狩魔の名を継ぐのは私。その名を守るのは私。それが私、狩魔冥の為すべき事。

父が持っていた昏い情熱。私はそれに気づかなかった。

けれどそれは父の問題。私には関係ない。狩魔の名を地に落とした弁護士、成歩堂龍一を倒す。それだけ…







ムチをその手でしならせて、それが打つ相手を探して冥はここに来た。地方検事局。上級検事執務室が並ぶフロア。署に確認を取った時には現場に出たままだという。だがそうではない事はとっくに確認済みだった。

そして最後に冥が思いついたこの場所に彼はいた。


「…」

あんな所にぼーっと突っ立って、何をしているのかしら。そこはレイジの執務室。狩魔の名に泥を塗った挙げ句、惨めに逃げ出したオトコの。

そんな所で油を売って、よっぽど私のムチを食らいたいようね。

「御剣検事…」

いつ見ても冴えないオトコ。そんなよれよれのコートなど着ているから人間までよれよれになる。

惨めなあなたにお似合いの部下じゃなくて?レイジ。

「帰ってきて下さい…」

惨めがコートを着てドアに寄りかかって何か言ってるわね。安っぽいセンチメンタリズム。

男やもめでも見ているような気になるわ。

「ツラいッス。おかしくなりそうッス。一人は…」

あなたが随分助けていたようね。何かというと御剣検事って…お話にならないわ。こんなミエミエのご機嫌取りに気を良くして甘やかした訳ね。

これ以上面倒は御免なの。ムチでは足りない。探知機を用意させるわ。

「検事…」

主のいない執務室のドアに両手をつき、一度大きく仰ぐとうつむいて。糸鋸の肩は震え、そして擦りきれた靴に御剣には見せられない想いが光って落ちた。

「まさか…?」

嘘よ!

エレベーターホールの更に奥、気がつくと階段に駆け込んで、踵を鳴らして冥は何かに追われるように降りて行く。まるで見てはならないものを覗き見たかのような罪悪感に胸を押さえた。

「何故!あんな負け犬のために泣く!?そんな事が…。それも、私が担当のこの事件を放って…あり得ないッ!バカにして…ッ!」







刑事風情がここまで私を苛つかせる。こんなに苛つくのは何故か。それも分かった。彼はずっとレイジだけを見ていた。狩魔の娘である私の立証に、捜査に、レイジを重ねて見ていた。

誰も彼も、パパでさえあなたに一目置いて、私はいつもないがしろにされていたわ、レイジ。

だから私はあなたよりずっと早く試験に受かった。ずっと早く検事になって、今まで負け知らずだった。狩魔の名に恥じない完璧な生き方。その私の支えを崩したのがあの成歩堂龍一だというのに、情報を流すとは。私に完璧な証拠を持ってくるだけの手足の分際で。

完璧をもってよしとする。その私が負け犬御剣怜侍の腹心など使っていた事が愚かだった。今度こそ、私の力で…倒す!



そして冥の渾身の、最後のムチが糸鋸に飛んだ。



「…そう。クビよ。あなたはもう、必要ないわ」


※ノコミツと言い張ってみる

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