「ミツルギさーん!」
検事局のエントランスに差し掛かった御剣に掛けられた明るい声。振り返ると美雲が手を振りながら走ってくる。今日のお茶の時間は賑やかになる、と御剣は微笑む。
「ミクモくん。時間はあるだろうか。きっともうすぐ糸鋸刑事が来る。彼の到着を待ってお茶にしよう」
「あ、はい!それなんですけど…これ、ノコちゃんの落とし物なんです。さっき警察署の前でちょうどノコちゃんに会って話してたら、突然呼ばれて走って行っちゃって、その後にこれが」
いつも提げている小さなバッグから美雲はそれを取り出した。
「警察手帳ではないか…!全く、いつになったらうっかりを卒業するのだ、刑事…」
「届けたら始末書?とか大変そうだなって思って。後でミツルギさんのところでおやつにするって聞いてたから、持って来ちゃいました」
「うム…。全く、ミクモくんにまで気を遣わせるとは恥ずかしい事だ。…ん?これは…」
何気なく手帳を開いた御剣は、そこに挟まっている見覚えのあるカードに目を奪われた。
「このデザインはトノサマントレーディングカード。そしてこの縁取りの輝きはスーパーレアではないかッ…!刑事、いつの間に!」
「きっとミツルギさんにあげようと手に入れてたんですよ、ノコちゃん」
「ム…こんなに貴重なものを落とすとはますます情けない」
言葉とは裏腹に、御剣の瞳が子供のように輝いている。見たい…!
「いずれくれるものならば、少し見るくらいは構わないと思わないかね、ミクモくん」
「そうですねー。ミツルギさんが今回はノコちゃんの事大目に見てあげるっていうなら、見てもバチは当たらないと思います」
一応糸鋸に助け船を出しておく美雲。
ノコちゃん良かったね。情けは人の為ならず。お給料、無事だよ。トノサマンの力は偉大だなー。
「もちろんだ。では…」
御剣はホクホクとカードを取り出すと裏返した。
「なッ、何なのだこれは!」
「あ…」
キラキラしているのはカードではなかった。そこにあるのは御剣のキラキラと勝ち誇った笑顔。その写真がトレーディングカードを模してデザインされている。
「これ、この前ノコちゃんに頼まれて送ったミツルギさんの写真…」
「ぐぬぅ、私はこんな顔をッ…一体いつ撮ったのだ!?」
「あの、ビッグタワー裏の空き地でロウさんと、」
「…!王大統領の事件か」
“ミクモちゃん、お願いッス!検事、なかなか写真撮らせてくれないッスよ…”
「ごめんなさい。ミツルギさんにはナイショって言われてて」
「イヤ…」
糸鋸が自分の写真を欲しがり、大切に持ってくれている事は素直に嬉しい。その事実と自分の得意げな表情の写真を撮られていた事とに顔を赤くした御剣だったが、そこに書かれたカードの能力説明を読む内にその赤みは消え、眉間にしわが寄ってくる。
その様子を見て不思議に思った美雲はカードを覗き込んだ。
「《ロジックチェス》 頑なに口を閉ざす相手に追及を重ね、証言を引き出す。黙秘に対し貫通ダメージ…カッコいいですね」
「問題はその次だ、ミクモくん」
「《給与査定》 刑事の懐と肝をどん底まで冷やす事ができる禁断の呪文…アハ、ハ…」
「…ミクモくん」
「あ、あの、ミツルギさん。ノコちゃんどうしても欲しかったんだと思います、ミツルギさんの写真。だから、その」
「いや怒っている訳ではない」
御剣が腕を組み、慌てる美雲に微笑む。
「今度は私に糸鋸刑事の写真を送ってもらえないだろうか」
「えっ?」
ミツルギさんもカワイイとこあるなー。と、事ある毎に、検事はカワイイッス!を連発しては御剣に苦い顔をさせる糸鋸に同意し、美雲はうなずく。きっと捜査手帳に挟んでもらえるよ、ノコちゃん。オトコ冥利に尽きるね…
「私をネタに自分だけ楽しむとは刑事…私はもっと面白いカードを作ってみせる!」
あ、怒ってた…美雲の顔に乾いた笑いが張り付く。その時、御剣の電話が鳴り出した。
『もしもし?遅くなっちまったッス。今からそっち行くッスよ。何かいるものあるッスか?』
「うム。そうだな。キミの警察手帳を持って来てくれないだろうか」
『え?なんでそんな、わざわざ言われなくてもいつも持って…うおおおッ!な、無いッス!えっ?えっ?』
「刑事。キミの手帳はミクモくんが拾って届けてくれた。彼女に感謝したまえ」
『あー、どうなることかと思ったッス!ミクモちゃん、そこにいるッス?』
「もちろんだ。早く来て彼女に礼を言いたまえ」
『…なんかあったッス?なんだかちょっとフキゲンみたいな…あ!その、またウッカリしちまってすまねッス』
「そんな事はない。今日は特別なお茶請けがあるのだ。キミの驚く顔が楽しみだ。早く来たまえ」
『そうだったッスか。それは楽しみッス!すぐに行くッス!』
スピーカーから漏れる糸鋸の大声のおかげで会話の内容は筒抜けだ。いつもと変わらぬ声音で話す御剣の氷の微笑に美雲がヒヤヒヤしている。
電話を切って、御剣は弄んでいた警察手帳を音を立てて閉じると内ポケットへ忍ばせた。途端、氷の微笑が柔和なものに変わる。
「ミクモくん。少し遅くなっても構わないかな?」
「あ、はい」
「では手帳を拾ったキミへのお礼とこのカードを内緒にしていたバツだ。刑事に夕食をごちそうになるとしよう」
カードと同じキラキラした笑顔で颯爽と局に向かう御剣の後を、この後糸鋸に降りかかるであろう小さな災難を思いながら、やはり笑顔で美雲はついて行った。
◆糸鋸圭介◆
《デカダマシイ》どんなに凶悪な犯罪者をも追い詰め、市民の安全を守る刑事の中の刑事が持つ力。相手プレイヤーの攻撃対象が御剣怜侍の場合、その攻撃は無効。