諸戀

   第三幕 亥の子餅

 

 

内侍所は後宮の雑事を承っている。主上の御事も女御更衣のお世話(今の後宮には中宮・皇后ともにいない)も仕事になる。大嘗祭の準備を蔵人所や八省たちと取り進めながら、亥の子餅の支度もしていた。亥の子餅は食べ物なので内膳司との共同作業になる。双方の女房が行き交い、いつものように温明殿は女房たちでいっぱいだった。初めのころは着飾った女の人で溢れかえっているここを一種恐ろしいとも思った楓だが(実家には自分と母、他には女房が少しいる程度だった)今はもう慣れてしまった。慣れってすごいと思いながら女嬬たちの作法を正していく。後宮の礼式作法も仕事のうちだ。
「ここはこのように…そう、そういった感じで御前でもお勤め願いますよ」
「はい」
内侍司の実質的な長官にさせられてしまってからというもの、しばらくは慣れないことでへこんだりもしたが、やがてやる気が湧いてきた。何かあったら自分のせいになってしまうのも腹が立つ話だし、自分が上に立っているから良くないなんて絶対に言われたくない。楓は幸村の初見通り意思が強く、さらにはかなりの負けず嫌いなのだった。
「萩典侍さま、主上が御前にお召しです」
「はい」
しばらく大人しくしてると思ったのにあの人は…。楓は出仕する前に出会った物優しげな男性を思い浮かべた。その男性はこともあろうに楓にこう言ったのである。後宮にきませんか、と。相席した父親が返事をする間もなく楓は一言で断った。夫なんてまっぴらだ。しかしその男性はとりもなおさず、じゃあ内侍司で勤めませんか、とこうきたもんだ。父親がそれに賛成してしまい、楓は押しまくられて出仕したのである。流されやすい性質ではないと思うのだが。
渡殿を通り承香殿の横から清涼殿へと行く。仁寿殿を通ったほうが早いのだが、仁寿殿にはもう誰もいなくて廃墟さながらになっているのだ。昼間とはいえ一人でここを通るのはちょっと気が引ける。掃除もあまり行き届いていないようだし(これに関してはなんども掃部寮に抗議しているのだがかわされる)御前に参るのに埃がついたりするのはやっぱりまずいだろう。
昼の御座に主上がいて、傍には上司である尚侍、左大臣の次女である藤壺の女御がいた。一番遠くに控えて深く頭を下げる。
「萩典侍参りました」
「近う」
尚侍が下がり、尚侍がいた場所に膝行で移った。藤壺の女御はおっとりとした表情でこちらを見ている。新しいものに興味があるらしい。
「楓と言っても通じなかったからびっくりしたよ。ここでは萩で通っているんだね」
「みなの者が我が家を萩殿と申しますので、そのように」
そんなこと知ってるだろう、萩って呼んだらどうかなといったのはあなたなんですけど。と言いたいところをぐっと堪えてまた畳を見る。
「でもあなたにはせっかく美しい名前があるのだから、楓と呼びたいんだけどね」
「主上の仰るままに」
ここで尚侍も藤壺の女御もいなかったら楓はきっと頭を上げて抗議したに違いないのだが、殿上には上達部たちもいることだし、楓は畳についた手を少し震わせることでどうにか押さえ込んだ。
「では楓、亥の子餅の趣向について女御に教えておくれ。今年はどんなふうなのかと今は話をしていたところなのだよ」
今その支度の最中でこっちはめちゃくちゃ忙しいんじゃー!と楓は心中で叫んでから顔を上げた。
「玄猪の儀でございますね。毎年は大豆・小豆・ささげ・ごま・栗・柿・糖の七種を混ぜた御餅を奉っておりましたが、今年は七種類の餅をお作り差し上げようとの趣向にてございます。今年は主上の初めての玄猪の儀でございますから、御世の栄えと后妃さま方が御健やかであられるよう望みまして、そのように致そうとのことにあいなりました」
「まあ、七つも御餅を食べられますかしら」
藤壺の女御が口元を袖で覆って驚いている。無理もない。亥の子の餅はいつも猪を象った丸めの餅で、一つ二つ食べれば十分なものなのだ。
「主上にはもちろん、后妃さま方には特に召し上がって頂きたく存じますので、小さな、亥の子にしようかと」
今の主上には御子がまだいない。東宮は主上の実弟の親王である。女御たちも東宮の頃からいたもの、今上から入内したものいろいろだが、未だ御子がいないのは憂慮の事態と言えた。亥の子餅はそもそも、一年の収穫への感謝と他産を願う気持ちの現われである。
「可愛らしい御餅ですのね。楽しみですわ主上」
「一つ一つ、味の違いをお楽しみ下さいませ。摂津では今年も素晴らしい豊作であったと国司から報告いただいております」
「それは良かった。楽しみだね、女御」
これでお役御免かと楓はにじり寄って下がろうとした。その途端畳についた手を一瞬掴まれる。
「楓、お父上もお喜びなすっているよ。今の君はとても立派だ」
「ありがとう存じます」
楓の父は主上と繋がりがある。元々頻繁に文をやりとりしていた仲だし、今も行き来があるのだろう。
「下がってよいよ」
「それでは御前失礼致します」
もう一度深く頭を下げて、昼の御座を出た。襖障子を閉めてから誰にも気づかれぬように息を吐く。疲れた。これだから出仕は嫌だったのに。いろんな人に頭を下げたり気を使って言葉を選んだり。一つ一つは造作もないが、重なると胆力が必要になってくるものだと初めて知らされた。



「萩の典侍。いや楓の君」
後ろから呼び止められて楓は一瞬身体を硬くした。萩で通っている宮中で名前を知っている人なんていたかしら。
「何用でございましょう」
いつものように扇を翳したところで相手が笑ったのが分かった。
「そうやって花の顔を隠してばかりだから、もっと見たくなるというものだ」
ぐい、と手を押しのけられて顔が露になる。楓の驚いた顔の向こうには跡部がいた。
「中務卿宮さま…」
「言っただろう。狩ると」
「なんのことでございましょう」
振りほどこうにも跡部の力が強くて解けない。しかし、この場面を人に見られてはいらぬ噂を立てられかねない。楓は歯噛みしてきっと跡部をにらんでやった。
「その目がいいよな。…俺はお前に決めてんだ。覚悟しとけ」
「なんの話か私には分かりかねます」
「他のヤツらも腰上げたらしいからな。硯箱がいっぱいになるぜ」
温明殿で使っている楓の硯箱には父親や母親からの文が少し溜まっている程度である。これがいっぱいになるほど文が来る、と跡部は言っているのだ。
「決めるのは文が来てからで構わねえが…俺を選べよ」
そう言うと跡部は楓から手を離し、元来たほうへ帰っていった。
「なんなのあの人…」
第一、文を交わす前に顔を見るなど言語道断である。楓にはとても許しがたい。政治などではなかなかに手腕を振るっている宮だそうだが、こういうところはいただけないと楓は思い跡部からの文など見るものか、と心に決めて嘆息をついた。



が、しかし。
「楓姫様」
「なに汀」
温明殿に戻ると汀が御箱を持っていた。嫌な予感がして楓は一歩後ずさった。
「そのお顔では何かございましたね。中務卿宮さま(跡部)、左大弁の君さま(忍足)から御文でございます」
「ああ…あのばか…」
人には聞かれないようにこっそり呟く。今さっきすれ違って帰ってきたら文が来てるってどういうことよ!しかも左大弁って誰よ!
「当分読まないから局(部屋)に置いておいて。仕事が先だわ」
紅葉の枝に重ねて結ばれた薄様の文も萩に添えられた唐紙もそのままに楓は仕事に戻った。亥の子餅の日まであと三日。





亥の子餅は亥の刻(夜の九時から十一時)に猪を模した餅を食べて無病息災を祈る慣わしだ。中国の玄猪に端を発したという。十月最初の亥の日、千石は壇を伴って楊梅西の邸を訪れた。
「あっくーん」
この邸の主人である亜久津をそのように呼べるのは京広しと言えどもこの男一人だけで、前駆も随人もあったものではなかった。邸の中で亜久津は不愉快そうに顔を顰め、母である優紀は顔を綻ばせた。
「仁、千石くんよ」
「…ほっときゃすぐ本人が来るぜ」
すぐさま寝殿に現れた千石は笑みいっぱいで、その様がまた亜久津の頭を痛めさせた。
「優紀ちゃん、これおみやげ。大したもんじゃないけど。あとこれも」
千石が渡した虫篭の中には数匹の鈴虫が入っていた。微かな音が聞こえてくる。
「素敵!こっちはなに?」
千石と亜久津の付き合いも長いもので、自然と優紀も几帳から出て対応するようになっていた。もはや几帳も御簾も取っ払ったままである。
「酒を飲むだろうと思ったから脯鹿(干した肉。雉・鹿など)を少しね。亜久津好きだったでしょ」
「よく分かってんじゃねえか」
そうくるだろうと思ったのでわざわざ任国の大和から一級の酒を取り寄せてやったとは言えない辺りが亜久津である。千石は分かっているのかいないのかにこにこと笑いながら円座の上に腰を下ろした。横に壇も腰を下ろす。
「亜久津さんお久しぶりです」
「おうよ。この間も会ったがな」
「あらあなたたち、お酒の前に御餅よ。そろそろ刻限だから食べましょうか」
その言葉を合図に台盤所から高杯が運ばれてくる。薄様が敷かれた上に猪を模した丸い餅が二つ乗っている。猪の顔なのか、栗の欠片が少し埋め込まれていた。
「優紀ちゃん、これ猪の顔?」
「そう。ちょっとうりぼう風にしてみたの。仁、栗が好きだし」
亜久津は何故か栗がとても好きで、秋になるとそれはもうよく食べている。蒸しても焼いても美味いとは本人の弁だ。
「じゃあ中は栗?」
「さてどうでしょう。さ、いただきましょう」
麦湯(麦茶の始まり)が共に出され、みんなで亥の子餅を口にする。
「あ、中身が栗だったです」
「俺小豆だった。二種作ったの?」
「そう。栗ばっか食べてるんだもの、この子。小豆も身体にいいそうだから」
亜久津はもちろん中を確認した上で栗を口にし、満足そうに咀嚼した。
「お餅もついて小豆も栗も用意したんじゃ大変だったよね」
と言いながら千石はやはり用意した餅を食べていた女房たちに向き直った。公達に差し向かわれて女房たちの頬に朱が差す。
「ありがとう。とても美味しいよ」
「まあ左京大夫さま…」
食べている最中だったので顔も隠せず恥ずかしいやら嬉しいやら、である。
「おいてめぇ。人の家の女房に手ぇ出してんじゃねえよ」
「あっは。ごめんごめん。でも本当に美味しいんだから仕方ないじゃん」
そう言う千石はあっという間に餅を平らげ、亜久津も不承ながら小豆の餅を口にした。壇はにこにこして食べている。
「もうお月見の時期は過ぎたけど、今日もなかなか良い月よ。十六夜月だからちょうどいいわね」
円座を濡れ縁に移動させて今度は酒の席となった。
「あっくんとこのお酒はいつも美味しいよねえ」
「当たり前だろ」
座を外していた優紀が戻ってきたと思えば琵琶を女房に持たせている。
「仁」
「…ふざけんな」
「お願い」
親子のにらみ合いがしばらく続き、根負けした亜久津が(いつも負けるのは亜久津だ)しゃあねえな、と言いながら琵琶を受け取った。
「あっくんが琵琶弾くなら俺も横笛で」
懐から横笛を取り出した千石と平調で音を合わせ、王昭君の始まりとなった。
「いいわねえ…」
いつの間にか酒を飲んでいる優紀が酒と音に酔いうっとりとしている。壇も慣れない酒を少し舐めて雰囲気を汲み取ってはほんわかと座していた。
王昭君の調べが秋の風に乗って抜けていった。鈴虫が合わせるようにりり、と鳴く。





楓が趣向を凝らして七種も作らせた亥の子餅は概ね好評だった。上達部や女御たちからはもちろん、主上からもお褒めの言葉を頂いたのである。主上に至っては楓に衣を被けたほどである。二陪織物の唐衣で、女御が着ているような素晴らしいものだ。傍にいた藤壺の女御からは表着を頂いた。名誉なことで、楓は押し戴きながら深く頭を下げた。
温明殿に戻って楓はやれやれと嘆息をついた。傍に汀が寄ってくる。
「姫様、お褒め頂いたのになんでため息なんておつきなんですか」
「なんていうか、一仕事終わったなーって思ったから。予想以上の評判で嬉しいけどね」
「評判がこちらにも届いておりますよ」
「ってまさか…」
じり、と後退さった楓にずずっと御箱が押し付けられた。
「公達からの御文でございますよ。いろんな方から。お名前お出ししましょうか」
「やめといて」
仕事が終わって一息ついてるのに、なんでまた難題が押し付けられてんのよ。しかも増えてるし。
「中務卿(跡部)はこれで三通目でいらっしゃいますよ。左大弁の君さま(忍足)も三通目ですわね。あとは今回初めて来たのは大弁の君さま(幸村)、頭の弁の君さま(仁王)、左京大夫の君(千石)右近中将の君(鳳)。姫様お返事が大変ですわね」
「書かないわよ!」
文を送るのは自由である。どこに出すのも自由だ(見られたらやばい場合もあるが)。しかし女性が文を返すとなると、好意に応じたと見なされ、下手をするとそのまま夜這いを許してしまうこともある。楓にはそのつもりが毛頭ないので返事を書く理由もないのだ。
「どれも素敵な趣向の御文でらっしゃいますのに。お読みになるだけお読みくださいませ」
汀には汀の事情があった。汀が公達の使者(多くは随人や家人だった)から直接手渡された以上、汀にも責任がある。汀が使者をにべもなく追い返すことも可能だったし、文は要りませぬとぴしゃりと言ってやることも出来た。それをしなかったのは汀も楓の父の意向を汲んでいるからであった。姫様にはもう一度幸せになって頂きたい。前の殿と幸せにお過ごしだった日々をもう一度この目で見たい。そういう希望から汀はとりあえず文をすべて受け取り、楓姫に読ませようとしたのだ。楓姫の心に響くような文があればなにか変わるかもしれないから。
「…気が向いたら読むことにするわ。でも今日はもう休ませて」
「分かりまして」
十月初めの亥の日はそうして過ぎていった。




第四幕『春秋の優』


お付き合いありがとうございました。諸恋第三幕です。亥の子餅のお話。っていうか、ほとんど山吹の話になりつつ…げふ。
亜久津が琵琶で千石が笛でってのがどうしてもどうしてもやりたかったので本当に満足です!!(前回に引き続き)亜久津は琴とか似合いませんから。琵琶です。千石は身軽に笛で。いつでも女の子口説けるように(笑)。
跡部の宮様は根っからの強気です。楓姫の強気なとこが気に入って、既に手紙も三通目。熱心です。忍足も負けずに三通目。もちろん競っています。今回手紙を出したメンバーは恋愛にわりと積極的なメンバーを選んでみました。幸村は前回(第二幕)で気に入ってますしね。柳生・真田・宍戸・亜久津なんかは硬派なので簡単に文を出さないんじゃないかと思って今回は見送りました。読めないのが慈郎。作者ですら慈郎の動きが読めません…(だめじゃん)。
女房が「〜の君」「〜の君さま」と呼び名を変えていますが、これは姫より位が高いか低いかです。はっきり差がついている社会なのでここでも差をつけました。

夜這いとか物騒なこと書いてますが、日本古来の礼儀から言うと夜這いは普通のことで、むしろおおっぴらな事実でした。地方では江戸期にも残っていたようです。

それでは、四幕で。
お付き合いありがとう御座いました。多謝。
2005 9 30 忍野さくら拝

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