いつも先に怜侍クンが寝ちゃうッス。で、先に起きるのは自分ッス。それに気づいた怜侍クンがヘコんでるッス。そういうところでロジック使わないで欲しいッス…


「私がいると気になるのか」

そんな顔しないで欲しいッス。そういう意味じゃなくて、今までずっと、

「気になってたッスよ」

あ、余計怜侍クンの顔が。そういう事じゃなくてッスね…

「…自分が寝てる間に怜侍クンがいなくなったら、と思うと怖いッス。起きてもしいなくなってたら、付き合ってた事、夢だったのかと思うッス。
夢の中で一緒にいられて浮かれてたら目が覚めて、また夢だったって朝っぱらから落ち込むッス。そういうの、しょっちゅうだったッスから」

「…バカな」

呆れたッスか?でもそっちの顔の方が怜侍クンらしくていいッス。

「正夢になったではないか」

…怜侍クンには敵わないッス。どうして自分が欲しい言葉が分かるッス?自分でも言われるまで分からない言葉が。

「寝顔見てると、明日も頑張ろうって思えるッス。起きて隣で寝てるのを見ると、今日も頑張ろうって思えるッス。怜侍クンの寝顔は、自分にスゴい力をくれるッスよ」

一緒にいられなかった時間も結構長かったッスから、その分取り戻したいとか思うッス。

だから許して欲しいッスよ?






「え…」

帰ったのは真夜中過ぎ。さすがによろよろと鍵を開けて、そっと玄関に足を踏み入れた糸鋸。

寝室は一番奥だからそこまでは音が響かないはずだが、御剣の眠りを妨げたくない。

だが、廊下の途中。リビングのドアが薄く開いていて、光が漏れている。

まさか…

それでもそっと近づいて、リビングを覗くと、ソファーのひじ掛けに頬杖をついてテレビを見ていたらしい御剣が振り返り、

「おかえり」

と微笑んだ。

「あ…ただいまッ…ス」

「こんな時間まで大変だったな」

「そ、そうッスね…」

パジャマに着替えてガウンを羽織ってはいるものの、明らかに起きて待っていた様子の御剣に糸鋸は戸惑う。

「食事は?」

「夕方食べたきりッスけど…」

確かに空腹だが、いつもなら我慢して、寝ている御剣の横にもぐり込むところだ。

立ち上がった御剣に手を差し出され、コートを脱いで渡すと、糸鋸はおずおずと御剣の頬にただいまのキスをした。

「なら用意するからキミはシャワーでも浴びてきたまえ」

「用意…もしかして、何か届けてもらってたッスか?遅くなってすまねッス。もっと早く帰れるように頑張るッスよ」

「イヤ。私が作った。後は温めるだけにしてある」

「そうッスよね。折角…って、えっ、えええっ!?」

バスルームに向かおうとしていた糸鋸が物凄い形相で振り返った。

「そこまで驚かれると何か腹が立つな」

「ちょっと失礼するッス!」

御剣の手を取り、何度もひっくり返しながら穴の空くほど見つめる糸鋸。

「…ケガならしていない」

御剣の眉間のシワが深くなる。

「ホントッス…奇跡ッス」

「いいから早くシャワーを浴びて来たまえ!」

「ハイッスー!」






「…」

心配そうに見つめる御剣の前であっという間に糸鋸は皿の半分を平らげる。御剣は固唾を飲んで糸鋸の感想を待った。

「ウマイッスゥ…」

「泣く事はないだろう」

「さすがッス。このチャーシュー、サイコーッス!このタレがまたオシャレな味で!」

「…」

否定する言葉を見つけられず、御剣は居心地の悪さを感じながら曖昧な笑みを浮かべる。確かに味見した時、時々糸鋸に連れて行ってもらうラーメン屋のチャーシューによく似ていると思ったからだ。だが、確かこの料理の名はローストポークというはずである。

…まあいい。キミがこれほど驚いてくれたのだ。と、御剣はうなずく。
包丁を使わずに作れるものを懸命に探し、ビルトインオーブンに初めて火を入れ、作り直す内、秘蔵のヴィンテージを一本使い切ってしまった甲斐はあったという事だろう、と御剣は自分を納得させる。

複雑な顔をしている御剣をよそに、糸鋸は皿を平らげるとビールを飲み干した。

「うーッ、幸せッス!…あッ、初めて作ってもらったのに、もっと味わって食べればよかったッス…」

「…またいつか作ろう」

体中で幸せを表現している糸鋸の様子に気を良くして御剣は微笑む。

「けど、どうしてこんな時間まで待っててくれたッスか?ゴハンまで作って…」

「…キミはそうやって私を待っているだろう?」

御剣は目を伏せて、空になった食器を取り上げて食洗機に放り込んだ。

「私が遅くなってもキミは必ず起きていて、食事を用意してくれている」

「そうッスね」

「朝は、キミが淹れてくれるお茶の香りで目が覚める」

「!」

後ろから腕を回されて糸鋸は息を呑む。

「その度私は幸せになる。ならば私が同じ事をしたなら、」

糸鋸は振り返ると、目を伏せたままの御剣のガウンを掴み、額をそっともたれた。

「寝顔などよりもキミを幸せに出来るのではないかと思った」

何も言わずに腰に手を回してきた糸鋸の頭を御剣は撫でた。

「そうだろう?」

椅子から立ち上がって、糸鋸は真っ直ぐに自分を見つめて真相にたどり着こうとする御剣を抱き締める。

「…自分はもうずっと幸せッス」

首を横に振りながら御剣の髪をかきあげて、頬に手を触れる。途端に真っ直ぐだった瞳が伏せられ、触れた頬に赤みが挿す。

「そんな顔を見せてくれるのが嬉しくて仕方ねッス。目が離せないッス」

顔を赤らめている御剣の熱っぽい額に、糸鋸は自分の額を押し当てる。

「だから怜侍クンが見てる自分は、いつだって幸せなんスよ」

おずおずと上がった御剣の不思議そうな瞳。ロジックがつながらない事が不安そうな御剣を安心させるように糸鋸が頭を撫でる。

「こうやって抱っこさせてもらえると、もっと幸せッス」






「…」

まどろむ糸鋸の目を見つめ、御剣は頭をそっと撫でてみる。

「でもこれからはもう…ダメッスよ、明日の仕事に…差し支えるッス…怜侍ク…ン」

「…良い夢を」

撫でていた手を止めた御剣が微笑んだ。毛布を肩まで掛けてやり、手を伸ばして灯りを落とす。

静かな糸鋸の寝息。聞いていると眠気を誘われる。

キミが私が眠るまで寝ようとしなかったのは、このためだろうか。とても満ち足りて、幸せそうに眠るキミの寝顔が私をも幸せな気持ちにさせる。

私の知らない事を何でも知っている私のコイビト。いつも、

「キミには敵わない」

小さく呟いた御剣は、そっともぐり込むと軽いイビキをかき始めた糸鋸の肩に頬を寄せ、目を閉じた。






「ん?何か短いッス…」

「そのソックス…私のではないか!」

「あ、あいすまねッス!」

「仕方ない、きついだろうが今日一日は我慢したまえ。昨日作ったメモが…確かにまとめて…」

「…あ、ヒラヒラ!ヒラヒラ忘れてるッスよ!」

「クルマで巻く!」

「じゃ、先に出てクルマ回してくるッス!持って行くッスよ!」

「鍵を忘れている!」

御剣が投げた車の鍵を見事にキャッチして糸鋸はウインクすると、クラバットを手にドタドタと出ていく。

やっと書類を見つけて、時計を確認してため息をついた御剣は、ようやく玄関を出た。

いつもより余計に髪が跳ねている頭を振りながら、笑いを噛み殺しているようなコンシェルジュに見送られてホールを出ると聞こえてくる騒々しい音。向こうからやってくる糸鋸の車のその音に御剣は、明日こそ糸鋸に目覚めの紅茶を淹れてやろう、と、朝日に目を眇めて笑った。

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