ミクモくんの話をすると、キミは時折複雑な顔をしているな。幼い私が不遇だった事を気にしているのだろうか。
だがキミが彼女や子供達に向けている優しい視線に、私が気づかぬはずはないだろう?
私に掛ける視線に良く似た慈愛に満ちたその視線。
私達はいつまでも二人だけ。
本当はそれを寂しく思っていないだろうかと思うのだ。
「メリークリスマス!」
「気が早いな」
糸鋸の陽気な声が響いた執務室。デスクの上には招待状が二通。成歩堂法律事務所からのクリスマスパーティーの知らせだ。
「久しぶりだな。事件の起きない事を祈ろう」
「楽しみッスね」
「ミクモくんにも来て欲しいものだな」
腕組みをしてうなずく御剣に糸鋸が首を傾げる。
「うーん、どうッスかね。もう友達同士で盛り上がる予定かも」
「そうだろうか」
「もしかしてボーイフレンドと二人で…」
「何!?そんな話、私は聞いていない!」
「自分のソーゾーッスよ」
怜侍クン、ミクモちゃんの話をする時は、なんだか大人ッスね。ミクモちゃんのお父さん、検事だったッスもんね。
それに怜侍クンもミクモちゃんと同じに、小さい頃にお父さんを。
怜侍クンにしてみたら、ミクモちゃんは家族同然なんスかね。
そんな風に接してもらえるミクモちゃんが羨ましいッス。
「二人だけでロマンティックなクリスマスとか、ダメッスか?」
遠慮がちに尋ねる糸鋸に御剣が微笑む。
「私とて考えなかった訳では…パーティーに行っても、それほど遅くはならないだろうからな。彼らの目当ては私達が持って行くローストチキンだ。むしろチキンを招待したと言ってもいい」
「じゃ、じゃあ夜景のキレイなレストラン予約して…」
意気込む糸鋸に御剣はやれやれと首を振る。
「ここぞとばかりに恋人達がひしめくレストランに二人で入って行く勇気はあるだろうか」
「…無いッス」
「出来ればこの日、もう一つ行きたい所がある。少し遠いのだが」
デスクに手を突き、招待状を見下ろしていた御剣が、ふと真顔になって糸鋸を見つめた。
「もしキミが、その、もしも、だ。その、イヤでなければ…」
「…」
御剣にとって辛い思い出のあるその日の前後、まるでそんな事などなかったかのようにいつも振る舞っていた事を糸鋸は思い出す。長い間御剣を苦しめ、そして今もなお傷を残す事件の記憶。
御剣はもう苦しんだ事を隠さない。改めてそれを意識して、糸鋸は居住まいを正した。
「イヤな訳ないじゃないスか」
「それが、その、」
「お参りに行くッスね」
言い淀む御剣に糸鋸は安心させるように笑顔を向ける。
「あ、ああ」
「ここしばらくはご無沙汰だったはずッスね。きっと、喜んでくれるッスよ」
「…」
言い当てられて驚いたのか、御剣は呆けたように糸鋸を見つめ返している。
「けど、そんな大事な所に自分なんかが一緒でいいんスか?」
自信無さげに目を落とした糸鋸に、少しずつ、御剣は言葉を絞り出す。
「来て、もらえないだろうか」
御剣の肯定に勇気をもらい、糸鋸は顔を上げる。
「父に報告したい。法と向き合い、そして人を助けたい…そう生きて行く事を決めたと。そしてもう一つ。そんな私と」
表情の変わらない御剣の顔。その目から突然涙がこぼれる。
「共に歩んでくれる人を見つけた、と」
いつもなら大慌てするはずの御剣の涙。だがこの時は静かに歩み寄った糸鋸が、ゆっくりと、そして静かに御剣を抱きしめる。涙の流れる御剣の顔には悲しみも苦しみも無く、代わりに浮かんでいるのは。
「だから、キミが一緒に、い、てくれない、と信じてもらえない、から、」
「一緒にいるッス」
襟を掴んで涙を流す御剣。そっと頭に手を添えて、糸鋸はその泣き顔を肩に押し当てる。
「どこにだって行くッスよ」
いつになく強くしがみついて自分を求め、静かに泣き続ける御剣の背中を糸鋸は撫でる。自分の存在が彼を幸せにしている。その事実に胸がいっぱいになる。
「自分も、お参りさせてもらうッス。ずっと一緒にいさせて下さいって。…許してもらえるッスかね?」
「圭介…」
それだけ言うのが精一杯の御剣の目に浮かぶ涙を、微笑んだ糸鋸が静かに拭う。
「クリスマス前にスゴいプレゼントもらっちまったッス。これはお返しがモータイヘンッス」
そっと御剣をソファーに座らせ、頭を撫でた。
おどける糸鋸を見上げた御剣。幼い笑みに輝いているのが自分でも分かって恥ずかしいのに、糸鋸の穏やかな顔から目を離せない。
「えーと、クリスマス…前祝いッス!お茶行くッス!ケーキとか食べに!」
うなずいた御剣の頬が温かく染まっているのを見た糸鋸は、大切なものを当たり前のように渡してもらったことに胸を熱くして彼の手を取った。