セクシーポーズ
稲垣吾郎は親指を噛みながら呟いた。
「どうして僕がこんなこと。」
それは撮影中のこと。当然回りにはスタッフがいる。
もちろん、監督も。
「あー、ダメダメ、吾郎君、もっと気持ち入れて!」
監督は指をチッチッと振り、リテイクを言い渡した。
「は?」
「セクシーポーズなんだろ? もっと悩ましげに。
あ、髪さぁ、2、3筋を額に垂らしてみようよ。濡れた感じにしてさ・・・おーい。」
監督の呼びかけに答えて、メイクさんが吾郎の髪を下ろした。
「あ、あの・・・監督?」
困惑の表情を浮かべて、吾郎は監督に近づこうとした。
「はい、テイク2。」
おかまいなしに監督が指示を出す。
役者としての芸歴が長い吾郎は、その言葉に反応して、再び爪を噛んで振りかえってしまった。
「うーん、大分良くなったけど。目がね。もっと誘うように・・・おーい。」
今度は目薬。流れない程度にうるうるさせるのは、結構大変だ。
「あ、あの・・・監督?監督ってば。」
「はい、テイク3。」
それでもガチンコが鳴ると、反射的に演技してしまう稲垣吾郎(27)。
「おっけー、おっけー。いいね吾郎君。いい表情してるよ。
うーん、照明、ちょっと色変えてみよっか。」
だんだんとコトが大掛かりになっていく。
「だから、監督?」
「はい、テイク4。」
とりあえず監督を満足させないことには、この演技からは抜け出せそうに無いと諦めて、吾郎は精一杯「セクシー」に振り返ってみた。
風呂上りかのように、額に落ちる幾筋かの髪。
濡れた瞳はこころもち流し目。
指を噛んでいるせいで、ややけだるげに開かれた唇。
力の入っていない細く長い指。
ピンクのスポットライトが、白い肌に映える。
普段はメイクで隠れていることが多い口元のホクロが、何故か強調されている。
振りかえった首のラインは、妙に艶かしい。
年上殺しの異名を持つ吾郎に相応しい、まさに「セクシーポーズ」であった。
「はい、OK。うん、完璧。」
監督は満足そうだ。
「あの〜、監督?」
「なんだい?」
「このカット、何に使うんですか?」
回りを沈黙が支配した。
「・・・。そうだな・・・。電話の相手、慎吾ママにでも渡すか。きっと喜ぶぞ。
あ、これを餌に出演交渉できないかな。慎吾ママが出るなら、脚本は・・・」
監督は自分の世界に入ってしまった。
「なんで慎吾ママが電話の相手で、なおかつ、さっきのがセクシーポーズだってわかるんだろう・・・」
吾郎の呟きに答える者はいなかった。
2001.0518
もちろん目的は「セクシー吾郎」です。(笑) |