「教えてくれ!」
執務室に慌ただしく飛び込んできた弓彦。ソファで寛ぐ糸鋸が立ち上がり、談笑しながら書類を片付けていた御剣はペンを置き、顔を上げる。
「今日はどうしたのだね」
「またカベにぶち当たったッスか」
「違うんだよ! あ、いや違わないのかもしれないけど、アイツが御剣検事に聞けって……」
いつになく必死な顔で弓彦はデスクの前に立ち、息を何とか整えるとトノサマンチョコボールの箱を御剣に突き付けた。
「コレ、なんなんだ!?」
「特撮……。結局子供番組だろ? イチリュウのオレはそんなのとっくに卒業したぜ」
御剣の逆鱗に触れる!と恐怖に首をすくめた糸鋸。
だが、御剣は予想に反し、涼しい顔で優雅に両手を広げる。
「甘いな、イチヤナギくん」
御剣の瞳がキラリと光る。
「成人の視聴に耐え得る奥深く、単なる勧善懲悪に留まらない、観る者に問題を提起する複雑なストーリー。それが大江戸戦士トノサマンなのだ。キミも検事として法廷に立ち、悪を断つというからには、知っておいた方がいいだろう。
ではまずトノサマン、その成立に至る過程について説明しよう」
そしてデスクを演壇代わりに御剣のトノサマン論が繰り広げられ始めた。呆気にとられている弓彦を哀れみの目で眺めた糸鋸は、御愁傷様ッス。とこっそり呟いてお茶の用意を始めた。
「ところでイチヤナギ検事、その箱の裏の応募券、」
言いかけた糸鋸の肩に手を置いて首を振り、御剣は微笑む。
「ん? なんだ?」
「や、何でもねッス……」
これまでのどんな指導より熱のこもったトノサマン論にぐったりと肩を落として出て行った弓彦を見送り、糸鋸は御剣を振り返る。
「それで良かったッス?」
「あれはイチヤナギくんのものだ」
「そうだったッス」
頭をかく糸鋸にうなずいた御剣はデスクに戻るとペンを取り上げ、再び書類に向かった。
「今日は自分が運転するッス」
エレベーターを階数表示が近づくのを眺めながら、糸鋸は呟く。
「どうかしたのか」
「別のスーパーに行ってみるッス。そこならもしかしたらまだ残っているかも知れないッスよ、チョコボール」
途端に顔をパアッと輝かせた御剣の手を取り、糸鋸は開いたエレベーターに乗る。
ここが検事局のエレベーターだという事もすっかり忘れて、御剣は糸鋸に抱きつく。
「残っているかな」
「ッス」
たった一言で特撮大好き少年に変わってしまった天才検事の柔らかな髪を糸鋸はそっと撫で、いつまた扉が開いてもいいように体を入れ替えた。