。ただでさえ寒い暮れだというのに、早朝は尚のこと寒い。
忍だった頃の習慣が抜けないのか、百合は見知らぬ気配があるといきなりクナイや手裏剣を投げてくることがある。意識がはっきりしているときなら、気配で隊士だと分かって手を止めるのだが、寝ている最中はただ反射で攻撃しているので、誰かれ構わず攻撃してくる。三年間、毎年試してはいるものの、一年目には近藤がクナイと手裏剣に当たってケガをし、二年目には土方が攻撃を避けたものの縁側から落ちて背中と腰を強く打ち、三年目には沖田が攻撃を全部かわしきったが、結局障子を開けることは出来なかった。
「今年は順番から行くと近藤さんの番だな」
土方がそう言うと、沖田は黙って近藤の肩を叩く。
「いやいやいや。俺マジで死んじゃうから。三年前もギリギリであんだけケガしたのに、これ以上いったら洒落になんないから」
近藤は勢い良く手と首を振って拒否している。
「お前が一番可能性高いんだからよォ、行けや総悟」
土方の矛先は沖田に向き、沖田はしばし自分の居場所と百合の部屋を交互に見つめた。
「…っていうかですねィ」
「ンだよ」
「姉御、起きてますぜ」
百合ほど、とまではいかないが、真撰組随一の腕を持つ沖田も人の気配にはそれなりに聡い。百合の部屋の中の気配を察したようだ。
「それなら話が早ェじゃねーか。とっとと行くぜ」
土方を先頭にして離れの廊下を歩く。百合の部屋の前から少し離れたところで、声をかけた。
「百合、起きてるか」
「……起きてます…。土方さん?」
「おう。ちょいと開けるぜ」
百合の返事を待たずに、土方は障子を思い切り良く開ける。三人が目にしたのは、寝巻きのまま、眠たそうに目を擦っている百合の姿だった。部屋から少し温い空気が流れてくる。
「ずいぶん早いんですね。…総悟も近藤さんも」
片手で目を擦りながら、あふ、とあくびをしている。あまりに無防備なので、三人揃ってびっくりしてしまった。百合はいつも起こされるより先に起きて身支度を整え、朝食の席でさえ隊服で出てくるような生活をしているのだ。
「よく眠れましたかィ、姉御」
「…うん。さっき複数の気配がしたからようやく起きたとこ。何かあるの?」
近藤がずいっと部屋に入って、畳紙に包まれている着物を置く。百合はそれを見て意味が分かったようだった。
「今日がくりすます、ですよね。毎年ありがとうございます」
「いや、これは俺たちがしたくてやってるんだから、百合は気にしないで受け取ってくれればいいんだよ」
「はい」
近藤ににっこり笑ってみせる百合を、土方は柱に寄りかかりながら眺めていた。百合の寝巻き姿を見たのは初めてで、寝巻きというか薄い単の着物を身につけているのだが、その襟元がやたら大きく開いている気がして、土方は気が気でない。見るのはマズイと分かっていても、尚どうしても目がそっちに行きそうになって、慌てて近藤さんに目をそらしてみたりする。忍だったせいか、百合は肌が白い。元より忍装束で多くの肌を覆い、夜にばかり活動していては、焼けることもないのだろう。真撰組にきて日中に活動するようになったとはいえ、肌は白いままで、襟元から覗く胸元や首筋、短い袖から出ている腕も白い。
「今から正月が楽しみでなァ。本当に、百合は俺たちの花だからな!」
「本当に、いつもあたしにはもったいないぐらいキレイなものばかりで。少し見てもいいですか?」
「おう。もうそいつは百合のモンだからな」
畳紙を開き、百合は着物を見る。着物は白地に蝶の模様が描かれている振袖で、蝶の模様は手描になっているものと刺繍されているものとある。白地なので何色にも描かれている蝶がなおのこと華やかに見える。
「…キレイ。本当に素敵なものをありがとうございます」
「はは、正月に晴れ姿を見るのを楽しみにしとくよ。トシ、総悟、そろそろ戻るぞ」
「あいよ」
沖田は近藤の声に立ち上がり、土方の側でぼそっとムッツリ、と呟いた。土方は一瞬刀を抜こうと思ったのだが、百合の手前でもあるし、第一刀を持っていなかった。小さな声で舌打ちをする。
「朝飯まではまだ時間があるから、ゆっくりしてるといい」
「はい」
土方は近藤が出た後で障子を閉めたが、その際に小さな包みをぽい、と部屋に投げ入れた。驚く百合の顔を見ながら障子をぴしりと閉める。百合は土方が投げ入れた包みを手に取って、紙で包まれたそれを開いた。ころん、と百合の手のひらに転がったそれは、珊瑚で出来た根付だった。桜の形をしている。紐を摘んで持ち上げ、目の前で揺らしてみた。小さな鈴がついているので、かすかに音がする。女物の店に行っただろう土方はどんな顔で選んだのか、それを考えると少しおかしい。百合が思わず笑んだとき、外から声が掛かった。
「姉御」
「どうしたの」
さっき部屋を後にしたはずの沖田の声で、百合は根付を手元に置いて顔を上げた。沖田は障子を開けて百合に笑ってみせる。
「姉御にもう一個おまけでさァ。ほい」
沖田は軽そうな包みを百合に手渡す。
「開けてもいいの?」
「もちろんでさァ」
沖田に促されて百合が包みを開けると、中から出てきたのはかんざしだった。シルバーで出来たかんざしで、同じくシルバーで出来た蝶が一匹止まっている。
「素敵。…どうして土方さんも総悟もおまけをくれるの?」
百合の言葉に沖田は百合の手元にある根付に目を留め、それからまた笑った。
「姉御がきれいな格好してるのが好きなんでさァ。もちろん、普通にしてても姉御はきれいですけどねィ」
「…あたしは」
百合の口を沖田が手で塞ぐ。百合の言いそうなことが分かったからだ。
「血に塗れてンのは、俺らも姉御も一緒でさァ。血に塗れようと地獄に落ちようと、そんなこたァ構わねェで笑う姉御が俺らは好きなんでィ」
沖田の言葉に百合はふっと目線を緩める。沖田の手を取って外し、分かったわ、と呟く。
「それもそうね。……あたしにね、笑ってろって言ったのはお師匠なの」
「忍の師匠ですかィ」
「そう。今思えば、子ども心を決して失わない人で、いつだって楽しそうにしてた。あたしは両親がいなくなってから無口な子どもだったけど、いいから笑っとけ、って師匠が言ったの。いつか本当に楽しい気持ちになるからって」
「そりゃァ、良い師匠だ」
百合は頷く。
「素敵な人よ。今はもう引退してるはずだけど、大人しくはしてないでしょうね、活発な人だから。……ねぇ総悟」
「なんですかィ」
「いつか、みんなで缶蹴りしない?監察だけでやったことはあるんだけど」
「なんで缶蹴りなんでさァ」
「あたしの大好きな遊びなの。忍者学校でお師匠が教えてくれた遊びで、そればっかりやってたわ。おままごととか知らないから、あたしの知ってる遊びは缶蹴りと的当てぐらい。まぁどっちも修行だけど」
沖田は百合の話を聞いてにやりと笑った。
「なら、正月にやりやしょう。きっと楽しくなりやすぜィ」
「楽しみ。監察はけっこうやりこんでるから強いわよ」
「負けやせんぜ」
沖田と百合は女中が朝飯だと呼びにくるまでずっとそうやって話しこんでいた。楽しそうに、笑って。
→next第八訓『ご縁が欲しいとか言いながら賽銭ケチってんじゃねーよ!』
いかがだったでしょうか。途中までは割と早く出来ていたのに、クリスマスの話がけっこう長くかかりました。スリー・サイズはあれで細い範疇になるか微妙。人のサイズとかよく知らないしな…。本当はクリスマス話に銀さんも絡めようとしたのですが、真撰組だけでここまで長くなってしまったので断念。
拳銃の種類につい凝ってしまうあたり、武器好きな一面が…。土方さんが根付で総悟がかんざしを贈ってますが、土方さんは根付が精一杯だと思います。総悟はけっこう平気で小間物屋とかにも入って買えると思う。根付で女物を選ぶレベルが土方さんのマックスだと思っています(笑)。
お付き合い有難う御座いました。多謝。
2005 12 11 忍野桜拝