糸鋸の運転する車に美雲は乗っている。
良ければ三人で遊びに行かないか、という遠慮がちな御剣の誘いを勿論美雲は断らなかった。
気を遣ってくれている。そう思う。
御剣と糸鋸を見ていると、その姿が父と馬堂に重なる。幸せだったあの頃を思い出す。
「ノコちゃん今日も仕事のカッコだね」
「自分、キチンとした服はこれくらいッスからねー。出かける事が分かってる時は、検事がどこに行っても恥ずかしくないように、ネクタイは必ず持って行くッス」
楽しげに運転する糸鋸。
「検事は楽しみにしてたッスから、夜はオシャレなレストランとか連れてってくれるッスよ、きっと」
「でもミサイルは?」
後部座席にはミサイルが窓に前足を掛けておとなしく外を見ている。
「今日のメインはペットOKのオープンカフェッスから。そこのスコーンが目当てッス。折角だからミサイルを連れて行ってあげて欲しいって頼んだッス。夜にはまた署に連れて帰るッスよ」
「スコーンかあ。甘いものはダメなんじゃないの?」
「ちゃんとワンちゃんネコちゃんメニューもあるッス。それにスコーンは甘くないのが本物ッスよ」
「へー、ノコちゃん詳しいね」
「検事からいっぱい教えてもらったッスから」
一緒に過ごせるのは楽しい。そして御剣も糸鋸も、何か少し変わったような気がする。父と馬堂刑事の間には無かったような、何か…


御剣の部屋の前でミサイルのリードを美雲に渡すと、糸鋸は鍵を開ける。
「手を放しちゃダメッスよ?」
「う、うん…あっ」
だが間に合わなかった。ドアが開くのを待ち構え、名前の通り発射されたミサイル。そして奥から響く御剣の悲鳴。
「わっ!ま、待て!」
慌てて駆けつけた糸鋸と美雲の前には尻餅をついている御剣と、彼を舐めまわすミサイル。
「刑事…」
「すまねッス。またやっちまったッス…」
ミサイルは御剣にしがみついて満足そうだ。
「…ミサイルにもどっちがエライか分かるのかな」
美雲はしゃがむとミサイルを撫でる。ワン、と一声吠えたミサイルを見ていると、つい違う事を想像してしまう。
(飼い主に似ただけじゃないかな…)
御剣はヨダレでべとべとの顔を拭くと、ミサイルに頬擦りしてニコニコしているし、糸鋸は御剣を押し倒して舐め回した挙げ句に、しっぽをぶんぶん振ってくっついて離れないミサイルに不満気だ。
「オマエは刑事と同じ匂いがするな」
「自分、犬のニオイッスか?」
糸鋸がこの世の終わりのような顔をしている。
「オマエも刑事のように立派な警察犬になるのだよ」
一声吠えて返事をしたミサイル。その横でさっきまでの顔が嘘のように胸を張っている糸鋸。
「…さあ、もうそこまでッス!」
糸鋸は再び御剣を舐めまわそうとするミサイルの首根っこを掴んで御剣から剥がした。
「ちょっと外につないでくるッス。…ミサイル!調子に乗り過ぎッス!」
ミサイルをぶら下げて出て行く糸鋸。
「ごめんなさい、ミツルギさん。私が手を放しちゃったから」
「構わない。ミサイルは良い犬だ。愛情表現が過剰なきらいはあるが…ミクモくん、転んだのか?ケガは」
「大丈夫です。すごい勢いで引っ張られたから、ちょっと手を突いただけで…ミツルギさんの事大好きなんですねーミサイルは」
「洗面所はあちらだ」
執務室とはまた違う、こざっぱりとした御剣の部屋。
美雲は手を洗おうと差し出された手の方へ向かった。


洗面所から美雲が不思議そうな顔で戻ってきた。
「ねー、ミツルギさん、ヒゲソリ…」
「なっ…ヒゲがあるのか、キミは!?」
「違います。二つもあるから」
「一つは自分のッスよ」
事も無げに糸鋸が答える。
「これは極秘情報ッスけど、検事はヒゲがないのにヒゲソリするッス!」
「えー?意味ないじゃないですか」
「そこがカワイイッス。オトナぶりたいトシゴロッス!」
「あ、アレは紳士のたしなみでっ」
真っ赤になって憤慨している様子の御剣に、美雲は驚く。
いつもならしてやられるのは糸鋸の役のはずだ。
本当はそもそも何故糸鋸のヒゲソリまで置いてあるのかの方を聞きたかったが、この分だと歯ブラシから何から二人分ありそうだ。
「それでノコちゃん、ミツルギさんと同じ匂いしてたんだ」
「自分はどうせ何つけたって犬のニオイッス…」
「お揃いなんですねー」
ガックリしていた糸鋸が、その一言で笑顔を取り戻す。
「そうッス!自分は検事の相棒ッス!目指せハードボイルドッス!」
頬杖を突いた御剣が笑っている。眉間にシワを寄せない御剣の笑顔。
すごいよノコちゃん…美雲が素直に感嘆する。
「アフターシェーブローションでハードボイルドを目指すのはキミくらいだな、刑事」
「まあ…千里の道も一歩から、ッスよ」


オープンして間もないそのカフェは、思ったよりもペットを連れた客が少なかった。
犬や猫がぱらぱらと、主人の膝に乗ったり、椅子の横でおとなしくお座りしたりしている。
そんな中、犬を連れた女性の話し相手を終えて、御剣は紅茶を口に運ぶ。日差しが強い。アイスティにするべきだったと、上着を脱いでフリーペーパーをうちわにしている糸鋸を眺める。
件の女性が置いて行ったメモを美雲が手に取る。
「このメモ…電話番号まで書いてありますよ?」
「なかなか無用心な女性のようだな」
「またッスか。モテモテッス。検事はカッコいいッスから。この前なんか芸能人だと思われたッスよ!」
自分の事のようにニコニコして話す糸鋸。
「でも自分がマネージャーに間違われたのはショックだったッス…」
今更のような気もするが、美雲は聞いてみた。
「ミツルギさん、彼女いるんですか?」
「いや、いない」
「じゃあこの人とデートとかして、付き合うことになったり、とか」
「ダメッス!御剣検事と付き合うのは、検事のために全て捧げられるヤツじゃないと認められないッス!」
糸鋸の盛大な異議に美雲は苦笑いする。
足下にまとわりついているミサイルを抱き上げて膝に載せた御剣は、両手でミサイルの顔を挟んで話しかける。
「私には大切な人がいる。その人さえいればもう何も要らないのだよ」
美雲の苦笑いが放心した笑みに変わる。隣で糸鋸が感動のあまりスコーンを握り潰している。ラブラブ過ぎる。
これはイジワルの一つもしなくては。
「そうなんですか!?誰なんですか?ノコちゃんは知ってる?」
「ぶっ!じ、自分は知らねッス!全然!イヤ、マッタク!」
「ふーん…」
おなかいっぱい食べたミサイルが、御剣の膝に頭を乗せて眠っている。
その頭を撫でている御剣を見ていると、糸鋸の姿が浮かんでくる。
糸鋸に目をやると、彼はそんな御剣の事をいとおしそうに眺めていた。
「なんか、いいなー」
笑顔で呟いた美雲に御剣が顔を上げる。
「少し休んだらその辺を冷やかして回ろう」

「意外だったというか」
「そう意外でも無かったというか…」
顔を見合せて笑う御剣と糸鋸。
三人で囲むテーブルには見た目も美しい前菜が並んでいる。
「今日は服やアクセサリーや化粧品や、とにかくキミの喜びそうなものでいっぱいになる予定だったのだが」
「自分がそのいっぱいの買い物を持って歩くはずだったッス」
「ごめんなさい。予想を外しちゃって」
嬉しそうな美雲の手にはスパイカメラ。
「これ、欲しかったんですよ。ヤタガラスが普通のデジカメじゃカッコつかないですから。ちょっと試しに撮ってみていいですか?」
「ああ」
「じゃあミツルギさん、もう少しノコちゃんにくっついて」
「待ちたまえ、ミクモくん」
「照れないで、ミツルギさん」
「そうッスよ、検事」
「そうではない」
そう言うと御剣は片手を上げてボーイを呼ぶ。
「キミ、シャッターをお願いする」
立ち上がり、糸鋸の手を取って立たせると、御剣は糸鋸と二人、美雲を挟んだ。
ボーイは音も立てず光りもしないカメラに戸惑っていたがなんとかシャッターを押した。
「…ありがとう!ミツルギさん、ノコちゃん!」
「イヤイヤ」
糸鋸が見直したように御剣の手を取り、席に戻して椅子を引く。
座った御剣は一言、
「やはり写真は苦手だ」
と笑い、水を飲む。
「けど検事、ミクモちゃんは自分で撮りたかったッスよ?」
「む、そうか」
「ううん、今日の思い出の方がずっといいです」
椅子の背に手を掛けたままの糸鋸が美雲に目配せする。
(!)
「どうした刑事、食事を続けよう」
御剣が覗き込む糸鋸に気づいて見上げたその瞬間。
小さな大ドロボウはスパイカメラで真実を盗んだ。


美雲を送り届け、二人は御剣の部屋に戻って来た。
「イヤー、喜んでもらえてよかったッス」
「ああ」
「今度は鍋のリクエストッスよ。頑張るッス」
「ああ」
「なんか気の無い返事ッスね。今日一日ミクモちゃんに怜侍クン取られても我慢してた自分はなんだったッス」
「…今日はまだ終わっていない。おかえり、圭介」
振り返った御剣が糸鋸の頬に口づける。
「ただいまッス」
糸鋸は御剣の頬にキスを返すと、そっと御剣を抱きしめる。
眠る前の一杯を、ベッドに転がって楽しむ二人。クッションを枕代わりに、とりとめの無い会話。
やがて二人の携帯電話には、美雲から先ほどの写真が添付されたお礼のメールが届いた。
夜はまだ長い。

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