おまけ 呼気
圓タクが要の下宿の前に止まった。
「要君。」
幹彦は、胸に抱いた要に呼びかける。
しかし、反応は無い。
圓タクの振動で、起きたように感じたのだが。
「下宿の2階まで連れて行くのも骨だろう?
いいんじゃないか? 寮監室で。」
抱月の提案に幹彦は頷く。
「では・・・」
圓タクに指示を出してから、幹彦は要の顔を見る。
ほんのわずかだが、要の唇の端が上がっている。
幹彦の口元にも笑みが浮かんだ。
抱月に手伝ってもらいながら、幹彦は寮監室へ戻った。
「じゃあ僕はこれで。・・・ごゆっくり。」
店に残した二人へと同じような言葉をかけて、抱月は帰っていった。
口調にはもちろん、軽く揶揄する響きをもたせて。
幹彦は寝台に要を下ろした。
そのまま耳元に囁く。
「要君。君の狸寝入りは、レイフにまで見抜かれていますよ。」
くすりという、小さな声。
「真弓さんに、狸寝入りのコツを聞いたんですけどね。」
漏れる呼気は、まだ酒の香りがする。
幹彦の背中に回された手は、まだ熱い。
「何故、そんなことをしたんですか?」
幹彦は眼鏡を外し、割れぬ場所へ置いた。
「先生が教えて下さったんですよ。欲しい物は欲しいと言うことを。」
要の腕に力が篭る。
促されて、幹彦は要の唇へ、己の唇を重ねる。
誘うように開かれている唇から舌を差し入れて、酒の味の残る口内を、くまなく刺激する。
「ふ・ぁ・・・」
足の先が、もどかしげにシーツを掻く音がする。
時間をかけて、蜜を交わす。それはとても美味な味わい。
ゆっくりと唇を離し、二人は見詰め合う。
「それで、要君は、何が欲しいんですか?」
要の潤んだ目が切なげに揺れる。それはとても美しい色合。
「先生が・・・欲しいです。」
要の甘い吐息。それはとても芳しい香り。それはとても心地よい響き。
「ええ。要が望むなら、全て。」
互いに服を脱がせ、素肌で重なり合う。
上気した要の肌。それはとても暖かく、きめ細やかで、しっとりと汗に濡れている。
「先生・・・」
要の何もかもが、刻まれてゆく。
体に、心に。幹彦の全てに。
要だけが、幹彦と世界を繋ぐ。
要だけが、五感の全て。
「先生・・・」
要だけが持っている。要しか持ちえない。
幹彦を酔わせる、甘い呼気。
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