その時、執務室のドアの前に着いた糸鋸の耳に、くぐもった会話が入ってきた。
この声は弁護士の…
「…なあ、いいだろ御剣…」
「ああ…もちろんだ…私もずっとキミに…見て、欲しかった」
「ダメッスううううっ!」
コートを翻し、ものすごい勢いで飛び込んだ糸鋸が二人の間に割って入る。
「わっ!イトノコ刑事」
「アンタこんな所まで来て何してるッス!弁護士となんか検事は!それともアレッスか、弱みにつけこんで、」
「いやいやいや、事件とかそういうの関係なくてですね」
「余計悪いッス!アンタ、アンタは…」
「そういう事だから!御剣、後で部屋に行くから」
「へ、部屋に!?もーダメッス!タイホッス!」
逃げようとする成歩堂を捕まえ、糸鋸はその胸ぐらを掴んだ。
「ち、ちょっと待って下さい!御剣、黙ってないで説明してくれ!」
「…どういう事ッス?自分、もう…?」
成歩堂の首を絞めながら涙目で御剣を見ている糸鋸。苦々しい表情で御剣は呟いた。
「…トノサマン」
「え」
「初回予約特典映像付きのDVD。春美くんが遊びに来ているから見せてやりたいそうだ。夜取りに来ると」
「えーと、それは…済まねッス」
「もうダメかと思った…」
胸ぐらを掴んでいた糸鋸の手を払いのけ、御剣に詰め寄る成歩堂。
「なんでさっさと説明しないんだよ!」
「うむ。久々にキミが焦っている顔が面白かったのでな」
「イトノコさんも!ボク、御剣の友達ですよ?なんでそんなにムキになるんです!」
「そ、それは…検事は忙しいッス!検事の部屋はその疲れを癒すための聖域ッス!とにかく!」
糸鋸は成歩堂に指を突きつけた。
「部屋はダメッス!DVDは後で自分が持ってくるッスから、夜にまた来るッス。分かったッスね!?」
「はあ…じゃあ、お願いします」
「そうだ成歩堂。良ければ真宵くん達も連れてくるといい」
「ん?あ、ああ」
なんかもうどーでもいいや…という顔で成歩堂は出て行った。
「刑事」
「なんスか?」
「疲れを取るための聖域…そうだろうか」
「そうッスけど」
「キミは結構な頻度で、その…誘ってくるではないか」
「それは仕方ないッス。仕事を離れたらカワイくなる怜侍クンがイケナイッス」
「…」
怜侍クンのせいッス〜…と鼻歌混じりに出て行く糸鋸の背中を見送り、御剣はため息をついた。



その時、執務室のドアの前に着いた糸鋸の耳に、くぐもった会話が入ってきた。
この声は狼捜査官?
「…なあ、分かってくれ。俺は本気だ。アンタが欲しい」
「…確かに魅力的だと思う。触れてみたい…気持ちもある」
「ダメッスううううっ!」
コートを翻し、ものすごい勢いで飛び込んだ糸鋸が二人の間に割って入る。
「こんな所で何をしてるッス!今、検事が担当してる事件に国際警察が出てくるよーなものなんかないッス!」
「心配で顔を見に来た。おかしいか」
「アンタに心配されなくたって検事は自分がちゃんと守ってるッス!」
「そうか?オレが見る度いつも絶体絶命だったのは、ありゃ何だったんだろうな」
「ウルサイッス!」
「まあ、ヒラの刑事には検事殿のお守りくらいの仕事が似合うってもんだ。オレは違う。天才に相応しい事件を預けてみせるぜ?」
「だ、誰が!」
「邪魔が入ったが御剣検事、考えておいてくれ。俺はずっと待ってる。アンタは来てくれさえすりゃいい。余計な事を考えなくていいようにしっかり守ってやる。ガッカリはさせないぜ」
立てた指を後ろ手に振って見せ、サングラスを掛けると狼は執務室を出て行った。
出て行ったドアを指差し、糸鋸は抗議する。
「検事、アレはオオカミッス!」
「オオカミではなくてロウ捜査官と読む」
「そういう事じゃないッス!怜侍クンが欲しいって、誰にもやらねッスよ!怜侍クンも怜侍クンッス、触れてみたいとか何なんスか!」
興奮して思わず名前を連呼している事にも気づかない様子の糸鋸が少しいじらしくなった御剣が首を横に振る。
「西鳳民国に来て法廷に立たないか、と」
「え」
「私が海外研修を重ねていた事を、冥あたりから聞いたのだろう」
「法廷の話だったッスか…ってダメッス、そんなの!もうどこにも行かせないって、忘れたッスか!?もしかしたらそれだって口実で、」
「私がここを離れた理由を考えてみたまえ」
「それは…検事としての答えを探しに、」
「もっと違う理由があっただろうっ!」
「…あ!」
「だからっ!もうどこかに行く必要はないし、行く時はキミも一緒だ!分かったか!」
悔しさでいっぱいだった糸鋸の顔に晴れ晴れとした笑みが戻る。それに安堵した御剣だったが。
「そう、そうッスよね?だったら西鳳民国、イイッスねー。オイシイものがたくさん待っているカンジが…」
恥ずかしいのを我慢して言ってみたのにこれか…と、御剣はデスクにがっくりとうなだれる。
早く海外出張入らないッスかねー…と浮かれながら出て行く糸鋸の背中を見送り、御剣はため息をついた。



その時、執務室のドアの前に着いた糸鋸の耳に、くぐもった会話が入ってきた。
この声は信楽弁護士?
「やっぱり忘れられないな。あの時のキミは幼くてぎこちなくて、そこが可愛らしくてね」
「あなたに教わったアレは、今でも体に染み込んでいます…恥ずかしく、なりますね」
「また、してみようか。一緒に…」
「ダメッスううううっ!」
コートを翻し、ものすごい勢いで飛び込んだ糸鋸が二人の間に割って入る。
「一緒にナニをするつもりッス!」
「ええっ?どうしてそんなに睨まれてるのかな?」
「検事は弁護士に未練なんか無いッス!それともアレッスか!なんかアレな、そのようなアレなっ」
「ケイ…刑事、ダンスイーツの話だ!」
さすがに糸鋸が何を勘違いするのか分かってきた御剣が、あわてて止める。
「ダンスイーツ…」
ダンスイーツ…子供向けのお菓子づくり番組…思い出した糸鋸がポン、と手を打った。
「検事!」
「うム。だから、」
「タイホくん音頭は一緒に踊ってくれないのにどーゆー事ッス!」
「ぐっ!アレはその…断る」
「検事の一大事に何も出来ないハガユサから生まれたあの振り付け…!その甲斐もなく検事は日本を離れて…置いて行かれた自分は!それでも捜査にイノチを賭けて、検事の帰りを待っていたッス!」
自分の世界に埋没してゆく糸鋸を眺めていた信楽がパチパチと拍手している。
「イヤ、オジサンは刑事さんの気持ち、分かるなー。彼が狩魔の下、検事になった時のショックと言ったら無かったからね」
「そうッスか!さすが、検事のお父さんのお弟子サンッス!人の心を大事にする人ッス!」
「刑事、落ちつきたまえ」
信楽のお株を奪ってハグしそうな勢いの糸鋸を御剣が諌める。
「オジサンそろそろおいとました方がいいみたいだねっと」
(猛犬注意のプレートに差し換えた方がいいんじゃないかな)
ドアを見ながら信楽は肩をすくめてニンマリした笑みを浮かべて見せる。
「すみません信楽さん…」
御剣が居心地悪そうに頭を下げる。
「じゃあ、そこまでお送りしてくるッス!今度、自分にもダンスイーツの振り付け教えて欲しいッス!」
「そ、そうだねー。じゃあレイジくん、またねー」
歌いながら軽いステップで出て行く糸鋸を見送り、御剣はため息をついた。


待ち合わせは御剣の執務室。少し早目に着いたが構わない。
ドアの前に立った美雲の耳に入る御剣と糸鋸の声。その会話に、美雲はハンドルに掛けようとした手を止める。
「本当にいいのだろうか?もし見られたら…」
「ここまでヤッておいて、おあずけは殺生ッス!検事だってしたいって言ったじゃないッスか!」
「確かにここでヤリたいと言ったのは私だが…うあっ!」
「あ!痛かったッスか!?」
「私なら、平気だっ。は、早く入れなくては…ああっ…!」
何かが倒れたような音に続く御剣の甘い悲鳴が廊下中に響いている。
「お取り込み中、ですよねー…」
美雲は顔を赤くして、菓子折を執務室のドアに掛けると、そそくさとそこを後にした。

「ぬう…」
デスクには書類の代わりにまな板が置かれ、その前には指を傷だらけにしている御剣。フロアに転がるいくつもの白菜とカニ。
糸鋸がおろおろする横では鍋が湯気を立て、具の投入を待つばかりになっている。
こんなボロボロの指じゃ、異議あり!が台無しッス…と御剣の手をとった糸鋸がため息をついた。
「だから自分に任せておいてくれれば…もう絆創膏無いッスよ。ちょっと取ってくるッス」
「済まない」
糸鋸は執務室を飛び出すと、ハンドルに掛けられた包みに気づいた。
中身を出すと添えられていたメモが落ちる。
「レ…っと、検事、ミクモちゃん来てたみたいッス」
「何?何故入って来なかったのだろう」
メモを糸鋸が読みあげる。
「“オジャマするといけないから今日は遠慮します。いつまでも仲良しでいてね。美雲”」
「…」
「…!」
顔を見合せる内、二人は何が起こったかに思い当たった。
「検事。これは、もしかしてミクモちゃん、自分みたいに勘違いして…イヤ勘違いじゃないッスけど勘違いで、」
「そのようだ。電話を」
御剣は慌てて電話を手に取った。
「出ない…」
白眼を剥いてがっくりと膝を折る御剣。
「まだ近くにいるはずッス。警備室で聞いてみるッスね」
「頼んだぞ、刑事。鍋は任せたまえ!」
「それはダメッス」
「む…」
「さあ、一緒に行くッスよ。手当てしてもらうッス」
御剣の肩を抱いて糸鋸は執務室を出る。
「もうサプライズには出来ないな」
「鍋の事言わないと、執務室でイヤラシイ事をしているって思われたままッスからね」
「全くだ。私はちゃんと我慢しているというのに」
「…そうだったッス?」
「い、いや、それは」
「キスくらいはいいんじゃないッスか?」
「だが執務室でそのような公私混同は良くない」
「けど鍋パーティ会場にしちまったッスよ?」
「それは…」
「そうッスよ」
手始めに糸鋸は御剣の額にキスしてみる。
「圭介!?」
「シーッ!騒いだら誰かに見られるかも…」
「ここはもう執務室ですらないではないか!」
御剣の抗議を無視して糸鋸は抱いた肩を離さずに歩く。
嬉しそうなその顔にため息をつき、この切り傷の言い訳をどうしようかと考えながら、御剣は引っ張られて行った。





※ミッちゃんの執務室に入り浸るイトノコさん

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