風に吹かれてうとうとしている御剣。
足下にはミサイルが丸くなっている。
キンキンに冷やしたトマトとキュウリをおやつにかじって過ごした午後。
小川の畔を駆け回るミサイルが、木陰で本を読もうとしていた御剣にじゃれる。
渋々出てきた御剣。だが隠せないその微笑み。
御剣を連れ出すのは難しいのに、いとも簡単にやってのけるミサイル。
ドライバーのケースをくわえて駆けて行くミサイルを、御剣が追い掛ける。
ひとしきり遊んでもらって、自分達が弁当を食べている横で、御剣が用意した高級カンヅメを脇目もふらず貪って。
そして今は一番いい場所を独り占めしている。
そんなミサイルに少し妬いてしまった自分がおかしくなって、糸鋸は声を立てないように笑う。
“引退後の引き取り先は決まっているのだろうか”
ちぎれんばかりにしっぽを振っているミサイルの背を撫でながら御剣が見上げる。
“引退後は訓練所で余生を送る事になっているッスが…”
“ならば私達が引き取ってはいけないだろうか”
彼がこの部屋にいるのが嬉しくて。
燦に腰掛けて微睡む顔が嬉しくて。
ミサイルの引退は、まだまだずっと先の話なのに。
ミサイルはそんな会話があった事も知らずに、時折ぷうぷうと鼻を鳴らしては、しっぽを揺らし、ブタの蚊やりから出る煙を散らしている。
御剣が微睡む後ろの夕映えが霞む。
彼が目を覚ますその前にこの涙を拭いておかないと。
きっと勘違いされて、折角の笑みを曇らせてしまう。
“良かったなー、ミサイル。天才御剣検事殿がオマエのお母さんになってくれるんだ。こんな光栄な事はないぞ”
“ム”
高い高いをするようにミサイルを抱き上げている糸鋸を眺めた御剣。
“待った。何故私がお母さんなのだ”
“自分がお父さんだからッス”
“異議あり!これを見たまえ”
御剣が突き付けたのはおいなりさんやウインナーなどが彩り良く詰められていた重箱だった。
“これほどの弁当を作ってくれたキミこそお母さんだ!”
“こんなの誰だって出来るッス。自分がお母さんなんてヘンッス!イヤッス!”
だが御剣も負けてはいない。
“誰にでも出来る事では無い。私が何度油揚げを破ったか、もう忘れたと言うのか!
キミの家事能力はその捜査能力に勝るとも劣らぬ、”
“ヒラヒラエプロンの怜侍クンが作ってくれたおいなりさんは、破けたせいでいい感じに味が染みて最高だったッス!これはもう、検事局始まって以来の天才お母さんぶりッス!”
“な、何を言うッ!”
にっこり笑った糸鋸がミサイルを抱き上げて御剣に突き付ける。
“なら怜侍クンはこう言うッスか!この子にお母さんはいらないと!”
“ぬう…”
糸鋸の言葉に同意するように悲しげな鳴き声を上げるミサイル。
“ホラ”
“ぐっ、ヒキョウなッ”
“ホレホレッ”
“分かった!分かったからそんな目で見るなッ”
“良かったなーミサイル…”
「ミサイルの親は、両方とも犬ッス…」
糸鋸の言葉をすっかり真に受けて涙をにじませながらミサイルを抱きしめていた御剣を思い、眺めると、御剣は足を尻尾でくすぐられ、うなりながら眉間にシワを寄せている。
「眠り姫は王子様のキスで目を覚ますッスけど、王子様は犬にこちょこちょされて目を覚ますッス」
朝、自分のヒゲが御剣をくすぐる事を棚に上げてそう呟くと、糸鋸は頬杖をついて御剣が目を覚ますのを待った。