糸鋸の目の前にはいつものように御剣の頭がある。
少し色素の薄い髪。きっちりと後ろに撫で付けられているのにちょっとだけ跳ねた毛先がカワイイ。
いつの間にか糸鋸はにんまりしてしまう。
自分の手にぴったりと納まる彼の頭の中では、今ロジックが目まぐるしく組み立てられている筈だ。
そんな彼の襟から少しだけ覗く白いうなじ。そこを吹き抜ける風が優しい香りを運ぶ。
御剣の下に付いた当時は、本当に仕事にならなくて困ったと糸鋸は思い出す。
だからと言って視線を下に落とせば、今度は意外に細い腰から柔らかく盛り上がる尻、そしてしなやかな脚にかけてのラインが糸鋸を直撃する。
スーツに一分の隙もなく包まれているその体がどんな感触なのか、何度か介抱する内に分かってしまっている糸鋸は、熱くなる自分を意識する。
尊敬する人に、それも男にそんな風に興奮するってなんスか!
などと思ったのは実は初めの数度だった。
糸鋸の中ではあっという間にキレイが正義となり、興奮する自分が何よりの証拠となった。
一緒に仕事をしていれば、何かと触れあう機会も出てくる。
書類を渡す時、推理に没頭する内、周りが見えなくなる彼を止める時、何より怯える彼を宥める時…
まるで初恋のような甘酸っぱい感情が糸鋸の中に湧く。
大好きッス。御剣検事…
「…と言う訳だが、キミはどう見る、糸鋸刑事」
「ハァ…そりゃもうサイコーッスよ」
「貴様、この陰惨な現場のどこがサイコーなのだ!」
妄想の中で御剣を脱がして悦ばせていた糸鋸が我に返る。
「あ、イヤ、その検事がッスね、その天才的推理が、」
「どうせ晩酌の事でも考えていたのだろう。今日は私がおごってやるから今は捜査に集中したまえ!」
御剣の鋭い視線には、だがいたずらっぽい笑みがちらちらと閃いていて、糸鋸はそれに力を得て気持ちを切り替える。
検事の事を想うのは、帰ってからのお楽しみにとっておくッス。
カウンターに肘を突き、少し背中を丸めて酒を飲む糸鋸。
御剣はその横で彼の口に流れていく琥珀色の酒の行方を見ている。
その口の周りに無精髭が少し目立ってくるこの時間が御剣は好きだ。
今でも御剣は不思議に思う。
横にいるのは自分の部下を自任する、おっちょこちょいの刑事。その彼に欲望を覚えて久しい。
グラスを握る大きな手。あの手に幾度か抱かれたからか。
目の前にある厚い肩。いつものようにくすんだコートを羽織ったままの広い背中。それに守られた事があるからか。
だがそれでは説明が付かない事に御剣は気づいている。
そんな風に彼を見るのは女だ。そんな風に胸を高鳴らせるのは女のはずだ。
だがこうしていると彼を見ずにいられない。その内動悸が激しくなる。
グラスを手に取り、御剣は酒を飲む。少し落ち着いた。
糸鋸の手にあると、同じこのグラスが小さく見える。丸く削られた氷を転がす御剣の口に笑みが浮かぶ。
再び目を糸鋸に向ける。
こめかみや太い首にうっすらにじむ汗。顎髭に垂れた肉汁を無造作に拭う仕草。
逞しい腕に抱かれ、その唇が自分を求めてくるのをうっかり思い浮かべてしまい、御剣はそれを振り払うように首を振ると視線を前に戻し、また酒を飲んだ。
男同志でそのような付き合いをする者がいるのは知っているし、見た事もある。
だが自分がそんな欲望を持つとは思ってもみなかった。
御剣は俯き、ため息をつく。それを意識したのは随分前だが、こうしていると改めて自分の罪が増えた気になる。
イヤ。今さら一つ罪が増えたところでどうなるものか。
キミが好きだ。糸鋸刑事。
「酔ったッスか?」
ため息に気づいた糸鋸が御剣を見る。
「…私はどうかしている」
「もうそんなに…ちゃんと食べないからッス」
御剣の肩に糸鋸は手を回し、俯いたままの彼を覗き込む。
「顔が真っ赤ッスよ。さあ、食べて食べて」
「…うム」
目を上げればそこにある頼もしい糸鋸の笑顔。瞳の中の底抜けの優しさが御剣を許す。
今日は静かに眠れるだろう。
※健康な男子として